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二度目の天使の幸福  作者: 右枝
本編
7/19

7 剣士さん

 おじいさんが私を売った先は、街の教会でした。

 ラッキーです。

 はじめは娼館か、商家の下働きか、○×△にお売りになるつもりだったみたいですけど、前世を引きずりまくった私はなんと治癒術が使えたのです。

 私も驚きましたが、おじいさんはさらにびっくりしていました。


 それからは食事もずいぶんよくなって、三歳ぐらいで教会に引き取られました。

 あわや聖女候補になりかけましたが、珍しいけど前例がないわけではないことと、幼児であることを理由にその大役をまぬがれ、ほかの方が聖女になられました。正直よかったと思っています。

 他の神官候補さん方のほうがずっと優秀で、火をつけたり遠くの音を聞いたり、いろいろなことができますよ。

 それに私にはずっと気になっていることがあるのです――ここが前世と同じ世界なのかどうか。


 小さな身体を活用して、図書室に潜りこみあれこれ本を読みました。

 そして文章の中に天使族という記述を見つけたときは神に感謝しました。

 天使族の特徴も、私の知っているものとほとんど同じだったのです。きっと同じ世界に生まれたのだと、希望が持てました。

 そうなれば問題は時代です。

 ここがあの世界だとしたら、私が天使族として死んでどれくらいの時が経っているのでしょうか…あの子は、まだ生きているのでしょうか。

 なにしろ天使族のころはあまりにも引きこもって生きていたので、歴史上の出来事や文明の発達具合など、比較するものがないのです。


 天使族の寿命はおよそ三百年……ただし皆様、戦いの中でお亡くなりになったりされるので、寿命まで生きることはあまりないようでしたが、でもあの子は争いを避けて穏やかに生きているでしょう。

 もしかしたら、また逢えるのでは…?


 しかし相手は前人未到の地にいるひきこもり一族、連絡をとる方法が皆目わかりません。

 巨大な地上絵?のろし?

 ここは教会ですし、神様にお祈りしてみようかなぁ。


 それでなんとなく毎朝礼拝堂で黙祷を捧げていたら、熱心だと勘違いしてお褒め下さった神官様から、信じられないことを聞きました。

「きっと天使族様が、貴女の祈りを神へお届け下さるでしょう」

 !?

 よくよくきいてみると、なんと天使族が神の御使いだと言うのです。

 そういえば、壁にかかっている絵の中に天使族らしき姿が…


 え? ものすごい勘違いですよ。

 あの人たちはただの空飛ぶ爆発物です。

 血も涙もない鬼です。

 ううむ、お祈りも、あまり意味がない気がしてきました…。



 それから打つ手もないまま、なんと七歳になりました。

 

 神官見習いも忙しく、日々お祈りの勉強や小間使いの仕事に、農作業、魔法の勉強とあわただしく過ごしております。

 ちなみに魔法の才能は私からっきしで、何がダメって、魔法を使おうと思ったら力が全て治癒として放出されます。どうしようもありません。

 治癒の力はそれ自体が希少だからいいんですけど。


 どうしようかなぁ。

 運よくルイトベルトさんが空を飛んでたりしませんかね。

 すっかりなげやりになった七歳児が窓から外を見ていると……あれ、今日はなんだか下の街がにぎやかですね。


 年下の神官見習いの男の子が顔を輝かせて教えてくれました。

「えーっ知らないの!? 今日、ランドラム様が帰ってこられたんだよ!」

「? どなたですか」

「ランドラム様だよっ? ご領主様のご子息で、国一番の騎士で、すっげー強いんだ」

 へぇ、男の子はやっぱり騎士に憧れるんですね。

「ずっと修行の旅に出ておられたんだ! すげー」

「修行の旅…」

 人間にも脳筋がいたんだなぁと、感慨深いです。

「旅のこととかさぁ、修行のこととかさぁ、お話してくださらないかなぁ」

「うーん、どうでしょう…」

 偏見かもしれませんが、そういう方々って愛想が悪いですよ。

「もしランドラム様に呼ばれて治癒とかすることとかあったら絶対教えてよ!」

「はい」

 という会話があったことをすっかり忘れていました。



 今日は聖堂の掃除の日です。

 この街はほどほどの大きさなので、豪華な建物ではなく、床も壁も、研磨されていない石がむき出しでごつごつしていますが、私は素朴な感じで好きですよ。

 皆で手分けしてあちこちを掃除しています。

 集会用の長椅子を古布で磨いていたら、ふと天使族の描かれた絵が眼に入りました。


 祈りをささげる人々の上空に、天から舞い降りた五人の天使族が描かれていました。

 必死の形相で祈る民衆に、天使族は憐れむような、慈しむような表情をむけています。

 うーん…

「…完全に間違っていますね」

「これが天使族であるものか」

 おっと、かぶった。

 私の呟きとほぼ同時に、誰かの低い声が聞こえました。

 隣を見ると、いつの間にか男性が立っていて、彼も眉を寄せてこちらを見ています。

 えー……どちらさまで?

「何を知っている」

「え?」

「教会の子供だな。先ほどの言葉は?――何を知っている」

 男性は二十代か三十代か、茶髪の美形ですけれど、目つきが鋭いのが難点…ああ、既視感。この人ちょっと、前のお父さんに似てる。

「あの、天使族はもう少し………勇壮な気がして」

 くるしい。

「何故だ?」

「…勝手にそう想像していました」

 男性は納得できないといった様子でまだこちらを見ています。

 それはそうですよね『間違ってる』って言いましたからね。

 しかしこの男性も何かおっしゃっていたような…あんまり追求しないことにします。

 お互い教会の絵に難癖をつけてしまったわけですから。あぶないあぶない。


 男性は絵を見ながらぽつりと言いました。

「…天使族を、見たことがある」

 へぇ、驚きです!

 人間で天使族に合ったことのある人なんてはじめて聞きました。私は食いつきます。

「どこでご覧になったんですか?」

「遠く、…遠い国の山の上で」

 やっぱり辺境ですかー、きっと前人未到の秘境とかですね。

 はて?もしかしてこの方…

「旅をしておられたんですか?」

「…ああ」

「ご領主のご子息の、ランドラム様ですか?」

「…ああ」

 あらー、びっくりです。

 貴族の方って、あんまり平民としゃべったりしないんですけどね。

 私の勝手なイメージでは、お父さんのような冷酷非道なタイプだったんですが、実際のランドラム様は、剣士というよりも、学者のような…もっと言えば、お年寄りのような感じです。あくまで雰囲気ですけれど。

 この方、旅の祝福に来られたのかしら。

「また旅にでられるんですか?」

「いや…もう、旅には出ない」

 天使族の絵から眼を離さずにそう言われます。

 その声には、疲れと、苦悩と、羨望…?が滲んでいるような気がしました。

 なんだか複雑な方ですね。関わらないようにしようっと。

 あ、神官様に呼ばれました。私行かなくっちゃ。

 ちょっとだけ頭を下げて立ち去ります。ランドラム様はそれに気づいているのか、まだ絵を見ていました。

 でも背中越しに、ほんの小さな声でこう言ったのが聞こえました。


「やつらは神の使いなどではない」


 まったくその通りで可笑しくなり、走りながら、小さくふきだしてしまいます。


 あの方、何をご覧になったのでしょうか。



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