第十三話 小鳥の羽
1
久留米第一中に勝利はしたけれど、今日はまだ試合が残っている。あたしは次の対戦相手を、新しくなったトーナメント表で確認した。
「ふぅん。鎌谷中、かぁ」
「鎌谷と言えば、あの双子がいるチームですね」
「双子?」
いつの間にか隣にいた凜音は少しため息を吐いて、「かなり有名ですよ」と呆れた。
「"星宮双子"です。姉の愛と妹の夢、通称《鎌谷の双子星》」
「《双子星》ぃ?」
「行きましょう。試合開始まで時間がありません」
凜音の後を追って、チームメイトがいる控え室へと戻る。そこには、屍同然の唯とちぃがいた。
「おかえり〜。どうだった?」
「鎌谷でした」
「あ〜……。やっぱり《双子星》ちゃんかぁ」
茶野先輩が呟くと、凜音は「茶野先輩でも知ってましたよ」とあたしを軽くバカにした。
「……う、うるさいなぁ」
唇を尖らせてあたしは腕を組む。
茶野先輩はそんなあたしらを見て微笑んだ。
「という事で、対《双子星》ちゃんは凜ちゃんと琴ちゃんでよろしくね〜」
「っは?!」
「さ、茶野先輩! 何が『という事で』なんですか!」
あたしらは一緒に抗議するけれど……薄々、わかっていた。茶野先輩はあたしらの反応を見ても、あえて何も言わない。
唯とちぃは才能はあるがまだ初心者だ。
二戦連続は、何度体力づくりをしたって何度合宿をしたってあたしや凜音に比べたら絶対的に体力が足りなくなる。
それに、茶野先輩と息を合わせるのは難しい。
消去法、最善で言えば小学校からの付き合いでよく一緒に練習してきたあたしらだろう。
「……はぁ。まったく、茶野先輩という人は。よろしくお願いしますよ、私の"手足"」
「あったりまえだっつーの。信じてるよ、あたしの"頭脳"」
《鎌谷の双子星》と《東雲の手足と頭脳》。
どっちが強いか白黒つける時が来ただけの話だった。
2
抜けない熱気にあたしは心を踊らせた。凜音はわずかに笑いながら、これから始まる試合のコートを見つめている。
唯やちぃは驚くほどに静かにその場に立っていた。嵐の前の静けさだといいけれど、逆に茶野先輩があたしたちにしきりに話しかけてくる。
「先輩、少し黙ってください」
「……ごめんなさい」
茶野先輩はしょぼーんとしおれてベンチに座った。
あたしは右隣にベンチを置く鎌谷中に視線を走らせる。そこには確かに、瓜二つの顔をした双子がいた。
ブザーが鳴って、東雲中対鎌谷中の試合が始まる。
近くで見ても双子の見分けがまったくつかなかった。
「……ッぐぅ!」
凜音が顔を歪めて声を漏らした。ジャンプボールをとったのは鎌谷で、すぐさま速攻に入られる。
「茶野先輩っ、カバー……」
お願いします、と叫ぼうとしてあたしは口を閉ざした。そんな事言う必要はなかったからだった。
茶野先輩は、自身の役割を果たす為に思いきり手を伸ばした。トンッとボールが茶野先輩の指を掠めて、コートの外へと出ていく。
ピッ、と短い笛の音と共にあたしはようやくスイッチを入れた。それは凜音も同じで、互いの空気が変わったのがわかる。
「行こう」
あたしは凜音に言った。
凜音はあたしを見もせずに「お願いします」と呟く。
あたしは基本的に、攻撃をするオフェンスのみだ。
そして凜音は、基本的に守備をするディフェンスのみ。そう作戦では決めてある。
そして、いつだってその時は……。
あたしたちはコートに戻ったボールを追う。
茶野先輩も入れての陣形は、練習では何度もしたけど公式試合で使うのは初めてだった。
「あたしに任せろ!」
……いつだってその時は、並の敵じゃ近寄れない。
ドリブルを始めて相手を抜き去る。先制点をとる為に全力で走って、あたしはみんなが自分の相手を止めてくれたおかげでなんとかスリーを決めた。
「…………」
あたしのマークをしていた双子の片割れは足を止めて、ゆっくりとゴールを見上げる。そして悔しそうにあたしを睨んだ。
「琴梨!」
すると、凜音があたしの方に来てボソッと耳打ちをした。
「一応言っておきますが、貴方のマークをしている方が妹の星宮夢です。感情を表に出しやすいので、やりやすい相手ですよ」
「……あぁ。だからさっきすっごい睨まれたのか」
「ちなみにちぃのマークをしている方が姉の星宮愛です。感情は表に出しません。琴梨とは相性悪いですね」
そう言い残した凜音はあたしから距離をとって守備を固めた。
(相性悪いって……、凜音だって感情出さない時しょっちゅうあんじゃん)
あたしは唇を尖らせて、コートに戻ってきたボールをもう一度とる為に走った。
「もう取らせるかっ!」
