憤る少年
薄暗く、不気味な林道に馬車が走っていた。
その馬車の中には、困った顔をした男と不機嫌そうな少年が居た。
男は少年をジッと見つめるが、少年は一向に男と目を合わそうともせず、外の景色を眺めていた。
「……馬車の乗り心地は…良くない?」
恐る恐る男は少年に話しかけようとするが、それでも少年は男の目を見なかった。
そして少年はようやく外を見ながら口を開く。
「父さんは変わったね。昔はそんなんじゃなかった」
その言葉を聞いた男は、思わず顔を伏せてしまった。
「どうして父さん…アイツらなんかに頭を下げたんだよ。昔、アイツら…悪魔共と戦っていたんだろ?」
「いや…その…」
返答に困る父。それでも少年は容赦なく父に問いかけた。
「別に父さんは何もしてなかったじゃないか。アイツらが因縁吹っかけてきたんだよ」
「昔、僕や友達に言ってたじゃないか。『死んでも悪魔共なんかに頭下げるか』って」
父は少年の容赦無い言葉にロクな反論が出来なかった。ただ『戦いに負けたんだから仕方がない』と、言うしかなかった。散々エバってきた『ツケ』が回ったと、父は思い肩をすくめて押し黙った。
悪魔と悪夢。
両種族は同じ魔界からやってきた種族。
魔界で暮らしていた悪夢達の殆どは、魔界で行われる幾多のも戦争に出向いて傭兵として生きていた。
そこそこの裕福な暮らしも出来ており、悪夢の貴族が出来る程だった。
それに比べて悪魔達は、魔界にある貧民街に住み着いていた種族である。
とても貧しく、同じ種族同士と争ったり、魔神と呼ばれる種族に迫害されたりと散々だった。
戦争が落ち着き、秩序が生まれ始めた頃、悪夢達は新たな新天地を求めて魔界から出て行った。
これをチャンスと思い悪魔達は、元々悪夢達が住み着いていた所を不法占領して、悪魔達は長年そこに住み着いて力を蓄えた。
充分に力を蓄えた悪魔達は、悪夢達が移住した場所を攻めに行ったのであった。
『冥界』
現世で死んだ者が住む世界。
その冥界に悪夢達は住み着いた。その場所はとても美しく自然が溢れる場所であった、冥界の最北端に位置する場所で、丁度誰も住んでいなかったので、悪夢達はここに移住した。
悪夢達が冥界に移住してから数年後。悪魔達が攻め込んで来たのである、何年も戦いも訓練もしていなかった悪夢達は5年で悪魔達に降伏してしまう。
それからと言うものの悪夢達は酷い仕打ちを受けていた。迫害はもちろん、差別もされた。
昔住んでいた所から追い出されて、東へ追いやられて、毎日薄暗い不気味な林と山の中に住まされた。
別に悪魔に対して迫害も何もしていない悪夢達を狙ったのが、少年は許せない訳ではない。
こんな酷い仕打ちを受けているのに黙っている大人達が許せないのだ。
悪夢達は傭兵で悪魔達はどちらかというとチンピラも同然…負けたのは許すとしても、そんなチンピラみたいな連中に傭兵が反抗も何もしないのがどうも納得いかないのだ。
少年の父親も元は傭兵であり、何度も戦争に出て鬼神の如く戦って、誰からも憧れられる存在であり、少年はそんな父を誇りに思っていた。
そんな父が調子に乗って大口を叩いていたばかりに、悪魔達に負けた後、完全に意気阻喪した父に対する失望が大きかった。
「その…父さんの事嫌いになっちゃったかな……?」
エヘへと頭を搔きながら少年に尋ねると
「いいや?寝ぼけて母さんのワンピースを着たり、タワシ食べたりする所、好きだよ?」
ブスっとした表情でそう答えた。
皮肉で言っているのだろうが、『好き』と言ってくれて父はホッとした。