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ティップオフ  作者: 朝日菜
藍沢凜音 前編
14/24

第十話 勇気凜々




「予想してたのより広い……!」


 ゆいが口を開けながら一歩後退した。ちぃにいたっては目をつむって現実逃避なのかもわからない行動をしている。


「二人とも、行くよ〜」


「は、はい!」


「っふぇ? あ、はい……!」


 茶野さの先輩と琴梨ことりと一緒にいた私はちぃの手を引いた。目をつむって歩いていたちぃは、手汗が普通じゃない。


「ちぃ、だいじょう……」


「はい!」


「……ちぃ」


 振り向くと目をぐるぐると回したちぃがいた。


「ちぃー。あんた別に試合初めてなわけじゃないんだからさぁ」


 琴梨の声も届かないのか、ちぃは無闇に「はい!」を連呼した。


「ちぃちゃんストッープ!」


 ペシ、と茶野先輩がちぃの口をふさいだ。もご、なんてちぃは言ってまばたきをする。


「はい深呼吸。すーはーすーはー」


「すー……はー? すー……はー?」


 見よう見まねでちぃが茶野先輩に合わせる。

 しばらくすると二人の息が合ってきて、ちぃはいつものちぃに戻っていた。


「よし。じゃあ行くよー。だいぶ遅れてるからねぇ」


「えぇ?! すみません!」


「ふふ、嘘だよ〜。こんなこともあろうかと余裕で来たんだから」


 腕時計を見ると確かにまだ時間に余裕はある。

 茶野先輩はちぃがこうなるって事もわかってた……?