くるっと、夢の方がボールに回転をつけてドリブルをした。手からボールが落ちたかと思えばそれはパスで、不器用に双子の片割れの愛の方に届いた。
「ちぃっ!」
「ちぃー!」
凜音と同時に叫び、あたしらはカバーの為に走ろうとする。けれどマークがしつこくて中々剥がれてくれなかった。
「……みぐッ!」
「それじゃ軽い」
ダンッとドリブルを始めた愛の方は、ちぃを振り払って走ってくる。
「三人で行くよ!」
すぐさま茶野先輩が指示を出すと、愛の方は夢の方にパスを回した。さすが双子と言うべきか、連携が誰よりも上手い。
「こんなのでモチベーション下げないでよ〜?」
「むしろ燃えるだろ!」
つい熱くなって、茶野先輩にタメ口で返してしまう。それの熱さは凜音も同じだった。
「琴梨! もう星宮夢の相手はいいです、私と代わりなさい!」
「おうっ!」
冷静だったら、今の指示に反論していたかもしれない。けれど今のあたしはいつも以上に熱くなりすぎて、絶対に信頼している"頭脳"の凜音だったからこそ"頼りすぎた"結果だった。
凜音と相手を代えた結果、あたしは双子ではない事で格段にやりやすくなったと実感する。そのおかげで得点もあたしのモンだった。
「早い……!? 琴梨! 凜音!」
「むしろ早すぎる! 二人とも!」
茶野先輩の声がコートに響く。
響いてもあたしの心には残らなかった。
ビー!
『白(東雲)、タイムアウトです!』
無理矢理中断されて、見ると小塚先生がタイムアウトをとっていた。
「どうして止めたんですか!」
「え、いや! 俺じゃねぇって!」
小塚先生はチラッと視線を逸らす。逸らした先には茶野先輩がいて、その茶野先輩はあたしらにスポドリを配り始めた。
「茶野先輩!」
「ほら」
茶野先輩は、スポドリが入った水筒であたしらを押した。ぐらっと地面が揺れて、あたしも凜音も地面に片足をつける。
「集中力は途切れさせてほしくないけど、今のスピードじゃタイムアップ前にぶっ倒れるって自分で一番わかってるでしょ?」
「…………」
言い返せなかった。あたしはスポドリを飲み、冷静さを求める。その間に、小塚先生が恐る恐るあたしの汗を拭いてくれた。
「せ、セクハラじゃないからな! これは俺の手厚いねぎらいの……」
「訴えないからいいですよ」
あたしは凜音たちの汗を拭く小塚先生に、一応の一応感謝して。茶野先輩がとったタイムアウトは終わった。
「琴梨」
「ん? 何、凜音」
コートに戻った後、凜音は額に手を添えて呟いた。
「先ほどは冷静さを欠けてしまい、すみませんでした」
「……何言ってんの? むしろ凜音の新しい一面みたいなのを見れて良かったし」
凜音は一瞬だけ俯いて、「そうですか」とちょっとだけ口角を上げた。すぐさま顔を上げた凜音は、目を細める。
「貴方がバカなのは重々承知です」
「いきなりディスんのやめて!?」
「ですから、双子対策ができないのも承知の上です」
「くっそぉ!」
あたしは行動で怒りを表現するのを堪え、再開した試合に神経を尖らせた。
「ですので、もう一度私にチャンスをください」
「……は?」
凜音はあたしが返事をする前に走って、ボールを積極的に取りに行った。
凜音の背中は堂々としていて、まるで「もう一度私に任せてください」と言っているみたいだった。
「……ッ!」
凜音のマークをしている人は、冷静に自分の役割を果たしている。
あたしはあたしにできる事を。
そう思って、頑張る唯とちぃに背中を押された。
「お前、僕らが嫌いか?」
不意に耳元から声が聞こえて、振り返ると双子の片割れがあたしを見据えていた。
「あんた……!」
「よく言われるから、別にいいけど」
ボソッと双子の片割れは呟いて、あたしのマークを徹底し始める。それは信念っていうよりも執念さが滲み出ていて、あたしは胸が締めつけられるほど苦しくなった。
「……そんなの嫌だ」
あたしの呟きに、双子の片割れは眉をしかめた。
「嫌われるとか、絶対嫌だ。それに、親友の期待に答えられない自分も嫌だ!」
バッと、あたしは隙をついて飛び出た。
凜音はまるで見ていたかのようなタイミングで、ピンポイントにボールを持ってくる。
バシッ
「それ以上行かせな……」
「唯!」
あたしは、ずっと体力を温存していた唯にパスを回す。
「ちぃちゃん!」
唯は、一秒もかけないでちぃにパスを回す。
「琴梨ちゃん!」
すると、ボールが瞬時に戻ってくる。
でもその時のあたしはまったく別の場所にいて、ちぃからのパスを受け取っていた。
放ったボールは弧を描いて
「っしゃあ!」
危なげにゴールした。
3
「82対78で、東雲中学の勝ち! 礼!」
