11 戦争
戦争がはじまりました。
この世界の戦には、ある程度の決まった形式があります。まず遠くからお互いに魔法を撃ち合って、次に弓、その後に剣や槍を用いての白兵戦が行われるのです。
でもこの戦は今、初戦の魔法の打ち合いの時点で味方が総崩れとなりました。
むこう側から信じられないほど大きな魔法が次々と飛んできて、味方に当たります。人が吹き飛んでいきます。
魔法は一カ所から放たれていて、まるでたった一人でこの砲撃魔法を撃っているようでした。
「馬鹿な…」
近くにいた衛生兵のおじさんが、呆然と呟きました。
前線から遠く離れたところにいる私たちにも、この魔法の異様さが分かります。
この魔法は人間の領域を超えていました。怪我人が運ばれてきません。味方にはその余裕さえないのです。
人が、ただただたくさん死んでいきます。
私は走り出しました。
「おい! 待て、どうするんだ!?」
どうするんだろう、どうしよう、これ私たぶん死にます。
すぐに人間が焦げる臭いと、血の匂いがしました。悲鳴が大きくなります。
地面に横たわっているお腹が焼けた兵士がいました。私は治癒魔法で火傷を治します。
傍には足が無くなった兵士がいました。血を止めるためにとにかく傷口だけ癒してふさいでしまいます。
眼を押さえて呻く兵士がいました。手を無理やり引きはがして癒します。自分で立って、逃げてくださいね。
折れた槍が突き刺さった兵士がいました。槍は三回引っぱったら抜けました。治癒をかけます。
顔が半分潰れた兵士がいました。治癒をかけます。
身体の半分が焦げている兵士がいました。この人はもう手遅れです。でも痛がっているから、治癒をかけます。戦争なんてしないほうがいいのに。
背中が焼けた兵士がいました。治癒をかけます。暴れるので、押さえつけて治癒をかけます。でももう私の魔力のほうがダメかもしれません。その次の兵士にもなんとか治癒をかけます。
鼻血がぽたぽた落ちていきます…もう魔力が切れるかな? しだいに悲鳴が遠くなっていきました。音が聞こえ辛いです。
たぶん最後の一人、その破れたお腹を治します。
じわじわともどかしいぐらいゆっくりふさがっていく傷を見届けて、魔力が切れました。天使族だったころにくらべて、なんて早いんでしょうか。
なんと私は、この期に及んでみっともなく震えていました。見上げた空から、砲撃魔法が降ってきます。
い、痛いのかなぁ、それとも一瞬かなぁ。自業自得だけど、ルイトベルトさんに逢えずにここで死ぬのは悲しいなぁ。
次もこの世界のこの時代に、私として生まれることができるのでしょうか――――それともこれでもう終わりなのでしょうか。
視界いっぱいに巨大な魔法が迫り、私は衝撃を待ちました。
……痛い?
……いえ、痛くないです。
まだ生きています。
すぐ目の前に男性が立っていました。
その背中から伸びた大きな翼が影になって、私を魔法から隠しています。
彼独自の青みがかった銀髪が風に乱れ、そして魔法の衝撃はそれだけでした。
昔のような笑顔はなく、ただ水色の瞳でじっとこちらを見ていましたけれど、私がかわいいあの子を見間違えるはずがありません。
「ルイトベルトさん?」