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二度目の天使の幸福  作者: 右枝
本編
3/19

3 ルイトベルトさん

「え」


 呆然として、すぐ我に返りました。

 私は柱から飛びおります。


 赤ん坊は声もあげず落ちていき、じわじわと地面が迫ってきて――――空中で追いつきました。

 両手でキャッチし、振動を与えないようにゆっくり地面に着地します。

 よかった……まだ心臓が飛びはねています。びっくりした。

 羽根が痛いですが、それどころではありません。顔をのぞきこむと、ぱっちりと眼をひらいてこちらをみていました。

「ぴぃ」

 よし、怪我はなさそうです。

 親を呼ぶときの独自の声で鳴いています。

 その子は青みがかった銀髪で、瞳は薄い水色の中に金が混ざり、瞬くたびにうるうると輝いています。

 私の両手にすっぽり入るほど小さくて、白くて、柔らかいです。

「ぴぃ」

「よしよし、いい子…」


 私は地面の上から、空を見上げました。

 遥かに上に、お父さんの柱よりもさらに高い柱があります。そこからこの子は――誰かに放り投げられたのです。

「よしよし、いい子ね。もう怖くないからね」

 天使族は多産ですが、その総数はとても少ないのです。

 それはいっぱい途中で死ぬから…殺されるから。

 一族が続けてきたこの慣習が正しいのか、そうでないのか、私にはわかりませんし、例え否定してみても現状を変えることもできません。

 でも私はこの子を立派に育てて、生まれてきてよかったと思わせてみせる。


 お母さんの命と引き換えに生まれてきた私は、そうしなければならないと思うのです。



 自分の神殿に戻り、きれいな布を集めて、そこに赤ん坊を寝かせます。

 かつての自分と同じように衰弱しながら、それでも小さな手を宙にのばして必死に鳴いているこの子。

 手をとって抱きしめて、頬にキスをし、羽根でくるみ治癒を施しました。ああ、私はきっとこのために治癒の力を持って生まれてきたのです。

 おそらくこの子は生まれつき身体が弱くて、そのせいで捨てられたのでしょう。

 でも大丈夫。私が必ず健康で、強い身体にしてあげる。


 果物をすり潰してゆっくり口に運びます。

 少しずつ吸っていくので、気長に与えていきます。

 抱きしめて治癒をかけて、そのままいっしょに眠ります。

 そんな日々が何年か続きました。


「く、クー、クー」

 三歳になったルイトベルトさんは、私の名前のクロティラを正しく発音できずに、クーと呼んでいます。

 ルイトベルトさんの名前は、本に出てきた昔の偉人からいただきました。

 ちなみに私に名前をくれたのは、お父さんではなく三番目のイコ兄さんです。

「どうしましたルイトベルトさん」

「あみ」

「雨?」

 こんなに晴天なのに?と空を見上げると、私たちの神殿の上にだけ雨雲が浮いていて、あれあれと思っているうちに大粒の雨が降ってきました。

 神殿も、緑も、みるみるうちに濡れて色を変えていくのに、私たちだけが濡れません。

 雨が小さな水球になって、私たちの周囲でぷるぷると空中で止まっています。

「この雨、ルイトベルトさんですか?」

「あい!」

 虚弱だったこの子も、治癒術をかけ続けるうちにすっかり丈夫になり、今では雨を降らせるまでになりました。この感動を誰かと共有したいものですが、周りには血に飢えた脳筋しかいません。

「だっこ」

 小さな羽根でぱたぱたと飛んでくるので、手を広げます。

 かわいい声をあげるルイトベルトさんを抱きしめて、その上から羽根で包んで、雨で冷えるといけないので、治癒術もかけます。

「あみ。クーにあみ。あげる」

「はい、ありがとうございます」

 もしも天使族的美少年コンテストがあったら、間違いなくこの子が最優秀賞でしょう。

 儚げな美貌、青銀の髪に真っ白な肌、透き通った水色の瞳、なにより穏やかで人懐っこい性格。

 完璧です。天使。天使族じゃなくて、天使。

 その外見と関係があるのかはわかりませんが、彼は水の魔法をよく使います。ときたま雷をおとしたり、風を吹かせたりしているけれど、ほとんどは水です。

 こんなに幼いのに上手に術をつかいます。きっと才能があるのです。この子はたぶん天才です。


 治癒術をかけていると、彼の瞼が落ち、うっとりと眠ってしまいました。

 彼にとって治癒術は第二の食事のようなものなのです。よしよしいっぱいあげるからね。

 寝顔も最強にかわいいなぁ。




 今日もあの人の骨を抱いて眠る

 ひんやりした白い骨に、覚えているかぎりのあの人の笑顔を思い浮かべた

 笑い声

 優しい手

 優しい力

 あの人と見た夕暮れの空の夕闇に、紺の髪が溶けていって、あの人が微笑みかけてくれたこと。

 あの人の柔らかい腕と羽根に包まれながら、声をかけてもらって目覚めたこと。


 この世の何より美しいあの人は、塵のように捨てられたこの身を慈しみ、身を削るようにして生かしてくれた。あの人はいつも温かかった。

 あの人の骨を抱いているだけで、この地獄の中でほんの少しだけ救われる。


 でもふと、思った。


 あの人の骨なのに、どうしてこんなにつめたいんだろう。



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