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第五十八話 その一歩は、分岐点になる

 午後に入ってからぐっと気温が下がっていた。

丁度恵玲奈が店にやってきたくらいから、

降雪量は午前中とは比べ物にならないくらいになっていた。

天気予報では今日一日、

一部山間部では吹雪いているという情報もあったくらいである。

その雪が市内までやってきても何ら不思議では無い。

星一朗は店内ラジオのスイッチを入れ、

最低限の外界の情報を入れることにした。

ちなみに店内テレビなんてものはない。

地下にはそれはそれは巨大なゲーム専用ディスプレイはあるが。


――午後4時となりました、天気情報をお伝え致します。

  正午過ぎより大陸より発達した低気圧の影響を受け、

  山間部などでは猛烈な吹雪が発生しております。

  また、周辺都市でも5センチから7センチの積雪が見込まれており、

  気象庁は十分な警戒を呼びかけております。

  一時間あたりの降雪量は……――


 当然ながら雪が強くなると喫茶店への客足は無くなる。

わざわざ吹雪いている中、

遠出までして喫茶店にコーヒーやらケーキセットを注文しに来る人は、

いない、とは言わないがほぼいなくなるだろう。

通常営業の【箱庭】であれば、

竜二は速攻で本日臨時休業の看板を掛け閉店準備をしているところだろう。

そして地下のコレクションルームでちびちびコーヒーを飲みながら、

積んでしまっているゲームクリア消化へ勤しむ。

数時間もしたらいつの間にか星一朗が顔を見せ、

二人であれやこれや言いながらゲーム談義をし、

星一朗を探しに来たセシルや恵玲奈が話に加わり

延々とゲーム談義は続いていく……。


「雪、すごくねぇ?

 もう結構積もってるぞ。」

「ほんとだ……、私がこっちに来る時は全然降っていなかったのに。」

「ラジオでも言ってますね、今日帰れるかなぁ……。」

「まあ、最悪はここに泊めてもらえばいいさ。

 地下だったら寒さなんて関係ねぇし、

 ゲームし放題だし、どうせ明日休校だろうし。」

「ゲームし放題、それが目的だよねお兄ちゃんの場合。」

「うっせ。

 まあ、よっぽど積もらない限り歩いて帰れない距離じゃないしな。」


 星一朗は歩いて帰れない距離ではない、と言ったが

何もない時で徒歩1時間以上、

雪が積もっていたら2時間では済まないかもしれない。

恵玲奈は兄の言った言葉にゲンナリしていた。

歩いて帰る選択は取りたくないなぁと。

ご存知、地下のコレクションルームには仮眠室が設置されてあり

ここにいる3人はなんやかんやで利用した経験があった。

仮眠室には少し小さめの畳が3枚敷いてあり、

敷き布団と毛布が3組分置いてある。

文字通り仮眠するには丁度良い部屋で、

冷蔵庫とエアコンがある以外に家具類は一切なかった。


「あたしは帰るのはもう難しいかもですね。

 ラジオを聞く限りバスとか電車は規制されているでしょうし……。」


「そっか、セシルさんのお部屋はここから離れてますもんね。」

「うん、おじさまにお願いして泊めてもらおうかなと。」

「俺達は状況次第だな、

 あ、恵玲奈、白湯いれてくんない。」


 そう言って空になったコーヒーカップを恵玲奈に差し出す。

恵玲奈はコーヒーカップを受け取りながら、

自分で入れてなさいよ!と言い放った。

文句を言いながらも対応してくれる優しい妹だ、

とセシルに耳打ちする星一朗であった。


「……あはは(恵玲奈ちゃんってチェスター君にかなり甘いよね)」

「では本日締めの【大型艦建造】をやろう。」

「最低値ですか?」


 【大型艦建造】とは、【艦これ】において大量の資材、

通常は数百という単位であるが大型艦建造は数千という単位の資材を投入し

戦艦や空母を建造するシステムである。

通常の建造よりも強力な艦船が出る可能性が高く、

【大和】や【武蔵】を手に入れられる可能性がある。

見ての通りかなりリスキーであり、

必ず欲しい艦船が建造できるわけでもないので、

資材が余った場合のみ利用するものである。


「取り敢えず最低値で出る艦船を建造出来ればOKかな、くらいでやるわ。」

「それがいいです。

 【大和】や【武蔵】を手に入れても多分運用できないでしょうから。

 ダメージを受けた後の入渠で使用する資材量は……凄いです!」

「史実同様、大和ホテルになるか……

 うん、無理のない運用にしようと思う。

 そもそもうちは練度の低い空母連中を運用するだけで手一杯だしな。」

「ゆっくりまいりましょう♪」


 これからどうする、そんな話をしていた時、

締め切っていた店のドアが開け放たれ外気とともに粉雪が店内へ舞い込んだ。

あまりの冷たさに3人はドアの方を反射的に見た。

そこには雪に覆われたと言っても過言では無いくらいに、

黒いスーツが真っ白になったお見合い帰りの竜二が立っていた。

竜二は店内に入るや否や、目頭を押さえながらこう言った。


「君達ね……セシルから連絡は受けていたから知っていたけど、

 ここは一応喫茶店なんだからね?」

「おじさま、お帰りなさい。」

「わ、分かってますってば竜二さん!

