第六十二話 春になれば
大雪の影響で【喫茶店・箱庭】に宿泊を余儀なくされた数名は、
交通機関が動き出したことを確認して、タイミングを見て店を後にしていった。
はじめに動きがあったのは希亜だった。
親御さんより電話連絡があってこれから自家用車で迎えに来るからとのことだった。
この雪道、自家用車で来れるのだろうかと心配の声も上がったが、
希亜の父親は北国育ちで運転免許証も地元で取ったのだとか。
「父親は血が騒ぐのか、雪が降ると外に出たがるんです。
母共々、もう若くはないんだから怪我をしないか心配しているんです。」
「い、意外な親父さんの顔だね。」
電話連絡からおよそ30分後、
タイヤにチェーンを巻いた白いセダンが店の前に乗り付けてきた。
店の前に車が乗り付けることはほとんど無い為、
通りに出ていた近所の人間達が興味津々で視線を送っていた。
セダンのドアが開き希亜の母親である絵里が現れ、
迎えを待っていた希亜を見つけるやいなやがしっと手を握りしめたのだった。
十代の子供ではないとはいえ親にとって子は子、心配だったのだろう。
余談ではあるが、希亜の見送りで通りに出ていた面々は、
寝惚け顔のまま応対したことを悔いていた。
竜二にいたっては、もはや目が開いているのか開いていないのか分からない。
「娘がお世話になりました。
はじめ、竜二さんのところへ泊めてもらうと希亜から聞いたときは驚きもしましたが、
大雪でしたし下手に電車やバスに乗っていては身動きも取れませんでしたでしょう。
ありがとうございました。」
絵里は深々と頭を下げる。
ふと運転席を見やると父親の隼人も軽く会釈していた。
穏やかな笑顔だったのが印象的だった。
「いえ、昨日のあの天候でしたし……。」
「まさか竜二さんからご提案頂けるなんて思っていませんでしたし、
それにとても楽しく過ごすことができました。」
「い、いえいえ、楽しんで頂けてこちらとしても恐縮でして……。」
竜二とちょっとした世間話の後、雨倉親子は帰っていった。
車が見えなくなるまでその場にいた後、
ふぅっと大きなため息をついて竜二は店内へ戻っていった。
そばでその様子を見ていた星一朗と恵玲奈とセシルは、
これはもう竜二さんは逃げられないんじゃないかなと思っていたのだった。
店内に戻った面々は、竜二が出してくれた暖かいお湯の入ったコップに口をつけ
珍しくカウンター席には座らず、テーブル席で一息ついていた。
雪が止んでいるとはいえ、冬の朝方の空気は尋常ではない冷たさだった。
ほんの僅かな時間だったのにかなり冷えてしまっている。
竜二の気遣いに面々は感謝していた。
「あふぁ~……
さっきから上のマブタと下のマブタが仲良くしたいって……言ってます。」
「セシルさん大きな欠伸。」
「セシルはもう少し経ってから帰るかい?」
「はい、一眠りしてからお暇します……
ふぁ~……まさか完徹してしまうなんて。」
********
―3時間ほど前―
【コレクションルーム】に設置されてある時計の針は午前5時を回っていた。
一向に寝る気配を見せないゲーマー連中に恵玲奈は辟易していた。
一人だけ横になっても良かったのだが、
なんだかそれだと仲間はずれになってしまう気がして気分的に嫌だったのだ。
「相変わらず上手いなセシルの使う【ティナ】は……。
もっと頑張れ【バッツ】!
