イコ兄さんと末っ子
木の枝に座っているガキのガキを見つけた。末の三番目だ。
こいつは滅多にないぐらい髪が白くて眼の色も薄くて、なんつーかすげぇ人間うけしそうだ。たぶん人間の教会に放りこんだら面白いことになる。ちなみに俺が言うのもなんだが、人間が俺らを信仰しているのはおかしいと思っている。
「あ、イコおじさん」
俺に気がついた三番目はこっちに手をふってきた。なんでかこいつは顔が俺に似ている。
「よ。クロティラは?」
「お母さんはお父さんが連れていっちゃいました。そのうち弟か妹ができるかも」
――――あのガキ。やっぱ殺しとくか。
てかこっちのガキはまだ六、七歳だったと思うんだが、なんでこんなませたこと言ってやがる。
「あの、イコおじさんに相談があって」
顎をしゃくって促したら、ガキは小さい声で話しはじめた。
「なんだか最近、お父さんが僕らを見る眼があやしくて」
「は?」
クロティラ以外を世界のゴミだと思っているあの気狂いが?
「いつか殺されそうな気がするんです」
……そっちか。いくらあいつでもそれはないだろ。たぶん。
「おじいちゃんにも相談してみたんですけど…」
ちなみにこいつが最初に親父を「おじいちゃん」と呼んだ時の、ヤツの愕然とした顔は忘れられない。俺はアレで一生笑える。
「で?」
「僕の横を見て、上のほうを見て…それから、魔族の方に喧嘩を売りに飛び去って行かれました」
まぁそうだろう。
「ヤツにあんまり難しいことをきいてやるな」
三番目は子供らしからぬ溜息を吐いて言った。
「どうしましょう。僕一人でお父さんに反撃したって五秒ももちませんよ。上の兄さんは寝てばかりだし、下の兄さんはおじいちゃんと同じで刹那を生きてるし」
こいつも天使族らしくないな。クロティラとはまた違うが、あれこれ考えて生きてる感じがする。
「たぶん上の兄さんだけは大丈夫でしょうけど…」
「は? なんでだ」
外も中も、どう見てもあいつが一番ガキに似ている。もしガキがトチ狂ったとしたら、一番最初に殺すのはあいつのような気がしてた。同族嫌悪で。
「だってお母さんと髪の色が近いでしょう? お父さんてお母さんフェチだから、上の兄さんだけはとっておくと思うんです」
フェチってなんだ。こいつ賢いな。
「知ってます? お父さん、お母さんの抜けた髪をコレクションしてるんですよ」
「後で燃やしとくわ」
「あとお母さんの食べた後の果物の種を拾って、こっそりそれを食べてます」
「気持ちわり」
「この前はお母さんが寝てる間にお母さんの昔の骨を取り出して、お母さんの横に並べてぼんやりしてました」
「それも後で燃やしとくわ」
まだあったか。最近あのガキが得体のしれない生物に思えてきた。
三番目は妙にきれいな眼でこっちを見上げてくる。
「イコおじさん。僕と下の兄さんが突然いなくなったら、お母さんには僕らは長い旅に出たって伝えてくださいね」
「いや、その前にクロティラに言えよ」
こいつこの歳で悟ってるぞ。大丈夫かおい。
「そんなことしたら、僕は一瞬でお隣とそのお隣のご家族の二の舞です」
「それは知ってる。ってかお前よく知ってんな」
最近この柱の隣とその隣の一族は全滅した。
俺や親父も関係してねぇわけじゃねーけど、ほとんどはあのガキがやった。しかもクロティラの見てないところで巧妙に。このガキが言ってるのはそれだ。
ちなみに隣のやつらは別に何かしてきたってわけじゃなくて、ただの保険だ。
「まぁ…なんかあったら俺か親父を盾にしてうまく逃げとけ。歳くってるだけあってそう簡単には死なねぇし」
「はい」
ここで素直にはいって答えるのが、このガキとクロティラの最大の違いだな。
まぁ俺はだいぶこのガキを気に入ってる。本気で盾をやってもいいと思うぐらいに。
「あ、おじいちゃん」
その時偶然、親父が空中を通りかかった。
親父はぎょっとしたように三番目のガキを見ると、真後ろに跳ねてから直角に飛んで逃げた……こいつが苦手なんだな。
しかしヤツの動きが面白すぎる。俺は腹を抱えて笑った。
「あ、あれ、お前…」
「なんで僕は、おじいちゃんにあんなに嫌われてるんでしょうか」
「な、なかなかねぇぞ。すげぇな、お前――」
あれ? こいつの名前を頭の中で探してみて、そもそも覚えていないことに気がついた。
「そういやお前の名前なんだっけ」
「……」
ビミョーな空気になった。
口に出してからなんだが、ちょっとはわりぃなと思っている。
「レイリアです…」
ガキがなんか言いたそうに口ごもっている。言えよ。
「イコおじさんって…」
「あ?」
「お母さんのことすごく好きですよね」
はぁっ!?
「おい、なんでそうなる」
クソガキはやれやれと言わんばかりに深い溜息を吐きやがって。こいつ…。
「おじさん。お母さん以外の誰かを、名前で呼んだことありますか」
「………」
「ね」
なにがね、だ。なにが。ガキは首をかしげてもう一度言った。
「ね」
「かわいくねぇガキ」
「ごめんなさい、イコおじさん」
やっぱりこの首ねじきろうかな。