マカゲの分析
年賀状のシーズンになると、郵便局の本局は年賀状だけを受け取るスタッフが駐車場の手前で待機してくれている。
しかし今日は、スタッフの姿が見えない。
不思議に思いながら駐車場に入っていくと、車が列をなしている。大渋滞だ。
時間帯が悪かったのだろうか。
一方通行になっている駐車場に入ってしまうと、途中で引き返せない。
仕方なく、順番が回ってくるまで大人しく待つことにした。
駐車場に設置されているポストもドライブスルー感覚で投函できるから、そう長く待たされることもないだろう。
と、思ったけれど……なかなか進まない。
イメージどおりに事が進まないと、達成感を遮られたような気持ちになって、フラストレーションが溜まってくる。
『そうそう、いい感じ』
空耳だろうか。
私だけしかいない車中で、誰かの声がする。
『……あら、聞こえるの? ちょっと面倒ね』
やっぱり、空耳じゃない。
警戒しながら周囲を見回すが、声の主は見当たらない。
首を傾げながら、正面に顔を戻す。
正面を向く途中に、自分の視界に入ったバックミラーに映っていたモノが信じられなくて、即座に後部座席を振り向いた。
やはり、誰もいない。
あの一瞬、バックミラーにはボサボサの髪をした、顔がシワだらけの人みたいなモノが映っていたのに。
「幻覚?」
不思議に思いつつ、首を捻りながら再度バックミラーに目を向ける。
「うわっ」
幻覚じゃなかった。
バックミラーには、しっかりと映っている。
ボサボサの髪をして、皿のように円い目をした鉤鼻の……。
「人? 化け物?」
妖怪にも興味を持っている私にしてみれば、気味悪さよりも好奇心が勝ってしまう。
肉眼では影も形も見えないのに、鏡には姿がはっきり映るモノ。
ということは、実体を伴わない存在なのだろうか。
マジマジと姿形を観察していると、化け物は眉根を寄せ、不機嫌そうに目を細めた。
『そういう冷静な分析、やめてくれる? 調子が狂っちゃう』
人語を喋っているから、意思の疎通はできそうだ。
『だから、そういう反応やめてって』
言葉を口にしていないのに、ピッタリの言葉を返してくる。
これは……いわゆる、サトリという妖怪の一種だろうか。
『サトリだなんて、不愉快極まりないわ! あんな妖怪と自分をひと括りにしないでちょうだい』
サトリは、プライド高し。
『だから、サトリじゃないって!』
「じゃあ、なに?」
『それは……言えないな~』
勿体つけて意地の悪い笑みを浮かべる姿から、性格の悪さが滲み出ていると思う。
『そういう決め付けって、失礼よね』
「心で思ったことが読めるんだから、やっぱりサトリよ」
対応が面倒になって一方的に決めつけると、化け物は面白くなさそうに腕を組む。
『妖怪じゃなくて、マカゲという陰に属するモノよ』
「マカゲ? どんな字を書くの?」
『なんでも字に置き換えられると思っているなんて、キミは傲慢ね』
蔑むような視線を向けるマカゲの言い分に、イラッと私の感情がざわつく。
「その解釈って、飛躍しすぎだと思う。発音に文字を当てるのは、文字を持つ文化圏に住む人間としたら普通だし。マカゲのほうが、思い込みが激しくて傲慢なんじゃない?」
マカゲは、堂々と舌打ちする。
『妹と違って、扱いにくいわね』
妹?
