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契約行使

 月めくりのカレンダーは、あと残り三枚で終わりを告げる。

 十月も二週目後半に差しかかると、今年はあと二ヶ月しかないと焦ってしまう。

 推薦入試の願書は受付が始まり、普通科商業科問わず受験シーズン到来だ。


 私の決戦日も、刻々と近付いてくる。


 卓上カレンダーを折り畳み机の隅に置き、そのまま机に突っ伏した。

 目指す大学に合格するには、まだワンランク成績を上げなければならない。


 道のりは、まだ遠い……。


 間に合うのかと不安を感じるより、間に合わせてやるという意気込みが大事なのは、もちろん理解している。

 だけど、終わりが見えない努力はツライ。


 模試の点数が合格圏内に入ったとしても、必ず合格が約束された訳ではないのだ。

 私よりも点数がいい人間は巨万といる。


 ゆとり世代を生んだ大人達には解るまい。

 ゆとり教育を受けさせられた世代でも、受験に挑む年代が感じる苦痛や苦悩は同じだと。

 希望する進路へ進むべく挑む姿勢に、いつの時代も違いはない。

 努力できる人間と、努力できない人間の二通りが存在しているだけだ。


 希望する進路に進みたい私は、努力する側の人間であれと、自分に言い聞かせていた。

 でも、弱音を吐きたくなることだってある。

 イメージどおりに事を運びたいとき、決まった道筋が分かるようになれば楽なのに。


『そんな人生、面白くないわ』


 折り畳み机の隅に置いている鏡に、ノンの姿が映る。


『だって考えてみなさいよ。全員すんなり事が進んだら、葛藤や劣等感やマイナス思考が生まれないじゃない! 人間が悩まなくなったら、自分の仕事がなくなるわ』


 そっちのほうが、何倍も平和だと思う。


『悩みが尽きないキミには、そうかもね』


 ノンは、どこからともなく和綴じの冊子を取り出してページをめくる。


『だって……キミのカウント、面白いくらい順調に貯まってるもの』


 いびつに顔を歪めたノンは、嬉しそうに何度も頷く。


『要望があれば、いつでも契約内容を行使できるわよ!』

「契約ねぇ……」


 初めてノンが目の前に現れて契約を持ちかけられたとき、とめどなく溢れる劣等感とマイナス思考の有益な使い道が存在するのならばと、半ばやけくそで提案を受け入れた。

 劣等感やマイナス思考といった負の感情を抱く原因となった人間に害を与え、人生の邪魔をするのが仕事だと説明があったけれど……私の場合、その原因となる人間は、およそ六割が姉なのだ。


 姉に害を与え、姉の人生を邪魔する契約がいざ行使できるとなると、少しだけ躊躇ためらう。


『今さら、なに言ってんのよ。順調に事が運びそうなところを邪魔して頓挫させるって、凄く面白くて楽しいんだから』

「ノンも、相当性格捻くれてるよね」


 冊子を閉じたノンは、円い目を細めた。


『だからこそ、マカゲに属してんのよ』


 溜め息を吐きながら、仰向けに倒れる。

 背中に触れたヒヤリと冷たい畳が、今は気持ちいい。


明香里あかり~入るよー」


 ドアを開けながらノックをし、姉が顔を覗かせる。

 私は姉に、ノックを終えてからドアを開けてほしいと再三再四と頼んでいるが、姉の行動は変わらない。

 日本語の意味が理解できない人種なのかと訝しんだけれど、姉は単に私のこだわりに興味がないだけなのだと結論付けることにした。

 妹の言うことを聞かない、自分勝手な姉の意識改革は一生無理だ。


『うふっ、これもカウントしとこっと……』


 ウキウキしているノンがいるであろう空間を軽く睨み、姉に向けて不快感を露わにする。


「なんの用? 私、勉強中なんだけど」

「でも、今は休憩中でしょ?」


 姉の返しに、二の句が継げない。

 ナンとの会話を早めに切り上げて、問題集と格闘を再開しておけばよかった。


『あら、責任転嫁はご免被るわ』


 姉はドアを閉め、私の正面に腰を下ろす。


「明日、館田かんださんの宵祭りだよ」


 館田さんとは、私たちが住む市で最も古い神社の一つに数えられ、私が通う高校のすぐ近くに鎮座している。

 市民にとって、館田神社は初詣や宮参り、紐落としの定番スポットとなっている。


 明日は十月十四日。

 寺や神社が好きな姉の言うとおり、館田神社は秋の宵祭りだ。


「その宵祭りが、どうしたの?」


 素っ気なく対応する私に、姉は満面の笑みを浮かべた。


「一緒に行こっ!」

「花火のときの、男の人と行けばいいでしょ」


 私じゃなくても、姉のお供は誰でもできる。


 即答した私に抗議をするように、姉は机をベシベシと叩いた。

 叩くたびにノートの上に置いているシャープペンシルがわずかに上下し、微妙に位置をずらしていく。


直輝なおき君の家はおじいさんが亡くなって喪中だから、来年まで神社にお参りできないの!」

「そんなの関係ないよ。行きたかったら、行けばいいのに」

「昔から言われてることや、作法は守るものなの!」


 作法なんて、現代に適応するように変えていけばいいじゃないか。


 頭が固くて融通が利かない姉は、本当に面倒臭い。


「じゃあ、お母さんと行けば?」


 ぶっきら棒に代案を述べれば、姉は不満そうに頬杖を突く。


「なんで嫌がるの?」


 勉強に集中したい以外に、どんな理由があると思っているのだ。

 姉は畳に積み重ねた本の上に置いていた赤本を手にして、真剣な眼差しを私に向ける。


「いい? 明香里。今年もお米が食べられることに感謝して、ついでに大学受かりますように~って、お願いに行けばいいでしょ?」

「だったら、学校帰りに友達と行くよ。すぐ近くだし」


 強引に赤本を取り上げると、姉はショックを受けたように口元を両手で隠した。


「明香里に拒絶された! 姉妹の断絶だわ」

「もう! いい加減、勉強の邪魔するのやめてよ! 今度の模試で点数悪かったら、お姉ちゃんのせいにするからね!」

「あっそ! ごめんね。どうも、お邪魔しましたっ!」


 声を荒げる私に(す)拗ねた態度を返した姉は、乱暴にドアを閉めて部屋を出ていった。


「なにあれ……マジで腹立つ」


 姉妹の断絶とのたまう前に、状況を把握してから話を持ちかけるという配慮がほしい。


 受験生である私は、社会人の姉とは立場が違う。

 家に帰ってなにもすることがない姉と、一緒にしてほしくない。


 腹の虫が暴れ出して怒りが鎮まらない私は、立ち上がってドアに向かい、これ以上の邪魔が入らないように内側からカギをした。


「ノン!」

『なぁに?』


 クローゼットの横に置いている姿見に映ったノンと向き合う。


「お姉ちゃんのポイントどれだけ貯まってる?」

『ほぼ満タンよ』


 契約内容行使する? と問うたノンに、私は勢いよく頷いた。

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