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道化師は笛を吹く CHAPTER10 「兄と妹」

この物語は【箱庭でかく語りき】本編のストーリーとは一切関係ありません。

【箱庭でかく語りき】の登場人物である「鷲谷悦郎」が製作している

ゲームシナリオがこちらになります。

 ディックは自身の経験で裏打ちされた情報屋としての直感を頼りに、

アリシアが立ち寄りそうな場所をシラミ潰しに探し回っていた。

無論、そう簡単にいかないのは世の常。

地面から虚空から、

壁の隙間から現われる化物を回避しながらディックは街を駆け抜けた。


 化物達は音で物体を察知し反応している。

音さえ立てなければ最低でも自分の方に近寄ってくることはない。

ディックはこれまでの戦闘で培った経験が活きていた。

慎重且つ大胆に、そして迅速に異空間さながらのアエルを駆ける。

映画館、喫茶店、図書館に学校。短い時間ながらも可能性を探った。

そして辿り着いたのは最も妖しく、最も居て欲しくないと思っていた場所だった。


 アエル中央広場”道化師の夜”サーカス団の巨大天幕前。

ディックが天幕を初めて見た時の感想は鬱蒼とした深い森林だった。

例えるならば一度足を踏み入れたら、

簡単には出ることが出来ない自然の迷宮というところか。

そもそもサーカス団の名前からして気に入らない、

○○サーカス団とかでいいじゃないか、

と数日前に知り合いの情報屋の前でブーたれていた。

とにかく良い予感は全くしない、という事である。


「……(考慮しなかったわけじゃないが。)」


 ディックは戦闘を予期し、自身の装備を再確認することにした。

右手にはハンドガン一丁、ただし残弾数は雀の涙。

左手にはマインゴーシュ、あくまでも盾としての運用になる為、

火力はぼぼ無いに等しい。

近くに鉄パイプの一本でもあればと思い、

見渡してはみたが鉄パイプどころか棒きれ一つ無かった。

肩を落とす暇もないとディックは思い直し、

ハンドガンが肝心なタイミングでジャムらないよう祈ることにした。


 邪魔者は忘れた頃にやってくる、来て欲しくないタイミングでやってくる。

はるか昔から言われている誰が言ったか判らない格言が、

ディックの脳内で連続再生されていた。

ディックの眼前に例の影ありき。

姿は鳥に近い何か、翼のような部分もあるが巨大な手足も見える。

最早何でもありだな、とディックは呟き戦闘態勢を取る。

つぅーっと冷や汗が頬を伝う。

現有の対空装備と言えばハンドガンだが、

翼を持って高速移動できる移動標的に、効果的な射撃は期待出来なかった。

基本は近接距離での強烈な物理攻撃、牽制程度に撃つのはありなのだろうが、

完全に無駄撃ちである。

弾の補給が期待出来ない現状においては無意味な作戦だった。


 翼を持った化物は気味の悪い鳴き声を上げ、

両翼を羽ばたかせ自身の身体を浮遊させる。

万事休すか、このまま空にいかれてしまえば打つ手がない、

そう思ったディックは右手のハンドガンを仕舞い

左手に持っていたマインゴーシュを右手で持ち直す。

そして跳ぶように翼の化物目がけて走った。


「伏せろっ情報屋っ!」


 遠くから野太い男性の声が響き渡る。

短いながらも判りやすい命令、そして聞き覚えのある声にディックは反射的に従った。

その瞬間、耳をつんざくような銃声が辺り一面に響き渡った。

ショットガンか、いやこの感じはマグナム弾の発射音か。

ディックは銃声の先を確認すると、丁度、化物が四散するシーンだった。

彼の化物もマグナム弾のバカ威力にはやはり耐えきれなかったか、

とディックは何故か安堵していた。

弾丸は誰が撃ったのか、視線を移すとそこには

大型ハンドガンを構えたグレッグがいた。

ディックは冗談めかしながらグレッグに近づく。


「おいおい、すんげぇ音だったぞ、今の本当にマグナム弾か?」

「流石情報屋、目敏いな。

 こいつは”改造弾(ワイルド・キヤツト)”でな、

 そこらのマグナム弾よりも威力がある。」

「それぜってぇ支給品じゃねぇだろ、ったくいいのか室長さんよっ!」

「9mm弾のハンドガン程度じゃどうにもならん時もある。

 臨機応変、適材適所といったところだ。」

「違いねぇ……。

 あ、それよか調査室はどうしたよ。」

「貴様に心配されんでも、調査室はマルティンに任せてある。

 やつならば上手くやってくれる。」

「さいで。」

「アリシアを探しに行ったヤツが全く報告もなく戻ってこないもんでな、

 気になって俺もうろついていたわけよ。

 そうしたら化物が居て、お前が玉砕覚悟の突貫攻撃を試みていたわけだ。」

「へいへい、そいつは悪かったな。

 ってか俺はアンタの部下になった覚えはねぇぜ?」


 ディックはマインゴーシュを左手に持ち直す。


「――と無駄口叩いてる暇は無いんだったな。」

「ここにいるのか? アリシアは。」

「さぁな、居る確率が高いってだけで確証はねぇ。」

「……情報屋、一つ教えてくれ。

 貴様はセリオが犯人だと考えているんだろう?

