第六話 悪魔の瞳は通過される運命
第六話 悪魔の瞳は通過される運命
街のメインストリートにある商業区画に、
主にゲーマー達から【魔のトライアングル】と呼ばれる危険地帯が存在する。
トライアングルを形成するのは、
周辺の街の中でもトップクラスの規模を誇る
巨大なゲームセンター(筐体の新旧バランスが魅力)、
全国的にチェーン店を展開している大手中古ソフトウェア販売店(本店)、
そして超特大の店舗を持つ
某野球ドーム4個分はあろうかという広さの電器量販店である。
ゲーマーならずとも足を止めてしまいそうな場所ではあるが、
ゲーマーは覚悟してこの地帯に入らないと、
いつの間にか資産を散在してしまう恐ろしい場所である。
この異様な程に充実した店舗群の魔力により、
周辺都市からも買物客が大挙として押し寄せており、
日曜日ともなると夏祭り並の人混みになり、
市内でもかなり賑わっている場所であった。
そんな街の一大スポットの一角で、
竜二と星一朗の二人はゲームソフトの売り場で突っ込みをいれながら、
中古ゲームを手に取り発売当時を懐かしがっていた。
最初はセオリー通りに新作スペースから見ていたのだが、
どうしても既発売ソフトの棚へ。
竜二は経営者らしく星一朗とはまた違う視点で店を見る事がある。
この小さなスペースで激しい経済競争が
繰り広げられているのが見て取れたり、
広告のタイミングやソフトの発注状況など
ゲームソフト販売業も大変だなと竜二は感じていた。
タイアップ企画やメーカー側からの押しもあるのだろう、
店の宣伝ポップの力の入れ具合が実に偏っていて、
ある意味で素晴らしい、と星一朗は漏らしていた。
どこにいようが、やっていることは普段と変わらない二人である。
「うげ、このソフトの値段上がってますね。
前に見たときは3000円後半だったのに。」
「6000円台か……新品と変わらないねぇ。
この前新作が出た影響かな、出荷本数が少ないと良くあるんだよねぇ。」
星一朗はおもむろにソフトを手に取り、
パッケージの裏を見つめていた。
一体何を見ているのだろう。
外見的な意味で今日の星一朗はいつもと少し違っていた。
普段あまり着ることがない黒い通気性の良いジャケットに、
薄手のグレーのハイネックを着込み、
白系統の綿パンを履いてどこかよそ行きの格好だった。
大方、妹の恵玲奈にぶつぶつ文句を言われたのだろう。
そんなだらしない格好(部屋着)をして街に出ないでよと。
「迷惑な話ですよ。評価するならもっと早くしてろっての!
期待ばかり持たせやがって。」
「まあまあ。おっと、あそこにワゴンがあるよ。何かあるかも。」
「ワゴンには浪漫が詰まっていると言いますからね、お手伝いしますよ。」
ワゴンに浪漫が詰まっているかどうかは定かではないが、
二人は激安価格で売られている所謂ワゴンゲーに目を輝かせていた。
人知れず評価もあまりされないまま
埋もれてしまった名作があるかもしれないからである。
値段はピンキリであるが大抵は1000円未満が多く、
バイトもろくに行かない金無し星一朗にとっては
最高の狩り場なのであった。
最近は竜二からソフトを借りて遊んでいるようで、
昔ほど乱獲はしていないようだが、
たまに収入があるとすぐにワゴンで散在していた。
昔、バイトの給料日の翌日になると、星一朗は万札を握りしめ、
情報無しのパッケージ買い縛りで中古ゲームを買い漁っていたという。
「うーん、特にこれってーのは無いですね。今日は外れかな。」
「ここは定期的に中身を入れ変えてるから、
今日は巡りが悪かったと思うしかないね。また来ようよ。」
「そうっすね。」
星一朗は同意の合いの手を入れた後、
チラリともう一人の同行者へ視線を移した。
その人物は場違いな雰囲気を持っており、
言うなれば砂利の中の真珠である。
「取り敢えず……
さっきからずっと店頭PVの前で固まっている本条さんを
どうにかしないと。」
実のところ今日は竜二・星一朗・セシルの3人でここへ来ていた。
何故この3人だったのかと言うと、原因はただの偶然である。
いや必然だったのかもしれない。
ふらりと【箱庭】にやってきた星一朗は手にこの店のチラシを携えていた。
チラシには特価の文字と派手にレイアウトされた
ソフトの画像が踊っている。
新作ソフトの予約も書いてあり、
なかなかにゲーマーとしては気になる内容だったと言える。
星一朗は開口一番、ちょっと見に行かないかと発したわけである。
竜二を誘いに来たのだが、【箱庭】には丁度セシルも来ており、
話の流れで一緒に行く事になったのだ。
―あたしもついて行っていいですか?
