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第九話 Carpe diem

※間違いなく「箱庭でかく語りき」です

第九話 Carpe diem


 【箱庭】の地下、

それは神代の時代より存在する広大な空間が広がっていた。

湿気を多分にはらみ不快指数が高い空気、

足下や耳元で何か蠢いている気配、

本当にここは都市の地下なのかと疑いたくなる場所だった。

4人は体力温存や精神疲労を考慮してか、

無駄口を叩くことは無く着実に前を見て進んでいた。

数百段の下へ降りる階段を降りた後、一本道が姿を現した。

少々視界は開け圧迫感は弱くなったものの視界不良は依然と続いており、

先頭を行くチェスターはあまりにも代わり映えのしない状況に、

常人より過酷な環境下での耐性があるとはいえ精神的にかなり参っていた。


「……

 (なんだってこんなところにこんなデカイ空洞があんだよ

 ……つか喫茶店と繋がっているとか意味不明も良いところだっつの)」


 チェスターの脳裏にはどうでも良い事ばかりが頭に浮かんでは消え、

さらにどうでも良い想像が脳内を巡り負のスパイラルと化していた。

全てはこの暗闇と狭い空間のせいであろうか、

仲間が居なければ発狂してもおかしくはなかった。

チェスターはぱんぱんと自分の頬を二度はつり気合いを入れ直す。

こういう時、《シャドウ》に襲われたりしたら

自分どころか仲間まで危ない。

危機管理は常に意識しているが今こそ発揮するときである。

チェスターのすぐ後ろを歩くセシルは、

チェスターの小さな変化に気づいていた。

《ペルソナ》の力を使い

自身の感知能力を増強させているからこその芸当と言える。


「……チェスター、少し休みましょう。

 先はまだありそうですし、無理をする必要はないと思います。」

「あ……ああ、そうだな。」


 セシルの優しげな声に、チェスターは少し弱々しく同意の声をあげた。


「セシルさんの案に賛成。」

「さっきからずっと《シャドウ》達の気配をオレでも感じますね

 ……先頭を行く先輩の気苦労には頭が下がるっすよ。」


 少し間を置いてチェスターは地面に座り込み言葉を返した。

かなり疲弊しているようである。

チェスターの言葉に応じてセシル達も腰を降ろし、

疲弊した身体を少しでも回復させようと努めていた。


「……連中、俺達をただ見ているだけで動きを見せやがらねぇ。

 つかず離れず、ただ見ているだけ。

 あーあ気持ちわリィ……。」

「チェスター、少し警戒を緩めてください。

 フォローはあたし達でやりますから。」


 セシルが心配そうにチェスターの額に手を当てる。

手当とはまさにこのことである、というのは置いておくとして、

セシルは《ペルソナ》の能力を活かしチェスターの体調を回復させていた。

淡い白い光がセシルの手のひらを伝って

ゆっくりチェスターへ伝わっていく。

この《ペルソナ》を使役する回復能力について、

一体どんな仕組みなのかセシル自身も良く判ってはいない。

ただはっきりと解るのはこの力で、

同じペルソナ使いの人間を癒す事が出来ると言うことである。

癒しの光は暗闇の中ではより輝きを増していく。


「今、あたしに出来ることはこのくらいです。

 お願いですから、じっとしていてください。」


ペルソナ使いの疲労やモチベーションは、

《ペルソナ》の能力にダイレクトで影響が出てしまう。

故なのか、ペルソナ使いは総じて年若い者に発現する傾向があった。

この4人も学生時分に覚醒しており、

かれこれペルソナとの付き合いは数年にも上る。


「ありがとうセシル、さっきと比べても随分といー気分だ。」

「いえ、これもパートナーの務めですから。」


 ちょっとだけ照れた様子でチェスターの礼に応じるセシル。


「エレナ、カイト、お前等もセシルから回復をしてもらっておけ。」


 チェスターは真顔になり、

自分たちはまだ大丈夫だと合図する二人を諭すように言った。


「これは俺の勘だが……、

 ヤバイ感じの《シャドウ》……いる気がする。」


 チェスターが言ったヤバイ感じの《シャドウ》とは一体何なのだろうか。

察知能力に自信のあるセシルはまだ感知していないらしく、

疑問の声をあげていた。


「勘とは言え貴方の勘にはこれまで幾度も助けられました。

 否定するつもりはありませんが、

 あたしの能力でもまだ何も感知していませんよ?

