第七十話 風詠みの都・参
「ごめんくださいーっ!!!
どなたかいらっしゃいませんかーっ!!!」
何度目かの悦郎のごめんくださいが社務所内に響き渡る。
だがその声に対して期待している返答は無かった。
無情に響き渡る悦郎のごめんください、
3回目くらいから少しやけっぱちになっていたのは言うまでもない。
普通に考えれば誰かしら常駐しているものだろうと考えていた一行にとって、
社務所での不在は予想外のものだった。
「反応はないな……。
これだけ呼んで誰もこないんだ、やはり留守か。」
「カギを掛けずになんて……物騒です。
どちらに行かれたんでしょうか。」
「食事とか?」
ふーむと悦郎はしばし考えて続ける。
「重要文献とかあったらどうするつもりなんだ、
とオレ達が心配してもしょうがないか。
出よう2人とも、何かあったら逆にオレ達が疑われてしまいそうだ。」
3人は溜息を吐きながら社務所を後にした。
溜息の理由はもちろん、第一目標であった宮司さんに
色々話を聞くことが難しくなったからである。
目標を見失った3人は取りあえず神社内にある石碑や文化財を見て回ることにした。
案内板見る限り、それなりにいわれのある石碑がいくつか見受けられた。
悦郎を先頭に3人は社務所から最も近い石碑に向かうことにした。
雪が降りそうで雪が降らない不安定なお天気具合。
空を見上げていると今に降り出しそうで妙に落ち着かない。
そう言えば、とセシルは周囲を見渡して
自分たち以外の参拝者の姿が無かったことに気づいた。
天気も良くは無いし参拝日和でないことは間違いないが、
それでも休日なのだから数人程度は居てもおかしくはないだろうか。
セシルはそれとなく星一朗に言った。
星一朗はセシルに言われて周囲を見渡した後、
普段の神社ってだいたいこんなもんじゃね、と素っ気ないものだった。
「そう言えば神社の中って実際問題として
ゆっくり見て回ったりはあんましないよな。
ゲームとかだと重要イベントの場所だったりするから、探索する機会も多いけど。
そんでめっちゃ強い御神刀とかあるんだぜ。」
「ソウダナ。」
「……あ、あはは(鷲谷さんの反応が薄い…)」
「反応薄いなぁ、神社ってゲーマー的に燃える施設だろうが。」
「ったく何でもゲーマー基準でものを考えるな……。
ただまあ、ゲーマーだからこそ神社に興味を持てたという理由はわからないでもない。」
悦郎の言うように、自分もゲームをやっていなければ
神社について何の興味も持てなかったのは事実だと星一朗とセシルは実感していた。
「神社の分類としてはチャーチやモスクのような宗教関連の建造物だと思いますけど、
宗教という意識は何となく薄い気はしますね。」
「宗教と言うよりは最早習慣化している、
正月の初詣なんかは良い例だろう。」
「言われてみればそうだな。」
歩くこと数分、3人は案内板にあった石碑に辿り着いた。
入り口付近にあった石碑と同じ材質で作られていたが、
石碑の風化が激しく一部文字の欠損が見受けられた。
石碑の内容を説明した立て看板が備え付けてあり、
こちらは何とか読むことは出来た。悦郎は進んで看板の内容を読み解いていく。
「なるほどな。 そうきたか。」
思わず納得の声が漏れる悦郎。楽しそうである。
石碑の内容の解説は悦郎に任せ、
星一朗とセシルは関係の無いところを見ては
あーだこーだと冗談めかしてしゃべているだけであった。
流石の悦郎も苛ついたようで、少し声を荒げて二人を注意する。
「お前等……仲がいいのは結構だが、少しは説明文を読めよ。」
「解説がねぇと、わけわかんねぇんだよ!
お前だけ一人頷いているだけじゃ俺等置いてけぼりっての。」
「そ、そうなんですよ!
