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お邪魔虫

 身だしなみの最終チェックをするために、玄関に置いた姿見で自分の装いを確認する。

 正月の三が日しか着ないと決めている七宝がプリントされた化繊の着物。

 長襦袢の衿の見え方は人差し指の第一関節くらいが理想だけど、少し出すぎているかもしれない。

 雪輪が刺繍された名古屋帯からわずかに覗く帯揚げの見え具合を調整し、帯び締の位置も少しだけ直す。

 横を向くと、裾がイメージより少しだけ長いのが気になる。

 けれど、草履を履いたらちょうどいいかもしれないから、よしとしよう。

 羽織を着て、首元を覆うように日常で使っているマフラーを巻く。

 羽織にマフラーという出で立ちが、違和感もなく妙にシックリしているから面白い。


「じゃあ、行ってきま~す!」


 玄関から家の中に向かって叫ぶと、ドタドタと足音をさせながら両親が出てくる。


「行ってらっしゃい!」

「楽しんでおいで!」


 繰り返し小刻みに手を振る両親は、子供の目から見てもユニークだ。

 私も満面の笑みを浮かべて手を振り返し、両親に見送られながら草履を履いて家を出た。


◆◇◆◇◆◇◆


 日差しにも季節の色を感じるように、空気にも四季の香りがあると思う。

 直輝と待ち合わせ場所に決めた近所のコンビニエンスストアへ歩いて向かいながら、冷たさをはらんだ空気をゆっくり吸い込んだ。


 今日の空気は、凛とした冬の味がする。


 鼻の奥で温められた空気は、白い息となって口から出ていった。

 新しい年を迎えて二日目に、直輝と会える。

 明香里の後押しがあったお蔭だけれど、嬉しさと後ろめたさが同居してしまう。

 希望する大学へ現役一発合格を目指す妹は、恋愛を自分の禁止事項に据えているようだ。

 今もし好きな男子がいるのなら、明香里はもったいない選択をしていると思う。

 女子高生という時期が、制服デートができる最後のチャンスなのに。


『キミって、人の心配をしてる余裕があるの?』


 あぁ、また来た。マカゲの囁き。


『自分の年齢、考えた? キミこそ彼氏を作ったほうがいいんじゃないの?』

「余計なお世話です~」

『強がっちゃって、可愛くないわね~。余裕で彼氏ができると思っていたら、あっという間に三十超えちゃうんだから』

「どうにかしなきゃと思ってくれるなら、なにか手助けをしてくれるのかしら?」

『邪魔はするけど、助けはしないわ』

「だったら、口出し無用です~」


 口論しながら到着したコンビニエンスストアの駐車場に、直輝の車を見付けた。

 直輝は運転席に座り、スマートフォンの画面を覗き込んでいる。

 小走りになり、急いで直輝の車に駆け寄った。

 窓を軽くノックすると、直輝は私に気付いて助手席のドアを開けてくれる。

 直輝の服装を見て、嬉しさに目を円くした。


「着物だ!」


 はにかんだ直輝は、広げた袖を私に見せる。


「せっかくだから、着たいよね」


 夏の浴衣が似合っていた直輝は、着物も当然カッコイイ。

 寒さのせいで冷たくなっていた耳と頬が、一気に熱を帯びた。


「どうぞ。寒いから入ってくださいな」

「では、お邪魔します」


 車中はエアコンが効いて、とても温かい。

 シートベルトを装着し、上半身をわずかに捻って直輝に向き直る。


「直輝君、今年も宜しくね」


 喪中の直輝に、明けましておめでとう、は禁句だ。


「こちらこそ、今年も宜しく」


 笑みを浮かべた直輝に、私の心は自然と温かくなる。

 直輝はゆっくり車を発進させ、駅前のショッピングセンターへ向けて運転を開始した。


◆◇◆◇◆◇◆


 赤信号に引っかかるときは、自分を見つめ直しなさいというメッセージだと誰かが言っていた。

しかし現実的には、運転する速度と信号に設定されている時間の関係性による場合がほとんどだ。

 急いでいるときに限って、信号は赤になる。

 ブレーキを踏んだ直輝は、溜め息を吐いた。


「また赤だ。今日は、引っかかる回数が多いな……」

『当然よ。自分が邪魔してるんだから』


 マカゲの楽しそうな声に、直輝に対して申し訳なさを覚える。


「なんか、ごめんね」

「ん? どうして香澄かすみちゃんが謝るの?」

「いや……その、なんとなく?」


 私がマカゲに憑りつかれているせいだと、直輝に説明できない。

 また赤信号に引っかかり、ブレーキを踏んで車を停めた直輝は眉根を寄せて顎を擦った。


「ねぇ、香澄ちゃん。答えにくいこと聞いていい?」

「答えにくいこと?」


 頷いた直輝は、顎に手を置いたままバックミラーを見遣る。


「なんか、連れてきた?」

「えっ?」

『はぁ?』


 私とマカゲの声が重なり、直輝は苦笑いを浮かべた。


「その……たまにあるんだよね。見えないけど、なんかいるなぁーって感覚が」


 直輝は、肉眼では見えないマカゲの気配を察知しているようだ。

 マカゲの声が、頭に響かなくなる。

 喋らないという選択肢で、気配を消そうとしているのかもしれない。


「直輝君は、霊感あるの?」


 私にとっては素朴な疑問だったけれど、直輝は答え方を考えているようだ。


 尋ねてはいけない内容だったのだろうか。


「……見えはしないんだけどね。なんかいるな~とか、急に頭の中で自分の意思に反した言葉が浮かんできたりすることがある」

「それは、死んだ人の声?」

「どうかな……? 言葉のときは、イメージが浮かぶって感じ。今みたいに、なんかいるんかな? っていうときは、肌で感じるというか……気配を察知する、みたいな?」

「説明も、凄く抽象的だね」


 私が笑うと、苦笑した直輝は顎を擦る。


「感覚だから説明に困るんだよね。見えます! とか、います! って自信を持って言えるなら伝え方も違ってくると思うけど……俺の場合は本当に、そんな気がする~っていう程度だから」


 信号が青になり、直輝はアクセルに踏みかえて自嘲気味に笑う。


「変なヤツって、思った?」


 自嘲気味に言うということは、この件に関して直輝は嫌な経験をしてきたのだろう。

 直輝を傷付けたくはない。

 だから、慎重に言葉を選んでいく。


「知ってると思うけど……目には見えない世界の話は、私の興味の範囲内だよ?」


 お互いに顔を覚えるくらい図書館で会い、同じような系統の本を借りていた。

 その種類は神話や仏教、陰陽思想に関する物から民俗文化、深層心理に至るまで。


「もしなにかあったら、また今みたいに私は教えてほしいな!」


 直輝の話から、もしかしたらマカゲを引き剥がすヒントが得られるかもしれない。

 直輝は少しだけ口角を上げ、わずかに目を細める。


「そういえば……憑き物って、神楽かぐらとかそういうの嫌いそうだよね?」

「あ! そんな感じするね。なんか、笛とか太鼓や鉦の音ではらわれちゃいそう」


 声を上げて笑いながらサイドミラーに映るマカゲを見ると、両手を頬に添え、ムンクの《叫び》みたいになっている。

 鏡越しにマカゲと目が合い、ニヤリと笑う。


「神楽を観てる間に、私に憑いてるモノが祓われてくれたらいいね~」


 これ見よがしに言ってみると、存在が徐々に薄らいでいくように、サイドミラーに映っていたマカゲの姿は融けるように消えていった。


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