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第五十一話 愉快犯の嘲笑は負けフラグ

辞典ことばてん事典ことてんってあたし達が知らないだけで、

 本当にいろんな種類があるんですね。」

「意外と多いだろー?

 目的分かってるんなら便利なんだぜ?

 まあすぐにネットで調べられるこのご時世、

 たまには紙でパラパラめくって苦労して情報を得るのも悪かないよな。」

「時と場合によるよそんなの!

 今、このタイミングじゃ最悪!」


 星一朗とセシルと恵玲奈の三人は担当している持ち場で、

あれやこれやと文句や感想を言いながら本棚から日本史事典を取り出して、

例の暗号が指し示している徳川家康公のページを確認していた。

捜索開始から約20分、

未だ該当のページで次なる暗号的な何かを見つけることは出来ないでいた。

理由はただ一つ、予想以上に日本史事典の名を冠する書籍は多く

物量的な意味で苦戦していたのである。

だが問題はそこだけでは無かった。


「こりゃ、もしかしたらもしかするかもなー。」

「なにがよ。」


 恵玲奈は調査し終えた事典を数冊持ち上げながら、

兄の呟いた言葉に反応した。

星一朗は頭をぽりぽりとかきながら、

徳川家康公のページを開き何も無いことを確認して、

隣に立っていた妹の手に事典を渡す。

一冊とは言え、その重さはなかなかのものである。

恵玲奈はちょっと重いんだけど、というような視線を兄に向けるのであった。


「何がって、鈴成さんと栗野のことさ。」

「あー、本来とは違う場所に紛れ込んでしまった事典探しの旅のことね。」


 星一朗達は二手に分かれて調査していた。

星一朗・セシル・恵玲奈の三人は辞典・事典が保管されてあるブロック全体で、

該当事典から該当ページを確認する作業。

鈴成と栗野の二人は図書館内で

誤った場所に置かれてしまった事典を探す作業とに別れた。

鈴成がこの作業を提案し理由は、

あのトレハン部部長の変人が所定の場所に素直に置くと思うか、というものだった。

鈴成はそう言って嫌がる栗野の首根っこを掴み強引に連れて行ったのだった。


「鈴成さんは二人で十分だと言っていましたけど、

 図書館の規模で考えればやはり三人くらいは……。」

「まあなぁ……とはいえこっちの人足減らすわけにはいかんよ。

 俺達のほうが本命、可能性として高いんだしさ。」


 そう言って別の事典を取り出してパラパラとページをめくっていく。

まさかこの短期間のうちに同一人物の項目を見ることになろうとは

誰が予想できただろうか。

否、トレハン部部長は予想していたか。

何て趣味の悪い演出だ、この場にいる全員がそう思っていたのだった。

しばらく捜索を続けていると鈴成と栗野が数冊の事典を持って現われた。

帰ってきた二人の表情は、別れる前と打って変わって疲弊の色が隠せないでいたが、

成果があったようで声は明るい。


「あったぞ、皆。」


 鈴成の予想通り、図書館内の別の場所に置かれてあったようだ。

鈴成の言葉に恵玲奈やセシルは安堵の声を挙げ、

良かったねーと嬉しそうに笑っている。

栗野は近くの椅子に座り疲れたと洩らしていた。

ふと映像視聴研究会一同以外の存在に気づいた星一朗は、

鈴成の後ろに胡散臭いニヤけ顔の桃山の姿を見た。


「よぉ、頑張ってるみたいじゃねーか。

 こいつぁ差し入れだ、一息つけや。」


 桃山は近くのテーブルの上にホット仕様のお茶のペットボトルを人数分置いた。

各自手に取りペットボトルから伝わる暖かさに安堵する。

桃山の話によると外は少し吹雪きはじめてきたそうで、

今まで気づかなかったが館内温度も心なしか下がっているように感じられた。

桃山は星一朗達にそれだけ告げると、

ほんじゃまと呟いてそそくさと司書室へ戻っていったのだった。


 鈴成はすぅっと一口含み有り難う御座いますと桃山に礼を言ったのだった。

そしてテーブルに持ってきた事典を置き徳川家康公のページを開く。


「……性格悪いってもんじゃないっすね、あのトレハン部部長。

 なんだってそっちにあるんすか!」


 星一朗の言は最もである。

つまり、星一朗達が行っていた作業は無駄になってしまったわけである。

結果、目当ての事典は手に入り自身の推理も当たっていたので、

今回はぶつぶつと文句を口にするつもりは無かった。

鈴成は該当の事典からキャッシュカードサイズ程の紙を

さっと抜き出してテーブルの上に置く。

その紙は黄金色と灰色を合わせたような背景色に、

文字は白色の行書体でほぼ予想通り謎の文章がびっしりと印刷されていた。

またかと一同は思っていた。

だが、少しずつではあるが目的の場所へ近づいている気がしていた。


「どれどれ、次はなんだって?

