14 幸福な
それで天使族にしては短い、人間にしては永い時間が経って、私はルイトベルトさんの子供を産みました。
意味がわかりません。
私もちょっと混乱しているので、順を追って話したいと思います。
まず天使族の住処に帰って驚いたのは、前私とルイとベルトさんが住んでいた神殿が、知っているころと全く変わっていない点でした。どこもかしこも、崩れかけている部分まで記憶のままです。そしてそれよりもさらにびっくりしたことが一つ。
「ルイトベルトさん…これはなんですか…?」
私はふるえながら、敷布の中にうまっている白いものを指さしました。
どう見ても骨に、さらに言うと頭蓋骨に見えるのですが…いえまさか、骨と寝る人なんているはずがありません。きっと石膏で作った芸術作品とか、そんな感じですよね?
「一人目のクロティラだよ?」
まさかの私でした。
「僕とクロティラはあれからもずっと一緒だったんだ」
ルイトベルトさんは天使の笑顔で言います。
問答無用でイコ兄さんに壊してもらいました。
イコ兄さんが「よしきた」と言って、ものすごくイキイキと私の頭蓋骨を粉砕していたのが印象的でした。
「うわぁあああああああ――っ」
「ルイトベルトさん。骨は骨です」
ルイトベルトさんはだいぶ取り乱していましたが、撫でて治癒をかけると落ち着きました。こういうところは昔のままですけど、もう少し他人の気持ちも慮ってほしいなと思います。
具体的には自分の頭蓋骨と対面した私の心情も考えてほしいと思います。
「クロティラが、クロティラクロティラがクロティラ、ああ、でも二人目のクロティラが…大丈夫、ここにいる大丈夫、幸せだ、僕は幸福なんだ…」
思ったのですが、ルイトベルトさんてちょっと性格が変わった?
お父さんは相変わらずでした。
突然庭に現れたと思ったら、無言で私を見てから
「ダメだな。弱い個体だ。すぐに死ぬ」
と捨て台詞を吐いて飛び去って行きました。私が生きているうちにハゲるといいなぁ。
しかしお父さんのおっしゃることももっともなのです。
そもそも人間は天使族に比べて寿命が短いうえ、天使族は人間のことをしゃべる雑草ぐらいにしか思っていないので、出会いがしらに殺されてもおかしくありません。
死ぬときはルイトベルトさんに迷惑をかけないようにしようと覚悟していましたけれど、不思議なほどに他の天使族に会いませんでした。
よかったです。
たまに遠くでお父さんやイコ兄さんが、同族相手にドンパチしておられるのを見ましたが、そろそろいいお歳なので血気盛んなのもほどほどにしていただきたいです。
「野蛮だね」
眉をひそめてルイトベルトさんが言います。その通りです。少なくとも争いごとを好まないルイトベルトさんは、巻き込まないようにしてほしいものです。
そして私に月のものがきてからしばらくして、ルイトベルトさんに押し倒されました。
ん? 順を追ってもやっぱり意味がわかりませんね。
なんだかルイトベルトさんがそわそわしているなとは思っていたんです。血の臭いが気になるのかと毎日水浴びしていたら…まさかかわいいルイトベルトさんに襲われるとは…。魂が飛びそうでした。
次の日ぼろぼろになった私を見て、イコ兄さんとお父さんが珍しく顔色を変えていました。しかしルイトベルトさんを襲撃しようとなさったので私が相手になりました。あの子の命がかかっているのです。
そして私は、いるかもしれない次の方のために声を大にして言いたいと思います。
卵です。
子供は卵で生まれます。
天使族の子供を他種族が産んだのは、私がはじめてなんじゃないでしょうか。
彼らは本能でビビっときた相手と番うので、他種族を選ぶということがないみたいですね。私、人間なんですけど、ルイトベルトさんの本能はどうなっているのでしょうか。そして私の身体はどうなっているのでしょうか…。卵…?
一度の出産で一個ずつ。長男、次男、三男とみんな男の子でした。
みんなかわいい、いい子たちです。
外見だけで言うなら長男はルイトベルトさん似、次男はお父さん似で金髪、三男は白い髪ですがイコ兄さんに似ています。
しかし長男が黒髪なんですけど。
幸いなことにマイペースな長男は全く気にしていないようでしたが、これは完全に私の前々世の影響のような気がします。
さらさらの銀髪に生んであげられなくてごめんね。
柱の端に腰を下ろして足を遊ばせ、絶景を見渡します。ここから見る景色はいつだって天国のようです。
私が落ちてもいいようにルイトベルトさんが腰を捕まえてくれていて、左右には子供たちがいます。子供たちはもう自分の小さな羽根で飛べるようになりました。
最近時間が経つのが遅いような気がしていましたが、それでも確実に時は過ぎているのです。
人間である私はルイトベルトさんより、そして子供たちよりずっと早く老いて死ぬでしょう。けれどそれが少しも怖くありませんでした。
「ルイトベルトさん。私を見つけてくれて、この子たちを与えてくれて、ありがとう」
ルイトベルトさんは何も言わずに、あの天使のような顔で微笑むだけでした。
やさしいルイトベルトさんとかわいい子供たちがいて、頼りになるお兄さんと、いつまでも元気なお父さんがいて、私は幸福です。
一度生まれ変わって、そしてもう一度生まれ変わることができた私は、きっと世界の誰よりも幸せなのです。
目もくらむような日々に陶然とする。ずっと頭がぼんやりしていた。
クロティラが生きて、動いて、話している。これがもし夢だったら、目覚めた瞬間に今度こそ死のう。
今のクロティラは人間で、前にもまして儚く弱い存在になっていた。だから人間が持っていた金王種の鱗を、クロティラが眠っている間に体内に埋めこんだ。
竜の膨大な魔力がクロティラの命をのばすよう内側から操作する。クロティラの中は温かかった。わざと時間をかけて操作し、たくさん僕を飲みこんでもらう。イコ兄さんとその父親がうるさかったけれど、僕を後ろに庇うクロティラの気高さに息をのんだ。確認のために子を産んでもらったけど、クロティラは間違いなく天使族に近づいている。この時を少しでも引きのばすことが今の生きる目的だ。
ただクロティラを束縛する意味もあってつくった子供たちは、やっぱりいらないとわかった。僕とクロティラの時間を奪うだけだ。殺したらクロティラが悲しむかもしれないから、どこか戻ってこれないくらい遠くに捨てたい。
ただ一番目の髪の色だけは気に入っていた。夕闇に溶ける、クロティラの色に似ている。
ある時ぼんやりと彼女を見つめていたら、クロティラが言った。
「ルイトベルトさん。私を見つけてくれて、この子たちを与えてくれて、ありがとう」
クロティラ
貴女は一度、そしてもう一度。僕に全てを与えてくれた。
もう三度目はいらない。だから、貴女をもっと、もっと深く愛して、終わりたい。
脳裏に動かなくなった貴女を食べて、歓喜の中で死んでいく自分の姿が閃いた。
嗚呼
やっぱり僕は幸福だ。
読んでくださった皆さま、ありがとうございましたー