 勘というくらいですから確証はないのでしょうが、

 何か予感めいたものでも?」

「あー、なんつーんだこういうの。

 あー、あれだ。ここに入った時から、

 喉に刺さった骨みたいな違和感が消えねぇんだ。」


 チェスターの見解を聞いてエレナとカイトは少し考えた後、

チェスターの見解に理解を示した。

エレナとカイトもまた過去幾度もチェスターの

言いようのない勘に助けられた事がある。

普段の行動班こそは違えど今は同じ場所で共に戦う仲間である。

《シャドウ》がいるいないの話では無く、

チェスターを信じようとエレナとカイトは思っていた。


「対シャドウ戦に関してのチェスターは、

 最高クラスの判断力と知識を持つ戦士。

 それはみんなも知ってるでしょ?

 この状況下で万に一つの可能性は無視できないわ。」

「そうっすよね。

 こういう時のチェスターさんの勘は本当にあたるんだ。」

「褒めてもなんもでねぇぞカイト。」

「誤解しないでくださいね、

 あたしがチェスターを疑うなんてことはあり得ません。

 ただ何か索敵において手掛かりがあればと思って聞いただけですから。」


 セシルは両手でエレナとカイトに触れ、引き続き癒しの力を発揮した。


「何事もバランスってやつ?