 ――不死の英雄と魔術と狡知の神の娘が織りなす十五の刻の叙事詩

   魔法の指輪を巡る神々と英雄の戦い、

   見よ、やがて神々の黄昏へと移りゆく調べ――」


 うわあぁナニコレと思わず声をあげる恵玲奈、

ふむふむと興味津々で文面を読み続けるセシル、

栗野はどうやら何か分かったようで渇いた笑いを浮かべていた。

文面だけ見れば随分と勿体ぶった印象を受けるが、

取っ掛かりを知っていれば大したことなんて一切書いていない文章だった。

無論、星一朗や鈴成も栗野同様に分かったようである。


「今までの流れで考えるなら、やっぱこれはアレだよな。

 実際のところ上辺だけしか知らんけどたぶん予想通りな気がする。

 約一名を除いて答えは出てるみたいだな。」

「っすねぇ~……ゲームやってたり、

 ファンタジー好きな人間ならわりとすぐに答えでるでしょ。」

「え? そういうのなのこれ。

 私、皆目見当がつかないんだけど……アレ……?

 ってもしかしてわかんないの私だけ?」


 恵玲奈は周囲を見渡して自分だけ分かっていない事に気づいた。

彼女からしてみれば、何故この文章だけでしかもすぐに答えが分かったのが謎のようだ。

星一朗はぽんっと恵玲奈の肩を叩いて柔やかな笑顔で諭すように話しはじめた。

煽るような視線が鬱陶しい。


「なぁに、たまたまお前の人生経験(ゲーマー力)が不足していただけさ。

 これから学べばいいじゃないか、はははっ。」

「く……何かしんないけどすっごい腹立つっ!

 これゲームとか関係ないじゃん!

 お兄ちゃんだけには絶対に答え聞いたりしない!

 ね、ねぇセシルさん答え教えて!」

「あ、あはは……。

 えっと、今回の内容は”ニーベルングの指環”という

 舞台祝典劇を指しているんじゃないかなーと。

 ドイツ人のリヒャルト・ワーグナーという人が書いたんだよ。」

「にー、にーべるん?

 何でそんな難しそうで芸術的そうなものを、

 まさかのお兄ちゃんが知ってんの!?

 ゲームばっかりして、ガッコの勉強はおろか

 本だって読んでる姿を見た記憶もないのに!」

「……お前、俺をなんだと思ってるの。」


 辛辣な妹の言葉は星一朗の胸にざっくりと傷跡を残した。

ポロリと出た身内からのダメ出し。

星一朗は、少しだけ家庭内における兄としての立場について再考するのであった。


「ま、まあまあ、そのくらいで……。

 あたしも”ニーベルングの指環”だとは思うんですけど、

 具体的に何のことを指しているのかまではまだ全然で。」

「オレもっすね……ニーベルングの指環の楽曲なのか、

 原典である”ニーベルンゲンの歌”の方なのか。」

「まさかの映像関連だったり?

