6 私
うっそー…
なんとまた、生まれ変わりましたよ。私です。
前世の記憶も、前前世の記憶もあります。
いや、さすがに日本人だったころの記憶はおぼろげですが…天使族だったのは昨日のことのようです。
うわー…転生した記憶をもって転生するとは…んん? 頭が混乱してきました。
ところでここはどこの世界ですか。
「あぁぁん、ぅぁぁぁん」
幸いと言っていいのか、前前世と同じく人間の赤ん坊に生まれかわったようです。人間ですね、オッケーオッケー、飛ぶんじゃなくて二本足で歩くほうですね。まかせてください。
しかしこの周囲の無反応ぶり。不吉なことに、前世を思い出し……あ、よかった。白ひげのおじいさんの顔が見えました。どうも、私のご家族ですか?
「捨て子か」
衝撃の事実……これはもうお父さんの呪いとしか…。
「ふん、さて…どうするかな」
切実に、拾っていただきたい。人間の赤子は三日ほっておかれたら死にます。
「しかたあるまい…どれ、―――紺か、珍しい」
眼と髪は前世のままらしいと判明しました。
とにかく拾ってもらえるようで、一安心です。ほっ。
「顔立ちも悪くないな。これなら少し育てば売れんでもない」
んん?
おじいさん、今不穏なことをおっしゃったような。
おじいさんが抱き上げてどこかへ連れて行ってくれますが…。
まあでも、命だけは助かったならばよしとします。
それよりも、ここはどこの世界ですか。
私は、知りたいことがあるんです。
あの子はどこ?
俺は天使族を見たことがある。
魔族と共に、幻と称される種族だ。
その姿は麗しく、荘厳で、背に二枚の白い翼を持ち、その膨大な魔力で竜とも戦い得ると聖書に伝わっている。
俺の国で天使族は神の御使いだ。
空より地上を見守りながら、神に代わり、人間に裁きと守護をもたらすとされている。
俺は知っている。
真っ赤な嘘だと。
あれはそんなものじゃない。
俺が天使族を見たのは、旅中の、断崖の続く山の頂上だった。
俺は騎士の家系に生まれ、戦で家格を上げた。故郷にて比類なき騎士と評されたが、名声も褒賞も嫡子の立場も、雑事と切り捨てて国を出た。
俺はただ、剣の高みに上がりたかった。
旅では多くの者達と切り結んだ。獣人も、不死人も、魔術士の放つ砲撃魔術すら切ってみせると思っていた。
何者と剣を交えても負ける気がしなかった。
剣の高みに、わずかなりとも手をかけていると…――そう、俺は驕っていたのだ。
あの山の頂。
俺は天使族と魔族の戦いを見た。
金の髪の天使族が手をかざし、それに応えるように魔族が剣を抜く。
空を埋め尽くす巨大な魔方陣が、積み重なるように展開され、あたりの地形がみるみる変わっていく。怯えるように雲が割れる。
小手調べに大規模魔法をぶつけると、彼らは楽しげに切り結んだ。
鐘のような高い音が山々に響き渡る。
嗚呼、俺は、これを見てはいけない。
神の技量を前に、ただ立ちすくんだ。
俺の天分も、修練も、彼らの前には塵と等しかった。
蟻の中にどれほど秀でた一匹がいても、虎はそうと気づかぬままに踏み殺すだけだ。
魔族の首が飛んだが、その時すら魔族は楽しげだった。
偶然首は俺の近くに落ち、天使族がほんの一瞬俺に眼を留め――
それだけだった。
天使族は眉ひとつ動かさず、上空に消える。
俺は恥もなく泣き喚いた。
これまで、剣を極めることだけ考えて、できうる限りの修練を積んできたはずだ。
それでも彼らと剣を合わせることすら許されないなら、何故神は俺を人として生んだのだ。
どうして、天使族に、魔族に、竜種にしてくれなかった。彼らにとって殺す価値すらないというなら、これ以上の屈辱はない。
剣を抜いて自刃して果てようとしたが、その時不思議と、故郷の街が思い出された。
一族の住む小さな城。
中庭の池、小さなパン、子供の摘んだ花の香り、城下町の素朴な人々。
手が止まった。これは何のための死だ?
俺はただ帰ればいいのだ。山を下り、蟻の世界へ。
俺は思い違いをした、一匹の小さな蟻に過ぎなかった。