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第六十話 好球必打

「うーん、冷蔵庫や地下の貯蔵庫、

 あとは店のキッチンを見てきましたけど……。」

「あたし達で使えそうなのと言ったら……これくらいかなぁ?」


 そう言いながらキッチンの作業スペースに材料を並べるセシル。

ニンジン、ジャガイモ、タマネギにトマトとレモン。

肉類も豚と鳥が少々、米について今日は営業していなかったので

炊いていないが炊けば用意できそうだった。

流石は喫茶店と言う事も有り普通の家よりも、

食材は豊富でむしろ何を使うか悩むところである。

恵玲奈は微妙に使い切れていない牛乳瓶と蜂蜜を見つめ、

卵さえあればミルクセーキ出来るんじゃ、と

思っていたが残念なことに卵は底をついていた。


「あー……卵はないかー。

 それなりに使うから在庫あるかと思ったのに!」

「こうなるとメニューは、アレがよさそう。」


 セシルはキッチンに置かれてあった【家庭料理の基本レシピ】なる、

ありそうで無さそうででもやっぱりありそうな参考書を手に取った。

おじさまの腕なら必要ないんじゃと思いながら、

パラパラとページをめくりアレのページに達する。

セシル個人としては、好きでも嫌いでもない皆大好き、

義務教育課程の給食において絶大な人気を誇るその名は、

ずばり、カレーライス。

見つけた食材からカレーライスを作る事は容易で、

カレールゥも未開封が一パック分あった。

さしもの竜二もカレーを一から調合する気はないようで、

市販のカレールゥで対応していた。

ただ、そのまま出すのでは無く、

そこは腐っても喫茶店【箱庭】料理長の竜二である。

独自の隠し味やらを入れているようであるが。


「ですかねぇ……あー、でもカレーだと味にうるさいのが一人……。」

「う、うーん、誰か分かるけど、

 どの程度うるさいのか参考までに聞いていい?」


 恵玲奈はふぅーっと深い溜息をついて続けた。


「甘いのは気持ち悪くなるからダメ、

 辛すぎるのは舌がバカになるので絶対にダメ。

 甘過ぎず辛すぎず、店では食べられないおうちのカレーを求めている、

 らしいです、うちのバカ兄は。」

「言っちゃった。

 複雑に言うとそうなのかもだけど、

 簡単に言えば気取らない普通の家カレーってところかな?」

「むー、セシルさん、それ良く解釈しすぎです!」

「そ、そうかなぁ?」

「そうですよ!

 そうだ、日頃のお礼にお兄ちゃんのだけタバスコ入れてあげようかしら。」

「恵玲奈ちゃん、それだけは止めてあげて!」


 星一朗のみ夕食は地獄巡りの片道切符であった。


********


「へぇ、【ペナントリーグ ホームランナイター】かい。

 ……やきゅう!?」

「たまにはスポーツ系のゲームでもいいでしょうってことで。

 本当は最近のパワプロとか燃えプロとかでも良かったんですけど、

 こういうレトロ且つ名前もじりの方が後腐れなくていいっしょ。」

「名前もじり?

