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第七十三話 風詠みの都・閑話

【喫茶店・箱庭】のオーナー兼マスターである岩雄竜二は長閑な冬の一日を過ごしていた。

こんなに静かなのは一体いつ以来だろう、

竜二はカウンターでグラスを拭き窓を見つめながらふと思った。

星一朗を筆頭に今年は姪のセシルも加わって、実に賑やかな日々が続いていた。

閑古鳥が当たり前のように鳴いていた店内も、夏頃からは客足も増え多忙になりつつある。

今日のような寒い日は近所の常連客が来店する程度で、

いつしかぶりの落ち着きが竜二にとっては少し懐かしいと思ってしまうのであった。


「セシル達は今頃お昼かな~。」

「そう言えばあの子達、小旅行に行ってるんですってね。」

「うん。

 と言っても隣町へね。

 今日中には帰るってさっき連絡があったよ。」

「どうせなら泊まりでどっか遠いところへ行けばいいのにね。」

「星一朗君がいやがるんじゃないかな。

 明後日に新作ゲームが発売されるからね、旅行なんて行ってられないんじゃないかな。」

「彼は相変わらずね。」


 そう言葉を返したのは、久しぶりに来店した大上阿里沙である。

ここ数ヶ月、ライターとしてかなり忙しくあちこちを飛び回り仕事に追われていたようで、

以前よりも少し細く見えたりした。

竜二がお世辞っぽく彼女に言ってみると、ダイエット中だからと笑顔の返答があった。

言葉尻は元気そのものだった為、仕事自体はハードではあるものの、

辛いという事ではないようで竜二はほっと胸をなで下ろしたのだった。


「しかし、何もこんな日に旅行に行かなくてもいいのにねぇ。」

「学生らしいじゃないの。

 竜二君だって昔、あの子達みたいなことやってたことあるでしょ?」


 竜二は少し間を置く。何やら思い出しているらしい。


「まあ、無くもないけどね。

 新発売のゲームソフトを買うために1月の朝5時から並びに行ってとかね……

 いやぁ~あの日は豪雪警報出てたのを思い出したよ。

 懐かしいなぁ。」

「竜二君らしいわね、と言うより良く無事だったわね……

 豪雪警報って……交通機関が麻痺して都市機能がヤバくなるやつじゃないの。」


 阿里沙は口をつけていたマグカップを口から離して呆れ気味に言葉を続ける。


「予約とかすればいいじゃない。

 朝早くから並んでまで手に入れたかったものなの?」

「予約とかない時代の話だよ。

 昔、そんな制度は無かったからねぇ、現品限りの先着販売が主流だったし、

 人気のゲームは1時間も在庫は持たなかったものさ。」

「人気のゲームたって……買ってやってみないと面白いかどうか解らないじゃない。」

「今思うと随分ギャンブラーだったと思うよ。

 事前情報と言えばゲーム雑誌くらいだったしね。

 だからかな、多少の難があっても必死にプレイしたから、今でもガッツリと内容とか覚えてる。」


 阿里沙はあはははっと甲高い声を挙げて笑うと、

少し冷えてしまったマグカップの中身をぐっと一気に飲み干し、竜二におかわりを告げた。

少し冷えていたとはいえ、それなりの温度だったはず、

と竜二は阿里沙の喉の心配をしながらおかわりを準備を始めた。

阿里沙は自分の声の大きさに気づき、周囲を見渡した。

客の姿は阿里沙以外には近所の老夫婦のみ。

阿里沙は老夫婦に聞こえるように謝罪をしたのだった。


「何も笑うことはないじゃないか。

 僕にとっては懐かしき思い出なんだから。」

「ご、ごめんなさい。

 別に竜二君を馬鹿にして笑っていたわけじゃなくてね、

 私の予想通りの行動をしていたんだなーと思って。」

「まったく失礼な話だよ。

 おかわりはこれで最後でいいよね。」

「えー、外寒いしさ、もっと竜二君の煎れてくれたコーヒーで暖まりたいなー。」

「……知っていると思うけどそういうの僕には通じないよ。

 ちなみにこれで5杯目だからね。」


 そう言って竜二は亜里砂用に6杯目のコーヒーを用意したのだった。

和やかな笑顔とお礼の言葉で亜里砂はコーヒーを受け取り、

調子よく竜二君は優しさってものを解っていらっしゃると宣ったのだった。

竜二はよく言うよといって、奥のテーブル席に座る老夫婦の元へ向かった。

湯気の立ち上る美味しそうなスープを持って。


「今日もまだまだ寒いですね、どうぞこれを……。」

「おお、美味しそうなスープだ。

 でもいいのかい?」

「ええ、もちろん。お代も要りませんよ。」

「それはいけないよ。

