第十一話 再生の灯
1
「さて! 東雲中女子バスケットボール部、"予選突破"を記念して! かんぱーい!」
私の合図でみんながコップを掲げた。
カチンッとガラスとガラスがぶつかる音がする。
ファミレスに集まった私たちは、さっき言った通り予選突破の祝勝会をしていた。メンバーは当然私の大切な後輩たちだ。
「ここは私の奢りだよ〜!」
「マジすか?!」
「冗談は止めてください。中学生が払えるわけないでしょう」
身を乗り出した琴ちゃんの肩を凜ちゃんが引き寄せて、私を呆れた目で見上げる。
「え〜? 大丈夫だよ〜」
「中三のくせに大人ぶっていると痛い目見ますよ」
凜ちゃんが意味ありげな視線を唯ちゃんとちぃちゃんに向ける。凜ちゃんの言い方は気に入らなかったけれど、そこにはたくさん注文しようとする二人がいた。
「あの二人、あぁ見えて大食いですから」
「あたしよりも食べるんですよねぇ」
ごくり、と私は唾を飲み込んだ。誰か一人はそういうキャラかとも思ったけど、まさか二人もいたとは。
「ちぃちゃんちぃちゃん! 食後のデザートはどうする?」
「えっ? え〜っと、このイチゴパフェと抹茶アイスかな」
「私はチョコマフィンとスコーン!」
あのちぃちゃんが瞳を輝かせている。
イチゴパフェも抹茶アイスも結構なお値段だった。
「う〜。前言撤回ぃ〜!」
バンッとテーブルを叩くと二人の表情がしぼんだ。しょうがないよ、これが現実だもん。
気を取り直して、私はメニュー表を眺めた。
私たちがこうして一緒にご飯を食べるのは初めてで、私は唯ちゃんとちぃちゃんの食べっぷりに目を見開いた。
凜ちゃんは私にでしょう?という表情を見せて、ちゃんとしたテーブルマナーを守りながらステーキを口に運ぶ。
琴ちゃんは美味しそうにオムライスを頬張っている。
私は改めて二人に視線を戻した。
唯ちゃんはハンバーグとカレーを。ちぃちゃんはしょうが焼き定食と大量のサイドメニュー(ほぼサラダ)を。そしてさっきの話が本気だとすればデザートも食べるだろう。
「……すごいね二人とも」
「むしろ茶野先輩、それで足りるんですかっ?」
じっと唯ちゃんが見つめた私の夕御飯はサンドイッチ。それだけだった。
「え? うん」
「わ、私の食べますか?」
おずおずとちぃちゃんがサイドメニューの一つを私の方に持ってくるけど、私はそれも断った。
合計額をその目に焼きつけて、私は奢らなくて良かったと心底思った。凜ちゃんグッジョブ。
みんなで外に出ると、案の定暗闇に包まれていた。
「やっぱ八時だと暗くなっちゃうか〜」
「夏でもこの時間帯は暗いですよ」
凜ちゃんのつっこみを無視して私は一人先を歩く。振り向くとみんなついてきてくれて、それがおかしかった。
「……? 先輩、なんで笑ってるんですか?」
「べっつにぃ〜」
きょとんとする四人はまだあどけなさを残した顔つきで。
「全中、これから……頑張ろうね」
みんなに次はあるけれど、私に次はない。
奢ることもできない先輩だけど、みんなの力を貸してほしい。
「はい!」
暗闇で顔は見えなくても、その頼もしい声だけで充分だった。
家について私はすぐに部屋に向かう。けど、途中で階段を下りてきたお母さんに会ってしまった。
「帰ってたの」
「あ、うん……」
お母さんは、私を冷たい瞳で一瞥してリビングへと向かった。
ガシャンッ
「!?」
その瞬間、花瓶が割れた音がした。
一瞬驚いたけど、いつものことだったから特に気にせずに部屋へと逃げた。
「……だいじょ〜ぶ、だいじょ〜ぶ」
魔法の呪文のように私は繰り返し呟いた。ニパ、と作り笑いを浮かべながら。