 どういう意味なんですか?」


 そう言う希亜を見ながら、

まあ見ててくださいよとばかりに【ファミコン】を

手際よく用意するとカセットを差し込み電源を入れる。

当然のようにゲームは一発で起動する。

接触不良やら筐体の経年劣化等々、

色々な理由でレトロゲーム機と呼ばれる筐体のゲームは

一度の動作で起動しないことが多い。

何とか起動させる為にカセットを息とふうふうと吹いたり、

鉛筆でガリガリやったり、筐体を逆さにしてスイッチ入れてみたり

……と様々な民間療法が試されたことだろう。

技術的観点や製品機構を熟知していれば、

それが優しくない対処方法ばかりであることは明白である。

竜二は月に一度から二度程度、

所有しているゲームハードのメンテナンスを行っている。

清掃・起動確認は当然、コントローラパッドのボタンのへこみ具合や

付属ケーブルの通電状況など非常に細かい。

タイミングが合えば星一朗もこの作業を手伝っているようで、

扱いには非常に慣れていた。


「実在の球団や選手じゃなくて、

 それに近いもじりの名前になってるんですよ。」

「へぇ、面白いですね。

 あ、この球団名のホースというのは?」

「ホースは”ホークス”のもじりですね。

 カップス(カープ)にオニオンズ(オリオンズ)……全てが懐かしい。

 というか、今の若い子は馴染み無いチーム名かな。」


 竜二は【ホームランナイター】の発売年月日を見ながら、

あー、あの頃かと一人だけ分かったようにうんうんと頷く。

ちなみにマリーンズがまだオリオンズ、

ベイスターズがホエールズの頃と思って頂ければ

プロ野球好きであれば大体の年代は想像がつくだろうか。


「と言うわけで竜二さん、まずは1回試合しましょうよ。」

「え?」


 星一朗は2Pコントローラを竜二に突き出す。

この星一朗という青年は、ゲームが関われば誰であろうと

どういう状況であろうと平等に接する。

悪い言い方をすれば空気を読まない。


「まぁ……いいけどさ、1試合だけだよ?」

「まあ♪

 竜二さん頑張ってくださいね!」

「おーおー、羨ましい、応援付きですか。」

「ぐ……ぬぬぬ……。」


 星一朗はニヤリとしながらブーたれている。

半分以上からかいである事は竜二も重々承知しているが、

一応希亜に気を遣って唸るだけであった。

ふと、何かに気付いた竜二は反論機会を得たぞとばかりに

嬉々として言葉を発する


「星一朗君、周りを見てごらんよ。」

「じゃあ、あたしが応援してあげますねチェスター君。」


 背後から声がすると思ったら、

夕食の下拵えを終えたセシルと恵玲奈が戻ってきていた。

開口一番、セシルが星一朗を応援すると言っていたが、

どこから聞いていたのだろう。


「なんと! 俺にも声援が!

 ……おい!

 妹よ、何か言うことはないのかね!」

「残念、私は贔屓球団を持たない主義なの。」

「材料とか不足しているものはなかったかな?

 卵とか砂糖とか、結構妖しかった記憶があるんだけど。」

「卵はもうありませんでしたよ。

 卵についてはいつもの業者さんにさっき電話して発注しておきました。

 砂糖は未開封で2袋くらいあったので、

 今週いっぱいは大丈夫だと思いますよ。」

「いやぁ、流石恵玲奈ちゃん助かるよ。

 まあ、明日雪が止んでいることを祈ろうか。」


―PLAY BALL―


 先行・星一朗率いる【ホース】、後攻・竜二率いる【ライウンズ】。

初回、共に操作が覚束ない状態だった為、

スイングのタイミングやバントのやり方、

ピッチングの練習をかねて自由に動かしてみた。

結果、0対0で終了した。

ファミコンのゲームではあるが、

基本的な野球の動作は概ね再現されている。

もちろんホームランがやたら出やすかったりするが、

ようは打たれなければ良いのである。


「思ったよりも変化球が打てん……

 あの軌道はカーブなのかスライダーなのか……。」

「……ぼそぼそ

 (チェスター君、インコースへ来る球は捨てましょう!

