第五十四話 忍び寄る君
遡ること大晦日そして元日、
竜二は義兄や姪の言葉から珍しく岩雄本家への帰省を試みてはいた。
だが直前になって覚悟が決まらなかったのか、
熟考した末、先に本条本家へ顔を出していた。
幸運な事に口うるさい姉の仁衣奈は”何故”か不在、
本条家にはエイジとセシルがいるだけだった。
拍子抜けした竜二だったが、
そうなってくると姉や母の顔が脳内を過ぎって仕方がなかった。
心ここに在らず。
本条家で覚悟を決めて二日くらいに岩雄家に行こう、
そう思っていたようなのだが……。
事態は急変するのが世の常か。
竜二は本条家の離れの居間にて、
本条家現当主の妻であり姉でもある本条仁衣奈と、
岩雄本家より仁衣奈と竜二の母親である
”岩雄光”の前で俯いたまま正座させられていた。
大人しく岩雄家へ帰っていればこんなことには……。
「……あはは……。」
「竜二さん、分かっているのですか?」
「……。」
事の顛末はこうだ。
エイジに言われるがままちょっと用があると言われ離れに入ったが最後だった。
離れにいたのは、姉はもちろんのこと、
現時点で顔を合わせにくい人ナンバー1の母・光が静々と佇んでいた。
元旦らしく品の良い紫の生地に季節の植物をあしらった和服を身に付けている。
還暦を迎えているようだが、年齢を感じさせない仕草、
行動力に周囲の人間達は感嘆の声をあげるのだった。
会った瞬間、竜二は顔面蒼白、回れ右でその場を立ち去りたかったのだが、
いつの間にか横に立っていた姉に腕を掴まれその場からの離脱は失敗に終わった。
そして暗黙の了解のように二人の前に座する竜二であった。
「全く何度言っても顔すら見せないなんて……
しかも岩雄家ではなく本条家を先に……。
竜二さんは一体どこの家の人間なのですか?」
「弁明のしようもありません……。」
「情けなくて涙も出ません!
はぁ……あなたは岩雄家の長男としての自覚はあるのですか!」
「ほら、姉さんがいるじゃないですか、僕はそんな……。」
「……何を寝ぼけたことを。
私は本条家へ嫁いだ身、岩雄家の跡取りはアナタでしょうが。」
あはは、と引きつり笑いを浮かべ何とかこの場を凌ぎたい竜二であったが、
そんな薄ぺっらな考えなど幼き日より竜二の性格は知られているわけで、
母と姉の前では無意味に等しい。
平謝りでどうにかなる話でもないだけに、
竜二としては二人の対応を待つしか無かったのである。
竜二が正座させられて早二時間、重い空気だけがその場を支配していた。
「あ、あの、母さん姉さん、お話がもうないんなら戻りませんか?
ここは少し冷えますし。」
「まだ終わっていません!
はぁ……お父さんが生きていたらちゃんと叱ってくれたでしょうに……
いえ、叱らずに好きにしなさいと言いそうですね。」
「そうだね、お父さんならそう言いそう。
今の竜二を見ても叱らないかもね、ほら趣味人だったし。」
「……そうね、竜二はあの人と良く似ていますしね。」
故・岩雄秀満は、もう十年以上前に他界した仁衣奈と竜二の父親である。
かなり趣味人だったようで余暇を見つけては
私財を趣味(主に野球関連)に投入していた。
元高校野球をやっていた経験もあり社会に出た後は地域の草野球チームへ参加。
経験と実績を買われ3番ファーストで活躍、
通算打率.272・通算本塁打19本は立派なものだろうと竜二に自慢していた。
身体が動かなくなった晩年は草野球チームを引退、
テレビでプロ野球を観戦したり球場に行って観戦を繰り返す日々だったという。
幼き頃よりその姿を見ていた竜二は父親の感性をしっかりと受け継ぎ、
ある意味立派に父親の心を継承しているわけである。
「こほん、やはりあなたを一人このままにしておくわけにはいきません。」
そう言って光はすっと後ろに隠していた本を取り出す。
否、これは本ではなく形状のこそ本に見えたが
装丁やデザインから違う事は明白だった。
光は恐れおののく息子を尻目にゆっくりとその本を開く。
それは案の定、お見合い写真が入ったものだった。
二十代後半と思われる着飾った女性が写っている。
母と姉が言わんとする事をようやく理解した竜二は拒否の言葉を続ける。
「待ってください、僕は結婚する気なんてまだないですよ!
