第六十一話 カレーは給食の王様だった件
夕食を拵えてくれた偉大な人物は、
ゲーマー達の視野狭窄具合にご立腹だった。
せっかく暖かい食事を作ったというのに、
今ゲームに夢中なんでちょっと待ってと言われる悲しさ。
ちょっとってどのくらいの時間なの、冷えたら美味しくないじゃない、
こっちは親切で言っているのに、ということだ。
恵玲奈は持ってきたカレーの入った鍋を、
コレクションルームのカウンター席の近くに置いた。
カレーの香ばしいスパイスと具材の香りが鼻を刺激し、
空腹状態だったことを思い出させる。
適度な時間で美味しく作れ日持ちもするのだから、
一人暮らしの社会人にとっては心強い味方である。
ちなみにカレーと言えば給食の中でもトップクラスの人気を誇るメニュー、
星一朗や恵玲奈が通っていた学校ではカレーの日になると
”カレー争奪戦”なるオカワリをする為のじゃんけん大会が開かれ、
生徒達は食事中にしのぎを削っていたのである。
カレーそのものはオカワリ出来るのだが、ライスは基本枯渇気味。
そのライスを得るための戦いと言っても過言では無かった。
「ほぅ、カレーとな。
これ恵玲奈とセシルで作ったんだよな?」
「そうだけど、何かご不満でも?」
「ねぇよ、不満なんて。
問題は辛口寄りなのかどうかってことだ。」
「中辛だよ。
辛口したら食べられないヒトいるし、ね、お兄ちゃん。」
「さーて、準備が終わるまでゲームでもしてくっかなーっと。」
星一朗はそう言って配膳が終わるまでゲームを続けるようとした。
ピクっと恵玲奈のコメカミにチカラが入る。
イライラも蓄積すれば聖人でもない限りいつかは必ず爆発する。
恵玲奈は感情を抑えながら背中を見せた兄に対して口を開く。
「思ったんだけど、お兄ちゃんってさ、
どうして食事の準備してるの分かってるのにゲーム始めて、
それもセーブまでに時間がかかるようなのやるの?」
「ゲームが俺を呼んでいるから。」
小学生だった時分、星一朗は夕食時になると、
まだセーブ出来んから後で食べる、とか言って我が儘を言い母親を困らせていた。
そして飽きもせずに母親と口喧嘩を繰り広げていたわけである。
そんな様子を何やってんだか、と冷めた目で見ていたのは
言うまでもなく恵玲奈である。
今なら分かる母親が兄に対して怒っていた理由が。
「言葉は不要、そういうことね!」
言うが早く恵玲奈は星一朗の背後へ回り、
ばっと両手を広げ呑気な顔をした兄の頭を右の二の腕でガシッと捉える。
最初は何と可愛い妹よ程度に見ていた星一朗だったが、
彼女の体勢は二の腕にチカラを伝える事の出来るものだった。
ギリギリと徐々にチカラを入れていき、
みるみるうちに星一朗の顔が青ざめていく。
その技は彼女が日々の生活の中で対星一朗の為に習得した抵抗手段なのである。
「恵玲奈ちゃん、凄く綺麗に決まっています!」
「少しは反省しなさい!
鍛え抜かれた頭蓋骨固め(ヘッド・ロック)を食らえ!」
「お、お前……困ったらこれすんの……マジやめ……!」
セシルが思わず感嘆の声をあげた。
端で見ていた竜二も同じ感想だった。
喧嘩は止しなさいと年長者らしく制止の声をあげようと思ったが、
色々と面倒そうなので黙っておくことにした。
兄妹と出会ったときからこの調子なのだから、
もはや生暖かい目で見守るスタイルである。
もう何度も見てきた光景である。
二人の様子が決して本気で喧嘩をしているわけでは無く、
兄妹でじゃれあっている一種のコミュニケーションであるのは
希亜以外は理解していた。
セシルも当初は止めなくていいんですか、と
黒瀬兄妹の様子を見て慌てていたのを思い出していた。
「あ、あ、あの!
止めなくていいんでしょうか?」
希亜は当然の如く慌てていた。
どうすればいいの、と竜二やセシルを見ながらあわあわしている。
見かねたセシルは小声で希亜にこの事態を説明する。
「あー、うん、大丈夫ですよ。
いつもあんな感じなんで。」
「で、でも!
