変態に恋されてしまいました。
リハビリ作品です。
続くかどうかは未定です。
私の朝は早い。
まずは家の扉を少し、ほんの少しだけ開けて外を確認する。
よし、クリア!
静かに扉を開けて、素早く外へ。流れるように行動しなければならない。
何故って? それは……。
「グッモーニーン! 依凉ちゃーん!」
「ひっ!」
思わず漏れた悲鳴は喉に貼り付いた。
がばちょ、なんて擬音で表せる程の包容をいきなり喰らう。もちろん、避ける隙なんて与えてくれない。
「ぎゃー‼」
女の子が出すような可愛らしい悲鳴なんて出ない。心の底からの叫びだ。
「ぎゃー、なんて依凉ちゃん酷いわー。人を不審者みたいに」
「みたいってなんですか! みたいじゃなくて、不審者その者です! というか、はーなーしーてーくーだーさーいー」
全力でくっついた腕を離そうとしてもびくともしない。それどころか、ますます力が入ってる気がする。
「えー、爽やかーな朝のあいさつよ。あ・い・さ・つ」
「この日の丸の国、日本で抱き付いて挨拶する人がどこにいるんですか!」
なにここ、「Yes we can!」の国? そりゃ、今は色んな国の文化とか色々入ってきてるけど、まだ挨拶がハグで統一されましたなんてニュース聞いたことないわ!
「んー、いい匂いー。あ、シャンプー変えた? 前のも合ってたけど、こっちもいいわね」
「あ、分かります? 新しいの出てたので試しに使ってみたんです」
「アラ、そーなの? 私も使ってみようかしら」
「そうですね、ぜひ……ってちっがーう! なに人の肩に顎置いて落ち着いてるんですか!? そこは顎置きじゃないんです。そんでもっていい加減離れて下さい! 秋沼先輩!」
私、天月 依凉。
突然ですが私、変態に恋されています。
「やーねー、秋沼先輩なんてそんな他人行儀な呼び方。依凉ちゃんもレオって呼んでいいのよ?」
「心の底から遠慮させて頂きます」
本名、秋沼 玲音。こんな言葉遣いで分かりにくいだろうが、正真正銘の男だ。
切っ掛けは分からないが突然私の目の前に現れてはこうしてセクハラを繰り出してくる。更には歯の浮くような言葉ばかり並べてくるものだから、こっちはたまったもんじゃない。
更に付け加えれば、顔は美形だから学校には『レオ先輩ファンクラブ』なんてものも存在している。高校に入って、かっこいい先輩とか憧れる先輩がいて、友だちときゃーきゃー騒いで。上手くいけば、彼女になれたりしちゃって。そういうのも憧れてはいたけど、こんな状況は望んでない。全く、これっぽっちも!
「もー、いい加減離してください。遅刻しちゃいます」
「えー、依凉ちゃん離したら逃げるでしょ?」
「もう逃げませんよ……」
見付かっちゃったし。
逃げたところで、身長差はあるし、足のリーチだって違う。すぐに追い付かれるのは一目瞭然だし。それにこれから学校だというのに、朝から汗くさいのとか絶対に嫌だ。
突っ張っていた手の力を少し弛めれば、逃げないと言っていることを信じてくれたようだ。抱き付いている腕が徐々に離れていく。
「じゃ、一緒に学校行きましょー」
あぁ、なんて嬉しそうな顔。ふつーに、ホントにふつーに見たら「イケメン先輩! マジ目の保養!」とか思うのに……。中身って大事ですねー。
「依凉ちゃん、今私のこと考えてたでしょ」
ぎくっ。
「な、なんのことですか?」
「とぼけたってムダよ? アナタ、顔にすぐ出るんだから」
くそう! 私の正直者!
「依凉ちゃん。アナタ今、私のこと───好きって思ったでしょ!」
あ、この人中身だけじゃなくて、頭もバカだったんだぁ。
何故か、そりゃもう自信満々に言ってくる先輩に生暖かい笑顔を向ける。というより、それしか向けられない。
先輩はこっちの意見なんか聞いてなくて、一人できゃーきゃー言ってる。
……女子か。
このまま置いていっても気付かれなさそう。
とは言っても、行く方向は一緒だし今置いていったところで追い付かれてまたセクハラをしてくるに違いない。
……目先の対処より、後の対処の方が面倒そうだ。
「妄想は勝手ですけど足を動かしてください。置いていきますよ」
「待って待って、行くから! 置いていかないで!」
私の足なら十数歩は歩くだろう空いた距離を目の前の残念な先輩はほんの数歩で埋めてくる。
「ちっ……」
「えぇ!? なんで私今舌打ちされたの!?」
「さぁ? なんとなくです」
「笑顔は可愛いのになんか毒があるわ!」
でも笑顔が見れて幸せー! とか叫んでる先輩は最早私の手には負えません。さっさと学校に行こう、そうすれば解放されるはず。
「あ、待って依凉ちゃん」
「え?」
歩き出す私をすぐに引き止める。
「はい、アナタはこっち」
自然な感じで歩いていた位置を交換させられた。車道側にいたのに、歩道側へ。
あまりにも自然で。思わず驚いて少し上にある先輩の顔を見上げた。
「あら、どうしたの? そんなに見つめられると照れちゃうわー」
きゃっ、なんて可愛くもなんともない撫で声を出して先輩は、頬に両手を宛てる。照れるとか言ってるけど、こっちからしてみたら全然そんな素振りじゃないし。むしろ、気持ちわる……っとそんな感想は一時置いといて。
「そんなに気を使って頂かなくて、大丈夫です! 別にいつも通ってる道ですもん」
「そうね。──でも女の子ですもの、男の私が守るのは当然でしょう?」
「っ……」
じゃ、行きましょうか、なんて言って自然と車道側を歩く先輩。そう言えば、先輩と歩いていて(全て待ち伏せ)今まで車道側を歩いていたことがあっただろうか。
「……そう言うことされると調子狂う……」
思い返してみれば、ない。家の前で待ち伏せされようが、学校の門で待ち伏せされようが、一緒に歩くときはいつも私は歩道側だ。
「え? なあに、何か言った?」
「な、何も言ってませんっ!」
慌てて誤魔化しても、先輩はそれ以上追及してこなかった。
なんとも言えない想いを抱えながら、先輩と並んで学校へ向かった。
玄関で別れる前に、離れたくない、と抱き付かれるのはあと数十分後の話。
スキンシップ? いいえ、セクハラです。
(秋沼先輩、いい加減に離してください!)
(いーやー、依凉ちゃんと離れたくないー)
(ちょっと、どこに手を回してるんですか! それセクハラです!)
(セクハラなんて酷いっ! これはスキンシップよ!)
(んなわけあるかーーーーーー!!)
END