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第五十二話 全ては黄昏となりて

「何だってこの大学は、こんなご大層な図書館を持っているんだね。

 資料収集や学業補助の面を考慮すれば

 大学が蔵書を増やすことは分からなくも無いが。」


 鈴成は文句を口にしながら眼前にそびえ立つ楽譜を収めた専用棚で、

”ニーベルングの指環”の捜索をしていた。

傍らには黒瀬兄妹、その後ろでセシルと栗野がいる。

五十音順やABC順で整理整頓されてはいなかったようで、

保管状態自体は良いものの目的のものを見つけ出すのは容易ではなかった。

鈴成の隣で星一朗もまたブツブツ文句を言いながら棚を漁っていた。


「学内図書の充実は願ったり叶ったりですよ、

 うちの高校の図書室は酷いもんでしたし。

 新刊は月数冊程度、

 保管状態もままならぬ管理人が管理を行っていない有様で。」

「ほう。」

「お兄ちゃんは、お昼寝しに行ってたんだよね~。」


 丸で見ていたかのように言うな、と星一朗は恵玲奈の額をデコピンで小突く。

うぇと妙な声を挙げ額をさすりながら恵玲奈は抗議の声を挙げた。

恵玲奈が言うには、高校時代の昼食時、

星一朗が眠そうな顔をしながら

友人達と図書室へ入る様を何度も見掛けていたのだという。

そして友人の図書委員に聞いたところ、

図書室の奥にあるソファーで星一朗を含む数人が眠りこけていたのだとか。

くるりと恵玲奈の声に反応してセシルは星一朗の方を見やり言い放つ。


「いけませんよチェスター君、

 学校の図書室はお昼寝ルームじゃないんですから!」

「いやぁ~、あのソファーの座り心地が良すぎてさ。

 座っているだけで強烈な睡魔が……ね?」

「ね? じゃないよ!

 図書員の友達は困ってたんだからね!

 まあ、騒いでたわけでじゃないし寝てただけだから、

 皆で黙認してたらしいけど。」

「こりゃあ、当時の図書員に感謝ですなぁ。」


 星一朗達の高校の図書室は、昼時にも関わらず閑散としていたようだ。

大抵どこの学校でも本好きな生徒や、

資料探しの生徒でそれなりに人がいるもの。

理由はいくつかあるが、漫画類が一切無かったこと、

そもそも蔵書数のたかが知れていたことが挙げられるだろう。


「それにしても中々見つからないもんすね、

 ”ニーベルングの指環”の楽譜。

 うはぁ~、何か小学校の音楽の時間に

 見たり聴いたりした名曲ばかりあるっすねぇ。」

「ふむ、量だけで考えれば楽譜の殿堂だなここのストックは。

 しかし、それなりの人足で探しているわりには……見つからないものだな。」


 鈴成と栗野は効率よく楽譜を手に取り確認していた。

どうせならと五十音順に整理している。

二人ともこの雑な放置っぷりに我慢がならなかったのだろう。

どうやらこの図書館蔵書管理室は、

未整理のまま放られているだけの保管庫だった。

桃山がカードキーを星一朗達に手渡した理由は、

この状態を知っていたからこそだったのだろう、つまり、面倒だと。


「そう言えば、”ニーベルングの指環”で思い出したけど、

 ゲームの【オーディンスフィア】はこの楽劇をベースにしているんだったよなぁ。

 雑魚戦でのトラウマがモリモリと蘇ってきたぜ。」


 ぴくん、黒髪ロングの彼女の耳が動く。

思わぬところで思わぬ単語が耳に入ってきたセシルは、

ずずいと身を星一朗の方へ向け、

両手で握り拳を作りながら満面の笑顔で饒舌に語り始めた。

スイッチを入れてしまったなと恵玲奈は横目で二人を見ながら溜息をつくのだった。


「はい!

 あたし【オーディンスフィア】大好きなんです!」

「大好きときたか、まあセシルなら絶対プレイしてるとは思ってたけど。」

「ハイ・ファンタジー風の味付けに舞台演劇を彷彿とさせるイベントシーン!

 あぁぁあ、今でも鮮明に思い出せますとも!

 王道とはまさにこのことですよ!」

「そんなにか。

 まあ、印象的な台詞回しに舞台装置と化したサウンドトラックは

 俺も覚えているけど。

 当時でも珍しい作りではあったなぁ。」

「そうですね、特に魔王の娘【グウェンドリン】と

 影の剣士【オズワルド】とのやり取りは

 プレイしながらニヤニヤが止まりませんでしたね、

 終盤なんてもうたまりません!