明香里を知っている口振りに眉をひそめると、クラクションを鳴らされた。
バックミラーから正面に視線を戻せば、前にいた車は一台もない。
そして後ろには、道路まで続く車の連なり。
「うわっ、ごめんなさい!」
慌てて車を発進させ、ポストに年賀状を投函し、郵便局の駐車場をあとにした。
道路を左折して右側車線に進路変更し、マカゲを乗せたまま、次なる目的地を目指す。
蕎麦を買う褒美の甘味を選ぶのに適しているのは、コンビニエンスストアではなく、テナントで比較的多くの店が入っている駅前のショッピングセンターだろう。
郵便局からも近く、便利がいい。
バックミラーに目を向ければ、やはりマカゲはまだ乗っている。
見た目はイラストに載っていた貧乏神のようで、とても気味が悪い。
音には魔を祓う役目もあるというけれど、拍手を打ったら退散してくれるだろうか。
『残念。雑魚ならいざ知らず、自分レベルは拍手程度じゃ祓えないわよ』
「なるほど。拍手じゃ祓えないってことは、もっとダイレクトに効果があるお経や呪文は効果ありってことね」
妖怪、死霊、生霊、その他。なにか文献を探せば、マカゲがどれに属する存在なのか判明するかもしれない。
頭痛を堪えるように眉間を押さえたマカゲは、溜め息を吐く。
『キミさ、変人って言われない?』
「言われるけど……人様や社会に迷惑をかけるレベルじゃないから、特に問題ないかと」
マカゲは、ズイッと顔を近付ける。
ドアップになった顔が不気味で、思わずバックミラーから視線を逸らした。
『そもそも、どうして自分を見て普通の態度でいられるの? 事情を飲み込んだり、受け入れ態勢が整うまで、普通は時間が必要でしょ?』
「普通はそうだろうけど……興味の向いてる分野からしたら、またとない好機なのよね。実体験ができるって。陰に属するっていう場合、多分カゲは陰と陽の陰でしょ? 魔が差すっていう言葉もあるし……マカゲのマを悪魔の魔にすると、魔の陰でマカゲ。当て嵌めるとしたら、これが最適だと思う!」
『だから、そういう分析やめなさいよ』
マカゲは、とても嫌そうだ。
「嫌だってことは、中らずといえども遠からずって感じかな?」
マカゲは、眉根を寄せて腕を組む。
「っていうか、早くどこかに行ってくれんかな? 落ち着かないから嫌なんだけど」
『あら、それは無理よ。だって自分は、キミに憑りついたんだから』
「はぁっ? ちょっと、それどういう意味?」
霊の類ならともかく、正体不明のモノに憑りつかれるなんて困る。
『あら、それなら問題ないわ。自分は、霊をサポートするような存在なのだもの』
霊をサポートするような存在?
「なに? それ」
『あれだけ分析しといて、理解が遅いのね』
マカゲは顔をいびつに歪め、キシシと言う。
どうやら、笑っているらしい。
凄く馬鹿にされている気持ちになってきた。
『じゃあヒント。霊にはどんな種類がある?』
霊の種類は、本を読んで知った三つしか思い浮かばない。
死んだ人の霊である死霊。生きている人の魂が分裂した存在である生霊。生霊の主である人間が死んでしまい、結果的に生霊として分裂していた魂だけが残ってしまった生死霊。
『それだけ知っていれば十分ね。自分の仕事は、契約を交わした人間が抱いた負の感情を譲り受け、対象となった人間が幸せにならないように邪魔をすること』
眉をひそめ、ゆっくりサイドミラーに目を向けると、マカゲはボサボサの髪を片手で掻き上げた。
『どうかしら? 理解できた?』
負の感情を譲り受けて対象の人間が幸せにならないように邪魔をする、という部分から私の知識内で導き出せる答えは一つ。
「もしかして……生霊の、サポート?」
生きている人間の魂が分裂して生霊となる原因は、強すぎる負の想い。
強すぎる想いの根源は、劣等感やマイナス思考、妬みや嫉妬といった負の感情が主だ。
『あら、ご名答』
マカゲが私に憑りついたということは、誰かの生霊に、私が憑りつかれたということだろか。
『そういうこと! 理解が早くて助かるわ。自分に劣等感やマイナス思考といった負の感情が譲渡されるということは、感情を抱いた主の魂をその想いに乗せて増長させて、この世に影響を及ぼさせることなの』
「ねぇ、生霊の主は誰?」
『そんな不利益、教えるはずがないでしょ?』
誰かの生霊に憑りつかれ、マカゲという存在に憑りつかれたこの事態は、喜ばしくない。
