第四十七話 タイム・オブ・アス
「お兄ちゃん! お昼だよ!
いい加減部屋から出てきなよ!」
「もちっとしたら下に行くから、先食ってろ!」
「もー!
今日、私達二人しかいないんだから、お昼くらい一緒に食べようよ!
またゲームしてるだけなんでしょ?
ポーズすればいいじゃん!」
恵玲奈は星一朗の部屋の前で声を荒げていた。
今日は年も明けたばかりの最初の日曜、
黒瀬一家にとってやっとやってきた本当意味でのお休みである。
正月三が日は毎年恒例の親戚挨拶回りでほとんど家にいず、
正月休みという休養期間は無いに等しい状態だったからだ。
だがそれはあくまでも会社人である両親の話で、
学生身分である星一朗と恵玲奈にはあまり関係が無かった。
どうにかして正月時期に長期休みを取りたいと願っていた両親は、
口裏合わせてこのタイミングで事前に有給を申請していた様子。
大手を振って休み気分を出しながら、
二泊三日の予定で温泉旅行へ繰り出したのは昨日のことだった。
無論、星一朗と恵玲奈も一緒にどうだと両親から誘われてはいたのだが、
珍しく気を回した星一朗がたまには二人で行ってこいよと言った為、
恵玲奈も兄に同意し両親に遠慮した形である。だが真相はというと……。
『外に行ったら据え置き系のゲーム出来ないじゃん、
今ハマってんの据え置きだしさ。』
なのだとか。理由を聞いたその瞬間、開いた口が塞がらない恵玲奈であった。
確かに外出先では据え置き系のゲームをプレイすることは無理だとは言わないが、
間違いなく高難易度ではあるだろう。
そもそもそこまでしてプレイする人間がいるかどうかという根本的な問題もあるが。
恵玲奈は今になっても兄が何故ここまでゲームに執着するのか理解出来ないでいた。
理解してしまえる気もしなかったが、
仮に理解出来たらどういう心境になるのだろうか。
「もう、入るよ!」
ガチャリと恵玲奈は部屋のドアノブに手を掛け、
締め切られていたドアを一気に開け放つ。
案の定、室内の澱んだ重い空気に辟易して中へ入っていく恵玲奈。
ふと部屋を見渡すと、何故か兄の部屋のテレビは点いておらず
ゲーム機の電源ランプも点灯していなかった。
驚愕である。
星一朗はというと室内の作業机という名の元は勉強机に向かって座って、
何やら細かい作業をしているようだった。
一体何をしてるのか、ゲームをしていないなんて気持ち悪い、
と心配になった恵玲奈はすごすごと兄へ接近する。
「ねえ、何してるの? お昼だってば。」
「……ふーっ!
んん……これ、もちっと削ったほうがいいか?」
「何がよ。」
星一朗は手に持っていた何かの部品を恵玲奈に見せる。
それは灰色で着色されたプラスチックであり、
星一朗が指した箇所はほんの少しだけ白くなっていた。
形状から何かの部品だろうというのは予測出来た。
「ほらよく見てみろよ、ちっとだけ白くなってんだろ?
周りは灰色なのに。」
「うん、確かに白くなってるけどさって……なにこれ、プラモデル?」
恵玲奈は目を見張った。
星一朗の作業机の上に転がっていたものは
作りかけのプラモデルのパーツやランナー。
さらに作業用のニッパーやデザインナイフ、おまけに塗装用の筆もあった。
広げられたプラモデルの取扱説明書を見る限りでは、
何かロボットモノのプラモデルのようだった。
脚部の組み立てはほぼ終わっており、
今は腕部のパーツをランナーから切り離してゲート処理を行っている最中だったのだが、
恵玲奈は兄が何の作業をしているのか細かいトコロは分からないのであった。
「だよなぁ、もっとヤスったほうがいいんかな、
でもこれくらいなら塗ったほう見栄えはいいか……?」
「……どうしたのプラモなんて、今まであんまり作ったことなかったよね?」
「気分転換かなー?