  ストレート狙いがいいかもです)」


 意外とセシルは野球を知っていた。

実際に野球の試合を見に行ったり、

テレビで視聴したりする程ではないようだが、

やはりというかやっぱりというかゲームでルールを覚えた様子。


「だいぶ思い出してきたよ。

 意外と守備操作がこの頃のゲームじゃやりやすいんだよね。」

「そうなんですねぇ~、

 えっと、変化球ってどうやって投げているんですか?」

「変化球はボールを投げるときに……。」


 若い3人は竜二と希亜のやり取りを見ながら、

あんな風に女性と話している竜二さんを見たのは初めてだ、

と失礼な事を言っていた。

彼等が知る竜二とは、喫茶店【箱庭】のオーナーであり、

このレジェンド級の蔵書数を誇る【コレクションルーム】の主であり、

ある意味で仕方が無いことなのかもしれない。


 ピンチは突然やってきた。

ゲームが進んだ後半7回裏、4対3で星一朗がリードしている場面。

ビハインドの竜二は、星一朗がコントロールする投手のコースを見極め、

ノーアウトでランナーを四球を選択した。

続くバッターは初球を軽打しヒット。ランナー1塁・3塁の場面。

次は3番打者、打率・ホームラン数といった打者指数は高く、

タイミングを合わせて強振されれば被弾は免れない状態だった。

ホームランを食らえば一気に逆転、コントローラを握る手に汗が滲む。

思わず星一朗は竜二にタイム、と宣告しセシルと作戦会議を始めた。


「どうすんべセシル監督。

 正直、あの3番打者はヤバい。

 今日、3安打1HRの猛打賞だ、俺とした破先発を変えたいところだけど……。」

「そうですねぇ……

 右打者でしたよね、クロスファイア(左投げ)狙いますか?」

「そうだなぁ、先発のスタミナの減少もあるし変え時か。」


 星一朗は早速選手交代を行い、左投げの投手へ変更する。

そしてゲーム再開。

第1球目、アウトコースギリギリをズバっとストライク、

第2球目は少し甘く入ってしまいカット(ファール)で延命した。


「り、竜二さん、なかなか鋭いスイングじゃないですか!」

「なぁに絶好調なだけさ。

 さぁ星一朗君、次を投げたまえ。」

「頑張って竜二さん!」


 第3球目、大きくアウトコースに外れてボール。

カウント、1ボール2ストライクである。

ストライク先行で良い感じではあるが、次は外した方がいいかもしれない。

打気に逸っている今ならストライクは不要。

第4球目、デッドボール覚悟でインコースギリギリを攻めるが、

竜二はそのボールを見送った。

僅かにコースから外れ判定はボール。

並行カウントとなってしまった。


********


 ちなみに本ゲームに参加する気もない恵玲奈は、

1階のキッチンへ赴き鍋の様子を見ていた。

ぐつぐつと煮立つ鍋、そこから発せられるカレーの香ばしい食欲を誘う匂い。

あんまり長く煮立せても良くない為、そろそろかと言うところだった。


「……(ゲーム始まったらセシルさんも、はぁぁぁ私の味方はいずこ……)」


 と半ば恵玲奈はコレクションルームのゲーマー達に呆れ気味である。

あと少しでカレーは完成する状態だったので、

恵玲奈は待つ間にサラダを作ることにした。

トマトをメインに簡単手間いらずの一品をこしらえる。

トマトを少し厚めにスライスし、トマトの上に薄くスライスしたタマネギ、

そしてオリーブオイルを掛け、軽くクレイジーソルトをまぶす。

恵玲奈はぱくりと味見をする。

少し酸味が欲しい感じがしたようで、ほんの少しお酢を垂らす。


「うん♪ 我ながら上出来かも。」


********


 恵玲奈がカレーの入った鍋を持ってコレクションルームへ入ってきて、

怪訝な表情を浮かべている。

まだゲームやってんのかい、夕ご飯だよと言いたげだった。

セシルはその様子に気付き恵玲奈へ駆け寄り

手伝うと言って上に上がっていった。


 第5球目、星一朗はボタンを押した瞬間に声を漏らしてしまった。

どうやら考えていたところとは違うインコースへ投げ、

しかも球速の落ちたスローボール。

これを見逃す竜二ではなく、狙いを澄ませボタンを押す。

だが結果は……。


「ストライク、バッターアウト!

 ぬはははっしてやったり!!」

「な……なんだって!?

 今の失投はワザとだっていうのかい!?」

「さぁて、どうでしょうかね。」


 1アウト・ランナー1塁・3塁、

次は本日当りの無い4番打者の登場である。本日ノーヒット。

冷静に対処すれば押さえられる相手、4番と言えども調子の悪い時はある。

そんなリアル野球思考を持ったまま、

星一朗の操る投手はインコース狙いの緩いボールを放った。


「星一朗君、バッターは打てていなくても、

 操作しているのは僕だという事を忘れていたようだね。」

「!!!!」

「同じコースを短い期間で投げられたら、打てるさ。」


 カキーン、小気味よい音を立ててバッターはボールを弾き返した、

否、スタンドへ放り込んだのだった。

逆転の3ランホームランで4対6になった。

マウンド上の投手はガクリと膝を落とし悔しがっている。

ホームランを打たれたときの演出が妙に決まっていた。

星一朗も同じくガクリと床に膝を落として悔しがっていた。

あとはもう無残だった。

余程、逆転3ランホームランが効いたようで

星一朗の攻撃は精彩を欠き、結局4対6のまま最終回を迎え、

ラストバッターはあえなくライトフライで終了した。


「あの失投だ、あの失投さえ無ければ……いやしかし……。」

「チェスター君、あの失投が全てだったんですよ。

 ね、夕ご飯出来てますし食べて忘れてしまいましょう。」

「初球狙い、個人的にはあまり好きでは無いけど、たまにはいいよね。」

「お疲れ様でした。

 昔のゲームなのでどうなのかなって思ってましたけど、

 やはりゲームはゲームですね、面白かったです。」


 ふふん、と竜二は少し偉ぶる。

久方ぶりの敗戦にダメージの大きい星一朗は、

竜二に向かっていつかまた再戦しましょうと宣言していたのだった。

そんな様子を見ていた恵玲奈は我慢の限界だったのか口を開く。


「夕飯出来たぞ!

 食うのか食わないのかはっきりしな!」


 何となく口調が荒っぽい。

ヤバイ、あれは怒り出す一歩手前の声だと察知した星一朗は

そそくさと恵玲奈の待つ方へ向かったのだった。


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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