 ほら、本場でやってる演奏会の。」


 星一朗はテーブルに置かれていたカードを手に取りまじまじと見つめる。

裏返してみても裏には一文字も無く紙自体のベース色のままだった。

カードのカドを指に挟んで器用にくるくると回転させてみるも、

何かトリックが仕込んであるわけでは無かった。


「背景色にしては見づらい色使いだなー、白字なら背景色は黒でいいじゃん。」

「それだと普通すぎるから止めたんじゃないすかね。

 あのトレハン部部長なら……」

「でもよ、

 こういうのってさ相手に文字をちゃんと読んでもらわんと、やる意味ないだろ?」

「そりゃそうっすけど。」


 セシルは星一朗からカードを受け取り恵玲奈と一緒に改めてカードを見つめている。

鈴成も二人の後ろから視線だけ移して見ていた。

セシルはカードを見ながら全員の意見の正誤をはかる為にも

音読を始め答えを言っていった。


「やっぱりヒントはこの文章なんでしょうか。

 あたし達の推理が間違っている可能性もありますけど、

 この文章ならば”ニーベルングの指環”以外考えにくいですよね。

 不死の英雄はジークフリート、

 魔術と狡知の神の娘はオーディンの娘であるブリュンヒルデ、でしょうし。」

「ああ、そうだね。

 そして十五の刻は、楽劇の総演奏時間。

 魔法の指輪を巡る神々と英雄の戦いは楽劇の内容そのものだね。

 やがて神々の黄昏へと移りゆく調べ……

 これは楽劇の中で言う最終章の第3日”神々の黄昏”の事だろうけど……。」

「調べ……それってもしかしたら”楽譜スコア”のことかも。

 神々の黄昏の調べを見よ、深く考えずに文字だけ見たら、

 神々の黄昏という曲(歌)の楽譜を見ろ、って見えたよ。」

「ナイスだ、恵玲奈。」


 恵玲奈が誰に言うのでも無く言った。

確かに”ニーベルングの指環”は楽劇モノ、演奏が絡む題材なのは間違いない。

星一朗ははっと何か思いついたような表情を浮かべると、

猪突猛進とばかりに一階にある司書室へ走り出した。


 司書室の奥にある六畳間、

言い換えれば従業員の仮眠室(桃山が職権乱用してほぼ私有化)へ辿り着くと、

勢いよく部屋のドアを叩く。

うるせーぞ、と声がした。

桃山が居る事を確認した星一朗は、早く開けてくれと促したのだった。


「ったくうるせーな!

 食事中だったんだぞ、ラーメンが伸びちまうだろうがよ!」

「ラーメンくらい後で弁償するからさ!

 急ぎで聞きたいことがあるんだ!」

「なんだよ、言ってみな。」

「ここの図書館に楽譜は置いてあるのか?

 それもクラシック関連のやつ。」


 ふぁぁぁ~と眠そうに大きな欠伸を一つ入れて桃山は答えた。


「あるぞ。

 ただ貸出は今やってないな。」

「マジか……桃さん頼む、俺達に見せてくれないか。」

「俺が断っても何とかしてみようとすんだろ、特にお前は。」


 そう言って桃山はポケットに手を突っ込むと、1枚のカードを星一朗に手渡した。

カードを見やると図書館蔵書管理室と書いてあった。

どうやらその部屋のカードキーらしい。

星一朗にカードキーを手渡したという事は、了承してくれたということだろう。


「楽譜関連は分かりやすく一カ所に纏めてあるはずだ。

 場所は見りゃ一発で分かるだろうよ。

 星一朗、礼は今週出たばっかのカップ麺な。」


 星一朗はぺこりと礼を述べ足早に皆の所へ戻っていったのだった。


********


 図書室地下1階は、

図書館の司書室を通して専用のエレベータを利用して行く事が出来る。

この地下室の存在を知っている在校生は星一朗達以外誰もいないだろう。

図書館蔵書管理室は、

図書館でまだ貸出されていない蔵書が保管されている場所のようで、

上階の貸出スペースと同じくらいの規模で広がっていた。

予想以上の広大さにセシルと恵玲奈は驚きの声を隠せないでいる。

ただ室内は薄暗く十分な光量があるとは言えなかった。


「正直驚いたな。

 まさか母校の図書館地下にこんなところがあるとは。」

「いや~っオレもっすよ。

 色々な噂を耳にする機会が多いんすけど、

 これは一度も聞いたことありませんでしたよ。」

「【ファイナルファンタジー5】の古代図書館みたいなところだな。

 本を開いたら悪魔とか出てくるんじゃねぇか?」

「もう何でもゲームに絡めないでよ!

 ってセシルさんも同意して頷かないで!」

「あ、でも、チェスター君の感想は間違ってないなーって。

 薄暗いし埃っぽいし、確かに古い本を開いたら何か出そうだなーって、

 あははは……ごめんなさい。」


 星一朗は周囲を見回して室内の電灯を管理するパネルを見つけた。

省電力モードになっていたようで、

星一朗はパネルのフタに簡素な説明文を見ながら操作した。

電灯は無事点き、広大な図書館蔵書管理室に煌々と明りが灯る。

明りが点いたお陰で目的の楽譜が置かれてあるであろう場所が分かった。


「……そろそろケリつけたいもんだな、さて皆、捜索開始だ。」



続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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