 ずっと無愛想だった【オズワルド】がどんどんポエミーになって、

 あぁ……きゅんきゅんです!」

「あーあれね……今思えばあの二人の役回りは、

 ジークフリートとブリュンヒルデだなぁ。」

「【コルネリウス】や【イングヴェイ】もいいですけどね。

 やっぱり【オズワルド】かなぁ、男性キャラ全般良い感じですよね。」


 【オーディンスフィア】とは、

PS2専用でリリースされたアクションRPGである。

手描き風の暖かみのある絵本のようで、

且つ独特ながらも幻想的なグラフィックが有名である。

世界観やストーリーは星一朗が述べたように、

”ニーベルングの指環”をベースに、【北欧神話】や

【指輪物語(著:J・R・R・トールキン)】を

エッセンスに取り込んだゲームである。

マルチエンディングであり、物語はいくつかの終末へ至る。

登場人物や用語等ほぼオリジナルではあるが、

モチーフとなったものはある為、知っているとニヤリとするシーンは多い。


 ゲームジャンルはアクションRPGである。

その為、攻撃や回避といったアクション要素においては、

ある程度プレイヤースキルを要求される。

だが、レベル補正や武器補正が強く

レベル上げをしっかりしていればそう難しいゲームでは無い。

かくいうセシルも当初は苦戦を強いられていたようだが、

気合いのレベリング作業をこなしエンディングまで進めたのであった。

余談ではあるが、本作に登場する食べ物はかなり美味しそうに描写されており、

一見の価値ありである。この伝統は後々の作品にも受け継がれている。


「オムニバス形式でストーリーが展開するんだったよな、

 あれ時系列順どうなってんのって当時は思ってたけど。」

「時系列整理して順にイベントシーンを見ると、

 ストーリーの流れがはっきりと分かって理解が進みますよ!

 是非やってみてください!」

「お、おう、そうだな(作業量半端ねぇって)。」


 星一朗とセシルが【オーディンスフィア】について盛り上がっている中、

他の人間達はまた始まったよと思いながら作業を続けていた。

ああなってしまうと、二人とも戻ってくるのに時間を要すのは周知の事実。

突っ込みを入れるべきではと誰もが思っていたが、実行する人間は誰も居なかった。


「っておい栗野!

 お前が今右手に持っているそれはなんだ!?」


 栗野は星一朗の指摘に一瞬驚いたものの、視線を自身の右手へ移した。

そこには日本語では無い別の言語ではあるが、

”ニーベルングの指環”と書かれた楽譜が握られていた。

どうやら翻訳されたものではないようだが、恐らく目的の楽譜と思われた。

栗野は急ぎページをめくり何か隠されていないか探す。

すると星一朗はちょっと待てと栗野の腕を掴み口を挟んだ。


「おいおい、どこに隠してあるかなんて知ってるだろうが。

 ”神々の黄昏”のページだよ、暗号にはそうあっただろうが。」

「あ、そう言えば。」


 栗野は”ニーベルングの指環”の”神々の黄昏”のページを開いた。

そこには案の定、1枚のカードが挟まっていた。

各々から落胆を大いに含んだまたかという声が漏れ出る。

栗野はカードを取り上げ何か書いていないか確認する。


「書いてありました。

 ――諸君の英知に諸手を挙げよう

   これが最後だ

   知識の館の主、檜箪笥の上から三段目を見よ――

 だそっす……知識の館の主って、もしかして桃山さんのことっすかね。」

「十中八九そうだろうな、よし、善は急げだ。

 皆、ここを片付けたらすぐに上階の司書へ向かうぞ。」


 鈴成は音頭を取り皆を促した。

カードに書かれた文面を信じればこれが最後、

俄然皆のモチベーションも上がっていく。

手分けして広げていた楽譜を順序よく棚に戻し

5人は急ぎ司書室へ向かったのだった。


********


 司書室の奥に設置されてある仮眠室の前に5人は静かに佇んでいた。

妙な緊張感があった。

理由は一つ、司書である桃山が素直に部屋へ入れてくれるかどうかという点だ。

星一朗曰く、桃山はプライベート空間への他人の侵入を

許容するタイプではないとのことで、

全員その第一歩目を躊躇していたのである。

ドアノブに手を掛けるも、回す前に一端手を離し一息おく、

そんなやり取りを数回繰り返していた。


「ほら、こういう時こそ知人のお兄ちゃんが行くべきよ。」

「知っているか恵玲奈よ、言い出しっぺの法則というモノがあってだな……。」

「そんな問答は不要だろう、ここは黒瀬兄がやるべきでは?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ鈴成さん、そいつぁ横暴ってやつだぜ。」

「ほら先輩、男を上げるチャンスっすよ!」

「お前だって男だろうが!

 俺は別に手柄を後輩に取られたって構わねぇんだぜ?」

「ま、まあまあ皆さん落ち着いて。」


 すると、大きな足音をたてて黒い影がドアに近づいてくる。


「だぁぁぁぁっ!

 ゴチャゴチャとうるっせぇんだよ!

 人がマッタリとテレビ見るの邪魔すんじゃねぇよ!」


 痺れを切らした桃山が勢い良くドアを開け放った。

開口一番、ドアの前でたむろっている連中に対して文句を言ったわけだが、

この隙を伺っていた星一朗達はお互いを見て小さく頷く。

打ち合わせた通り、

栗野はするりと桃山の背後に立つと羽交い締めして桃山を拘束。

恵玲奈はドアが完全に閉まらないよう手で押さえた。

星一朗とセシルと鈴成は一気に部屋へ侵入、

カードに書かれたあった檜箪笥を探した。


「て、てめぇら、勝手に入ってんじゃねぇよ!

