第七十一話 風詠みの都・肆
社務所で待たされること約二十分、
ストーブで部屋が暖まるのには十分な時間だった。
ストーブの上にはお約束とばかりにヤカンが置かれてあり、
室内の湿度調整に役立っていた。
ほどよく暖まった室内は極上の睡眠誘導効果を持つといっても過言では無いだろう。
少しでも気を抜けばまどろみの中、これが自室ならばと思わずにはいられない、
と欠伸を何度かしながら星一朗は思っていた。
星一朗はふと他の二人の様子を伺った。
悦朗はしばらく室内を見ていたが、
得るものが無いと理解した後は巫女さん達のところへ話を聞きに行っていた。
あの行動力には頭が下がる思いである。
セシルはと言うと、しばらく星一朗とゲームについて話していたが、
どうやら朝が早かった様子でかなり眠そうにしていた。
部屋の暖かさも相まってまどろみ船の舵を漕ぎはじめた。
「眠いなら少し横になってたら? 話は悦朗と俺で聞いとくからさ。」
「……え……あ、いえ、だいじょぶですよ……。
ちょっと上のマブタと下のマブタが……くっつきたくて仕方が無いだけです。」
「無理すんなよ。
ったく少し寝てろって、足も痛いんだろ?」
「……あ、えっと……はい。
お言葉に甘えたいと思いま……す。」
「お、おい! もう寝ちまったのかよ……。」
セシルはそう言った後、崩れるように眠ってしまったのだった。
ゲームに登場する睡眠魔法を受けたの如くである。
室内が暖かくなっているとはいえ、そのまま放置しておくわけにもいかない。
星一朗は部屋の中に常備されていた毛布を見つけ出し、
勝手に使って悪いとは思ったが事後承諾ということで、
眠っているセシルに掛けたのだった。
朝のドタバタから解放され、ちょっと疲れがまとまって来たのだろう。
せめてここにいる間は寝かせてあげようと星一朗は思ったのだった。
セシルが睡魔に襲われて約五分後、
巫女のところへ行っていた悦朗が何やら首を捻りながら戻ってきた。
何か得るものがあったのだろうと星一朗は思ったが、
悦朗の表情を見るに別の疑問が湧いていた。
悦朗は横になっているセシルの姿を見て口を開いた。
「ん? 本条さんはお休みか。」
「ああ。
やっと一息つけてほっとしたんだろう。
最悪、話は俺達だけでも聞ければいいと思ったからな。
それはそうとお前は巫女さんと何を話してきたんだ?」
「何って決まっているだろう。
この地に伝わる言い伝えや不思議な話はないか、とな。」
「んで、成果はあったのかよ。」
「いや、全く無かった……ん、逆説的にはあったが正しいか。
少なくともここ数十年レベルでは皆無に等しい。
妙な話だ。単に巫女さん達が知らないだけかもしれんが、妙だ……。」
悦朗は妙だを連呼して首を捻っていた。
一体何がそんなに妙なのか、悦朗は自分が納得して脳内で整理し終えないと、
人に話したりはしないことを星一朗は知っている。
今の段階でどういうことだと悦朗に問いかけても返ってくる答えは、
少し待ってくれ、だけである。
そのせいもあり、わりと勘の良いほうである星一朗でも
今回ばかりはピンと来ていなかった。
二人があれこれ話しているうちに宮司が年代物の資料を持って戻ってきた。
「大変お待たせしました。
社務所内で保管してある資料は全部持ってきましたよ。
いやぁ久しぶりに探したものですから、
どこに何を置いていたか思い出すのに大変でしたよ、
はっはっはっ……っと、お嬢さんはお疲れですかな。」
宮司は星一朗の近くで静かに寝息を立てていたセシルの姿を見つけた。
毛布を掛けられていることから一目瞭然と言える。
宮司は声のトーンを急ぎ落とし、星一朗はちらっと寝ているセシルを見て、
宮司に質問に答えたのだった。
「え、ああ、はい。
少し疲れていたようです。
申し訳ありませんが毛布をお借りしています。
少し寝かせておいてあげたいと……。」
「ええ、構いませんよ。」
宮司はそう言って和やかにほほえむと、
室内の中央に設置してある足の短いテーブルに資料を置いた。
少しだけ埃が舞う。
悦朗は埃が舞う中、表情一つ変えずに置かれた資料に視線を落としていた。
僅かな時間でも情報を手に入れるために必死に見えた。
悦朗は早速とばかりに広げられた資料についてメモを取りながら矢継ぎ早に質問を展開した。
「この資料、記述を見る限りではゆうに200年以上前の文書に見える。
制作者はこの土地の大名だったのですか?
いや、しかし、この筆跡を見るに大名と言うよりは高名な聖職者か……。
あ、ちょっとそっちの箱に入った資料をみせてください。
ふむふむ、これは絵巻物ですよね?
おとぎ話か地方の昔話か何かを書き記したものみたいですが……
ちょっと見てみろ星一朗、この絵巻物は何やら違和感がないか?」
悦朗はまるで人が変わったかのようにベラベラと饒舌になり、
倍速で動いているように見えた。
どう考えても冷静さを失っている悦朗を星一朗はなだめることにした。
「おいおい、少し落ち着けって。」
「はっ!?」
はっと我に返った悦朗は宮司と星一朗の顔を交互に見て言葉を返した。
興奮しきりのその表情、目で見てはいるが、目には映っていない様子だ。
「も、申し訳ない!