 けれど今さら驚くようなことでもなかった。あの人はすごいと、ただそれを肯定されただけだった。



「――行こうか。全中の予選、そしてその高みまで」









 その後、顧問の小塚礼二こづかれいじ先生と合流した私たちは控え室に入る。

 予選は計五回。当然だが五回勝たなければ全中出場はない。初戦ということもあり、控え室には緊張が充満していた。


「なーんだお前ら、かってぇなぁ。もうちょいリラックスしろよ」


 小塚先生が私たち全員に指を差しながら寝そべる。


「リラックスって言ってもさぁ」と、琴梨ことりが誰から誰へでもなく視線をらした。茶野さの先輩も私も、そして琴梨も緊張はしていない。していたのはゆいとちぃだった。


「唯ちゃんちぃちゃん深呼吸!」


 ビシッと茶野先輩に指を差された二人は、慌てて深呼吸をする。


「そして先生を罵倒!」


「もじゃもじゃ!」


「ほとんどニート!」


「なんだとお前らぁ!」


 バッと小塚先生が飛び起きる。

 二人の緊張もけたようだし、これはこれで一石二鳥だった。


「では、時間ですので出ましょう」


 私の声かけでコートに出ると、早くも出ている熱気に驚いた。

 琴梨を見ると、琴梨もぱちくりとまばたきをしている。


「一回戦は桐谷きりがや中だよ。練習通り、私が教えた通りにやれば大丈夫」


 茶野先輩がニコリと笑ってコートに向かう。

 私たち一年は先輩についていくことが精一杯だった。


『これより東雲しののめ中学対桐谷中学の試合を始めます』


「よろしくお願いします!」


 頭を下げて私は前に出る。

 予選からジャンプボールは私がやることになったのだ。

 相手から出てきたのは体格のいい女子で、何かを言いたげにじとりと私を見ては歯ぎしりをした。


「試合開始!」


 引っ張られるように飛ぶボールを目に焼きつけながら、相手よりも高く飛んで奪うことを意識した。ガバッと体格差のせいでボールが相手にとられる。


「……く!」


「任せて!」


 そう声を張り上げたのは唯だった。唯は布をうようにするすると人を避けて、ボールを相手から唐突とうとつに奪う。


「な?!」


「ナイス唯ぃ!」


 そんな唯に拳を振って琴梨はふんぞり返るが……。


「……って、そんなことをしている暇は貴方にはないでしょう!」


 私が声を上げると、琴梨は慌ててボールを追っていった。

 唯は一緒に飛び出したであろうちぃと連携してパスを繋いでいる。練習のおかげかキレが増しているように見えた。


「琴梨ぃ!」


「おぅ!」


 ガンッ

 唯からのパスが繋がって、琴梨が初得点を決める。


「へへっ」


 琴梨は得意気に笑って、唯とちぃとハイタッチをした。


「あ〜あ。私とりんちゃんは仲間外れみたいだね」


 後ろの茶野先輩が冗談混じりにそう言った。

 確かに私と茶野先輩は前に出てゴールを決めることはない。だからこうなることはある意味必然だと思っていた。


「いいですよ、別に」


「えぇ〜」


「その分、最後に思いきりやるんですから」


 不満げな茶野先輩に向かって笑うと、茶野先輩は「ふぅん」と私を見下ろした。裏の茶野先輩は無言で私の頭をわしゃわしゃと撫でて、試合が再開するのを待つ。

 キュッ

 バッシュの音がして、桐谷中の人がドリブルをした。あの人は琴梨のマークだが、琴梨は本気で追おうとはしない。


「何してるんですか、琴梨は」


「凜ちゃん頼んだ!」


 私は大きく息を吸って、前に飛び出た。桐谷中の人は私がマークについても動じない。逆に、早くも私と茶野先輩へのマークを外した二人がパスをしやすい位置に走る。

 キュッ

 私が一歩前に出ると、ドリブルをしている桐谷中の人のすきをついた琴梨がカットした。


「んな……?!」


「隙だらけっ!」


「……琴梨!」


 琴梨はニッと笑って至近距離にいる私にパスを回す。取り返そうとした桐谷中の人をかわして、遠くにいる唯の行動を読んでパスを出した。


「はぁっ!?」


 そのパスに驚いた桐谷中の人が、何もないところでつまずく。私はこのパスをした時の相手の反応を初めて見て、驚いた。


「うんうん。ちゃんと練習の成果が出てるよ〜」


 茶野先輩は得意気に笑って、私は、初めて強くなっているんだと実感した。


「なん……なのよ! 今のパス!」


 起き上がった少女は、私を睨みながらたずねる。

 私と茶野先輩のマークを外していた二人が慌ててマークに戻って、茶野先輩が一瞬冷たい目をした。


「そうだねぇ。変人パスじゃない?」


「な、何言ってるんですか茶野先輩!」


「普通の人間はあんなパスできませ〜ん。ということで変人パスなので〜す」


 他人事のように言う茶野先輩に、私はムッとした。


「あれをするようにさせたのは茶野先輩じゃないですか」


 私は茶野先輩も同罪……つまり、遠回しに茶野先輩も普通の人間ではないと言う。


「もうどっちでもいいわよ!」


 私よりも頭に来たらしい桐谷中の人は、先ほど以上に攻撃的になってボールを追う。けれど、時既に遅しだった。

 ガンッ

 スリーでゴールを決めた琴梨は、声は出さずとも思いきりガッツポーズをした。




 桐谷中との試合も最終戦に入り、唯とちぃ、琴梨の疲労が隠しきれないほどになっていた。

 相手の選手はその隙をついて、ガンガンと攻めてくる。

 前半でかなりの得点をかせいでくれた三人のおかげで、私と茶野先輩は本領を発揮し始めていた。

 ガンッ

 茶野先輩がゴールに向かっていたボールのリバウンドをとって、私にパスを回す。琴梨は汗を拭って走ってくるが、シュートの命中率は期待できなかった。

 ダムッ


「どいてください!」


「……ッ! はぁ?! 何言ってんの凜音りんね!」


 琴梨をかわして、私は唖然とする相手の選手の前を通りすぎる。

 膝に手をつけて息を切らせている唯とちぃが目を見開く姿が視界に入って、私はそのままシュートを決めた。









「……いつまでふて腐れてるんですか?」


「だって……。だってぇ……」


 試合は圧勝……とまでは言えないが、東雲しののめ中の勝利に終わった。控え室から出て会場を後にする間、琴梨ことりはずっとふて腐れている。


「だって、あたしがブザービーターしたかったのにぃ!」


「そのことですか」


「そのことじゃない! ブザービーターっつったらめちゃくちゃカッコイイだろ!」


 どうやら私があの時放ったシュートがブザービーターだったらしく、琴梨はそのことに不満があるらしかった。


「別にいいでしょう。試合は勝てば勝つほど多くの試合をすることができる、勝ち進めればチャンスはいくらでもある。そういうものです」


 そう言えば、少しは琴梨の不満が無くなったように見えた。


「……まぁ、今回は許す」


「そうですか」


 私は小さく笑って、手のひらを琴梨に見せた。琴梨は不思議そうに私の手のひらを瞳に映して首を傾げる。


「……ハイタッチですよ、ばか」


 ちょっぴり恥ずかしくなって。琴梨は「あぁ!」と気づき、思いきり私の手のひらを叩いた。

 痛いくらいの音がして、前を歩く茶野さの先輩やゆいちぃ、小塚こづか先生が振り向く。すぐに音がハイタッチだと気づいた茶野先輩は、「ずるい!」と叫んで私たちの元へと駆け寄った。


「ずるいずるいずるいずるい! 私もやる〜!」


 バッと両手を大きく振りかざして、私と琴梨は慌てて手を出す。

 パァンッ

 試合では出来なかった弾けるようなハイタッチは、心地よかった。


「元気だなー、お前ら」


 何もしていない小塚先生が遠い目で私たちを眺めた。唯もちぃも微笑むだけで、ハイタッチに加わる余力はないように見える。

 やっと、予選の初戦を突破した。

 まだ、予選の初戦を突破したばかり。



 私たちの全中は、始まったばかりで終わりじゃない。



「今日は帰ったらゆっくり休んでね〜」


 茶野先輩は嬉しそうにその台詞を口にする。

 メンバーが集まらなければ言うことのなかった台詞だからだろう、私はそう解釈して。


「ストレッチを忘れたら駄目ですよ」


 念を押すと、「あ」と小塚先生以外の全員が目を見開いた。


「しっかりしてくださいよ。これで終わりじゃないんですからね?」


 自分にも言い聞かせるように。

 私は、まだ春らしい風に目を細めた。

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