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和解の一歩

 家の駐車場に、夕日に染まる姉の車がある。

 両親の車はまだないから、家にいるのは姉一人。

 玄関の横に自転車を停め、意を決して家の中に入る。

 姉がいるとすれば、リビングかキッチンか姉の部屋。


 昭典には対応を変えてみると宣言したけれど、具体的な案はない。


 玄関で靴を脱ぎ、息と足音を殺して自分の部屋へ向かう。

 階段を踏むたびに鳴る、ギシギシという音が憎らしい。

 静かにドアを開けて部屋の中に入り、音を立てないよう細心の注意を払ってドアを閉めると、一気に肩の力が抜けた。


 家の中で、自分の存在を消そうと意識しながら移動するのは、子供の頃にかくれんぼをしたとき以来だ。


 制服から部屋着に着替え、カバンの中からルーズリーフとセンター試験対策の問題集を取り出す。

 折り畳み机の上に広げたところで、ドアがノックされた。

 黙っていると、遠慮気味にドアが開く。

 部屋の中の様子を窺うように、姉の顔が隙間から見えた。


「お姉ちゃん、なにしてんの?」


 背中を押してくれた昭典には悪いが、こんな態度をされるとウザさが増してしまう。


 姉はドアの隙間を徐々に広げ、紙袋を突き出した。

 茶封筒のような色をしている紙袋に入っている物を連想すると、屋台で売っている品しか私は思い浮かばない。


「だから、なに?」


 不機嫌に問えば、姉はまた半分だけ顔をドアの隙間から覗かせる。


明香里あかりが大好きな、でこまん買ってきた」

「食べる」


 私が即答すると、姉は嬉しそうな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。

 センター試験の問題集とノートを脇に退け、でこまんを置くスペースを確保する。


「勉強しながらじゃなくていいの?」


 意外だと驚く姉に、私は頷く。


「さっきまで塾で勉強してたから、三十分くらい休憩する」

「だったら、点数悪くても私のせいにしないでね」


 悪戯心を覗かせて笑う姉に、苦笑いを返した。


 我が姉ながら、しつこいくらいに根に持つタイプだ。


「お茶と小鉢こばち持ってくるから、ちょっと待ってて!」


 嬉しそうに部屋を出てキッチンへ向かった姉の背中を見送り、長い息を吐く。


 今のところ、喧嘩の要素は見当たらない。

 関係改善の記念すべき第一歩だ。


『いくら関係が改善しても、自分との契約は消えないわよ』


 鏡に姿を映したノンは、和綴じの冊子を見せつける。


『行使した契約も、取り消せないから実行中』


 途端に、ギュッと胃が縮こまった。


「ねぇ……本当に、どうにもならないの?」

『どうにもならない!』


 ノンは冊子を脇に挟み、腕を組んで髪の毛先を指先に巻き付ける。


『でも、どうしても自分との接触を避けたいって言うのなら……自分がキミに囁くような隙を与えないことね。あの彼みたいなタイプに、キミ自身が変わるしかない』


 ノンからの助言に、小さいながらも希望の光が見えた気がする。

 彼のような思考パターンを身に付けたら、もうノンは私の前に現れなくなるのだ。

 ノンが現れなければ、カウントも増えない。


『でもねぇ……どうして自分が、キミにこんな話をしたか理解できる?』

「私の決意が伝わったから?」


 鏡に映るノンは、いびつに顔を歪めた。


『ブッブー。残念、はずれ。キミは一生そんなタイプになれないって確証があるからよ』

「そんな……!」

『解決策を伝えたのに、それができないとキミはさらに落ち込むでしょ? そっちのほうが、劣等感の質が上がると思ったの』


 ノンはキシシと、心底楽しそうに笑う。


『やっぱり、そっちにシフトチェンジして正解だったわ。キミ、今とっても自分好みの顔してるから』


 悔しい。私の弱さに付け込んでくる、ノンが憎い。


『本当に、キミは最高の契約者だわ~』

「もう、やめて!」


 両手で耳を塞いでも、ノンの声は頭の中に直接響く。


『や~めなーい。だってね、これが自分の仕事だもの』


 涙が浮かんで赤くなった目を鏡に向ける。


 得意気に腰に手を当てているノンを睨み付け、私は渦巻く感情を一つに凝縮して吐き出した。


「最低っ」

『ありがとう。最上級の褒め言葉よ!』


 口元を覆って笑ったノンは、そっと囁く。


『また、来るわね』


 思い切り机を叩くと、鏡の中からノンの姿が消える。

 私の耳は、ドタドタと近付いてくる聞き慣れた足音を拾った。


「お待たせ! って、どうしたの?」


 階段を駆け上がってきた姉が、私を見て目を円くする。


「……どうって?」

「だって、え? どうして泣いてるの? なに? 情緒不安定? この短時間に、なにがあったの?」


 慌てて混乱する姉を見ていると、だんだん笑いが込み上げてきた。


