2 天使族
いろいろとわかってきましたよ。
この世界には、天使族のほかにもたくさんの種族がいるようです。
獣人、水妖、金王種、精霊、魔精、魔族、そしてもちろん人間。
数では圧倒的に人間が多く、下界を見て街や村があったら、ほとんどの場合人間の集落だそうです。
異種族同士で共存している場所もあるようですけど、詳しいことは下に降りたことがないのでなんとも。私が生まれついたこの天使族ですが、言うなれば種族まるごと勝ち組です。生まれつき魔力が高くて、空を飛べて、見た目が美しいという…この世界に神様がいるなら、とてもひいきにされたんだなーという種族です。
このあたりの話は、すべて三番目のお兄さんに教えてもらいました。
私には兄が六人と、姉が四人いるそうですが、三番目のお兄さん以外は遠くから姿を見たことしかありません。
しかし遠目からでもみんなが色素の薄い美形だとわかりました。私の髪の色ってほんとに変みたいですね…。
私は主食を果物にしていますが、たぶん雑食です。
お腹が減って目の前にいた虫を食べた時も、べつにお腹を壊したりはしませんでした。
現在は野生の芋をほったり、食べられそうな草を食べたり、その辺に実っているすっぱい実を食べたり、まあそんな感じで生きています。
農耕ができる地形じゃないので、たぶん他の天使族も似たようなものを食べているんじゃないでしょうか。味はもちろん不味いです。
服は、放置されてから数か月後、神殿の地下室をあさっていたら発見しました。高そうな布がたくさん出てきたので、頭からかぶってほっとしました。これでようやく人様の前に出られる姿になれました。それまで全裸でした。
羽根をつかった飛行については、私には高所恐怖症だった人間の記憶があったためかなり不安で、飛べるかな、どうかな? と思っていたのですが、これが意外とすんなりいったのです。
それは空のすみきったとある晴天の日のことでした。
私は神殿の外で何度目かの羽ばたきの練習をしていて、おそるおそる羽根を動かしながら地面をけろうとしていたら、どこからか現れたお父さんに柱から投げ落とされ、地上数百メートルの高さから落下しました。
せめてお父さんを道連れにしたかったと思っていたら、私の意志とは無関係に羽根が動いていたのです。
着陸は無様で、擦り傷だらけになりましたけど、それ以来飛べるようになり今では歩くのより飛ぶ方が簡単です。
きっと人間と違って、本能に高い所から落ちる恐怖というものがないのですね。
お父さんありがとうって、言うわけがないですけど。
お父さんはごくたまに様子を見に来てくれます。ただほんとに遠くから見るだけです。
そして私は、お父さんやお兄さんお姉さんを見ているうちに、とうとう天使族の、ある重大な欠陥に気がついてしまいました。
あまりにもやることなすこと殺伐としていて、おかしいなーと思っていたのですが…。
彼らは三度のご飯より血が好きな、戦闘種族だったのです。
元より金髪である彼らの、その儚げなキラキラしい外見に騙されていました。
とにかく凶暴で、同族同士やもしくは魔族の方々へ、喧嘩を売ったり買ったりしています。
天使族が戦争以外で他の種族と交流がないのは、僻地に暮らしているせいと、あとなによりみんな性格がよくないせいだったのです。正直恥ずかしいです。
一族そろって暴力と血に興奮する脳筋なので、ピラミッドの一番上にいる王族も加えて、とにかく強いものが偉い、という構図になっています。つまり冗談ではなく弱いものは死ね、という社会です。ひー…泥まみれで芋ほってる場合じゃない。
同族間でもものすごく情が薄くて、お父さんが私の誕生を喜びもせず、小さくて弱そうだったので放置して去ったのも、種族的には別におかしなことではなかったのでした。
お父さんが私の治癒能力を「珍しい」と言ったのは、攻撃以外の能力を持っている天使族が他にいないという、とても嫌な理由でした。
天使族……高い知能も文明もあるのに、思いやりがないのでいつも戦争中という、非常に残念な種族。
元日本人の私としましては、肩身が狭いと言うほかありません。
一族の総数はそんなに多くなくて、たぶん全体で二百人ほどでしょうか。
ほとんど全ての天使族がこの独特な場所に住んでいて、この柱が高いほど住みついている一族の位も上がっていくのです。
見下ろす柱がたくさんあるので、お父さん…偉いんでしょうね。
私は戦えないので殺されても文句が言えないのですが、お父さんに珍しがられつつ放置され、のんびりと生きてきました。
もう何年でしょう。…三、四十年くらい?
一人で食べ物を探してみたり、ふらふら飛んでみたり、散歩したり、神殿にあった本をイコ兄さんに習いながら読んでみたり。
雨はよく降りますけれど、そのぶん森は豊かで、時には花も一斉に咲き出したりして、和やかなところです。
数年前に魔族との戦いで兄弟の誰かが亡くなったみたいですけど、ぼんやりしていて悲しくはないんですよね。
でも、なんだか寂しいような…下界に降りてみようかな。
そんなことを考えて、テーブルの端ぎりぎりを歩いていると、私の目の前を布で包まれた赤ん坊が落ちていきました。