な、なかがどうとか、かかかんけいないですよ!?」
「……しょうがないな。
ここの石碑にはこう書いてあるようだ。」
―― 紅雀の囀り 即ち輝きし御道 金色たる覇龍の楔――
「中二時代の俺のノートの一文……
いや、これは竜二さんの黒歴史ノートの一節に出てきそうだぜ。」
「そうなのか?
看板の解説文にもあるが石碑の解釈には諸説あるようだ。
まあ、何というか抽象的な言葉が多くて星一朗の言いたいことは分かる。
有力な解釈としては、この土地には龍脈が流れていて
赤い雀の鳴き声が龍の楔となっている……らしい。」
「わけわからんな。」
悦郎は両肩をすくめ意味ありげに言った。
「もしかしたらこれはブラフで意味なんてないのかもしれん。
さらに言えば後世の人間達をからかう為に作ったものかもしれんしな。」
「そ、そんなことってあるんですか?
こんなに立派な石碑まで作って……。」
「逆説的に言えば、本当に隠したい何かがあるから、
注意を逸らすためにこいつを作ったという事もあり得るかな。」
「はっはっは、それはなかなか面白い解釈ですね。
確かに研究者の中でそういう意見もあるようですよ。
多様な見方があるのは可能性を広げますし良いことですね。」
ふいに背後から聞き慣れぬ男性の声がした。
慌てて振り向き声の主を確認する3人。
セシルは反射的に星一朗と悦郎の後ろに素早く移動する。
思わず星一朗と悦郎も警戒の色を強めたが、
そこには優しそうな顔の中年の男性が立っていた。
身につけている服装から彼が神社の宮司である事は明白だった。
浅黄色の格衣と紫色の袴だけだとこの季節だと実に寒そうに見える。
中に目立たない程度には着込んではいるだろうが。
「ぐ、宮司さんか……ったく人が悪ぃぜ……。」
「別の場所にいらっしゃったんですね。」
「……はぁ……まだドキドキしてます。」
悦郎は宮司を探していた事を告げ、
ついでに今回の目的を掻い摘まんで説明した。
「これは大変失礼しました。
お手間を取らせてしまったようですね。」
「社務所へ寄らせてもらったんですが、
どなたもいらっしゃらないようでしたので……。」
「そうでしたか。
常に誰かはいるはずなんですが、
お昼時ですし買い出しにでも行っているのでしょうか……。」
「時に宮司さんは今までどちらに?」
「ええ、先ほどまで地元の方がいらしてましてね、
雪解け後に毎年実施している春の祭事の打ち合わせをしていたのですよ。
それで私はお見送りを。」
なるほど、と3人は納得した。
タイミングが悪すぎた、と言うことである。
「それにしても今日は冷えますね。
ささ、社務所へ参りましょう。
丁度美味しいと評判のお茶をいただいたばかりです。
お待たせしたお詫びに皆様にご馳走しましょう。」
宮司の案内で3人は元来た道を戻り、
カギが掛けられていない社務所内へ入っていった。
宮司は、
「暖かいものを用意してきますので、この部屋の中でお待ちください。」
と告げて奥へ行ってしまった。
放置された3人は取りあえず靴を脱ぎ、
指定された来客用の部屋と思われる畳部屋へ入った。
部屋は十畳程度あり、中央に足の低いテーブルが鎮座していた。
これといって目立つ調度品は無く質素という言葉がしっくりときた。
エアコンは無かったが、小学校とかにあった旧式の灯油ストーブはあった。
勝手に点けるわけもいかず、どうしたものかと途方に暮れていたところ、
タイミングよくコートを身につけた雇われ巫女の
お姉さん達が社務所に戻ってきたのだった。
「あら、お客様?」
「あ、お邪魔しています。」
どうやら近所のスーパーまでお昼の買い出しに行っていたらしく、
手には買い物が詰め込まれたパンパンのビニール袋が見えた。
星一朗は巫女のお姉さん達に事情を軽く説明し、