お兄さんの方、顔が青ざめてますよ?
ほら、助けてってジェスチャー送ってるみたいですし!」
「まあ、最初はちょっと驚きますけど、
アレはただのスキンシップみたいなものなので放っておいたほうが無難というか……。」
「は、はぁ……。
私は一人っ子なので兄妹の在り方は存じませんが、
ああいうものなんですね。」
「雨倉さんも一人っ子なんですね、あたしもそうなんですよ。」
横目で見ていた竜二が取り急ぎフォローに入る。
ここで言っておかないと世の中の兄妹は
みな黒瀬兄妹のようなものと誤認しかねないと思った。
「う、うーん……あの兄妹限定という認識の方が間違いないと思いますよ。
あそこまで仲が良い兄妹はわりと珍しいと思うし。」
星一朗は助けを求めてセシルの腕を掴もうとしていた。
今回は思ったよりも恵玲奈の技が決まってしまっているようで、
何とか寸でのところで耐えているようだ。
星一朗の表情にはいつもある余裕があまり感じられない。
普段であれば恵玲奈に対してセクハラめいた軽口の一つでも言って、
即座に解放されているはずだからである。
現に今も恵玲奈の決して小さくはない胸の真横に、
星一朗の頭がある状態だった。
つまり当たっている状態である。
もちろん星一朗はその事に気付いている。
気付いてはいるのだが、それどころではないのであった。
「反省するか!?
どうなのお兄ちゃん!」
「うぐぐぐ……腕を……離せ……しゃべ……。」
案の定、軽口を叩ける余裕は無いらしい。
ふぅーっと深く息を吐いて恵玲奈は兄の頭を解放した。
やり過ぎは禁物、モノは適度で対することである。
「……はぁっ!
はふぅ~……お前、手加減ってものをだな……マジで気失うかと……。」
「お兄ちゃんが悪い。」
星一朗は羽交い締めされていた頭をさすりながら妹に抗議する。
その後、むくれた恵玲奈に対してごめんなさいと星一朗が謝りの一言を入れ、
この些細な兄妹喧嘩は収束したのだった。
その後、また星一朗が何か言ったのか
恵玲奈に頬をぐいっと引っ張られていた。懲りない男である。
「一段落したところで、早速食事にしましょう!
恵玲奈ちゃんとあたしで頑張ってみました。
と言っても特に変わり映えもしないカレーなんですけどね。」
「なるほど、普通のカレーライスと思いきや少しアレンジしたのかい?
確かに材料になりそうなのはあったはずだから、悪くない選択だね。
っと、このトマトとタマネギのは……少し味見をば……。」
「材料が少し余ったので使ってしまおうと。
簡単な味付けですが、カレーの備え付けなら丁度良いかなって。」
「酸味があっていいね、美味しいよ。
さっぱりした味だし、お店で備え付けで出してもいいかもしれないね。」
「ありがとうございます、竜二さん!」
竜二に褒められてご満悦の恵玲奈は
セシルと分担して手際よく配膳を済ませた。
星一朗は眼前に置かれたカレーライスをじっと見つめた。
見れば見るほど怪しく思えてくるのは、それは気のせいなのだろうか。
疑心暗鬼になってしまうと簡単に晴れるものでは無い。
くんくんと鼻を近づけ匂いを嗅ぐも、
星一朗が懸念している辛味を感じさせる匂いは感じなかった。
「お兄ちゃん、何を怪しんでいるのかなぁ?」
「ばっ、ばかやろう!
なんでもねぇよ! ええいままよ、いただきます!」
目を閉じ覚悟した。
口にしたカレーがタバスコ入りの激辛になっていようとも仕方が無いと。
舌が感じた味は激辛などではなく、
家庭料理独特の優しさに溢れた程よい辛さ加減のカレーだった。
よく考えれば恵玲奈だけで作ったのでは無く、セシルも一緒に作っていたのだ。
恵玲奈がタバスコ入りを考えようともきっと止めてくれたはず。
星一朗は色々な事を考えながらカレーライスを食らっていたのだった。
「美味い! 思った以上に美味い!」
「あ、ありがとう……お兄ちゃんが素直に礼を言うなんて!