「ありがとうございました!」
あたしらは互いに礼をして、ベンチに戻る。小塚先生のくしゃくしゃになった顔を見た瞬間、堪えていた喜びが爆発した。
「っしゃあー! やったな凜音!」
「えぇ、琴梨!」
ニコッと珍しく凜音が笑って、あたしのハイタッチを受ける。まぁ、そうじゃなきゃ嫌だけど。
「これであたしらの力が双子を上回るって証明されたなっ!」
「えぇ!」
「おーい!」
視線を上げると、二階の観客席に赤星がいて笑顔で手を振っていた。
「あっ、赤星くん! 来てくれたのー?」
「うぇぇぇぇ?! っあ、ほほほほほんとだ……!」
赤星と仲がいい唯とちぃは、めちゃくちゃ喜びながら手を振り返す。
「やっほ〜、コト。リンリン」
「うげ。黄田てめぇなんでいんだよ殺すぞ……!」
「……なんでしょう。公開処刑をされている気分です」
はぁ、と凜音がため息を吐いた。
あたしだってできるならそうしたい。
「えぇ? ちょっとちょっと。赤星くんと俺の態度の差は何〜? ……あ、おーい。俺たちまた会ったねー?」
「え、黄田くんもいたんだ」
「待って待って。君もなんか態度違くない?」
黄田を無視して、あたしは赤星と黄田の後ろにいる連中に視線を移した。東雲中のジャージを着ているのは六人しかいない。
「拓ちゃ〜ん!」
茶野先輩に手を振られても、緑川は無視を決め込んでいた。
緑川の隣には、あたしが気に食わない青原もいる。隣のちっさい奴とふわふわな髪質の奴はまだよくわかんなかった。
「お前ら……っ、話すのはいいけどっ外出ろよな……!」
涙声は小塚先生の声だった。
見れば鎌谷はとっくのとうに退場していて、一番元気な茶野先輩が指示を出す。あたしらも退場すると、さっきのふわふわな髪質の奴がすぐそこにいた。
「うわっ?!」
「っ? は、はい? どうかしましたか?」
「どうかっ……てなんだよお前! 忍者か?!」
「にんじゃ……? かどうかはわかりませんが、みなさん試合、お疲れ様です」
ふふっと、奴は男なのかもよくわかんない笑みをこぼす。あたしが怪しんでいると
「ていうか誰よ。東雲……のジャージ着てるみたいだけど、見たことないし」
唯が的確につっこんだ。
「っあ。そうですよね、すみません。僕は猫宮桃太郎です。男バスのマネージャーをさせてもらっています」
ぺこりとおじぎをすると、猫宮の桃色のふわふわ髪も揺れた。
「えっと、みなさん女バスにはマネージャーがいないってずっと聞いていて。それで僕、なにかできないかなって思ってて……」
「そういうのいいから。結論言えよ結論」
猫宮を見てるとイライラする。
あたしが急かすと、猫宮は慌てて持っていたクーラーボックスから何かを取り出した。
「……あのっ、よければ僕の差し入れ食べてください!」
わかった。イライラする原因は、あたしよりも女子力があるからだ。
「わぁ〜、いいの?! 桃ちゃん!」
「はいっ! あの、向坂主将に言われた……っていうのもあるんですけど。僕もみなさんの役に立てたらなって思ってて。これから勝手に女バスの臨時マネージャーをさせてもらうことにしました。よろしくお願いしますっ!」
猫宮はまたぺこりとおじぎをした。
バカみたいに丁寧だし、あたしとは全然違う。
「琴梨も彼を見習った方がいいですよ」
「言うなバカぁ〜! ムカつくっ! こき使ってやるっ!」
「ちょっと。うちのモモをこき使ったら許さないよ」
パッと気配もなくあたしの目の前に立ったのは、紫色の髪のちっさい奴だった。目の前に立たれるとあたしとそんなに変わらない背丈だ。
「紫村くん。大丈夫ですよ、マネージャーはこき使われるのが嬉しいんです」
「僕が大丈夫じゃないの。僕を甘やかしてくれるのモモだけだったのにさ。弱い奴がここまで勝ち上がったからって、手のひら返して支援するのもおかしな話でしょ?」
男バスにはあたしをイライラさせる奴が大半なのか。飛びかかろうとするあたしを密かに凜音が止める。
「晴ちゃんは昔から女バスを助けてくれてたよ。だから、桃ちゃんのことも私は嬉しい。ね、桃ちゃん。私たち、絶対に優勝するから力を貸してね」
「はいっ!」
猫宮は、差し出される茶野先輩の手をとった。
「彼の加入はメリットの方が大きいので。少しは考えてくださいね? "手足"」
「じゃ、デメリットがあったらあたしがぶん殴る。それでいいよな? "頭脳"」
あたしは"手足"で凜音は"頭脳"。
二人が揃って初めて完成するんだ。
凜音だけはあたしの敵にならない。
あたしだけは凜音の敵にならない。
――凜音がいれば、どこにだって飛んでいける。