自分の部屋の窓に目をやる。その向こうにいる家の幼馴染みは今日も平穏な日々を過ごしているんだろう、そう思った。
私の両親は短気で、何か気に入らないことがあればすぐに物に当たる性格だった。幸いなのは人には手を出さないことで、私も両親同士もそうやって生活してきた。
私はそんな両親が嫌で、恐ろしくて、怒らせないように常に笑って。
そうやって生きていくうちに表と裏の性格が正反対となった。気づけば唯一の生き甲斐は、幼馴染みが好きなバスケになった。
「……よし」
今日も自分のお小遣いで買ったバスケットボールを手に庭へと出る。庭には自分で作ったバスケットゴールがあって、ポジションは違えどシュートを打つことが日課だった。
シュッ
スパンッ
「…………」
手を止める。
憧れだった全中はすぐそこで。もはや憧れと言ってられなかった。
「みんな、本当にありがと」
流した涙は、私しか知らない。
2
予選が終われば本選なんてあっという間だった。
私たちは他の学校よりも少ないメンバーで会場に向かい、予選にはなかった熱に焦がされる。
「…………」
唯ちゃんとちぃちゃんだけじゃなくて、凜ちゃんも琴ちゃんも初めての全中に呆然としていた。
「あー……。えっと」
私はそんな四人にどんな言葉をかけようか迷った。
私だって全中は初めてで、実は……緊張していた。
「なんだお前ら、ガッチガッチだなぁ」
プッと顧問の小塚先生が吹き出す。そんな彼を私たちが睨んだ。
「ぶっ飛ばしますよ先生〜」
「待て茶野。その笑顔で物騒なことを言うな」
私の裏と表を見た小塚先生は頬をひきつらせた。
「あはは」
「笑ってないですよ先輩」
凜ちゃんの冷静なつっこみを流して、私はまた歩き出す。見ると唯ちゃんとちぃちゃんがきょとんとした表情で立っていた。
にこ、と作り笑いで二人にごまかす。
「ほらほら行くよ〜」
おいでおいでと手招きすると二人はついてくる。
琴ちゃんと凜ちゃんは微妙な表情で顔を見合わせて、とことこと私についてきた。
控え室についてベンチに腰を下ろす。
当然小塚先生も入ってきて、私は小塚先生に向かってわざと顔を歪めた。
「さぁ〜て、作戦会議するよ!」
私が言うと凜ちゃんの瞳がチラ、と私を見上げた。そして私が何を言う間もないまま立ち上がって全員を見回す。
「一回戦だからといって気を抜かないでくださいよ」
なんて台詞から始まって、細かいデータ分析を私たちに見せた。
「凜ちゃんこれ……」
「当たり前のことをしただけです。褒めないでください」
くね、と凜ちゃんが身をよじった。
どうやら照れくさいみたいだけど。
「ううん。精密過ぎて気持ち悪い」
中学生がやることじゃないよこれ。
あの正確な変人パスといい、文武両道過ぎるって。私だってこの子はきっと将来有望な子になるとわかる。
「な……?!」
ガァーン。
ショックと顔に書いて凜ちゃんはベンチに座った。
「よくやった! さすがあたしの"頭脳"だなっ!」
「なぐさめなんていりませんよっ!」
あれ?と琴ちゃんが首を傾げた。さりげなく天然が入ってる琴ちゃんは何もわからないみたいだけど、こっちからしたら凜ちゃんがかわいそ過ぎた。……原因作ったの私だけど。
「おいおい。さっさとしねーと時間だぞー」
「!」
ピク、と全員が小塚先生の声で時計に目を向ける。確かに時間はなくて私たちは慌てて立ち上がった。
「とにかくみんな! 凜ちゃんのデータをムダにしないように頑張ろー!」
「おー!」
「だから止めてくださいってば!」
これから一回戦。
まだリーグ戦の一回戦。
予選で終わるような私たちじゃない。
「見せつけてあげよ〜ぜ!」
ピースをして笑おう。みんなの緊張が消えるように。