―もちのロンです。
二つ返事で了承した星一朗である。
断る理由もなく彼女一人蚊帳の外というわけにもいかないだろう。
竜二と星一朗は中古ゲームソフトを見に来たのだが、
セシルは店の入り口付近で流れていた
新作海外ゲームのPVに捉まってしまいずっと見入っていた。
同じ場面が繰り返し流れているだけなのだが、
随分と楽しそうに目を輝かせている。
「本条さーん、そろそろ帰るよー。」
セシルが見入っていると言うことは、
公開されている映像のゲームは高難易度RPGのPVなのだろうか。
両手を胸の前で合わせ、ふむふむとたまに独り言をこぼしている。
星一朗はセシルの肩を優しく揺すった。だが全く反応はない。
「本条さん!
いい加減こっちに戻ってきなって!」
「はぁ~いいですねぇ雰囲気、洋物ゲーム特有の突きっぱなし感
……はぁあああ。」
「俺の声なんて届いてないなこりゃ……
こうなったら奥の手を……!」
今日のセシルは艶やかなストレートの黒髪を下ろしており、
雰囲気だけは最高の大和撫子となっていた。
微風でも彼女の軽い髪はしなやかに揺れる。
ここだけの話、彼女を見た通行人達は皆振り返るほどである。
薄手のシャツの上にはパール系で空色のキャミソールがとても似合っていた。
ボトムスの濃いめの七分丈デニムで
オープントゥのヒールとバランスもなかなかで、
彼女には珍しく身体のラインが目立っていた。
そんな人物がゲームのPVに見入っているのだから、
周囲の男連中も気になって仕方がない様子。
「こうなれば物理的に意識をこっちに向かせるか……。」
星一朗の手つきがイヤラシイ。
鼻息も若干荒くなり、目の焦点はブレにブレていた。
「はっ! イカンいかん……
勢いとノリで人生ゲームオーバーになるところだった。」
何という魔力……星一朗の日本語がすでにオカシイ。
普段、この手の事について疎く鈍い星一朗も否応無しに反応してしまった。
接近した際にふわりと香る甘い匂いと、
彼女から感じさせるふんわりとした柔らかな雰囲気。
普通の連中ならどうなっていたことか。
げに恐ろしきセシルの魔性の魅力よ、と星一朗は遠い目をして思っていた。
「買おうかなぁ……でもなぁ……気になるなぁ……。」
「本条さん! 戻ってこーい!」
そんな星一朗の様子に気づいたのか、
セシルはきょろきょろと周囲を見渡した後、携帯を開き時間を確認した。
どうやら20分近くここに居たようである。
右手で口にあて恥ずかしがっていた。
「あ、あはは……に、20分もいたの……恥ずかしい。」
「やっと戻ってきた。」
「あ、あら、チェスター君どうしんたですか真っ青な顔をして。」
「い、いや何でもないよアハハハハ。
本条さんそろそろ帰るよ。」
なるほど、とセシルは納得すると、
新作ソフトのスペースに常備されてある予約札を手にし動きを止める。
最近は店によって全額前払いだったり、
頭金をいくらか支払うシステムだったり、以前と変わっている事が多い。
この店もまた頭金1000円を支払うことで
予約が完了するシステムを取っていた。
予約だけし発売当日キャンセルする
人間が多いから取られた措置なのだろう。
ネットを使えば定価よりも最大二割程度、
新品を安く買えたりする現代の小売業界。
同じものを買うなら安い方がいいに決まっている。
店舗側も色々な販売工夫をして客の確保に務めていた。
客の確保が大変なのはいつ時代も一緒か。
「このゲーム、本条さん好みっぽいけど買うの?」
「う、うーん、実は悩んでるんです。
今月のお財布事情があまりよろしくなくて。」
「でも今だと予約すれば20%オフなんだ……
あー、だから悩んでたのか。」
「あたしちょっとこのソフトの予約だけして来ます!」
「あ、ああ分かったよ、
俺達は先に店の前で待ってるから(欲望に負けたか)」
「はーいっ! では行って参ります!」
駆け足でレジへ向かって行くセシルの後ろ姿を見て星一朗は思った。
ゲームって罪だよなと。
*******
3人が【箱庭】へ戻ってきたのは、
午後7時を廻わりそろそろ午後8時になろうとする頃だった。
星一朗が【箱庭】へやってきた時間も遅かった事もあるが、
だとしても悠に3時間は外にいたようである。
一階の店舗スペースで星一朗とセシルは、
竜二が出してくれたミルク多めのコーヒーを飲みつつ
適当な会話を楽しんでいた。
「あ、そうそう、竜二さんに聞きたい事があったんだった。」
「ん? なんだい?」
「竜二さんから借りていた
アドバンス版の【ファイナルファンタジー5】なんすけど、
第三世界まで来たんですよ。」
竜二の目がキラリと怪しく光る。
そして姪っ子の目もまた同じように……。
「ほう。……と言うことは終盤の始まりくらいだねぇ。」
「そうなんすか?