 動機や手段に目星はついているのか?」


 ディックはゆっくりと天幕へ向かって歩き出した。

グレッグもディックの後について行く。


「動機は何となく推測は出来たが、手段だけはさっぱりさ。

 ”普通の事件”だったら俺の少ねぇ脳みそフル回転させりゃあ、

 何とかなったかもしれねぇ。

 んが、今回だけはどうしようもねぇ。

 証拠が今のこの状況だ。

 あの黒い化物然り、街の異様な雰囲気然り。

 これを普通の事件で片付けられるようなら、

 この仕事から足を洗って作家にでもならぁよ。」

「普通じゃない、確かにな。」

「まあ、気になる事は山のようにあるが……

 そいつはアリシアお嬢ちゃんをみっけてからだな。」


 そう言い放ちディックとグレッグの凸凹コンビは天幕の中へと消えてゆく。


********


 アリシアは天幕の中央部分、すなわち舞台の真ん中で立ち尽くしていた。

天幕の内側は薄暗いがライトが点灯しており、

誰もいない舞台をぼんやりと照らしている。

舞台準備の最中だったのだろうか、舞台袖や観客席に機材が散乱しており、

つい今し方まで作業をしていたのだろうと分かる。

無論、人の気配はなくしんと静まりかえっていた。

その状態が最早違和感だった。

びっしりと額と背中に汗が滲んでいる。

新陳代謝が良く発汗しているのではない、

心的プレッシャーによる恐怖からくる冷や汗というものだ。

彼女の目に入ってくる天幕の風景は、

昼間見た楽しい華やかな光景とは異なる、

それこそ不気味さのみを強調させたような空間だった。

息苦しく誰かにじっと見られているような、

とにかく気持ち悪いとアリシアは思っていた。

アリシアは立ち尽くしたまましばらく両目を閉じた。

目から入る情報を遮断し、心を落ち着かせたかったからだが、

その刹那を伺っていた者達がいた。

蠢く黒い影が風もなく揺らぐ。


「こんなに沢山……こいつらが人々を攫った元凶……?」


 そしてアリシアを取り囲むように現われた黒い影。

その数、両手と両足を足しても不足する。


「……ど、どかないと撃つ!」


 震える身体で懸命に声を張り上げる。

すっと懐に手を伸ばしお守り代わりのハンドガンを取り出す。

アリシアは近くにいる黒い影に銃口を向けた。

ガタガタと上下左右に揺れる銃口、

素人目から見ても目標に当たるとは思えない状態だった。


「……ギィ……。」

「こっち来ないで!」


 黒い影の一体がふらりとアリシアに接近する。

恐怖心がアリシアを支配し思考が停止するのに、そう時間はかからなかった。

黒い影の接近を察知したアリシアは、

反射的に銃口を向けるとハンドガンを両手で持ち直し引き金を引いた。

初弾は地面に命中、次弾は黒い影をかすめ命中には至らず、

そして三発目にようやく命中した。

黒い影はギギギ、とガラスを爪で引っ掻いたような声とも言えない声をあげ四散する。

だが他の黒い影達はその場に留まり特に変わった様子を見せなかった。


「はぁ……はぁ……化物めっ!」


 さらにもう1体、黒い影がゆらりとアリシアに接近する。

先程同様にアリシアは銃口を黒い影に向け躊躇無く引き金を引いた。

だが、銃声は鳴らず代わりに鈍い金属音が鳴った。

アリシアが何度トリガーを引いても弾は発射されず、鈍い金属音がなるだけである。

オートマチック式拳銃で起こりうる排莢の際の機構上の不具合で、

そうそう発生するものではないが、忘れた頃に良く目にするソレ。


「まさか……ジャム……?」

『うん、ジャムったみたいだね。

 だからいつも言っていただろう?

 ちゃんとガンスミスにメンテをしてもらうんだよって。』


 ずっと聞きたかった声、優しく穏やかな口調、

アリシアは声を聞いた瞬間、涙が溢れて止まらなくなっていた。

また会えると信じていた、何があろうともこの瞬間を待ち望んでいたから。

顔を上げ声のする方へ視線を移す。

そこには居なくなる前と変わらない兄・セリオの姿があった。

決してその姿はアリシアの見た幻影などではない、

血の流れている生きている人間の姿だった。


『少し痩せたみたいだね、調査員の仕事は激務だから仕方がないのかな。』

「……兄さん……。」

『アリシア、僕がここにいる理由は判っているね?