 何度もお世話になっているんだし、なあ、美千代。」

「ええ、そうですよ。

 来るたびに気に掛けてもらって、岩雄さんは人が良すぎますよ。」


 竜二は少し照れて老夫婦に応えた。


「えー、このスープは言ってしまえば、近々提供予定の新メニューの試作でしてね。

 常連の犬川さんご夫婦なら、どう評価されるかという下心があるんですよ。」

「はっはっはっ、遠回しな味見依頼ってことだね。

 いいよいいよ、喜んで協力させてもらうとするよ。

 なんなら原稿用紙にびっしりと感想文を書いてあげよう。」

「感想文なんて、随分久しぶりに聞いたわね。

 私も喜んで協力させていただくわね。」

「よろしくお願いします。」


 竜二はニコッと微笑みかけ会釈した後、老夫婦のテーブル席をたった。


「凄い美味しそうなスープじゃないの。

 私は無いのかしら。」

「ないよ。

 本当は君にも出してあげたかったんだけど、コーヒーをそう何回もおかわりされちゃね。

 お腹もコーヒーでタプタプでしょ?」

「痛いところつくじゃないの。

 それでも構わないから、私にもそのスープを味わわせて!

 見たところ、コンソメベースの何やら色々とアレンジを加えた冬にもってこいの、

 女子力が凄く高そうなスープじゃないの!?」

「……たまに阿里沙さんの食いつきに恐れおののく時があるよ。」

「こう見えて私は現在活躍中のフリーライターよ!

 何にでも興味を持たないと。」


 竜二は、動けなくなっても知らないよと言ってスープ用の深皿を用意するのであった。

竜二はふと思った、阿里沙は言動や性格といった点の小さいところで、

どうにも星一朗君とノリが似ている気がすると。

そんな事を言おうものなら烈火の如く反論の声があがるだろうが、

第三者に聞いてみたいと思ったのだった。


「そう言えば入ってからずっと気になってたんだけどね。」

「ん? なにをだい?」

「キッチンの奥にあるおっきな段ボール箱。

 あれ、一体何が入っているのかなーって。」

「ああ、あれか。

 ゲーム機やゲームソフトだよ。」

「はい?」


 阿里沙は段ボール箱に入るくらいの量のゲームが、

どうしてキッチンに置いてあるのか全く理解出来なかった。

そもそものゲームとは段ボールに入っているものなのだろうか。

そしてどうして私はそんな段ボールが気になってしまったのか。

どうでもいい思考が脳内を巡っていた。


「キッチンにあるからてっきり補充の食材か何かと思ったら……。」

「阿里沙さんが来る前に宅配されてきたんだけど、

 タイミングが無くて下の部屋に持って行けなくてね。

 仕方なく置いていたんだけど。」

「いえ、いいの。

 私が勝手に思い違いをしていただけだから。

 竜二君は喫茶店のオーナである前に、ゲームコレクターだってことをね。」

「ゲームコレクターだねぇ、僕の人生において自慢できる唯一のことだよ。

 これだけはどこの誰にも負ける気がしないね。」

「……こんな状態だから、去年までのここは閑古鳥の住処だったわけよね。」

「おかげで今は忙しくてゲームが出来ないよ。

 ゲーマー的には由々しき事態さ。」

「セシルちゃんに頑張って、貴女のおじさまは思った通りの人よ……。」


********


「っへっくしゅ……。」

「大丈夫? セシルってば寝起きみたいなものだから、体調が少し良くないのかしら。」

「大丈夫です、寒気とかはしないので。

 誰かが噂しているのかなとか。」

「竜二さんが心配でもしているんじゃないのか。

 っと黒瀬兄妹は一体どこにいるんだ?」

「何でもこの大きなお屋敷の門の前だってさ。

 全く、東屋で集合だって言っていたのに、星君ってば勝手なんだから。」


 星一朗に言われて、セシル・泪・悦朗の3人は

黒瀬兄妹と合流すべく待ち合わせとは異なる黒瀬兄妹指定のお屋敷に向かっていた。

言われたとおり来てみたものの、壁伝いに歩くこと数分、門は未だに見えずにいた。

予定と違うこともあり、寒い中歩かされ、泪は少し立腹していた。

それも仕方が無いことだろう。


「あ! やっと見えた!」

「やった再会できました~。

 チェスターくーん! 恵玲奈ちゃーん!」

「……それにしてもでかい屋敷だな。

 この辺りの地主か、名家なのだろうが……。」


続く

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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