全アイテム・全魔法・全アビリティコンプ目指してプレイしてんですけど、
どーも気になる事があって。
取り敢えず俺のデータを見てください、その方が早い。」
そう言うと星一朗は服のポケットに忍ばせていた
青い【ゲームボーイアドバンス】を取り出し、パワースイッチを入れる。
ちゃらーんと起動音がなり、手際よくデータをロードし竜二に手渡した。
【ファイナルファンタジー5】と言えば、
元々スーパーファミコンで発売された日本国内で有名なRPGの一つである。
ジョブチェンジシステムやアビリティシステム、
そしてアクティブタイムバトルの進化など、
主にシステム面で注目されたゲームと言っていいだろう。
星一朗がプレイしていたのは、
その後に発売されたリメイクであるアドバンス版である。
オリジナル版よりも装備アイテムやジョブが増加しており、
ゲームバランスの是非が論議される事もままある。
星一朗はそんな【ファイナルファンタジー5】を
実は今までプレイした経験が無かった。
前作と後作はプレイ経験があるくせにである。
これはイカンと言うことで竜二からソフトを借りて
今日までプレイしていたのだった。
「……あれ? 召喚獣の【カトブレパス】がないね。」
「おじさま、あたしにも見せてくださーい。」
「それと……うん、青魔法は大丈夫みたいだね。」
「うわー、懐かしいです。
よく魔法剣のみだれうちで、
オメガ(ゲーム中最強クラスの敵)と遊んだものですよ。」
「セシル、お願いだからさらっとオメガと遊ぶなんて言わないでよ。
おじさん、ドキっとしちゃったじゃないか。」
RPG大好き人間セシルもやっぱり食いついた。
彼女はもちろんプレイ済み。
全員をジョブマスターにして、最高レベルまで上げた経験があり、
この3人の中では最もプレイした人間と言えるだろう。
ちなみに彼女のお気に入りは途中参戦のクルルの白魔道士と
主人公バッツの竜騎士だとか。
ヒロイン各のタイクーン姉妹はお気に召さなかったらしい。
【ファイナルファンタジー5】では
全てのジョブにキャラクター毎のグラフィックが用意されてあり、
仲間達の個性がそこでも発揮されている。
王道スタイルのバッツ、エロティック&ヒロイン枠のレナ、
渋いオジサン担当のガラフ、クールビューティ枠のファリス、
可愛い系のクルルとばらけている。
「なんですとっ!?
その【カトブレパス】っていつ手に入るんすか!?」
「第二世界の終わり頃、潜水艇を手に入れた後だったと思うけど。」
「少し場所が分かりづらいんですよね、
あたしもファーストプレイ時にはスルーしてしまいました。」
二人の返答にぷるぷると拳を振るわせる星一朗。
己の未熟さに打ち震えたか。
「マジか、やっちまったっ!
攻略本とネットを使わずにここまで来たというのに
……待っていたのは無慈悲な取得ミスというヒューマンエラー。
俺の40時間を返せ……。」
ジョブのアビリティ取得もやっていたのだろう、
随分とゆっくりペースの進行具合である。
一昔前のゲームであることから、普通40時間もあればエンディングである。
もちろんやり込んでいるとタイムカウンターなど
カンストは当たり前ではあるが。
「で、でも情報なしでここまで揃えたのは凄いですよ!