マカゲの除霊方法なんて、あるのだろうか。
『除霊なんて物騒なこと、考えなくてもいいのよ。これから先ずーっと、一生のお付き合いなんだから。楽しみましょ?』
楽しくなんてしたくない。絶対に嫌だ。
『ありがとう。疎まれると、とても力がみなぎってくるわ!』
喜ぶマカゲにげんなりしながら、駅前にあるショッピングセンターの立体駐車場に入り、カードを取ろうと発券器に手を伸ばす。
すると、無料開放期間中と書いてあるラミネートした紙が、発券口を塞いでいた。
「おぉ、やった」
年末年始は無料開放になるとすっかり忘れていたから、ささやかな喜びがとても嬉しい。
マカゲに憑りつかれているのに、いいこともあるのだと、少し希望が湧いてきた。
『そういうことで喜ばないでよ』
「なんで? こういうのって嬉しいでしょ?」
私がウキウキしているせいか、マカゲは不機嫌そうだ。
店の入り口に近い一階に停めることは最初から視野に入れず、上の階を目指す。
三回くらいループを上がれば、たいがい駐車スペースは空いているのだ。
店舗の入り口から離れた位置に、車三台分の駐車スペースが空いている場所を見付けた。
「やったね! マカゲに憑りつかれても運がいい!」
喜びながら、真ん中に車をバック駐車する。
これで、どれだけドアを大きく開いても、隣の車に当たる心配がない。
『そうか……キミは、そういう思考回路の人間なのね。これは拮抗して厄介だわ』
なにと拮抗するのだろう。
「意味が分からないけど、ご愁傷様!」
ポーチを肩に提げて車にカギをかけ、店内へ続く出入り口を目指す。
重たいドアを押して中に入ると、新春祝市と銘打たれた正月一日から四日の日曜日までのイベント看板が実にひっそりと佇んでいた。
もう少し目立つ位置に置けばいいのに、と残念に思いながらも足を向ける。
イベント看板を見て、一番に飛び込んできた情報は、干支の土鈴先着プレゼント。可愛い未の形をした白い土鈴だ。
他には、ゆるキャラ撮影会やビンゴ大会、住みます芸人のお笑いライブ。
そして土鈴の次に私の興味を引いたのは、一月二日に公演となっている県の無形文化財に指定されている神楽社中の荒神神楽。
神楽の二文字を見て、瞬く間に胸が躍る。
神職によるお囃子を神社の祭で聴くことはあっても、神楽社中による伝統芸能の神楽を直に観る機会はほとんどない。
一度でいいから、煌びやかな衣装を身にまとった神楽を臨場感が溢れる舞台で観てみたかった。
毎年公演をしていたのだとしたら、今日まで知らなかったことが悔やまれる。
正月公演に行きたいけれど、誰を誘おう。
両親は正月三が日の人混みには出たがらないし、伝統文化への興味が薄い。
妹は受験を控えているから、絶対に付き合ってくれないことは火を見るよりも明らかだ。
スマートフォンのアプリを開き、表示される人物名を眺めながら適任者を探す。
一人だけ、興味を持って一緒に神楽を観てくれそうな人がいた。
図書館で知り合い、仲良くなった直輝君。
花火は一緒に見にいったけれど、正月の二日目は忙しいだろうか。
でも、直輝の家は祖父が亡くなって喪中のはずだ。
喪中は、正月を祝わない。
年賀状も出さないし注連縄も飾らないから、普通の連休と変わらない過ごし方をしているかもしれない。
誘ったら……迷惑だろうか?
直輝の名前をタップし、メッセージ作成画面を表示したまま指が動かない。
ただ一文。一月二日に神楽を一緒に観ようと、写真に撮ったパネルの画像を添付して送ればいいだけなのに。
断られたときが、怖い。
『やめときなさいよ。きっと迷惑だから』
マカゲの声が、頭の中で囁きかける。
どうしよう。
私が観たいのだから、一人で行ったらいいだけだ。誘わずに、一人で行ってしまおうか。
『そうよ、それがいいわ。一人で行って、一人で帰ればいいのよ』
だけど直輝なら、神楽を観たいと思うはず。
二人でいるときに、後日談で神楽の話ができないのは、楽しくない。
パネルの前で逡巡したあげく、ホームボタンをタップしてカメラ機能を起動させ、荒神神楽の公演にフォーカスして写真を撮る。
悩むなら、家で悩もう。
神楽公演の日まで、まだ数日あるのだから。
マカゲが、チッと舌打ちをした気がする。
蕎麦と甘味を買うべく、スマートフォンをポーチにしまい、コートのポケットに手を突っ込んでパネルの前をあとにした。