 ほら、竜二さんが帰ってきた時店内が寒いといけないから、

 俺達で暖めてたんですよ! な、恵玲奈!」

「ほぇ!?

 あ、うん、そ、そうかもね。」

「おじさま、結構ゆっくりだったんですね。

 暖かいコーヒー煎れましょうか?」

「ん? あぁ”2杯”頼むよ。

 アメリカンでお願い。」

「あ、セシルさん従業員である私がやりますよ。」

「2杯……?

 って、どなたか後ろにいるんですか?」


 星一朗は眼を凝らした。すると、

竜二の後ろに少々気恥ずかしそうに佇んだ女性がいた。

どこかで見た顔だった、それも最近だ。

星一朗はセシルにも女性の存在を教え、

どこかで見なかったっけ?と聞いたが、

セシルから返ってきた答えに、

星一朗は本日の自身の疲労具合を察したのだった。


「あ、えっと紹介するよ。

 ”雨倉 希亜”さん、何というか僕のお見合い相手、かな。」

「は、はじめまして!

 雨倉希亜です! お見知りおきを!」


 力んだのだろう、妙に上ずった声だった。

そして深々とお辞儀する。

希亜はゆっくりと顔を上げ星一朗とセシルの顔を見た。

ああっと声をあげ、竜二が話していた常連客である事を思い出していた。

希亜は二人に向かってニッコリと微笑んだのだった。


「先程はどうもー、ただの常連客の黒瀬っす。」

「ど、どうも姪のセシルです。」

「初めまして、常連客の黒瀬の妹です。」


 一通り挨拶が済んだところで恵玲奈はキッチンへ向かい

自前のエプロンを装着する。

これを身に着けると気分が仕事モードになるようで、

従業員の顔となった恵玲奈はキリリと真面目名顔つきで、

竜二の注文したアメリカン・コーヒーを煎れはじめた。

流石に慣れた手つきで注文されたコーヒーを煎れていく。

久しぶりに恵玲奈の仕事ぶりを見た星一朗は

ほぅっと感嘆の声をあげたのだった。

エプロン姿の恵玲奈もいいな、と方向性の違う感嘆ではあったが。


「あ、おじさま、雨倉さん、コートお預かりします。」

「悪いねセシル、雪が思ったよりも凄くてね。」

「ありがとうございます。」


 竜二と希亜の雪まみれっぷりを見て星一朗は口を開いた。


「そんなに外凄いすか?」

「ん?

 ああ、メインストリートまでタクシーで来たんだけど、

 ちょっとストリートから歩いてきただけなのにこの様だよ。

 タクシーの運転手さんも言っていたけど、

 今日はもう交通機関は止まっちゃってるみたいだね。」

「やっぱりっすか。」


 ラジオの天気情報は終わり、今は競馬中継を放送していた。

周波数を変えて他のチャンネルでやっていないか探してはみたが、

タイミング悪く天気情報番組はどの局も流してはいなかった。


「帰れそうにないので竜二さん、今日泊めてください。」

「あ、私もお願いします。」


 竜二はそう言ってくるだろうなと

予想していたかのようにコクンと首を縦に振る。


「そりゃいいけど、泊める条件として仮眠室の掃除を頼まれてくれるかい?

 最近サボっててね……。」

「そんくらい良いっすよ、俺等にお任せあれ。

 ほんじゃ恵玲奈、掃除しに行くぞー。」

「は? へ、ちょ、ちょっと腕掴まないでよ!

 もう、お兄ちゃんってば! コーヒー置いてから!」


 恵玲奈は竜二と希亜の前にコーヒーを置いてエプロンを外すと同時に、

星一朗に地下の仮眠室へ連行されたのだった。


「えーとお兄さん、ご、強引ですね。

 妹さんでしたっけ、大丈夫なんでしょうか。」

「あはは……まあ、あの兄妹は毎回あんな調子なんです。」

「そうそう、希亜さん気にしたら負けですよ。

 そうだおじさま、あたしも泊まっていいですか?

 さっきネットで調べたら電車とバスが運休しているようで。」

「断る理由なんてないさ。

 仮眠室の掃除、あの二人じゃ時間かかるだろう、

 セシルも行ってきたらどうだい?」

「はい! ありがとう、おじさま!

 あ、雨倉さん失礼しますね。」


 ペコリと会釈してセシルは地下室へ降りていったのだった。


「姪御さん、凄く綺麗で優しそうな方ですね。」

「叔父の僕が言うのもなんですが、才色兼備の自慢の姪です。

 ただちょっと人見知りするところがありましてね、

 小さい頃はそれなりに大変だったんです。」

「今のご様子を見る限り、もう克服されたみたいですね?」

「……だと思いたいですけどね。」


 そう言って竜二は恵玲奈が煎れてくれたアメリカンを啜る。

味良し、香り良し、温度良し、十分喫茶店の商品として

提供出来るレベルであることを確認出来た。

少々甘いところは経験の少なさからどうしてもあるが、

竜二はそれは若さと思い、その甘さも楽しんでいた。

希亜も恵玲奈の煎れてくれたコーヒーを一口飲み、

ほうぅっと安堵の吐息。


「竜二さんのお店、素敵です!