 栗野! 離しやがれ!」

「す、すんません桃山さん。

 これも捜索の一環でして。

 カードの次なる指示がこの部屋にある檜箪笥を調べろってやつなんすよ。」

「ふざけんなよ!

 恩を仇で返しやがって!

 うおぉぉぉぉっ! そこは俺の秘蔵が……。」


 仮眠室、現在は桃山のちょっとした私室になっていた。

個人のものと思われる冷蔵庫やノートパソコン、

32インチの液晶テレビやレコーダー、メディアプレイヤーも見えた。

さらに本棚が3個、箪笥も2個設置されてある。

本棚には、R指定の漫画や雑紙が並べられている。

映像メディアも似たようなジャンルが揃っており、

とてもじゃないが18歳以下立ち入り禁止だった。


「お、おい!

 そこは女子は触るんじゃねぇ! 聖域サンクチュアリなんだぞ!」


 乗り込んだ三人は目標である檜箪笥を発見していた。

鈴成は星一朗とセシルを見てこくっと頷き、

おもむろに上から三段目の引き出しを開けた。

開けた瞬間、鈴成はさらに呆れた表情を浮かべる。

どうやら彼女にとっては面白くも無い物が入っていたんだろう。

しばらくガサガサとやっていた後、プラスチック製のディスクケースを取り出した。

透明なケースの中にはDVDディスクメディアが1枚収められており、

ディスクの表面にはマジックペンで”三夏祭・映像作品”と書かれてあった。

鈴成は中を開けディスクが偽物で無いか確認した。


「ふむ、間違いなくこれは私達の部屋から紛失した、

 君達が出演している自主製作映画のディスクだ。」

「なんでわかるんすか……。」

「なに、ちょっとした目印を入れていてな。」

「ミッションコンプリート、ですね。

 良かったちゃんと見つかって。

 トレハン部の部長さんの雰囲気から、

 もしかしたら偽物とか仕込んでいるかと疑っていたんですよ。」


 鈴成は栗野によって羽交い締めにされている桃山へ近づき、

このディスクの入手ルートを聞く事にした。

ピッと二本の指で器用にディスクを掴み桃山の目の前に出して、

据わった目に迫力を持たせながら。

星一朗とセシルも鈴成の後につく。


「これの入手ルートについて聴きたいんですが。」

「し、知らねぇよそんなの、俺だって今知ったんだぞっ!!」

「……黒瀬兄よ、嘘をついているように見えるか?」

「さぁ、どうでしょうね。」

「……これ以上、問い詰めても答えは出ないか。」


 ふぅっと溜息を一つ入れ、頭を垂れ礼儀正しい仕草で鈴成は言った。


「振り回されたがモノは無事取り戻すことが出来た。

 これはひとえに君達の助力があってこそだと言えるだろう。

 ありがとう、礼を言うよ。」

「頭を上げてください、私達は私達の目的があって協力したんですし、ね、セシルさん。」

「そ、そうですよ!

 ちゃんと見つかったんですから、良かったですよ本当に。」

「そうか、そう言ってくれると助かる。」


 星一朗と栗野は、何やら凹んでしまっていた桃山のところへ行き、

薄っぺらい慰めの言葉を掛けていた。

突然、男女5人組からプライベートタイムをぶち壊され、

秘蔵の品を含め家捜しを受けたのだ。

無理からぬ状態は言えるが。

栗野はいつの間にか用意してきたホットのお茶いりペットボトルを桃山に差し出す。


「野良犬に噛まれたと思って、諦めてくださいよ。」

「うるせいよ!

 この屈辱、家宅捜査に荷担した貴様等に分かってたまるか!」


 桃山はペットボトルを栗野から奪い取ると、

キャップを開け熱さを確かめずに口へ含む。

案の定、ぶはっとお茶を吐き出す。


「げほっげほっ……熱いじゃないか!

 ったく、口内火傷だぜこりゃ。」

「桃さん、今度お詫びの品持ってくるから機嫌直してよ。

 ほら前から欲しいつってた例の女優出演の新作、

 とあるツテから連絡があって手に入るからさ。」

「し、しょーがねぇな……そこまで言われちゃあ……なぁ。」


 星一朗の提案に気を良くした桃山は、取引に応じる構えを示した。

それはともかく、5人の中でずっと引っ掛かっている事実がある。

即ち、今回の騒動を巻き起こした張本人・トレハン部部長の正体である。

今までの手口や怪人っぷりから、

ミステリー物が好きな人物であることは間違いないだろう。

暗号の書き方や仮面をつけた思わせぶりの登場は正にそれだが、

問題は関係者以外立ち入ることが難しい部屋へ入り、

カードを仕込んだ事実である。

星一朗達は自分達と動揺の被害を受けた人間達の健闘を祈るのであった。


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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