 ここに辿り着くまで様々な可能性を見てきたはずだから、

 頭の良い君のことだ理解しているだろう。

 そして誰よりも優しく僕のことを想ってくれた君ことだ、

 僕のことを最後まで信じてくれたんだね。

 ありがとう。』

「……う、うぅ……兄さん、兄さん!」


 アリシアはセリオに抱きついて泣きじゃくった。

心の奥底でずっと押し殺していた感情の発露に、

ただただアリシアは大粒の涙を流し兄の名を呼んだのだった。

優しく抱きしめてくれる兄の手に、

安心感を得ながらもどこか一抹の寂しさを感じながら。


 兄の胸で顔を埋めていたアリシアはふと兄の顔を見上げる。

たった数ヶ月の間、会っていなかっただけなのに懐かしさを覚えた。

母の面影を残す双眸、父の面影を残す輪郭、アリシアが大好きだった兄の横顔だ。

だが、数ヶ月ぶりに見た兄の双眸には今までに見たことも無かった、

紅蓮に輝く円状の模様が在った。

そして――


「……兄さん?」


 アリシアの視線に気づいたセリオは、

優しくアリシアの頭を撫でると少しだけ声のトーンを落とし

語りかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

いつしかアリシアの周りに蠢いていた黒い影達は姿を消し、

深淵の闇が広がる空の如き静寂が戻っていた。


『さて、再会の抱擁はここまで。お客さんが来たみたいだね。』

「え……?」


 耳を澄ますと天幕の入り口方向から、たたたっと靴が地面を蹴る音が聞こえてくる。

その数は一つではない、軽快に走る音と少しだけ重さを感じられる音の合計二つ。

音は次第にはっきりと聞こえてくるようになり、人の声も混じってくるようになった。

その声はアリシアの名を呼んでいる。


「アリシアお嬢ちゃん!

 探したぜ、やっぱここにいやがったかっ!」

「ふぅ…ふぅ…久しぶりに走った気がする、い、息が……運動不足が祟ったか……?」

「ディックさん、それに室長!?」


 声の主、すなわち情報屋ディックと調査室長グレッグが姿を現した。

ディックは服はボロボロ、身体中傷だらけで満身創痍に見えた。

グレッグは久方ぶりの本気走りをしたせいでゼイゼイと荒く深呼吸をしている。

アリシアは二人の姿を見た瞬間、彼等が何故ここに来たのかを理解していた。


――私を捜しに来てくれたんだ――


『ようこそ室長、そして情報屋くん。

 わざわざこんなところまでご苦労様でした。』

「へっ……ようやく顔を拝めたな、

 アンタがアリシアお嬢ちゃんの兄セリオ・ファレルだな。」

「セリオ、生きていたのか。

 みな心配していたんだ。」


 セリオは少し警戒の色を見せてディックとグレッグを見る。


『その様子では、お二人とも色々と解った上でこの場にいるようですね。』

「ああ、そういうこった。

 今回の集団失踪事件の重要参考人セリオ・ファレル、

 まだ解らねぇことはあるが状況証拠がアンタを”犯人”だと告げている。

 第一被害者、被害者リストの発見場所、事件の動機、

 俺の中で今んとこ一本の糸でアンタに繋がっている。」


 ディックはゆっくりとアリシア達に歩み寄る。

手にはハンドガンはおろか武器となるようなモノは何も持っていない。

これがディックのやり方だった。

ドンパチをしに来たわけではない場合、どれだけ不利な状況下でも相手に合わせる。

セリオをぱっと見る限り丸腰だった、アリシアを人質にされる危険性もあったが、

実の妹を盾代わりにするようには見えかった。

ディックは語気をやや強めながら言葉を続ける。


「アリシアお嬢ちゃんには悪いとは思っているが、今はそんな私情はどうでもいい。

 俺はアンタを法廷の場へ連れていく。」

「俺も同意見だ、俺の手でお前に縄を掛けたくはない。

 自らの足で出頭をしてほしいと俺は思っている。」


 しばしの沈黙。時間にすれば60秒も経っていないだろう。

だが、場の中心にいるアリシアにとってその僅かな時間でさえ無限にも思えた。

どうして兄は何も言わないの?事件の犯人だと断定されているのに反論しないの?と。


 場違いな拍手が聞こえてくる。

一定のリズムで、ぱんぱんぱん、と小気味よく鳴り続けた。

音の主を探してみるも誰もそこには居らず、

天幕の中を縦横無尽に音が飛び回っているようだった。

するとセリオの背後から漆黒に覆われた化物が1体現われる。

拍手の主はこの人型の漆黒の化物だった。

当然、ディックとグレッグは警戒を強める。

だがアリシアだけは違った。

この漆黒の化物の事を以前から知っているような気がしたからだ。


『流石です、少ない手掛かりの中、多少の運も在ったにせよ、

 よくぞここまで辿り着きました。

 情報屋くんの言うように今回の事件の首謀者は僕です。

 この状態で否認を続けても意味はないでしょうから。』


 兄の言葉を信じることが出来ないアリシアは、震える声で兄に問う。


「……どうして?

