第七十五話 風詠みの都・漆
「お待たせ致しました。これより奥の部屋へ案内致しますので……。」
礼儀正しく挨拶する家人と思われる女性。
見たところ三十そこそこと思われるが、どこか表情に影があるように見え、
その影響で実年齢よりも上に見える。
特に着飾っているわけではなく、ダークブラウン系のコートに
白のブラウスと膝程度までの丈の長さのスカート、本人の顔立ちもあって地味には見えなかった。
そしてその佇まいはどこか旧家の者という品格を感じさせている。
「どうぞこちらへ……。」
門をくぐり案内された浅黄家は、旧家然とした昭和期以前の建築ではなく、
最近建替えでもされたのか最新の建築方式や耐震技術を施されこざっぱりとした佇まいの家屋だった。
家屋の坪面積について今の状態では推測の域をでないが、
ざっと見積もっても数百坪はくだらないだろう。
家人に案内されて一緒に行動しているが、もし誰にも案内されずにここに来たら屋内迷子は確定だろう。
いわゆるトイレに行って帰ってこれなくなるパターンである。
ふと星一朗は悦朗を見やる。
悦朗は先ほどとは打って変わって、一体彼に何が起こったのか、全くやる気の無い表情を浮かべていた。
理由は明白、当然のように長くから続く武家屋敷的な旧家を予想していた悦朗は
想像と現実との乖離で落胆したのである。
口には出していないが、確実に文句の一つも言いたげであったのは誰の目にも明らかだった。
「悦朗。
お前、ちょっとそれは失礼だぞ。」
「ちょっと待て。 オレが何か言ったか?」
「言わなくてもその顔なら何を考えているかくらいすぐよ。
私から見てもすぐにわかったんだけれど?」
「ぐ……し、仕方あるまい。
思ったのとだいぶ違ったのだから多少顔に出るのは当然ではないか?」
「それが何か?的なアホみたいな返答してんじゃねぇよ……
今のうちに顔くらいはせめて元に戻しておけよな。」
そう言えば、である。
星一朗達を出迎え案内してくれているこの女性、年齢や物腰から察するに浅黄家当主の妻だと思われる。
星一朗はそのていでずっと話を聞いていた。
そうでなければお手伝いさんか当主の兄妹か。
旧家であれば別の可能性もあるのかと、どうでもいい妄想を巡らせていたのであった。
セシルや恵玲奈は物珍しげな様子できょろきょろ見てはあーだこーだと小声で何かしゃべっていた。
家に入る前のテンションとのギャップに兄として友人として驚きを隠せない星一朗であった。
「立派なお宅ですね。
遠くから見てもそう思いましたよ。」
「ありがとうございます。」
「あ、あはは……。」
建物こそ最近建替えたことは間違いなさそうであったが、
土地そのものは先祖代々受け継がれたものようで、
土地を囲む塀は当時から補強を繰り返して使用していることは明白だった。
裏側からしか見えない修復の後や壁の崩れがそれを物語る。
そしてしばらく廊下を歩くとその先には広々とした日本庭園が広がっていた。
毎度、頭で考えるのが先に来る星一朗と泪も刮目せざるを得なかった。
そうそう日本庭園を見られるものではないし、それによく手入れされているのが明らかだったからだ。
思わず感嘆の声を挙げる面々、悦朗の落胆した顔はみるみるうちに
いつもの鬱陶しいくらい状態に戻っていた。
「すごい、すごいですよ!
本条本家よりも凄いかもですよ!」
「うわーすごーい!
ねえお兄ちゃん、すごいよね!」
そう言えばセシルって良いとこのお嬢だったと何故かこの場で再認識する星一朗。
本条本家とは一体どんな場所なのか、答えはセシル本人か竜二あたりに聞けば
結構あっさりと教えてくれることだろう。
「ああ、こいつはすげぇな……。
まさかこのタイミングでこんなにも立派な庭園を目の辺りにできるとはな。」
「そうよね……このレベルの庭園なんて簡単に見られるものじゃないわよね。
あのすみません、ぶしつけついでで申し訳ないんですが、
あまりにもお庭が素晴らしいものですので、お庭を写真で撮っても構わないでしょうか?」
「……ああ、ええ、大学の課題で使用されるのでしょうか?
写真撮影は構いませんが、
例えば何かしらのメディアで世に出るようでしたら当家の名前は伏せて頂ければと。」
「あ、はい、それはもちろんお約束します。」
許可を得られた後の行動は早い。
泪は早速手持ちのデジカメをフル活用して、ぱしゃぱしゃりと庭園を撮影していく。
庭へ降りることはせずに縁側から撮れる範囲にとどめているあたりは泪らしいと言えば泪らしい。
しばらく写真撮影をしていると、奥の部屋からしびれを切らしたのか浅黄家の当主が顔を見せた。
柔和な表情で珍客達の様子を見ながら、ゆっくりと近づいてくる。
歳の頃は四十半ばを越えたあたりだろうか、
ぱっと見の雰囲気では若く見えたがよくよく見ればしっかりと目尻や頬に年相応のものが見て取れる。
その姿に先に気づいたセシルと恵玲奈はぺこぺこと頭を垂れ、
全く気づかない兄達に声を掛け当主の存在を気づかせるのだった。
「我が家の庭がそんなに珍しいものなのですか?