たまにはこうやってゲーム以外の事もやりたくなるんだ、
ってなんだその驚いた顔は。」
星一朗は恵玲奈の問いにしばらく考えた後答えた。
星一朗の答えに驚きの表情を隠せなかった恵玲奈は、
今年初の驚きを見せたのだった。
妹の驚愕顔に不満だったのか、星一朗は口を尖らせる。
恵玲奈は謝りながら、
机の周囲に転がっていたゴミと思われるプラ片を拾いゴミ箱へ放り投げる。
「そ、そりゃ驚くというか何というか、
お兄ちゃんにはずっとゲームバカ(手遅れ)だと認識していたというか。」
「お前、今俺の事をバカにしませんでしたか。」
「な、何のことかしら。
ほ、ほら、お昼だってば。
せっかく私が特製フレンチトーストを作ってあげたのに!」
「そういうことは早く言えよな!
……あ、指が汚ねぇな……手を洗ってからいく。」
********
洗面所で指を丁寧に洗ってリビングへ来た星一朗は、
リビングのガラス窓を開け放ち外気を吸った。
数時間、部屋に閉じこもりニッパー握って
ランナーからパーツを切り出す作業をしていれば、
あちこち固まってしまうのは道理である。
冷たい風がリビングへ流れ込み、
キッチンで何やら準備をしていた恵玲奈のロングスカートをめくる。
少しむっとした表情を浮かべながら、
恵玲奈はトレイにフレンチトーストやシーザーサラダを載せリビングのテーブルに置く。
「閉めてよ! 寒いじゃんか!」
「空気の入れ換えをしてはいかんのかね。」
「私がさっきやったから今やんなくてもいいの、
空気を吸いたいならお外へどうぞー。」
「え、恵玲奈ちゃんが手厳しい。」
恵玲奈に文句を言われ渋々ガラス窓を閉めテーブルの側に腰を降ろす。
作りたてのフレンチトーストの匂いは、
実は相当に空腹だった星一朗にとって刺激的だった。
いただきますの挨拶の後、無言でかっ食らっていく。
兄の食い様を見ていた恵玲奈はすっと立ち上がりキッチンへ向かった。
仕掛けていたコーヒーが出来上がっていたようで、
コーヒーメーカーからコーヒーカップへ暖かいコーヒーを注ぐ。
「ブラックでいいよね?」
「おう。」
二つ返事で返す星一朗。手元にあったリモコンでテレビを点ける。
この時期だと星一朗が見たい番組はやっていないことが多い。
だが、まさかという事は十分にありうる。
事前に新聞のテレビ欄やデジタル放送の番組表を見るべきなのだろうが、
彼がそんな事をするわけはなかった。
「ち、何もやってねーな。
正月仕様の特別番組や何かよくわからんバラエティ番組……。」
「しょうがないよ、だって年始なんだもん。
当たり障りの無い万人向けでスポンサー受けのいいジャンルしかやらないよ。」
「昔はもっと面白い番組をやっていたような気もするんだけどなぁ。」
「覚えてないよ、何やってたっけ?」
ずずっ、恵玲奈の煎れたコーヒーを啜る。
星一朗は決して口に出して言わないが、
ご家庭で飲むコーヒーとしては最高クラスだと思っていた。
だが、贅沢を覚えている星一朗は最高峰のコーヒーと比較してしまうのである。
やはりどうしても【箱庭】の味には劣るのだ。
あの味に慣れてしまっていた星一朗は少々物足りなさを感じずにはいられなかった。
コクや深み濃さなどコーヒーを採点する項目で、
最高10点とするなら、平均7点というところだろうか。
妹の煎れて貰っているクセに偉そうである。
「ふむ、腕を上げたな。」
「そりゃあ、竜二さんとこでバイトしてるしね~。」
「竜二さんとこ、【箱庭】は明日までお休みだっけ?」
「うん、セシルさんのお父さんに呼び出されたとかで、
今日までは本条家へ行っているみたいだよ。
帰るのは今日の遅い時間になるだろうって。」
竜二は大晦日の朝、義兄でありセシルの父親である本条エイジから、
岩尾本家へ戻るよう言われていた。
今年はエイジや仁衣奈、そしてセシルも顔を出す予定なのだとか。
今までは多忙を理由にずっと断っていたようだが、
今年はセシルからの懇願もあり竜二は素直に帰ることにしたのだった。
今頃は酒を飲みすぎて唸りながらぶっ倒れているか、
親類から結婚しろだの生活は大丈夫かだの、
余計なお世話を食らっている頃合いだろう。
姉の仁衣奈(セシル母)からの声が一番きつそうだ。