 私が思っていた以上にクラシカルで客層も良さそう。」

「そうですかね。

 今はお客さんもそこそこいらっしゃいますが、

 半年くらい前は閑古鳥ばかり鳴いているお店でしてね。」

「そうだったんですか?」

「僕としては、閑古鳥鳴いているくらいでいいんですけどねぇ。」


 竜二はふと半年前の事を思い出していた。

そういやあの頃、セシルはまだ来ていなかったんだよなぁと。


「えっと、お店の調度品なんかは竜二さんのセンスの良さを感じます。

 決して高いものじゃないのに、まるで誂えたかのように佇んでいて、

 主張しすぎない自己主張と言いますか。」

「ははは、くすぐったいなぁ……そこまで褒められるのは始めてだよ。」

「ところで地下室もあるんですか?」


 ぴくっ思わず反応を隠せない竜二。

いつ希亜が地下室の事について

触れてくるんだろうと構えていたが、思ったよりも早かった。

地下室、即ちコレクションルームの存在については何も説明していない。

無論、あれだけ星一朗達が地下室やら仮眠室やら言っていれば気にもなろう。


「地下室は関係者以外立ち入り禁止ってやつでね、

 一般客には開放していないんだ。」

「へぇ~そうなんですね……でも彼等仮眠室がどうのって。」

「あ、ああ仮眠室ね……うん、あるよ仮眠室。」


 真冬、それも雪が降り積もる日だと言うのに

竜二の背中は冷や汗まみれだった。

コレクションルームの存在が知られてしまったら、

もう、引き返せないと思ったからだ。

竜二がコレクションルームの入室を認める、

それはその人物を認め受け入れたことになるのだ。

そもそもお見合いを断るつもりだっただけに、

最終ラインへ突入する一歩はずしりと重く容易に踏み出せないでいた。

そんな竜二の内実なんて知る由もない希亜は、

目をキラキラと輝かせ仮眠室ってどうしてそんなものがあるんですか?と

興味津々の瞳を竜二に向けている。


「……あ、そうだ希亜さん、チーズケーキ食べます?

 【箱庭】特製ですよ。」

「ち、チーズケーキ食べたいです……美味しそう。」

「はい、少々お待ちくださいね。」


 ふぅ、胸をなで下ろし何とか話題を逸らせた竜二は、

冷蔵庫に保管してあったチーズケーキを取り出し皿に盛りつけた。

最近増やしたメニューの一つで、老若男女問わず広い客層に評判が良かった。

アイディアを出したのは恵玲奈で、何を隠そう恵玲奈の好物の一つであった。


「んーっ!

 程よい甘さでどれだけでも食べれそうです!

 竜二さん、これって手作りなんですよね?」

「ええ、そうですよ。

 基本的には手作りです、手作りだと色々アレンジを加えたり

 自由が利きますからね。」

「竜二さん、私尊敬します!

 少しお料理はしていますけど、ケーキとか作れませんもの。」

「レシピと作る上でのコツを知っていれば、

 実は誰だって作れるものなんですよ?

 もちろん、人様に食べて貰えるような

 クオリティとなると簡単ではないですけどね。」


 完全に彼女の脳内から地下室や仮眠室の単語は消えた、竜二はそう確信していた。

気になる程度の興味より、

目の前の甘く優しいケーキの方に興味が移るのは必然だと。

だが世の中、そう上手くはいかないものである。


「あ、竜二さん、

 仮眠室の毛布とかってクリーニング終わってるみたいっすけど、

 ビニール開けちゃっていいですよね?

 もし予備が他にあるんだったら教えて欲しいなーなんて。」

「おじさま、コレクションルームのラックなんですけど、

 少し埃がたまっているみたいです。

 良ければあたしお掃除しますけど、お掃除セットとかってあります?」


 思わず両目を覆う竜二であった。

せっかく話題を逸らせたと思ったのに、

余計に気になる単語を引き連れて地下から上がって来るなんて……と、

珍しく常連客と姪を睨む竜二。

掃除を頼んだのは竜二さんじゃないか、と

星一朗とセシルはお互いの顔を見合わせ疑問符を飛ばしたのだった。


「えっと……コレクションルームとか仮眠室とかって何なんですか!?」

「あ、ああ、うん、えっとね。」

「なんだ竜二さん、雨倉さんに話してないんすか。

 説明しといたほうがいいと思いますよ?

 この状態で雨倉さん帰すわけにもいかんでしょ。

 俺等、それで泊まらしてもらうわけだし。」

「!!!!!!」


 竜二は愕然とした。既に詰んでいたという事実に。

そして呆れ果てていた、こんな単純な状況把握を出来ていたなかった自分に。


続く

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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