 教えてよ兄さん、どうして兄さんがこんな事を……。」

「復讐ですよね、セリオさん。

 少し強烈な仕返しってやつです。」


 アリシアの問いに答えたのは、セリオの隣に佇む漆黒の化物だった。

問いの答えよりもその声にディックとアリシアは驚きを隠せなかった。

人を小馬鹿にしたような抑揚のないしゃべり方、

丁寧にしゃべっているようで実は適当一直線。

かなりの甘党でマイブームはチョコレートクレープと豪語し、

ピッキングが得意な自称ディックの弟子。

聞き慣れた声の主に思わずディックは問いかける。


「お前……エンリカなのか?」

「ええ、そうです。

 見ての通り、というわけにはいきませんか。」


 漆黒の化物はあっさりと自認した。


「まさか……エンリカさんだったなんて……。」

『紹介しましょう、

 今回の件について僕の協力者にして、

 僕の願いを実行してくれた執行者(エンフォーサー)であるエンリカさんです。』


 漆黒の化物、いや、エンリカは深々と頭を下げる。

姿形にかつての面影はないが、

セリオの言葉とエンリカと自認した存在を信じるならば、本物のエンリカなのだろう。


「見ての通りアタシは人間じゃありません、化物と呼ぶ者は多いですが

 ……まあ、アタシの正体なんざこの際どうでもいーですね。

 適当に化物と呼んでください。」

『今回の件、エンリカさんの手助けが無くては完遂は難しいものでしてね。

 協力を要請して正解でした、事は順調にかつ確実に進んでいきましたし。

 いやぁ計画した僕が言うのもなんですが、爽快でしたね、

 殺したくて仕様がなかった連中がアッサリと闇の中に消え、

 絶望の色を浮かべて死んでいくんですから。』


 セリオはにこやかな笑顔を見せながら悠然に語った。


『僕が指示し、エンリカさんが標的を消す。

 理想的なルーチンワークでしたよ。』

「アリシアお嬢ちゃんの前で言うのもなんだがよ、アンタ、狂ってるぜ?

 普通の精神を持った人間の所業じゃねぇや。」

『自分でもそう思いますよ情報屋くん。

 復讐心が満たされる度、恐らくですが僕の人として心は崩れていったのでしょう。

 お陰様で今では立派に人間を止めた側です。

 だからお気になさらず。』


「……どうして……私に一言も相談してくれなかったの……。」


 アリシアの声はセリオには届かなかった。


「動機を聞いていいか?」

『情報屋くんは大方予想がついているみたいですね。』

「ある程度はな。

 答え合わせがしたいんでね、聞かせてもらえるか?」

『ふふふ、何よくある話ですよ。

 15年前のあの日、僕たちの両親は亡くなりました。

 両親は自殺したということになっていますが、

 二人は街の住民に殺されたようなものです。

 直接的ではないものの間接的な脅迫、

 そして責任感の強かった両親は下してはいけない決断を自分達に下した。』

「……セリオよ、それについては俺もそう思っている。」

『室長もその点については僕と一緒の見解でしたね。

 ただ、世間に渦巻く薄汚れた意思に沿うように、

 両親を見捨てた事に対して僕は貴方を恨んでいる。

 だが、その分両親を失った僕達を助けてくれた事もまた事実。』

「……恨む……そうだな、それでいい。」


 グレッグの声が少しだけ悲しみを帯びていた。


「あの時、俺には何の力も無かった。

 責めてと思い何とかお前達と親族の仲裁に入る事で精一杯だった。

 結果、街の住民達を救えた事に対して俺は間違ったとは思っていない、

 だが、お前達の両親を救えなかった事は今でも悔いているよ。」


 グレッグの言葉にセリオは頷いていた。

当時資金的な問題もありワクチンの絶対数が足らず街は混乱していた。

結果として街を救うことになったわけだが、

グレッグとしてはずっと心の奥底にあり一生を掛けて背負う十字架である。


『両親が残した保険金でワクチンが手に入り街の人達は助かったわけです。

 ですが僕の耳に入ってきたのは、

 感謝の言葉じゃなく軽い気持ちで発せられた罵詈雑言でしたよ。』


 この時、反射的にディックはマルティンが語ってくれた話を思い出していた。

やはりこれが動機の一端だったのかと。


「……。」

『ワクチン代を吹っ掛けてくるヤブ医者だった。

 人が苦しんでいるんだからタダでワクチンをよこせ。

 自分たちだけ助かろうと思うな、医者なら自分の家族よりも他人を助けろ。

 罵詈雑言だけならいざ知らず当時は実害を伴った過激な嫌がらせも多くてね。』

「そんなことって……私何も知らなくて……。」

『アリシアは覚えていないと思いますよ、

 まだ小さかったし僕もその状況を見せないよう努めていましたからね。』


 セリオは淡々と述べた。

彼の言葉にディックもグレッグもアリシアも言葉がなかった。


『当時まだ子どもでしたが、

 僕はその言葉や行動を行った連中を忘れないよう心に刻みました。

 でも皮肉ですよね、両親の死によって僕の生きる目標が出来たんですから。

 あとはちょっとした運とご縁があって今に至たるというわけです。』

「ええ、良くある話ですが、彼の憤怒は純粋且つ強烈なものでしてね。

 これは良い人材だと私達は判断したのですよ。」

『標的だった連中はすでに亡き者になっています、

 つまり生きる目標を僕は失ったわけですね。

 自暴自棄ですよ。

 もうお判りでしょうが、

 正直、ここでアリシア以外の人間がいくら死のうとも悲しくも何ともありません。

 街の人間達全てを消し去れば、心の底から嘲笑くらいは出るかもしれませんね。』

「……兄さん。」


 一呼吸置いて、ディックは会話を続ける。

正直こんな陰鬱な話は止めてアリシアを助け出したいと思っていたが、

ディックからもグレッグからも場所が悪く一足飛びで近づけなかった。

何とか話ながら距離を詰められないかと推し量っていた。


「もうお天道さんの下は歩けないってわけかい。」

『ええ、僕には太陽の光は眩しすぎる。

 エンリカさんにお願いして街の雰囲気も変えてもらいました。

 どうです?