前から何度も言っているじゃないですか!」
「まだとはなんですか。
あなたの年齢でその言い種は黙認出来ませんよ。」
「世間的に見ればそれは……そうかもしれませんが。」
「まあ、私の結婚が早かったからね。
相対的に見てかなり遅く見えるのは仕方が無いわね。」
「姉さんは早すぎなんですよ……高校卒業してすぐじゃないですか。」
溜息しか出ない竜二は何とかこの話を流せないか苦心していた。
結婚なんてしてしまったら、
まず間違いなく今の生活は継続できないだろうという事は理解していたからだ。
家族が一番、生活が一番、趣味であるコレクションルームの充実は二の次。
そして、喫茶店”箱庭”の営業努力に注力して
収入向上・安定化を目指さなくてはならないだろう。
社会人として何も間違っていない正論である為、反論の言葉に詰まるのであった。
「し、しかしですね……。」
「なんです?
あら、もしかして気になる女性でもいらっしゃるの?」
「え? 竜二、それ本当?」
「ははは……いたらこんな苦労してるわけないじゃないですか。」
「いないなら何の問題もないじゃありませんか。」
母・光は決して引く気は無い様子。
何が何でも写真の相手とお見合いをさせたいようだ。
姉の仁衣奈はどちらかと言えば母・光側のような立ち位置だったが、
母ほど熱心に口添えをすることは無かった。
押し問答のようなやり取りが繰り返され、
竜二が解放されたのは数時間経った頃だった。
疲労困憊の表情を浮かべながら竜二は、
手にお見合い写真を持って離れから出て来たのだった。
母と姉から逃げ出すにはこうするしか、竜二の顔は悲壮感いっぱいだったという。
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竜二は遠い目をしながら事の顛末を星一朗とセシルに語った。
取り敢えず横槍を挟まずに最後まで黙って聞いていた二人は、
温くなってしまったコーヒーを飲みながら目を輝かせていたのだった。
「マジっすかッ!!!!
竜二さんが結婚ッ!?
うおおおおぉぉぉぉぉぉ?」
「いつお見合いをされるんですか?
もう、おめでたいお話じゃないですか!」
「……君達にそんな反応をされるなんて思ってなかったよ。」
「おじさま、お相手の写真見せてください!
あたし、どんな方なのか気になりますっ。」
「俺もどんな人かすっげぇ気になるっすッ!
ってか、俺的に竜二さんは落ち着いた方が良いと思ってたんですよ。」
可愛らしいセシルの双眸がキランキランに輝いている。
理由は、家族の祝い事だから純粋に嬉しいからなのか、
耳年増のような感じで彼女の乙女心が燃え上がったのか、それは定かではない。
星一朗はと言うと、尊敬する人生の先輩の一大事だから俺も応援するぜ、と
握りこぶしを前に突き出していた。
ああ、これは余計なお世話を焼きたい目だと竜二は思った。
「ははは……
あぁ~セシルが”うんと言うまで動かない”という一子相伝の目をしている。
分かった……持ってくるから待っていてよ。」
竜二は諦めた様子で写真を取りに奥へ行ってしまった。
完全に営業中の喫茶店であることを忘れたかのような状態である。
二人もこの事実に気づいたのか、
万が一、来店者が現われたら自分達で対応しようとお互いを見て頷くのであった。
「でもまあ、俺はずっと竜二さんはさっさと結婚するべきと思ってたからねぇ、
驚きはしたけど意外でもなんでもないね。」
「そうですよね。
おじさま、優しいし頼りになるから何も無ければお見合いも上手くいくと思います。
最も相手の性格や趣味嗜好次第ではわかりませんけど。」
「問題はそこだな、趣味嗜好。
性格はたぶん竜二さんが合わせられる人だから問題はあんまないと思うんだけど、趣味嗜好については本気で頑固だからねぇ。」
「ですねぇ、頑固一徹で一歩も譲らないとあたしも思います。
困ったところですよね。」
「なー。
困ったもんだよ。」
二人がそれを言うわけ、と恵玲奈がここにいればきっと突っ込んでくれたであろう。
だが残念な事に恵玲奈は友人達と一緒に遊びに出掛けていた。
突っ込み不在である。
そんな風に悠長に竜二の戻りを待っていると、突然店のドアが開いた。
「こんにちわー、暇だったから顔見せにきたわよーって
……貴方達、何その強ばった表情は。」
「い、い、いらっしゃいませ~、ご注文は?」
「チェスター君!