 俺が大雑把だが、セシルは細かいからな、丁度良いんじゃねぇの?」

「細かいのでなく、チェスターが適当過ぎるんです。

 あたしの話、ちゃんと聞いてます?」

「……さぁてね。」


 しばらく一本道を進んだ後、

今度はかなり広い暗闇だけが居座る空間に出た。

突然、開けた空間に出た事も有り、

方向感覚に狂いが出てしまう恐れがあった。

チェスター達は壁伝いに進むことにした。

カイトから光源を天井付近まで飛ばし

空間を照らせば良いのでは、という意見も出た。

だが、わざわざ自分達の居場所を敵側に知らせる必要はないし、

敵は大方は《シャドウ》で決まりである。

無駄な戦闘をして傷を負うような事や

疲弊する事もないだろうとエレナに一蹴されていた。


 どのくらいの時間、この広大な暗闇の中を進んだのだろう。

だが始まりがあれば必ず終わりはやってくる。

壁伝いに進み、小さな角を曲がったその時、

彼等の目に数時間ぶりの光が映ったのだ。

光の大きさから比較的近くにあるようで、

すぐにその正体を突き止めることは出来ないが、

現状を打開する大きな変化だった。

例えそれが終着点の光だったとしても。


**********


「凄い、こんな深い自然窟の奥に人工物がこうも……。」


 4人は程なくして光の下へ辿り着いた。そして言葉を失った。

そこは今までの自然窟とは一線を画した人工物がひしめいていたからだ。

指令では神々の時代となっていたが、

それは流石に言い過ぎではないかと思われる。

中世様式の如何にもと言わんばかりの金属製の台座、

木製の椅子、異教の紋章で意匠された長剣に盾、

そして地面に描かれた幾何学的な文様。

その様子を見て開口一番、感嘆の声を挙げたのはエレナだった。


「骨董的価値ありすぎっ!」

「どー見てもこの国の文化や宗教絡みのモンじゃねーよな、

 どっちかっつーと西側か。」


 チェスターは地面に転がっていた胡散臭さ最高レベルの剣を持ち上げる。

何やら複雑な装飾の入った長剣だったが、

光量が少ないところで見ている事もあり

あまり美しいとは言えないものだった。

何を思ったかチェスターはぶんぶんと振り回す。

すると剣はぽっきりと根本から折れてしまった。

腐食が進みいかに硬度が高い金属とはいえ、

経年劣化には勝てなかったようである。


「かなり古い時代のものですよね、適当に言っても数百年前は堅い。」


 ずっと黙りこくっていたカイトは、

目を輝かせながら興味津々で見て回っていた。

元々考古学や史学の勉学の為に留学していたのだが、

とある事件でペルソナが覚醒してしまい、

状況から今まで帰国出来ずにいた。

カイトはこの東側の国の出身でもあったので、

今回は帰省も兼ねた任務だったのである。


「どう考えてもこの場所はブラックだよな。」

「ええ、ノワールですね。」

「大人しく黒って言いましょうよ。」


 チェスターとセシルはそう言いながら、自身の獲物に手を掛けていた。

探知能力の高いセシルは目配せをしてチェスターに伝えていたようである、

既に敵に見つかり監視されていると。

ほんの少しの変化ではあるが、

その変化に気づいたエレナとカイトもまた、

敵にはっきりと気取られない程度に手の向きや足の向きを変え、

いつでも立ち回れるように動いた。


『んだよ、もうバレちまってんじゃねぇか。

 ちょっと前まではケツに殻ついてたクセによ。

 察知はセシルか、おっかねぇ女になったもんだぜ。』


 今まで誰もいなかった空間に突如、

右半身を黒、左半身を赤で着色された

異様なデザインのスーツを身に纏った男が現れた。

文字通り一瞬のうちに。

顔には仮面舞踏会で使用するようなアイマスクを着けていた。

そのアイマスクもアルカイク・スマイルを象っており、

さらに異様な雰囲気を醸し出している。

口調は軽いが、その圧倒的な威圧感に4人は警戒の色を更に強めた。


「どうしてお前がセシルの名と力を知っている。」


 語気を強め、チェスターは腰に差していたロングソードを抜き放つ。

チェスターの動きに呼応してセシル・エレナ・カイトもまた

いつでも切り込める体勢をとった。


『あ?

 んだよお前等、オレ様を忘れちまったのか?

 なぁチェスター。』

「なっ!?

 ……何者だお前はっ!」

「チェスター、落ち着いてください。

 熱くなっては相手の思う壺ですよ。」


 アルカイク・スマイルの男は

オレ様のことを忘れるなんて酷いじゃねぇか、

と嘲笑しながらゆっくりと顔に着けていたアイマスクを取った。

そこに現れたのは端整な顔立ちの20代半ばの男の顔があった。

睨み付けるような表情の中に、より狂気を感じさせる金色の双眸。

4人は彼の顔を見るや否や、言葉を失ったのだった。


「……こいつは何の冗談だ……なあセシル。

 聞いてくれよ、今までの人生でこれほど面白くない冗談は初めてだぜ。」

「それは奇遇ですねチェスター、

 あたしもそう思っていたところです。」

「……どうしてアンタがここにいるの!?

 2年前の事故で死んだはずじゃ……。」

「タツヤさん……本当にアンタがここにっ!?」


 アルカイク・スマイルの男は不敵な笑みを浮かべながら

カイトの質問に対して首を縦に振った。

その動作に思わず斬りかかりそうになるチェスター、

セシルが必死に彼を止めていなければどうなっていたことか。


『まあいいじゃねぇか、

 今、オレ様はお前等の目の前に居る。』

「ゾンビのつもりかよ、

 死者が現世に出て来てんじゃねぇよ。

 ルール違反だぜ。」

『んだよ、そんなクソみてぇなルールいつ誰が決めたんだよ。』


 タツヤとは、2年前の護送機墜落事故により、

任務へ向かう途中で事故死したチェスター達の仲間である。

事故まではチーフの下でチェスター達と共に

任務をこなしていたエースと呼ばれる程の腕を持つ戦闘員だった。

口が悪く決してガラの良い男では無かったが、

覚醒したばかりの年若い彼等にとって、

タツヤは良い兄貴分でもあった。

しかし2年前、事故にあうその前の一週間程度の間、

タツヤは要注意人物として監視対象となっていた。

思想面でのシャドウへ傾倒する発言、任務中の態度など危険人物扱いだったという。


―クソみたいな世の中なんてよ、もうどうでもいいって思わねーか。

 法に縛られ、生に縛られ、時間に縛られる。

 どーせオレ達人間は遅かれ早かれ80年程度の寿命で死ぬんだ。

 よっぽど《シャドウ》共の方が本質的には自由な気がするぜ ―


 酒を飲みながら冗談めかして言っていた事だったが、

その時の表情は真剣そのものだった、と

酒の席に同席していた者は語っている。

そして事故原因不明のまま処理された護送機墜落事故、

真相は闇の中に消え去ったと思われていた。

だが、チーフからの突然の指令と

目の前のタツヤを目の当たりにして

水面下ではまだ続いていたんだなと4人は解釈していた。


『……お前等、オレの邪魔しにきたんだろ?