キモイ! セシルさんお兄ちゃんがキモイよ!」
「あ、あはは……。」
希亜は皆が食べ始めるのを確認して、ゆっくりとカレーを口へ運ぶ。
やはりまだ緊張しているのだろうし、
ものを食べる姿をあまり他人に見られたくないのだろう。
こぼさないように、散らかさないように丁寧に食べていた。
味には満足したようで恵玲奈とセシルに向かって美味しいですと言っていた。
「私ってカレーライスはあんまり外で食べないんですよね。」
「そうなの?
と言いながらあたしもあんまり……。」
「マジで?」
「あ、えーと私もあんまり。
服に撥ねたりすると大変だし、辛さが合わないと……とか考えちゃって。」
「何だかアレだよね。
カレーライスって給食で出たときは
男女問わず人気だったと思うんだけどね……
まあ、僕は結構食べるほうだけど。」
「俺は味さえ合えば気にしないけどな、というわけでオカワリ。」
と言って星一朗は空になった皿を突きだしたのだった。
********
夕食を終えた後、星一朗(じゃんけんに負けた)と
セシルは片付けをしながらラジオを聞いていた。
と言っても流しているのはニュース番組、
テレビをつけても良かったが主に星一朗の作業の手が止まるのを懸念して、
星一朗自ら音声のみの情報獲得にしていた。
外を見れば陽はすでに落ち、街灯がやけに目立って見えた。
雪雲の影響でいつもより暗く感じる。そ
れにしんしんと降る雪が音を吸収していることもあり、
普段ならある程度聞こえてくる雑踏も今は全く聞こえなかった。
「枚数は少ないとはいえ、皿洗うのは大変だぜ……。」
「頑張って! あたしの方はもう終わりそうです。」
セシルは隣で食材の片付けと料理器具の掃除をしていた。
セシルと並んでこういう事をした事は無かったので少し新鮮な感じだった。
蛇口から流れる水の音、皿と皿が水の中で当たる音、
キュッキュッと皿を擦る音。
流石にこの季節、冷水で洗うわけにもいかず温水を流しているが、
最初星一朗は水で洗おうとした。
星一朗にはちょっとしたカルチャーショックだったのだ。
皿は水で洗うもの、何故かそう思い込んでいたからだ。
だから冬は水が冷たくて大変なんだろうなと思っていたのである。
「なぁ、セシル。」
「なんですか?」
皿を洗いながら星一朗がセシルに話しかける。
口調は軽かったが内容は重かった。
セシルも少し話をしたかったようで作業の手は止めはしなかったが、
星一朗の話に耳を傾け意見を交したのだった。
「やっぱり竜二さん、断るつもりなんかな?」
「うーん、雨倉さんに対する態度を見る限りじゃ、五分五分な感じですよね。」
「だよなぁ。
最初は断る気満々だったからこっちもそのつもりでいたけど、
断るとしたら断り切れるのかという疑問がね。」
「雨倉さん、いい人っぽいですもんね。
ゲームも好きみたいだし、言ってしまえば雨倉さん以上に
おじさまを理解してくれる方はそうそういない気もします。」
「決めるのは竜二さんだけど、周囲の人間としちゃヤキモキするぜ。
まあ、俺はどっちに転ぼうが竜二さんを応援するって決めたから、
関係ないっちゃ関係ないんだが。」
「あたしもおじさまの応援はしていますので、
どちらにせよ、ではあるんですが……
あはは、やっぱりヤキモキしますね、こういうのって。」
星一朗は蛇口を閉め洗い終わった皿を業務用の食器乾燥機に並べる。
後はスイッチを入れるだけ、星一朗の仕事は無事終了した。
「まあ、この話題はここで終わりにしとこう。
竜二さんも雨倉さんも今は考えたくはないだろう。」
「そうですね、当人達が望むならともかく、
周囲の人間達があれこれ言うのはお門違いだと思いますし。」
「だな。
よっしゃ、戻ったら【ディシディアファイナルファンタジー012】でもしようぜ。
前に対戦した時、見事にボロ負けしてから少し練習したんだ。
鍛えた俺の【バッツ】の強さを見せてやる!」
「いいですよ! また返り討ちです!」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