つい興奮してしまった。
普段見ることの出来ない貴重な資料の数々に我慢がならなかったのだ。」
「俺に謝るな、謝るなら宮司さんだろ。」
「大変申し訳ありませんでした。」
宮司はお気になさらずに、と優しく言ってゆっくりと資料を紐解きはじめた。
宮司はこほんと咳を一つ入れ、文献を二人に見せながら講釈を交えてくれた。
数は多くは無いが、どれもこれも数百年近く前のものに見える。
紙の傷みや多少のかび臭さがそれを物語っている。
だが想像以上に保存状態はよく、
もっと虫食いがあったり破れが目立ったりを想像していただけに、
星一朗は数百年も前の資料なんて良く残っているなと感心しきりだった。
「お見せできる範囲で恐縮ですが、おおよそは説明させて頂きました。
ご質問があれば承りますよ。
ただし私も全てを知っているわけではありませんので、
答えられる範囲という条件はつけさせて頂きますが。」
「俺には文書の骨董価値やら歴史的価値なんてのはわからん。
悦朗、パス。」
「では宮司さん、一つ伺ってもよいですか?」
「なんでしょう。」
「お見せ頂いた絵巻物ですが、もう一度見せて頂けませんか?
あの絵巻物を見たときからどうにも違和感がありまして。」
こくりと宮司は頷き件の絵巻物を取り出して、改めて二人の前に広げた。
絵巻物のタイトルは【五色封環戯画】と銘打たれてあった。
絵巻物と言うだけであって文字は少なく、基本的には絵が中心の書物である。
描かれている内容から、
恐らくではあるがこの地で起きた歴史的な何かのワンシーン、
または神話のワンシーンをモチーフにした戯画であろうと思われる。
そのシーンとは集落を襲った災害が描かれてあった。
大地は裂け、森は焼かれ、家屋は風か何かで吹き飛ばされている様子が見える。
そして多くの人々は天を仰いでいる。
天には金色の龍の姿もあった。
「黄金の龍は民草の希望を描いたのでは、と考えられているようですな。」
「四聖獣でいうところの黄龍だろうな。」
「お詳しいですな。」
「……大学で専攻していますから。」
星一朗も悦朗も龍が実在したとは考えていない、
居たら居たで面白いな程度は思っているだろうが、
この世に存在したという記録がない以上、
存在したと信じる根拠がないからである。
空想上の生物、龍に対して作者は何を願ったのだろうか。
それがこの絵巻物の最大の謎だ、と宮司は解説してくれた。
制作年代は江戸中期とのことで市販品ではなく、
制作者不明の一品ものだろうとのことだ。
「やはり違和感がある。」
「どこがよ、俺にはただの古い巻物にしか見えんね。」
「これだけの大災害があったのに、何故他の書物には記録が一切載っていない。
もちろんただの神話をモチーフにした可能性も否定できんが、
実際に起きた事実だという可能性も捨てきれんだろう?」
悦朗に言われて星一朗は、ふーむと唸って考え込んだ。
確かに言われてみれば、裏付けになりそうなものが見当たらなかったのである。
単にここに無いだけの可能性は高いが、一品ものということも気になっていた。
「……確かに言われてみればそうだな。
他の書物や宮司さんの説明では、
この絵巻物の出来事を裏付けするようなもの無かった。
そういう観点で見れば異質と言えば異質。」
「仰るようにこの絵巻物については少し特別でしてな。」
「特別ですか?」
「ええ、明治の頃に地元の名家より当神社へ寄贈されたものなのですよ。
他の書物等についてはそれより以前から所有していたようです。」
「なるほど……。」
悦朗は絵巻物をじっと見つめたまま何やら考えを始めた。
悦朗のあの目は、モノを見ているようで何も見ていない状態のそれである。
そう言えばと星一朗はふとスマホに目を移す。
泪から恵玲奈が変だと連絡が来ていたが、
内容を見るに単にテンションが高いだけのようにも思えた。
星一朗はそろそろ神社を出るぞと返信し、神社の鳥居の前に集合するよう伝えた。
泪に連絡をした後、セシルを起こす為に身体を揺するのだった。
「そろそろお暇するぞ、起きろー。」
「や……ん……まだ……ねる……の……。」
「……変な声出すなよ……。」
何度か揺すってもセシルは起きる様子がない。
その時だった、不可思議な事が起こったのは。
寝ていたはずのセシルがすくっと立ち上がり、
セシルの声ではない別人の声で言葉を発した。
「浅黄ノ血脈ヲ辿レ。」
セシルはそう言い放った後、膝から崩れ落ちた。
用心してセシルの近くに居た星一朗は慌ててセシルを抱きかかえ、
ゆっくりと再び横にしたのだった。
星一朗と悦朗はこくりとお互いを見て頷き宮司にお礼を言って社務所を後にした。
むろんセシルを背負って。
宮司は腰が抜けてしまったのか、
目を見開いたまま首だけを縦に振るので精一杯だったようである。
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「もうっ!
星君ったら、妹が変だというのに!」
泪は自分が星一朗宛に送ったメールを見ながら声を荒げていた。
しかし少し落ち着いて改めて内容を見直す。
「……まあ、字を読む限りでは
テンションが高いだけにしか見えないかもしれないけれども!」
「泪ちゃん! 次の現場いくよ!
あ、そうだ、石碑をも撮っておこうか!」
泪は恵玲奈の異変に気づいてからというもの、彼女から目を離さなかった。
これまでの恵玲奈であればそんな必要は全くない。
だが、これまでの言動や行動から普通の状態には見えなかったのである。
異常とまではいかないが、まるで別の何か乗り移っているような不快感。
泪は実際に見てもらった方が早いと思い、
星一朗の言うとおり神社の鳥居へ向かうことにした。
「もう神社から出るってさ、集合場所の鳥居行くよ!
って恵玲奈、もう写真は良いって!」
「い~やぁ~!!
まだ完璧なショットが撮れてないのっ! 撮らせてーっ!!」
続く
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