 いいぜ、かかってきな、お前等のペルソナも頂いてやるよ!』


――《ベリアル》、さぁ仕事だ ――


 タツヤは指をパチンと弾き、

かつて自身が使役していたペルソナ《ベリアル》を召喚した。

《ベリアル》とは、

チェスターが使役する《ネビロス》同様に

グリモワールの文献で見られる高位の悪魔である。

紅い容貌と鋭利な双眸、その者を悪魔と宣言せずともその存在感だけで、

誰もが悪魔と認識するだろう。


――《ネビロス》! ――

――《アルラウネ》! ――


 チェスターとセシルはタツヤがペルソナを召喚したと同時に、

携帯している銃のトリガーを弾いた。

ご存じ、二人の中の別人各が寄り添うように召喚される。

二人は目配せした後、息を合わせ何やら精神集中を始めた。

精神統一コンセントレイト”、

普段行使するペルソナの力が倍増する戦闘技法の一つだった。

エレナとカイトも遠巻きで隙を伺っていたようで、

《ベリアル》召喚時で生じた隙に乗じて、

一気に距離を詰め攻撃の機会を得ていた。

エレナは思い切り身体を捻り

その遠心力を活かして渾身の鉄拳を繰り出した。

カイトもまた、刃渡り50センチ前後の小太刀2本を握りしめ、

エレナの攻撃を合図に切り込む体勢を取っていた。


『相変わらず手が早ぇーじゃねぇかエレナっ!

 ペルソナも使っていないのにこの威力ったぁな。』


 召喚された《ベリアル》がエレナの一撃を受け止める。

相当な衝撃があったらしく、風もないのに皆の髪が揺れた。

エレナも一発の攻撃で諦めるわけもなく、

ここぞとばかりに連打を続けた。

カイトも同じように息つく暇を与えぬよう攻撃を始めた。

だが、タツヤは無駄な動き一つ無くこれら全ての攻撃を捌いていた。


「エレナ! カイト! そこをどけ!」

「一気にいきます!」


 《ネビロス》と《アルラウネ》は同時に手を掲げる。

エレナとカイトはタイミングを見計らって距離を取った瞬間、

蒼玉の業火と称しても過言ではない青白い炎が現れ、

《ベリアル》を含むタツヤを焼き尽くす。

通称“メギドの火”と呼ばれる

チェスターとセシルの炎を扱った連係攻撃の一つである。

並の《シャドウ》なら、この強烈な炎撃に耐えられるものではない。


「メギドの火……。」


 蒼い炎、それは現実にある炎ではない。

これはチェスターとセシルが、

長年の対シャドウ・ペルソナ戦の中で得た

《シャドウ》や《ペルソナ》だけを焼く言わば心の炎殺術である。

現実の炎ではない為、周囲にいくつか

可燃性のものもあったが物理的に燃えることはなかった。


『くくくっははははははっ!

 いいね、いい、やっぱお前等最高だぜ。

 伊達にペルソナ使ってねーわ。』


 蒼い炎は消えたがタツヤは悠然とした様子で立っていた。

流石に驚きを隠せず思わず声に出てしまう。


「あれでダメージが通ってねぇのかよ!

 《シャドウ》なら一撃だってのに。」

『いやいや、ちゃんと痛ぇつーかダメージは受けてんぜ?

 今のはキョーレツだった、それは違いねぇ。

 だがな、オレを倒せる程でもネェ。』


 タツヤをよく見ると身体のどこそこで、

それなりのダメージを負っているのが見てとれる。

エレナとカイトの物理攻撃、チェスターとセシルの“メギドの火”、

いずれの攻撃も直撃には至っていなかっただけである。

だからなのか、タツヤは終始微笑を浮かべたような、

人を食ったような表情を浮かべていた。

チェスターとセシルがふいにタツヤから視線を外したタイミングで、

タツヤはまた指をパチンと鳴らした。

空間全てを切り裂くように無数の刃がチェスター達に襲いかかる。


「きゃっ!!」

「ったくセシルは俺の後ろにいろ!