オーダーよりも先に席案内ですよ!」
「えっとぉ、二人は私の突っ込み待ちなのかな?」
「ってアレ?
阿里沙姉さん?」
「やっと気づいたか。
ホットココアお願いね。」
来店客と言えば来店客なのだが、
その正体は二人が良く知る常連客の一人、大上阿里沙だった。
相手が阿里沙だと気づいた二人は、
取り敢えずカウンター席に誘導してオーダーを聞いた。
阿里沙はキョロキョロと店内を見渡してオーナーが不在であることを確認。
星一朗は簡単に事情を説明しすぐに戻ってくる旨を伝えたのだった。
「へぇ~竜二君がお見合いねぇ……。
一応、結婚願望あったんだあの人。」
「阿里沙姉さん的にはそういうイメージっすか。」
「うん、趣味人のイメージだからね竜二君って。
女遊びよりも趣味一辺倒っって感じ?」
「お待たせしました、ホットココアです。どうぞ。」
「ありがとうーセシルちゃん。
いただきまーす♪」
阿里沙はココアを冷ましながら少しだけ口に含む。
ココア独特の甘さが口の中で広がり、
冷え切った身体をゆっくりと温めていく感じがする。
星一朗は阿里沙の姿格好を見てあることに気づいた。
コートの肩にちょっと雪が残っており、
阿里沙の鼻頭は外気に晒されていたのだろう冷えて赤くなっていた。
手荷物はショルダーバッグ一つのみ、ここにもほんのり残雪が見える。
恐らくではあるが今の今まで仕事で外回りでもしていたのではないだろうか。
コーヒーではなくココアを頼んだのは、竜二が不在である事も要因であるだろうが、
それよりもココア独特のほんのり甘さを求めていたのかもしれない。
コーヒーをちびちびやりながら星一朗はそんなどうでもいい推理に頭を使っていた。
セシルは星一朗の視線に気づいて耳打ちする。
「どうしたんですか、チェスター君、じっと阿里沙さん見て。」
「阿里沙さん、髪型変えたのかなって。」
言われてセシルも美味しそうにココアを飲む阿里沙に視線を移す。
確か前髪が以前と比べて同じ長さに切り揃えられている事にセシルも気づいた。
「もう、理由はどうあれ女性をじっと見つめちゃダメですよ?
でもそうですね、ちょっと前のイメージと違う気がする。」
「後で聞いてみるか。」
阿里沙は最近、【箱庭】へ顔を出せていなかった。
フリーライターという職業柄、
遠出の仕事が多くまたこっちに戻っても別件でまた外を飛び回っていたのである。
星一朗もセシルも阿里沙と会うのは久しぶりだった。
それから約5分と経たないうちに
竜二が手に例のお見合い写真を持って戻ってきた。
その表情を見る限り煮え切らない様子がありありと映し出されている。
溜息を数秒おきについているのは、最早無意識レベルなのだろう。
「聞いたわよ竜二君、お見合いするんですって?」
「!?
あ、阿里沙さん、どうしてここに!?」
「……ここって喫茶店よね?
お客として普通に来ただけなんだけど……?」
「あ、あぁ、そうだねゴメン。
もう見ての通り憔悴してしまってね……。」
竜二は咄嗟に発した阿里沙への言葉に平謝りした。
そして急ぎカウンター席の裏に回り作り置きしていた
特製クッキーを阿里沙の前に並べた。
思わぬサービスに阿里沙は嬉しそうに頬張ったのだった。
阿里沙の様子を見ながら竜二は星一朗とセシルの間にお見合い写真をそっと置く。
後は好きに見てどうぞという竜二の無言の意思表示だった。
「どれどれ~。
おお、この人が竜二さんのお見合い相手か。
ぬおっ!? こ、こいつぁ…・・。」
「わぁ~♪
あたしにも見せてチェスター君。」
星一朗とセシルは待ってましたとばかりにお見合い写真を覗き込む。
そこには二十代後半と思われる愛想の良い女性が写っていた。
ぱっと見た印象で星一朗もセシルも嫌な感じは無かったらしく
口々に性格が良さそうだの、笑顔が可愛いだのと言っていた。
「竜二さん、本当に断るんすか?
勿体ないと思うんすけどねぇ。」
「会うだけ会ってみるさ。
一応、母さんと姉さんとの約束だからね……。」
「私にも見せてよ竜二君のお見合い相手……ってあら?
この人……。」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