 あぁ……もぅ、どうにでもなれ。


「ちょっと明香里、笑いごとじゃないよ!」

「大丈夫。本当に、なんでもない。ほら、早く食べよ!」


 腑に落ちないという顔をしながらも、姉は私の正面に座る。

 小鉢ではなく白い大皿を持ってきた姉は、紙袋をひっくり返して、全てのでこまんを大皿の上に出した。

 ゴロゴロと出てくる七柱の福を授ける神達は、全員がにこやかで、縁起のよさそうな顔をしている。

 私の分、姉の分と、皿の上で二ヵ所に均等分配していると、姉の手によって私のエリアに弁財天が加えられた。


「学徳成就と恋愛成就の神さんだから、いただいて功徳もらいなさいね」

「……ありがとう」


 姉は姉なりに、私の受験を心配してくれていたのかと……今は素直に受け取れる。


 ウザい上に邪魔しかしないという先入観は、もう捨てよう。


 でこまんが入っていた紙袋を折り畳みながら、私は決意を新たにした。


「お姉ちゃん。今日って、どこかで祭してたの?」

「十一月十五日の今日は七五三の日でしょ? たまたま館田かんださんのトコ通ったらお参りしてる人も多くて、でこまんの屋台が出てたから買ってきちゃった!」


 姉は紙袋の中でいびつに歪んだ大黒天を摘み上げ、笑顔でかじる。

 姉からもらった弁財天を頭から食べながら、私は浮かんだ疑問を口にした。


「七五三の日にちって、決まってんの?」


 姉は、毘沙門天の形をしたでこまんを頬張りながら頷く。


「仕事の都合でお参りする日が前後してもいいらしいけど、成人の日みたいにちゃんと決まってるよ」

「でも、なんで十一月十五日?」


 さあ? と小首を捻った姉は、おもむろにスマートフォンを大皿の横に置いた。


「七五三、意味、検索!」


 分からないことをすぐにインターネットで検索するのは、古風な事柄が好きな姉も、私と同じだったようだ。

 無数の検索結果が表示された画面をスクロールさせながら、姉は情報を自分基準で選別していく。


「あ、これがいい。諸説あるみたいよ」


 姉自身が納得できる記述を表示させたスマートフォンの画面を私に見せ、姉は書いてある内容を要約しながら読み上げる。


「七五三の起源は室町時代といわれ、江戸時代の武家社会を中心に関東から全国へ広まり、明治時代に現在の形式になったとされている。当時は乳幼児の死亡率が高く、生まれてから三年か四年経って戸籍に登録した。七五三の祝いは、子供が無事に成長したことへ感謝し、これからの将来と長寿を願う意味がある」

「そっか。昔は医療が発展してないから、風邪みたいな病気になっても死んじゃうもんね」


 病気ばかりではなく、作物が収穫できない飢饉や自然災害も脅威だっただろう。


 続きいい? と伺う姉に、コクリと頷く。


「十一月十五日に決まったのは、江戸時代の五代将軍徳川綱吉の子供である徳松を祝った日に由来する。他にも、この日が二十八宿の鬼宿日にあたり、鬼の邪魔がなく婚礼以外は何事も祝いに吉とされていたから。また、旧暦の十一月は秋の収穫を神に感謝する月であり、満月に相当する十五日は氏神さんに収穫の感謝と併せて子供の成長に対する感謝と祈願をしたものと思われる」


 読み終えた姉は、小さく息を吐く。


「子供のためを思えばこその七五三だね……」


 医療が進歩して、生まれた子供の大多数が順調に成長していくことが普通になってきている現代と比べて、当時は子供の成長に対する感謝も度合いが違うだろう。

 ただ着物を着て神社や寺に詣でる日だと認識していたが、由来を知ると気持ちも変わる。


 姉が着ている洋服のほうがいいと駄々をこねられていた私は、幸せだったということだ。


 姉は画面を暗くしたスマートフォンを机の上に置き、でこまんを摘まむ。

 頭の長い、福禄寿だ。


「ふと思ったんだけど……こっちのほうだと、七歳でする帯解を三歳の紐落としでしちゃうでしょ?」


 姉は言葉を区切り、福禄寿を大皿に戻す。


「あれって、子供の魂を早く体に定着させたかったからかな?」

「そうだね。気候の変化に子供の体が順応できなかったってこともあっただろうし」


 二人してしんみりしてしまい、沈黙が重い。


香澄かすみー! 台所のでこまん食べていいのー?」


 階段下から聞こえてきた母の声に、姉は大声で返事をしながら立ち上がる。

 姉は大皿の上に乗っている自分のでこまんを鷲掴み、部屋を出ようと一歩を踏み出した。


「お姉ちゃん!」


 呼び止めると、姉は私を肩越しに振り向き見ながらドアノブに手をかける。


「でこまん……ありがとう」


 礼を告げると、姉は目を円くした。


「人がせっかくお礼言ってるのに、なんでそんな顔するの?」


 顔をしかめれば、姉は歯を見せて笑う。

 勉強頑張ってね、と静かに私の部屋を出ていった。


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