細かい部分は専門家である庭師に任せっきりでしてね。」
「ええ、美しさに見とれてしまっていまして……って、あ、あなたは?」
「お兄ちゃん! 浅黄家の当主さんだよ!」
「うおぁぁ!? これは大変失礼しました!
本日は急な来訪とはいえ、私達のようなどこの馬の骨とも分からぬ輩達のお話を聞いてくださり、
誠にありがとう御座います!」
「……星君、へりくだりすぎ……。」
「いやいや、珍しいお客様に驚きはしましたが、何でも大学の課題でお調べになっているのだとか。
私の話程度で助力出来るのであれば、いくらでもお話致しますよ。」
「ありがとうございます!」
当主と星一朗達とのやり取りが一通り終わったことを確認して、
星一朗達を案内してくれた女性から声がかかる。
「寒い中、廊下での立ち話もなんでしょう。
こちらの部屋に暖かいお茶をご用意致しましたので……。」
「ありがとう、小夜子さん。」
「いえ、では私は部屋に戻っておりますのでご用がありましたらお呼びください。」
「ああ、わかったよ。」
星一朗の予想は外れていたらしい。
主人の口ぶりから、彼女は主人の妻という立場ではないようである。想像しなくとも
「……ん? ああ、彼女のことかい?
彼女は……まあ、妻、みたいなものでね。」
「奥様ではないということでしょうか。」
「うん……まあ、色々あってね。
こちらのことはともかく、ここは寒い部屋へ入りませんか。
せっかく小夜子さんが用意してくれたお茶が冷めてしまいますしね。」
********
「なるほど、白雀神社と浅黄正順の件で調査をされていたんですね。」
「ええ。
神社では宮司さんから様々な文献や絵を見せていただけました。」
「……経緯は理解しました。
しかし、何故当家へ?
お話を聞く限りでは、神社での情報だけで課題に関してはクリア出来るのではないですか?
宮司さんからの情報であれば私が知っているものと大差はありませんし、
改めてお話しする分には問題があるわけでは無いんですが……。」
「それはそうなのですが……実はその……。」
悦朗は例の事を当主に伝えるつもりのようだ。
ここで黙っていても近いうちに宮司から話がいくことだろう。
オカルト然としていて、冗談にしか聞こえない話ではあるが、
ここは納得して貰うために話すしかないと一同は思っていた。
「……ふふっ……もしかして妙な声でも聞こえましたか?
それもこの世の者とは思えない声が。」
「「!!!???」」
この場に居た全員が当主の言葉に驚きを隠せなかった。
セシルや恵玲奈に至ってはお互いの手を握りしめながら震える始末である。
星一朗や泪は一旦深呼吸して心を落ち着かせ冷静さを取り戻した。
そして必死に考えを巡らせた。
何故当主は例の情報を知っていたのかを。
答えはすぐに分かった、自分たちが辿り着く前に宮司から情報が行ったからだろうと。
星一朗は答え合わせのつもりで当主に話しかけるのだった。
「そのことは宮司さんからお伺いに?」
「ええまあ。
内容が内容だっただけに私も当然半信半疑ではありますがね。」
「……お、お話が早くて助かります。
自分たちがこちらへ参上したのはそれが主な理由です。
何か情報を得られないかと。
勝手ではありますが、自分たちは当事者ですし、言葉通りに行動する必要があると考えました。」
「”浅黄ノ血脈ヲ辿レ”ですか?」
しばらくの間。その後、悦朗が口を開いた。
「幸いにもこの土地において”浅黄氏”は別格な存在。
今もなおセイジュン公と呼ばれ親しまれていますよね。」
「……ええ、ありがたいことです。」
「神社で拝見した、一見おとぎ話のワンシーンにも見える絵巻物【五色封環戯画】、
そしてそれにまつわる記述が一切見当たらない他の文献群。
これらの情報からオレは一つの答えに辿り着きました。」
悦朗はあらかじめ多大に私見混み・想像込みと前置きして解説を始めた。
「オレの予想はこうです。
数百年の昔、この土地を中心とした天変地異クラスの災害が発生した。
現実的に考えれば地震や類を見ない規模の竜巻とかでしょう。
当時の人間達はその規模を防ぐため風水やら陰陽術やらに頼った。」
「……なるほどな、それで【五色国】か。
北の【亀】、東の【龍】、南の【雀】、西の【虎】……そして中央の【黄】か。
ったく安易に四聖獣の名前をもじりやがって。」
「地形を利用し仮組の結界を作り人々の心を静めた。
だが、もちろん仮組の結界などで効果が出るわけもない。
効力を高める為に最も効果的と信じられていたのは……。」
すっと手を伸ばし当主は悦朗の言葉を遮る。その先は自分から言おうということだろうか。
「――そう、高貴な者や神聖しされる一族の【人柱】だと言われていますね。」
その言葉を発した当主の双眸は、
これまでの柔和なものとは打って変わってとても悲しそうだった。
続く
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




