10
眼を疑った。
空から白い鳥のように、舞い降りてくる。
もしや――いや、間違いない、あの時の天使族だ!!
妖精族の偵察を見たという警告を教会から受け、空を警戒していた。そこで全く別の巨大な気配がひっかかり、ついに街の外れ、城壁の外で見つけたのだ。
全身に震えが走る。
まさか、まさか、まさか、俺を探して…?
天使族は街の外に一本だけ立った木を目指して降りていく。
木の下に、何かがいるようだった。あれは人か……?
距離が離れすぎていて確かではないが、子供…髪の長い少女のように見える。
紺の髪?
なにかが脳裏に閃いたが、それは驚愕に塗りつぶされた。
その少女と天使族の男は、確かに言葉を交わしていた。
天使族とは、人と会話をする生物なのか?
魔族の首を飛ばしたあの天使族の男が、口を開き、少女の言葉に反応する。
天使族の気配は凪いでいた。
遠く離れたその場所を、絵画の中のごとく眺めるほかなかった。
俺はそこに一歩も立ち入ることができない。
天使族の男はすぐにまた飛び立った。
空よりしばらく眼下の少女を見ていたその天使族は、ふり切るように飛び去り、空の中に消えた。
後には木陰に少女が残された。
少女はそれを見送ると木陰から抜け出し、街へと歩いてくる。
その姿を見て鮮明に思い出した。
教会の、あの時の子供だ。
少女は俺に気付くこともなく、何事もなかったような顔で路を歩いていく。
俺のこの感情は?
少女を追いかけて、すべてを問い正したかった。
それどころかあの少女を切り捨ててしまいたかった。
俺のこの感情は。
この感情は。
俺は、あの少女が――――妬ましかった。
あれ…親父が腕なんか組んで考えこんでるよ。
しかもよりによって、ガキの住処の上だ。親父ってあのガキには毛ほどの興味もないと思ってたけどな。
それより親父…頭を使うなんて高尚なことできたんだな。ちょっとびっくりした。
「あんたなにやってんの」
「………」
「孫見に来たか?」
冗談だったんだが、すげぇ嫌そーな顔をした。そんなに嫌がんなって。
親父はしばらくだんまりで動かなかったから、刺してみようかなぁと剣を抜いたらようやく言った。
「八番目を見た」
八番目?八番目って―――おい、クロティラか?
「……親父」
俺は精一杯優しげな声をつくって言ってやった。
「クロティラは死んだだろ」
「見た」
「そっか親父、ボケたのか。けっこういい歳だもんな」
「………」
なんてこった、何も言い返してこない。
「ま、最悪でクソみたいな親父だったけど、ようやく死ぬと思ったら、そうだな…」
心底どうでもいいや。
「………」
なんか言いたげだった親父は、四、五発魔法ぶっ放してから黙ってどっか飛んでった。
どうしたどうした、なんだ今の気の抜けた攻撃は。ほんとに死ぬのかな。
なんか羽根がぞわっとしたと思ったら、いつの間にか下から、ガキが不気味な眼でこっちを見てやがった。
そして危ない感じに眼を細めた。
「やっぱり」
なにがやっぱり?
「クロティラは生きてたんですね」
…げろ。
「…おい、親父がボケただけだ、本気にすんなよ」
「ようやく僕に逢いに来てくれるんですね」
――やべー、ただでさえ壊れてんのにどうすっかな、面倒だな。
「でも、こんなに待っているのに…どうしてすぐに来てくれないんでしょうか」
ガキの気配が数十倍に膨れ上がって、大魔法の発動前みてぇになったが、実際は感情が高ぶっただけだ。あー王族はこれだから…。
「そうか!あの時羽根がなくなったからクロティラは飛べないんだ!」
「……」
「僕が迎えに行ったら、きっと驚いて、喜んで…」
あ…なんかわかったような。
「またあの声で、名前を呼んでくれるでしょうか」
俺はガキの眼を真正面からのぞきこんで確信した。
「あのさ、おまえほんとはちゃんとわかってんだろ」
「はい?」
「死人が生き返るわけないって」
喜色満面って顔が、さっと能面になる。
「お前さ、狂ったふりしてても、実は正気だろ。で、必死で壊れたふりしてんだ。あいつが死んだのが嫌で」
ガキはしばらくじっとこっちを見てたけど、またにっこり笑って
「クロティラを迎えに行かないと」
って言って飛び下りて行った。どこ行くつもりなのかは知らね。
あーあ…面倒だな。
命張ったクロティラの手前、今までやらなかったけど、いっそ一思いに殺してやるのが親切かもな。