そうだ、どうせなら同じ名前の【セシル】を使ってみませんか?」
「いやです♪
もー、ほら次始まりますよチェスター君。」
アイテムドロップ(アーティファクト)狙いの対戦を続けて何度目だろう。
対戦成績はややセシルが勝っていた。
星一朗の接待プレイの可能性もほんの僅か考えられたが、
ゲーマー相手にそんな事をする人間でないことは皆知っている。
単にセシルがやり込んでいて強いだけのようだった。
「……ふぁ~~……お兄ちゃんが下手なだけじゃないの?」
「やかましい! 欠伸しながら言ってくれるな妹よ。」
最初は効率重視でノーガードとノードッヂで戦っていたが、
ゲーマーの血が疼いたらしくいつしか真剣対戦へと遷移していた。
カチカチとボタンを押しながら星一朗はそういえばとばかりに口を開いた。
「あれ? そういや竜二さんと雨倉さんいない。」
「【コレクションルーム】を案内するっておじさま言ってましたよ?」
「案内か……うん、必要だなここは。」
竜二は希亜を連れて【コレクションルーム】に置いてある
数々のゲーム関連アイテムについて説明していた。
興味津々に聞いてくれる希亜に竜二もテンションが上がってきたのか、
いつも以上に饒舌で語り続けていた。
特にメインストリームにはなれなかったゲームハードの前では
希亜から予想された通り質問攻めに遭っていた。
知らないゲームハードにも興味を持ち、
さらにはプレイしてみたいと言い放つ希亜の姿に
竜二は感動を禁じ得なかったのである。
「世の中にはこんなに多くのゲーム機が発売されていたんですね。」
「ええ、そうです。
これらは夢の詰まった素晴らしい箱なんですよ。」
「それぞれ個性的で見ていて飽きないです!
何よりゲームソフトの形も独特でどうやって動かすんだろうって、
なんだかわくわくが止まりません!」
「そうなんですよ!
見ているだけでも僕は楽しいですし、
こうやって説明出来るのもまた楽しいんです!」
そんなこんなで眠らない喫茶店【箱庭】は朝を迎えたのだった。
********
「ゲーマーがこれだけ集まったら、そりゃあ寝るわけにはいくまい。」
星一朗は眠い目をこすりながらも、気を張って持論を唱えた。
私はゲーマーじゃないんですけど、と隣から恵玲奈から抗議の声があったようだが、
徹夜明けの兄にその言葉は届かなかった。
届かないのであれば身体に訴えるのみ、
恵玲奈はさっと素早く兄の臀部付近に手を動かし、くにっと力強くつねったのだった。
「ぐほぁっ!?
……お、て、え、恵玲奈さん……そういうことをやっちゃだめ……。」
「ほら、何悶絶してるのお兄ちゃん。
長居しすぎたし私たちも帰るよ!」
ぶつぶつなにやら文句を言いながら臀部をさする星一朗。
セシルは二人の様子を見て苦笑いを浮かべていた。
二人とも体力的にも精神的にもフラフラだと思うのに、
よくこんな風にじゃれることが出来るなぁと。
そして少し羨ましくも思っていた。
黒瀬兄妹は立ち上がり竜二に食事代を支払った。
「はい、毎度どうも。
雪道だから気をつけて帰るんだよ。」
「確かにこの靴じゃ気を抜くと滑りそう。
まあ最悪はこの兄がどうにかしてくれると思いますよ。」
「勝手なやつだ!
ったく、そういうわけで竜二さん、今日は失礼します。」
「気をつけてねチェスター君、恵玲奈ちゃん!
……あ、もう限界かも……おじさま先に戻りますね……。」
「どっちかっていうとセシルの方こそ気をつけて、だな。」
「はい、気をつけま……きゃっ!」
星一朗の心配をよそに、セシルは何も無いところで転びそうになった。
そして、顔を真っ赤にし無言でそそくさと地下へ戻っていったのだった。
セシルのドジを見てほっこりした黒瀬兄妹は
竜二にもう一度挨拶して店を出たのだった。
「太陽の光が雪に反射してまぶしい……。」
「お兄ちゃんあんまり下見ない方がいいよ。」
「それはそうだけどさ、下見ないと転びかねん……
北国の人達は毎冬こうなんだろう?
もう尊敬しかないね。」
脳天気な感想を吐きながら、とぼとぼと千鳥足気味で家路をゆく黒瀬兄妹だった。
まだ朝方なので人通りは少ないが、
あちこちで普段聞くことのない妙に軽快な声が聞こえてくる。
あちこちで転んでいるのだろうか。
そう考えると星一朗はにやにやが止まらなかった。
そして――
「何にやにやしてんの?
