5 イコ兄さん
俺の末の妹が二十年…いや、三十年前だっけ? に、死んだときに、その養い児が壊れた。
ガキだったのにえげつない魔法を使いはじめて、狂ったように魔族の領地に飛びこんでった。それでいつも死にかけてたけど、不思議と死ななかった。
あいつが十五のときに、妹の仇?…になるのか?の同族をヤッたときは、さすがに一族中で騒ぎになった。
殺したのはまあいいんだが、その方法がちょっとアレだったのだ。
ほとんど王族に近い同族に、ガキはご立派にも正面から挑んで、そいつを嬲り殺しにした。
丸二日間少しずつ端から刻んだので、苦しんで苦しんで、天よりもプライドの高い王族もどきが、最期には命乞いまでしたらしい。うげぇ。
しかしあのガキ、自分が殺せるようになるまで執念深く、ずーーっとそいつを殺す時期を図ってたんだろな。冷静なのか馬鹿なのかよくわからん。
ただそんときガキはもう、眼がイッちまってた。
「はは、『助けてくれ!』ですよ、おかしいですね。天使族が『頼むから、助けてくれ』って言ったんです。ね、おかしいですよね」
おかしいのはお前だ。
てゆーかお前、妹の口調で話すのやめろ。気持ち悪い。
あと妹の骨をいいかげん捨ててほしい。骨でなにやってんだ。
これ、そもそも妹の育て方が原因じゃねえかと思う。
お前ほんとに天使族か?ってぐらい、アホな育て方してた。雨にもアテズ風にもアテズって感じ。
そもそも末の妹はいろんな意味で一族の規格から外れてたんだが、なんつーんだ、口に出すのも痒いんだが、慈愛とかってもんがあいつにはあった。
最初に俺にあった時のセリフが
『お兄さん? お会いできてうれしいです』
だぞ?……そう言えば妹のあの口調、ダレからうつったんだ?確実に親父じゃねぇんだけど。
で、あのガキはその妹に愛情とかなんとかをモロに注がれて育ち、妹の陰からコッチを睨んでくるクソ可愛くねぇガキになった。
……正直、ガキの気持ちもわからんでもない。
あんな育て方されて、目の前で妹が殺されりゃおかしくもなるだろ。
俺が妹の身体を見つけたときにはもう三日経ってて、ガキは死んだ妹の傷口を手で押さえて出てもいねぇ血を止めようしていた。やつを引きはがすのがめちゃめちゃ大変で…。
妹は狂った魔族に羽根をもがれて、通りすがりの同族に切り殺された。
一族の中じゃあ、別に悲惨な死に方ってワケでもない。
ただ、あいつには似合わない死に方だった。
あの親父がしばらく荒れてたぐらいだからな。なんか俺もシャクゼンとしねーんだよ。
そんなこんなあったが、あのガキももう立派な成体だ。
ガキのあの魔力、デカすぎておかしいと思ってたら王族の血筋だったらしい。
言われてみると、あの派手な顔は王族系だ。
当然ながらあいつは血統にも実の親にも無関心で、相変わらず一人で魔族に特攻を繰り返している。
同族どころか魔族側にも気狂い認定されてるらしいから相当だ。
そんなに死にてぇなら、さっさと死ねばいいのにと思ってきいてみたら
『まさか。僕の命は、なににも換えがたく重いんです…あの人と引き換えになった命なんだから、他のすべての下等な生物を殺しつくしてから死ぬ』
とか言ってたから、まだしばらくは死なんらしい。
ところでその下等な生物には俺も入ってんのか気になるな。
そんな感じで今日も平和は平和だ。
暇つぶしに下界で遊ぶかーと、遠出してたら、通りがかった人間の街の上空で、珍しいもんを見つけた。
「あ?あいつなにやってんだ」
あの遠くからでも無駄に光ってる頭は、ガキじゃねぇか。
あいつ、魔族襲撃してねーときは妹と使ってた神殿に、骨といっしょに虚ろな眼で転がってるはずだが…なんで人間の街なんて見てんだ?
「おい、何してんだ」
「どうも」
ガキの返事もおかしい。なんつーか、普通だ。
「ついに人間殺すのか?人間って弱くてつまんねーぞ」
「――あの。気配がしませんか?」
「はぁ…?」
足元に広がるのは別に変ったところのない人間の街だ。規模はそこそこで、高さのあるものといったら、城と教会ぐらいだ。
「べつに」
「そうですか…」
ガキは心ここにあらずって感じで応えた。まぁ、関わるまい。
俺が飛び去る寸前に、あいつが呟いた。
「まるで、まるで、あの人のような…」
哀れなやつ。