さすがチェスター君です!」
「その流石はともかく本条さんは優しいなぁ、そう大変だったんだぜ……。
聞いてくれよ、青魔法をここまで揃えるのは骨だったんだ
……あの砂漠のキメラ野郎で何度全滅かました事か。
今でも思い出す……3度欲に負けて昇天したカルナック城脱出。
そしてレベル調整ミスって、即死魔法のモロ受け……。」
優しい言葉を掛けてくれたセシルを
思わず抱きしめてしまいそうになる星一朗であった。
いかん、危ない危ない、
また脈絡なく人生ゲームオーバーするところだった、と自制した。
ちなみに相手が恵玲奈だったら容赦なく抱きしめ、
直後に小気味よい音を立ててぶん殴られていた事であろう。
人生ゲームオーバーにはならないまでも、
しばらく身動きが取れなくなるくらいにはダメージを受けそうだが。
「やっぱやり直そうかな……
一個だけ召喚獣がいないってのはすげー気持ち悪いし。」
「本気かい?
せっかくここまで来たんだから一度クリアしてからでも
良いと思うけどなぁ。」
「もしやり直すなら、
序盤~中盤はアビリティ取得よりも青魔法に注意した方が良いと思います。
あとで覚えるとなると面倒なものが多かったりするので。
アビリティについては後半で
沢山アビリティポイントを取得出来るモンスターが出ますから、
アビリティは優先順位を決めて特定のものだけで良いと思いますよ。
あ、もちろんこれはあたし的なやり方なんですが。」
「流石生粋のゲーマーっ!
タメになるぜ。メモメモっ。
あたし的大いに結構、どーぞどーぞ続けてください。」
星一朗に煽てられてセシルのお口は滑らかに。
「えーとそれから、チキンナイフとブレイブブレイド……
チェスター君はどちらを取るつもりなんですか?」
「なんぞそれ。」
「第三世界でもらえる武器なんですが、
あ、でもこれ言っちゃっていいのかな。」
良いところで言葉を濁すセシル。
メモを取りながら聞いていた星一朗は思わずズッコける。
「ストーリーに絡まないならお願いします。」
「えっと、ゲームを開始してから“逃走”回数で攻撃力が増減する
特殊武器なんです。
二つとも名は体を表していて、
チキンナイフは逃げた回数が多ければ多いほど強く、
ブレイブブレイドは逃げれば逃げるほど
攻撃力が下がるようになっています。」
「ふむ、腰抜けの小刀と勇気の剣か。
もらうなら考えるまでもなくブレイブブレイドだな。
俺は逃げない主義だし、
据え膳食わぬはゲーマーの恥というポリシーでやってるから。」
逃走回数ゼロの男・星一朗は、
どうやらゲームを初めからやり直す考えのようである。
一度考えを固めたら行動は早い男であるようで、
早速セシルから根掘り葉掘り、戦闘のコツや小ネタを聞き出しては、
ほぅと唸ったり細かくメモを取ったりしていた。
セシルも今までこのような経験はあまり無かったらしく、
嬉々として丁寧に一つ一つ説明をしていた。
竜二も二人の話にほだされてか、
自身がプレイしていた頃を思い出して、
当時の経験談を話し出したのだった。
「これは僕の感想ではあるけど、
【ファイナルファンタジー5】はハマりにハマったなぁ。
ジョブとアビリティが楽しくてさ、
やればやるほど効率的な戦い方やボス攻略法が見えてくるんだよね。
低レベルクリアなんてやってる人もいるし、
発売された頃よりももしかしたら今の方が
評価されているゲームのような気さえするよ。」
どうやら彼にとってファイナルファンタジーシリーズの中でも
一番好きなナンバリングタイトルのようである。
言葉一つ一つにどこか力が込められているようだった。
「青魔法は取得方法に癖があって面白いよね。」
「他のシリーズより癖がある気がするぜ……
初見で全部集めたヤツっていんのか?」
青魔法の取得方法は、仲間の誰かが青魔道士になるか、
アビリティ“ラーニング”を装備した仲間が戦闘にいて、
該当する青魔法をその仲間が受け戦闘に勝利する事、これが条件である。
攻撃系ならともかく回復系を覚えるのは一筋縄ではいかない。
その辺りについては、セシルの教えの中に答えはあった。
果たして星一朗は気づいていたのだろうか。
「よし、序盤はしばらくマスカレイドだ。」
青魔法に拘りがあるのだろうか、
他にも色々やることがあるだろうに妙な意気込みである。
そして目を潤ませながらニューゲームを選ぶ星一朗であった。
彼のことだ、きっと数日も経たないうちに
データ削除時の進行度までリカバリーしてくれる事だろう。
鬼気迫る様子で星一朗はボタンを連打し続けている。
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。