もー気持ち悪いって……きゃんっ!」
よそ見をしていたのか恵玲奈がお尻から転んでしまった。
兄の手を借りてゆっくりと立ち上がったが、恵玲奈の様子が少しおかしかった。
「おいおい、大丈夫か?
ん? どうした足捻ったか?」
「んー……お尻は大丈夫だけど、立ち上がるときにちょっと捻ったかも。
足の力の入れ具合間違ったかな……。」
「しゃーねぇな。」
そう言って星一朗は恵玲奈に背を向けてかがんだ。
視線は恵玲奈を見つめて早くしろと催促している。
もちろん兄の意図は分かっている。
だが恵玲奈は恥ずかしかった。
色々文句を言ってしまっていた手前、素直に兄の厚意にすがれなかったのだ。
足の具合を考えれば絶対に無理をしてはいけない場面。
ぐぬぬ、と声にならぬ声を挙げながら
恵玲奈は巡りの悪くなっている脳を働かせていた。
「こういう時はちゃんとお兄ちゃんするんだから、むかつく!」
「うおっ!
……お前、この優しい兄に対してむかつくとは何事だ。」
そう言って観念した恵玲奈は兄におぶさったのだった。
耳が真っ赤になっているは分かっている。
こんなところ、誰か知人にでも見られてしまったら……、
と恵玲奈の心配はつきない。
星一朗はというと、少し素直になった妹の感情なんて気にするそぶりはなかった。
かなり前に背負った時の感触と、
今の感触を比べていたのは絶対に恵玲奈にバレてはならないとは考えていたが。
「おっし、安全運転でいくぜ!」
「絶対にお尻触んないでよ! 触ったら殴る!」
「誰が触るか!」
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喫茶店【箱庭】で一人になった竜二はカウンター席に座り、
少しだけぼーっと店内を見渡していた。
数時間前まで賑わっていたここも、
今では自分しかいないこの状態に妙な感覚を覚えてながら。
「(いつまでこうしていられるのかな。
……なんてモラトリアムな状態でもないか)」
いくつかあると言われる人生の岐路に竜二は立っていることを自覚した。
三十路を越えてようやく見えた景色だった。
やはり二十代では絶対に見えなかった景色だったなと苦笑してしまった。
「(あとはいつどう言うか、かな。
もう少しだけこのままがいいかなぁ……急な環境の変化は体調に悪いしね)」
竜二は店の電話の受話器を上げ、
今回の件について一応母親・光に連絡することにした。
事前にある程度事情は説明はしていたが、
改めて報告したほうが良いだろうと思ったからだ。
それに大雪だったし家で缶詰になっているだろうからすぐに出ると思った。
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【喫茶店・箱庭】冬のお泊まり会(緊急開催)の日から二ヶ月後の初春のある日、
黒瀬兄妹宛に凝ったデザインの郵便物が2通届いた。
差出人は岩雄竜二と雨倉希亜の連名になっていた。
もちろん書かれていた文字は祝福を禁じ得ないもので、
郵便物を開封するやいなや、妙に畏まった竜二の文章を読みながら
二人はそっかーと納得の声をあげたのだった。
「竜二さん、とうとう腹を括ったのか。
いや、おめでとうございます!」
「意外と早かったよね。」
「春になれば何かしらの動きがあると思っていたけど、
まさか一気にゴールだったとはね。」
恵玲奈は竜二達から届いた”結婚式招待状”の出席欄に丸をつけながら、
少しぶーたれていた。
「今日までそんな素振り全く見せなかった竜二さんに完敗。
私なんてバイトもしてたのに全然分からなかったんだよ?」
「そりゃお前の観察力不足だわ、まあ、俺もさっぱり分からんかったが。」
「ヨッシャ、あとで【箱庭】にいくぞ恵玲奈。
にやにやしながらお祝いを言いに行くぞ!」
「うん、セシルさんにも声掛けておくね。
もう言ってるかもだけど。」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