 妖しい雰囲気と不気味な空、メルヘンチックでしょう?』


 兄は壊れてしまっている。

どういった経緯があったのか、アリシアには想像も出来なかった。

だが、確実に言える事は、

もう自分が知っている兄は居なくなってしまったという事実だった。

アリシアの知る兄セリオは、心が強く誰からも尊敬される聡明な人間なのだ。

アリシアはその事実に、まるで崩れ落ちるように膝をついた、

そしてその愛らしい双眸からは光が消え、虚空を見つめている。


『アリシア、君に最後のお願いがある。

 聞いてくれるかい?』


 そう言ってセリオはアリシアを抱き寄せ、耳元でそっと呟く。

その声は今まで聞いてきたどの声よりも優しかった。


――その銀の弾丸で僕を撃ち殺してくれ――


「…………っ!」

『さぁ、笛吹きの魔術師(パイド・パイパー)たる僕の最後の仕事だ。』


 セリオはそう言い放つと舞台の中央から少し離れ、両手を広げ膝をついた。

アリシアの位置から確実に心臓を狙える。

アリシアはポケットの中に放り込んでいた銀の弾丸を取り出し、

ハンドガンのマガジンに詰め込む。

丁度、弾は撃ち尽くしていたようで銀の弾丸が

すぐに発射することが出来る状態だった。


「私がっ!

 私が兄さんを撃てるわけないじゃないっ!」


 アリシアはセキを切ったように言葉を返す。

死を求める兄の言動を許せるわけがなかった。

もし本当に兄が言ったことが全て本当だというのならば……。

アリシアの脳裏にはこれまでの生活で体験してきた兄との思い出の記憶が蘇っていた。


「これまで兄さんの言ったことが本当なら自首して法の裁きを受けよ? ね?」

「……今の法律じゃ、僕を裁ききれないよ。

 僕はまだ人間の心の断片を持っているが、

 もうしばらくすれば人間の心は完全に消え失せるだろう。」

「そんなのって……。」

「そうなれば何が起きるのか、僕ですら想像できない。

 だからアリシア、こうなってしまった僕でも最期くらいは人間らしく逝きたいのさ。」

「バカな事言わないでよっ!」


 アリシアの慟哭にも等しい叫びが天幕内に響き渡る。

そしていつの間にかこぼれ落ちていた涙を拭う。

その様子をディックとグレッグは静かに見守っていた。


「何も迷うことはない、君の前に立っているのは兄の姿をした魔物だよ。

 大勢の人間を殺し平穏だった街に恐怖を振り撒いた忌むべき存在だ。」


 ディックはグレッグに耳打ちをしていた。

目の動きと最低限のジェスチャーで、

周囲には聞こえない程度の音量で作戦会議といったところだろうか。

どうやら隙を見てセリオを沈黙させるつもりらしい。


「古より邪悪な魔竜は勇敢なる意志を持った若者の手によって滅びる定めにある、

 アリシアも良く読んでいただろう?

 正義の心を持った優しく強い人間が、

 自身の手を血で染めつつも悪を討ち滅ぼす英雄物語(ヒロイツク・サーガ)を。」

「……酷いよ兄さん、本当に酷い……

 私がどれだけ兄さんの事が好きで、信じてて、

 大切に思っているか知っているくせに……。」

「…………。」


 セリオはすぅっと手をアリシアに向けて伸ばし、

人差し指でディックとグレッグを交互に指した。

セリオの隣で佇んでいたエンリカはこくっと頷き、右手を鋭利な刃物状に変質させる。

そして左の二の腕付近からばっさりと自身の手で斬り落とした。

地面落ちた黒い腕は、みるみるうちに形状を変化させ獅子程度の大きさになった。

黒い獅子は一足飛びでディック達の近くまで移動し、

ゆっくりと二人の周りを低く唸りながら歩きはじめ、

獲物の隙を伺いタイミングを計っているようだった。


「こんなことをやるつもりは無かったんだけど、しょうがない。」

「兄さん!? 一体何を!?」

「アリシアの気持ちを僕に対する憎しみへ染める為、

 室長と情報屋くんには犠牲になってもらうよ。」

「へっそう簡単にやられてたまるかってんだ、なっ!