 その方がこっちも守りやすいっ!」


 まるで驟雨の如く、無数の刃は止むことなく降り注いでいた。

このまま膠着状態が続けばこちらの負けは確定だ、と

エレナはガントレットをはめた拳を握りしめていた。

打破するにはタツヤの動きを止めるしかないが、

現状で可能なのはエレナかカイトくらいである。

チェスターはセシルが近くに居る以上、放ってはおけないだろうし、

カイトも立ち位置的に到着まで時間が掛りすぎる。

エレナは状況判断した上で、小さく溜息を入れた。

やるっきゃないか、と。


「……私が動きを止めるから、みんなお願いね!」

「エレナ!? 無茶はよせっ! って聞いてねぇし!」

「カイト援護お願い!」

「了解っす!」


――《ジュターユ》、力を貸して! ――

――《オロバス》頼むっすよ! ――


 エレナは自身の、

いや怪鳥、《ジュターユ》から発せられる風を身に纏い運動能力を上げる。

カイトも自身のペルソナ《オロバス》を使役し、

身体を盾にしてエレナの攻撃を援護した。

エレナは刃雨を潜り抜けながら一足飛びでタツヤに接近し、

タツヤの側で無数の刃を使役する《ベリアル》を豪快に殴り飛ばした。

防御が間に合わず、数メートル程度壁に向かって吹っ飛ぶ《ベリアル》。

呼応するかのようにタツヤにもダメージが伝わっていた。

ふいの一撃だったようで、タツヤは思わず膝をついてしまい、

立ち上げるのに数秒を要した。

この間の逃す仲間達ではない。

チェスターの斬撃が、セシルの刺突が、カイトの連撃が、

次々とタツヤに襲いかかる。


 この時、4人は気づいた。

タツヤが既に人間ではなく、

これまで幾度となく戦ってきた《シャドウ》なのではないかと。

言わばここにいるタツヤは、

タツヤの亡霊もしくはその強すぎる意識だけが現世に残り続け、

《シャドウ》となって目の前に現れたと考えられる。

空が赤くなった時から、世界はおかしくなっている。

《シャドウ》達の出現はそう言った側面もあるのだろう。


『……へへへ、強くなりすぎだぜお前等。

 こんなつえーやつらがまだ一杯いんのにオレは地獄で暇潰しかよ

 ……ったくやっぱよぉ今の世界ってのはクソだな。』

「抜かせ!

