午後のひと時
十二月も残すところあと四日。
やっと年賀状を書き上げた私は、大きく伸びをした。
元日にメールで新年の挨拶を交わすようになって久しいけれど、年賀状には年賀状のよさがある。
宛名に送る相手の名前を書き、文面を考えているときは、送る相手のことだけを考えている貴重な時間。
お変わりありませんか? という一行に加え、自分の近況をひと言手書きで記すだけで趣が出てくるから面白い。
「香澄、コーヒー飲む?」
キッチンのテーブルで年賀状を書いていた私に、コーヒー豆をすくうスプーンを手にした母が問いかけた。
口を開けた袋から漂うコーヒーの香りが鼻をくすぐる。途端に、年賀状を書き上げた祝いの一杯が欲しくなった。
「飲む! 明香里は飲まないかな?」
「明香里は塾に行ってるから、家にいないわよ」
そうだった。大学受験を控える妹は、高校一年生の冬から毎日と言っていいくらい塾に入り浸っている。
家にいるよりも、塾で勉強をしている時間のほうが多いくらいだ。
用事があって部屋に行っても常に不機嫌で、妹と接するときの心中は戦々恐々。
腫物を触るように接していると、妹に気付かれないようにするのが精一杯だった。
でも、今年の七五三で一緒にでこまんを食べた頃から、少しだけ妹の雰囲気が和らいだ。
私の関知しないところで、妹が心を許している誰かがいい助言をしてくれたのだと思う。
昔みたいに少し談笑ができるようになって、とても嬉しい。
コーヒーメーカーに水と豆をセットした母は、私の斜向かいに腰を下ろした。
「お母さん、まだ年賀状書いてないのよね。代わりに、宛名だけでも書いといてくれないかしら?」
「嫌だよ、枚数多いもん! 筆跡で代筆だってバレるし、ちゃんと自分で書いて」
母は、年賀状を送る相手の取捨選択をまったくしない。だから、送る人数が増えることはあっても減ることがないのだ。
自分の年賀状を書いて首と肩がゴチゴチになっているのに、母の分まで請け負っては年末なのに整骨院へ行かなければならなくなる。
市内と市外、そして県外の三つに年賀状に書いた住所を振り分けていると、コーヒーの沸き立つよい匂いがキッチンに充満していく。
コーヒーの香りには、アロマの香りと同じような効果があると聞いたことがあるけれど、たしかにそうだ。玄関や靴箱の中に置いておくと消臭効果もあるというのだから、なんとも優れている。
母がマグカップに入れてくれた熱々のコーヒーを全て味わい、三つに振り分けて束にした年賀状を手に立ち上がった。
十二月の二十五日までにポストに投函しなければ、元旦に届かない年賀状。二十八日の夕方に投函したならば、届くのはいつだろう。
「ちょっと、年賀状出してくる」
「ついでに、蕎麦も買ってきてね」
母からの申し出に、周囲にはばかることなく嫌な顔をする。
歩いて数分の簡易郵便局に設置されているポストへ行こうと思っていたのに、スーパーまで行くなら車で出なければならない。
「明日じゃ駄目? 年越し蕎麦でしょ?」
「年賀状でしょ? だったら本局に行けばいいじゃないのよ。そこのポストに入れても、明日にならなきゃ回収に来ないんだから」
たしかに、あの簡易郵便局の収集時間は午後三時だった気がする。
提示されている三時を過ぎている今、相手方に届く日を鑑みれば、郵便局の本局へ直接行くほうが早いだろう。
母は私の顔を凝視したまま、コーヒーをすすっている。
これは……不本意ながらも、承諾しなければならないパターンだ。
「お金は?」
諦めると、母は満面の笑みを浮かべる。
「財布から取っていいよ。駄賃で甘いの買っていいからね」
ハートマークが付きそうな母の声音に脱力感を覚えつつ、私はキッチンをあとにした。