 室長のおっさんよ!」

「当たり前だ、こいつをぶち込んだ後、セリオには説教する予定だからな。」


 グレッグはそう言いながら大型拳銃を即座に構え、

移動を続ける黒い獅子に照準を合わせる。

伊達に”改造弾”を使っているわけではなさそうで、

その雰囲気は彼の有名なガンマンを思わせるくらいだ。

当たれば一撃必殺、ただ反動と次弾装填に時間がかかる為、次はない。

グレッグはこの瞬間、ずっと息を止め、照準の絞り込みに全力を注いでいた。


「室長の説教は長いから遠慮したいですね、エンリカ、トドメを。」


 セリオの言葉の後、

エンリカがいつの間にやら再生していた左手で黒い獅子に指示を送る。

サバンナにいる獅子と同様に咆哮をあげ、

四本の足を駆使し黒い獅子は待っていたと言わんばかりに

グレッグ目がけて飛び掛かってきた。


「こっちに来るだろうと思っていたさ。」


 グレッグはタイミング良く、

つまりは黒い獅子がグレッグに飛び掛かり口を大きく開けたそのた瞬間。

グレッグは黒い獅子の口の中に向かって大型拳銃の引き金を引き、

轟音を立てて黒い獅子の頭部を破壊したのだった。


「流石です、室長。

 この程度では無理でしたか。

 ……ですが、今のような事もそう長くは続かないでしょう。」


 そう言うとセリオは指をパチンとならした。

ズズズと、不気味な音を立てて地面から数十体の黒い影が姿を現す。

想定外の数に、ディックとグレッグは思わず後ずさりしてしまった。

二人の戦闘力が黒い影一体より上回っているとしても、

この数を捌ききれるわけではない。

黒い影達はゆっくりとディックとグレッグを囲み、

臨戦態勢を取ったまま主の指示を待った。


「そんなに死にたいなら、自殺でもしたらどうだい?

 妹の手を血に染めるように仕向けるなんざ最低も最低だぜ!」

「自分じゃ”死ねない”んですよ、困ったことにね。

 さて、そろそろお二人には退場してもらいましょうか。」

「もう止めてっ!

 これ以上はもう……。」

『さぁ、引き金を引いて僕を殺してくれ。』

「……うぅ……兄さん、私は……。」


 アリシアの右の人差し指がハンドガンの引き金にかかったまま、

アリシアは葛藤を続けていた。

人間では無くなったと宣言した兄を楽にしてあげたいと思う心と、

兄を助ける方法がきっとあるはずだから諦めてはいけないという心。

この二つがアリシアの中でせめぎ合っていた。


 ディックと激しい戦闘を繰り広げているエンリカは、

ディックには気づかれないよう身体の一部を

数ミリ程度の大きさで分離させアリシアへ飛ばした。

分離したそれは、小さいながらもエンリカの姿を取りアリシアの肩に着地する。

そして彼女だけに聞こえる声で耳打ちする。


「アリシアさん、一体何を迷っているんです?

 セリオさんの言うようにしてあげればいいじゃないですか。」

「……私は……撃てないよ……兄さんを銃でなんて……。」

「アタシが言うのもなんですが、セリオさんはもう人間ではありません。

 今でこそ人間の身体を留めていますが、

 やがて人としての精神は崩壊をはじめ

 身体もアタシと同じ”化物”へと変生するでしょう。

 貴女も見たはずです、瞳の中に宿っている紅蓮の印を。

 あれは人であることを止めた誓約の証。」

「元に戻す方法はないの……?」

「ありません。

 元に戻れないからこそ得りうる力というものがあります。」

「……兄さんはそこまでして復讐をしたかったっていうの……?」

「さぁ……アタシにはそこまでわかりません。」


 エンリカは知っている。

セリオのような状態になった人間を解放する方法は一つしかない事を。

それは生命の鼓動を断ち切ること。


「アタシが言える事は貴女の為にも、貴女はセリオさんを撃つべきです。

 文字通り助けてあげてください。」


 アリシアは言われるがまま、銃口をセリオに向けセーフティを外す。

アリシアは悟っていた。

兄はもう助ける事が出来ないと。

人間として死にたい、アリシアはそう受け取っていた。

もう涙を止める術が無かった。

拭っても拭っても溢れて止まらない、今自分がしようしている事に対しての贖罪か、

兄に対する別れの感情か、もう何も考えられない状態だった。

その様子を見ていたディックは、急ぎアリシアへ向かって走る。


『わかってくれたんだね、アリシア。』

「ダメだ嬢ちゃん!