ストーブを点けてもううのだった。
「寒いところでお待たせしてしまって、ごめんなさいね。
すぐにストーブ点けますから。」
灯油ストーブの良いところは、
ストーブの近くであればすぐに暖かさを感じられるところだろう。
星一朗とセシルは張り付くようにストーブの周囲に集まり、
ストーブに向けて手を差し出している。
「おぉなんと暖かい……骨にしみる暖かさよな……。」
「こういうストーブも今じゃ懐かしいですね、
最近はあまり見なくなっちゃいましたし。」
「んだなぁ。
……そういや恵玲奈達はどーしてっかね。
ちっとも連絡こねぇけど、寒くないのか?」
「なに、もうすぐしたら連絡してくるさ。」
5分も経たないうちに、
奥へ行っていた宮司がお盆の上に人数分の暖かいお茶を持ってやってきた。
宮司に促され、立ったままだった3人は腰を下ろした。
こういう時、座るタイミングが分からなくなってしまう。
テーブルに置かれた湯飲みを各自手に取り、ゆっくりと口へ運んだのだった。
「はぁ~生き返ります~。
ありがとうございます、このお茶凄く美味しいです!」
「それは良かった、お口に合ったようで何よりですよ。」
セシルのストレートな感想が笑顔と共に場を和ませる。
星一朗と悦郎は美味いなと呟いた程度だった。
セシルの笑顔を気に入ったのか、宮司も嬉しそうに言った。
さてと落ち着いたところで、
そうゆっくりもしていられないとばかりに悦郎が横から差し込む。
「宮司さん、早速で恐縮ですがお話を伺っても構いませんか?」
「おお、そうでしたそうでした。
皆様は大学の課題の一環で風土史をお調べになっているんでしたね。
それで当神社の資料やら口伝を見聞きしにこられた、と。」
悦郎はこくりと無言で頷き、ちらっと星一朗を見やる。
何か返答してやれという無言の合図だ。
星一朗はやれやれと言った具合で普段とは少し違う口調で宮司の確認に応えた。
「いやー、ガキの頃ってあんま歴史とか郷土史とか興味無かったんですけど、
大学に入ってちゃんと知っていくと見方が変わりますなぁ。」
「人に歴史あり、土地にも歴史ありですね。」
「お三方ともお若いのに立派なことです。
歴史を蔑ろにしては未来など見れましょうや。
昨今の若い連中は自分のことばかりで周りのことなど気になどせず……。」
何故か宮司の愚痴に近い語りが始まった。
これは地雷を踏んでしまったらしい。
だが、どこが地雷だったのか分からない3人だった。
「コホン……とまあ、小言はこの辺にして
お見せ出来る範囲の資料をお持ちしますので、しばらくお待ちください。
あまり表に出すことはないので、少々埃っぽくなっていますが……。」
「それは構いません、よろしくお願い致します。」
宮司は一礼して部屋を後にした。
さてどんなものが出てくるかと、一人わくわく状態が止まらない悦朗であった。
********
カメラを構えその奇跡の一瞬を撮り逃すまいと気を張る恵玲奈、
それを見ながら泪は寒そうに両肘をさすっていた。
泪としてはさっさと撮影を終わらせて、暖かい屋内へ入りたかったのだが、
テンションが上がりきった恵玲奈に泪の声は届かない様子だった。
普段の恵玲奈だったらあり得ない行動だった。
「ねぇ恵玲奈、そろそろ星君達と合流しない?」
「もうちょっと待って! あの一瞬を私は待っているの!
きっと来る、私が描いた理想の構図のタイミングが絶対に来る!」
「おーい、恵玲奈、戻ってこーい。」
「さぁ、来なさい! 私が撮ってあげるわ!」
「……この子、こんなにカメラ好きだったかしら……。」
続く
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