 これは嫌だ、あれは気に入らない、オレには自由がない

 ……アンタの愚痴は聞き飽きてんだよ!」

『ちっ……一丁前に吠えるようになったじゃねぇか、

 あ? チェスターよぉ!』


 チェスターは改めてロングソードを握り直し、

タツヤに向かって剣先を向ける。

本人ではなく《シャドウ》だと分かっているのに、

感情の高ぶりを押さえることは出来なかった。

本当にタツヤ自身から言われているようだったからだ。


「チーフに呼ばれて辺鄙な田舎クンダリ、

 妙な指令に沿ってきてみれば

 反吐が出るような《シャドウ》がただ愚痴を言ってただけ。

 あーあ、ここまでくりゃ貧乏クジも大概だぜ。」

「チェスター……。」


 チェスター以外の3人は事態の成り行きを見守っていた。

警戒自体を緩めているわけではないが、

タツヤから攻撃の意志がどんどん薄れていた事もあり、

客観的に事態を見守ることが出来た。

上層部はタツヤの《シャドウ》がここにいる事、

そして儀式と呼ばれる《シャドウ》にとって

重要な”何か”を行いそうだと言う事を察知していたと言うことである。


「……チーフの野郎、全てを見越して俺達をここへ寄越したな

 ……あの意味深のメモとか。

 何がメメント・モリだ。」

『くくくっ……あの昼行灯、腹に色々飼ってやがるからな、

 お前等も精々気をつけるこった。』


 タツヤはゆっくりと立ち上がり、

両手を挙げぷらぷらと動かし無抵抗を主張した。

チェスターは剣先を向けたままだったが、

しばらくタツヤの目を見た後、肩をすくめて剣を腰の鞘に戻した。

セシルはチェスターの行動を疑問に思ったがすぐに理解した。

タツヤの身体はいつの間にか存在感が薄れていっていたからだ。

ホログラフィーのように実体の無い映像だけの存在に見えた。


『これは餞別だ、よーく聞いとけ。

 あと数ヶ月の後、《シャドウ》達の企てによる

 《シャドウ》達の世界とお前等の世界との強制的な同化が始まる。

 オレ様はただの先兵みたいなものだが、次に来る連中はガチだぜ?』

「世界の同化……だと!?」

『ああ、お前等が邪魔してくれたお陰でよ、

 数ヶ月先に伸びちまったんだ。

 ここで永き眠りについている《タナトス》を呼び覚まし

 人間達へより強いデストルドー(死の本能)を喚起させる……。』

「ふざけんな、そいつも俺達が潰してやるよ。」

『あーあつまんねぇー。』


 タツヤはそう言い残し消え去った。

彼が言った事が本当ならば数ヶ月の後、

世界はこれ以上とない危機を迎えることになる。

物理的な破滅や視覚的に確認できる災いならば対処のしようもあるが、

《シャドウ》達による世界の同化とは一体……、

現在の世界状況を見る限りでは

有効な手段を今の人類が持ち合わせているとは思えなかった。


 しばらく、4人は一言も話さず各々が

タツヤの言った言葉について考えを巡らせていた。

死のタナトスとそれに付随するデストルドーの喚起。

これらの情報を知った自分たちに出来る事はないか、

そこへ考えがシフトするまで時間が掛ることはなかった。


「どうやら俺達の力、この時のためのモノかもな。」

「そうですね……

 《シャドウ》絡みについてはあたし達の能力はかなり有効ですし。」

「先輩、今は《タナトス》召喚を阻止できただけでも良しとしましょう!」

「カイトの言うとおりよ。

 あともう正直、クタクタもいいとこだしお腹も減ったし、

 早く地上に戻ろう!」


 4人の顔に笑顔が戻っていた。

任務を無事達成し火急の危機を回避できた安堵感からだ。

だがその背後で、これから誰も逃れることの出来ない最大の危機に対する、

言い知れぬ恐怖や不安が渦巻いていたのは言うまでもない。

4人は地上に向かって元来た道を戻る事にした、

一度通った道であるだけに来たときよりも時間は掛らず、

道中にはぐれの《シャドウ》が出ることもなかった。

そして4人が地上に戻ったのは、翌日の朝7時を回った頃だったという。


**********


 一ヶ月後……《シャドウ》対策特別機関、

通称“Aliceアリス”の会議室、

煙草の煙が充満する空気の流れが最高に悪い場所で、

戦闘班班長のチェスターは元チーフであり

現司令室長に昇格した上司と正面向かって口論をしていた。


「何か手はねぇのかよ、

 ただ傍観するしかねぇって結論には絶対納得しねぇからな!」


 現在はタツヤの言っていた

《シャドウ》達による世界同化が始まると予見された時期にあたる。

会議室では連日対策案が話し合われ、

有識者を交えての激論が交され続けていた。

幸い、まだ世界の同化は始まっていない。

だが世界の終わりを告げる鐘の音は、

非情にも鳴り響こうとしていたのだった。



始動編・完


**********


 0号試写も無事終わり、

関係者一同に今回の特別映画の円盤が配布されていた。

数十人は居ただろうか、三夏祭実行員会の面々の顔が見て取れる。

一部、映像の乱れやオーサリング時による不具合が出たモノの、

映画そのものは完成したと言って良いだろう。

脚本を務めた大上阿里沙と、

今回うやむやのうちにメガホンを取る事になった

監督兼カメラマンの竜二は安堵の笑みを浮かべ、

手元に置いていたアイスコーヒーに口をつけつつ簡単な反省会をしていた。


「いやー、VFXに資金掛けて良かったよ。

 ロケ代を削って注力した甲斐は合ったんじゃないかな。

 でも良く引き受けてくれたよねぇ素人映画の依頼だったのに。」

「そこはコネよコネ、感謝してね。

 ……それにしても良く映画の監督なんて引き受けたわね。

 監督はもちろん映画撮影とかやったことなかったんでしょ?

 いくら夏祭りのサプライズイベント兼お店の宣伝用だと言っても……。」

「つい……なかなかの依頼料に目が眩みまして。」

「ああそれは……しょうがないわよね、

 私も脚本代結構もらっちゃたしね。」

「ペルソナ3とペルソナ4の影響を色濃く感じたけど、

 一般向けとして出していいのか疑問に感じる今日この頃だよ。」

「少し趣味に走りすぎたのは反省するとして。

 例のフォーラムに行ってから

 ペルソナシリーズに何故かはまってしまったのが要因ね。」


 コホンと阿里沙は咳をして話を切る。

どうやら図星だったようである。


「問題は主演してくれたあの子達か。

 ギャランティの相談無しで撮影始めちゃったんでしょ、

 達也君はまあいいとして。」

「達也君のスケジュールは強行軍だったからねぇ、

 引き受けてくれて助かったよ。

 丁度キャストが一人足りなくてどうしようかアタフタしてたからね。」

「万札10枚で取り敢えず頬をはつった甲斐があったわ。」


 翌日、出演していた4人は出演料請求の為、【箱庭】へ来ていた。

この時、竜二は自分の依頼料はどれだけ残るのかなと

恐れていたのは言うまでもない。



続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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