 撃っちゃいけねぇっ!」

「ディック、貴方の相手はアタシがします。」


 アリシアへ駆け寄るディックを遮るように、

漆黒のエンリカが跳び蹴りの要領で飛び込んでくる。

ディックはバックステップ気味にジャンプし辛うじて回避、

着地と同時にマインゴーシュを左手に装備する。


「ちっ! 退けエンリカっ!」

「邪魔します。

 アリシアさんに近づきたいのであればアタシをノシてからにしてください。

 おっと忘れるところでした、

 室長さん、貴方はそこから動かすわけにはいきません。」

「あぶねぇ、おっさん!?」


 エンリカはグレッグを指さし黒く輝く矢のような物体を飛ばした。

黒い矢はグレッグの周囲に落ちるとグレッグの影に同化する。


「ぬ、ぬぅ、足が一歩も動かん……!」

「所謂、拘束術の一つ”影縛り”です。

 これ以上動かれてはアタシが分身しなくてはならなくなります。

 そんなのはメンドーなので。」


 そう言い放ち漆黒のエンリカは、腕部をサーベル状に変質させ斬りかかってきた。

ディックは左手のマインゴーシュで斬撃を刃の上で滑らせ弾く。

漆黒のエンリカもまさか今の一撃を弾かれるとは予想外だったらしく、

若干体勢を崩し前のめりになった。

その隙を見逃す程、ディックは甘くはない。

強烈な右足のミドルキックがエンリカの脇腹に炸裂し吹き飛ばした。


 ディックが行った防御方法は、

パリィと言われる剣類の武器で行う受け流しの一つである。

非常に技術を要し、またタイミングを合わせる事が難しい方法である。

だが成功させれば攻防一体の強力な戦術である。

剣術が得意でないディックが成功した理由は、

単に運が良かった事と、マインゴーシュを定石通り左手で扱っていた事による。


「オラっ、こんなもんじゃねぇだろっ!」

「そのとーりです、この程度で落ちてしまったら、名折れもいいところですしね。」


 エンリカは立ち上がり再びディックと剣を交える。

鋭い斬撃が激しく交差し、時折火花のような発光現象が発生していた。

ディックとエンリカ、互いの攻撃や防御のクセを知っている為、

決め手に欠ける展開が続いていた。


 ディックの決め手は残弾数が心許ないハンドガン。

今までやりあってきた雑魚であれば仕留める算段はつくのだが、

エンリカにハンドガンが効くのかディックは懐疑的だった。

先程、マインゴーシュで斬撃を受けた時の感覚ではあるが、

今までの雑魚とは比べものにならないくらいの硬度があった。

だが、強烈な物理攻撃が効果的なのは分かっている。

現にディックの蹴りを受けてエンリカはダメージを受けている以上、

ダメージの大小はあれど決して無駄にはなっていない。

ディックはものは試しだ、とハンドガンを抜きゼロ距離での発砲を試みた。

だが、ディックの構えよりも早くエンリカはディックの腕を叩き、

ハンドガンを地面に叩き落し思いっきり蹴り飛ばす。


「ひゅー、危ないアブナイ。」

「く……まるで鈍器でぶっ叩かれたようだぜ……勘の良い奴め。」

「アタシでもそんなの至近距離で受けたら、痛いってもんじゃすみませんよ。」

「化物め……。」

「骨が折れてないだけマシってなもんです。

 相変わらず異常に丈夫ですね、ディック。」

「あぁそうだなっ!」


 ディックは心底焦っていた。

パスタよりも細い希望だったハンドガンは、地面に叩き落され手元にはない。

取りに行こうにも遠くに蹴飛ばされ距離がありすぎる。

マインゴーシュでは刃が立たないし、

かといって蹴技で連携をかけても

頑強なエンリカの身体に致命傷を与える事は難しいだろう。

むしろ先に足が逝ってしまう。

打つ手がない。

絶望がディックを支配しはじめようとしたその時、

思わぬところから希望の光が舞い込む。


「情報屋、こいつを使え!」


 そう言い放ち拘束術により足が動けないグレッグが、

上体の筋肉だけで何かを放り投げた。

無我夢中でディックは何かを受け取る。

金属管溢れるフレーム、重量感たっぷりの握りっぷり、

それはグレッグが先程まで使用していた大型拳銃だった。

威力は折り紙付きの化物級、

グレッグの趣味全開の改造弾(ワイルド・キヤツト)が、この時ばかりは伝説の聖剣のようだった。


「助かるぜ、おっさん!

 こいつなら何とかなるっ!」

「まるで伝説の武器を纏った騎士のような勇ましさですね、

 さぁ続けましょうディック。」

「いいぜ、まず出会い頭の一発目だっ!」


 ディックは威勢良く言い放ち、躊躇無く片手で引き金を引いた。

轟音が天幕内で反響し、実際よりもより強力な一発であるような錯覚に陥る。

改造弾だけあって通常のマグナム弾とは比較にならない威力と弾速なのは間違いないが、

反動もさることながら撃ち方も通常のそれとは異なっていた。

ディックは両手で撃たなかった事を後悔したのは言うまでもない。


「……ワイルドキャット・カートリッジですか。」

「こいつをしれっと躱すんじゃねぇっ!」


 ディックの放った改造弾はあっさりとエンリカに回避される。

弾速も早いはずなのだが、軌道を読まれたような交わし方をされた為、

ディックはかなり驚いた表情を浮かべていた。

確かに狙いは甘かったが、それでもエンリカの中心部分を捉えていたはず。

人間の常識で計っているから異常に思えるだけなのだろう、

そうディックは冷や汗を流しながら自分に言い聞かせていた。

背中の傷が悪化しているようで、呼吸も荒く不規則になっていた。


「……(長くはもたねぇな、やべぇ背中超いてぇ)エンリカ、風穴開けてやるぜっ!」

「今日は働き者ですねぇアタシは。

 街の空間変質・体組織の形状変化・おまけに戦闘慣れしている人間との白兵戦と、

 全く割に合いませんよ。」

「へっ、そんなに疲れてんなら止めとくかい?」

「まあ、妥協案としては有りですが、アタシの目的は時間稼ぎなので却下です。」


 エンリカは両手をサーベル状に再び変質させる。

先程よりも幾分か長目に変質したようで、

ディックのマインゴーシュでは捌ききれるようなものでは無かった。

となれば、ディックの打つ手はただ一つ。

大ダメージ確定の一撃を至近距離もしくは回避不能状態で発射すること。

だが、ディックがそんな難易度の高い手を打つ前に物語は進展を見せたのだった。



 舞台中央、まるで古典に出てくる悲劇の王のように、

嘆きに暮れる正義の騎士のように、セリオは相対するアリシアを静かに見守っていた。

彼女に自分を殺すよう指示し、

ただひたすらに彼女の覚悟が決まるまで視線を外すことはなかった。


「ちっ!

 もう撃つしかねぇのかよっ!」

「ええそうですね、彼を助ける為には彼を殺すしかありません。」

「その”助ける”はどういう意味の助けるなんだ、ああっ!?」


 ほんの一瞬、アリシアを取り巻く気配が揺らぐ。

そしてその揺らぎは大きな覚悟の揺れとなり、

今まで踏みとどまっていた彼女の意志を突き動かしていく。


「それでいいんだ。君が僕を撃つことで僕はやっと前に進める。」


 アリシアは銃口をセリオに向け直す。

先程までとは違いハンドガンの銃口はしっかりとセリオを捉えている。

その様子を見てセリオも安堵したのか、

こくっとアリシアだけが分かる程度に小さく頷く。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 アリシアの叫びと渇いた銃声と共に放たれた銀色の弾丸は、

アリシアの思いとセリオの願いを乗せて、笛吹きの魔術士の脳天を貫いたのだった。


――今までありがとう兄さん――

――ありがとう、最愛なる(アリシア)――


 アリシアは僅かにセリオの唇が動いたように見えた。

脳天を銀の弾丸で貫かれたセリオは地面に倒れ伏し、瞬時に灰燼となり果てた。

魔道に身を委ね復讐を完遂させ、悲しくも優しさを持った男の幕引きである。

アリシアは手に持っていたハンドガンを地面に落とし嗚咽する。

覚悟を決め、自分の意志で行った行為に対する反動か。

あるいは兄の最期をみて改めて人間で無くなってしまった事に対する悲しみからか。

その後、アリシアは糸が切れた人形のようにぱたと意識を失い倒れた。


「アリシアっしっかりしろっ!

 く、酷い熱だ! 急いで病院へ運ばんと……!」

「……(見届けましたよ、セリオさん。)」


 殺気立ち隙のない出で立ちで立ち塞がっていたエンリカは、

すうっと誰の目にもはっきりと分かるように戦闘態勢を解き、

崩れ落ちたアリシアとセリオの亡骸を見つめていた。


「ち、あっさりと戦闘態勢を解くんじゃねぇよ。」

「戦う意味が無くなりました。

 ディック、もう貴方を足止めする理由がありません。」

「そうかい……で、エンリカ、てめぇの目的はなんだ?

 気分で関わっていたわけじゃねぇだろ?」

「はて……目的と言われましてもね。

 アタシの業界では人間に対して行動理由を説明することは禁止されてるんです、

 そんなワケで黙秘権を行使させてもらいますよっと。」

「待ちやがれっ!

 てめぇには聞きてぇことが沢山あんだぞっ!」

「……。」

「地の果てへまで追って行って聞き出してやるっ!

 覚悟しておけっ!」

「ご自由に。」


 エンリカはそう呟き影の中に身体を紛れ込ませ、音もなく姿を消した。

その場に残っていたのはエンリカの激闘を続けて疲労困憊のディックと、

何も出来なかったグレッグと、

緊張の糸が切れ気を失ってしまったアリシアの三人だけだった。

魔が去った後、街はいつもの様子に戻っており住民達の姿もあった。

時刻は夕刻から夜にかかる頃、

仕事帰りの父親が、夕飯の材料を買いに来た母親が、遊びの帰り道の子ども達が、

いつもの風景がそこにあった。


 調査室の調査員達や警察の捜査員達が現場に到着したのは、

全ての事が済んだ約一時間後のことだった。

ディックは全身の痛みにより気絶してしまっており、市内の病院へ緊急搬送。

アリシアも精神的疲労によりディック同様気を失っていた為、病院に搬送された。

身体的ダメージがほとんど無かったグレッグは後処理を受け持つことになったという。

こうして静かなアエルを襲った一連の集団失踪事件は、

首謀者の死亡・実行犯の逃亡・失踪者全滅という最悪の結果を残し幕を閉じたのだった。


 翌日、地元メディアはこぞって本事件の詳細を取り扱い、

連日に渡り特集を組み視聴者の要望に応えていた。

コメンテーター達の適当かつ無責任なコメントに

関係者達は怒りの声をあげそうになったが、

事件の性質上、犯人の名前、犯行方法、捜査方法については

警察及び調査室からの要請で報道規制が引かれている為、

どうすることも出来なかったという。


 また、事件の真相を全て公表するにはまだ判明していない部分が多く、

犯行に”化物”が使われたとは発表出来るわけもなかった。

結果、犯人であるセリオの名前も伏せられ事件そのものは終結したものの、

関係者内では特秘案件として扱われることになった。

捜査資料については、国家機関の情報部へ移管され

最重要管轄案件として取り扱われることになったという。



EPILOGUEへ続く

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