「だよなぁ、今やってるゲームについて聞いておきたいことがあったんだけど、
連絡がつかないんじゃしゃーねぇわ。」
「ネットで調べればいいじゃん。」
「ふふふ、甘いな妹よ。
ゲームの攻略情報ってのは、ゲームやってる人間から直接聞くってのが粋なんだよ。
そりゃあ効率や利便を考慮すればネットが一番なのは俺も認めるところだが、
俺はこういう事に関しちゃ旧い人間なんだよ。」
「……はいはい、っと。
食器は洗い場に持って行ってよね、あとはやっとくから。」
「うい。」
「あと、午後の件忘れないでよ。」
星一朗は手早く食器を洗い場へ持って行った後、さっさと自室へ戻ったのだった。
かなり中途半端な状態で降りてきた為、
キリの良いところまで製作を続けたかったからである。
普段からゲームほど熱心にプラモデル製作を行っているワケでは無い為、
製作の腕前は素組みした後にちょろっと墨入れを施す程度である。
いつかは本格的な塗装や改造もと意気込んではいるようだが、
なかなかどうしてそのハードルは決して低くは無い。
星一朗は作業机に座りゲート処理の続きを始めた。
いくつかパーツを切り離した後、紙ヤスリやデザインナイフで処理を行ったが、
どうにも白化部分が気になるようで対応方法について悩んでいた。
この手の趣味に造詣が深い人物を一人知っているが、今は連絡がつかない。
大人しくネットで解説しているサイトを見ながらやろうか、
星一朗はパーツを手に持ったままマウスを操作する。
「つってもなぁ、この処理って基礎だしなぁ……。」
カチカチッ、マウスのクリック音がスピーカーから鳴る。
解説が分かりやすい動画を運良くすぐに見つけることが出来た。
そこでは白化させないようにする為のゲート切り離しが説明されてあった。
パーツを切り離す際の処理で、一度で全て切り離すのでは無く二回に分けて行うよう、
その動画では説明されていた。
また白化してしまった場合は、
小さいものであれば指で何度か擦れば元に戻るとあった。
星一朗は動画で説明されているまま、ゴシゴシと白化してしまった箇所を指で擦る。
ほんの少しずつではあるが、周囲の色に白化した部分の色が戻ってきた。
「……リカバリー処理とかもそうだけど、
処理方法が色々ありすぎて、これは……時間がすげぇかかるなぁ。
まあ、分かってたけど。」
完成までの道程は遠い、
星一朗は丁度作っていた箇所のパーツ切り離しを終えた後片付けを始めた。
今日は朝起きてから今までずっと机に向かっていたのだ。
集中力は切れ、昼食を取った事も有り眠気も襲ってきた。
このまま何も考えずにベッドへ倒れ込みたいところだが、
午後からはセシルと恵玲奈と一緒に大学へ行く予定だ。
寝落ちするわけにはいかんとばかりに、
やはりここは一つとゲーム機の電源を入れる。
「眠気覚ましにはゲームが一番だぜ。」
ゲームをしていたら寝落ちしたという報告を聞くが、彼は無経験なのだろう。
テレビを点け映し出されたゲーム画面を確認する。
そこには外国人の中年男性と中学生くらいの少女が映っていた。
服装はボロボロで背負っているリュックサックのくたびれ具合からも、
長いこと旅をしている事は明白である。
山中を上流に向かって歩いているシーンだった。
二人の会話の流れからケンカ別れした弟についてだった。
「季節は変わり……服装も変わったのはいいが、弾がねぇ……。」
星一朗がプレイしているゲームは【Tha Last of Us】、
とある病原菌が世界中でパンデミックをおこした後、
何とか生き残った人類に焦点をあてたサバイバルホラーアクションゲームである。
目的地へ向かう為旅を続ける【ジョエル】と【エリー】が
主人公の目線で物語は進行していく。
限られた一部地域での生活を余儀なくされたディストピア世界をベースに、
荒廃した都市を必死に旅していくのである。
途中、【インフェクテッド】と呼ばれる重度感染者達や、
最強の敵達との死闘を繰り広げていく。
サバイバルと銘打ってある通り、武器や道具については基本的に現地調達である。
無計画にハンドガンの弾をぱんぱん使えば足らなくなるのは道理である。
エイムが基本的に下手である星一朗はまさに、
弾数不足というよくある事態に陥っていた。
ゲームの性質上、必須戦闘もあるのだが、ほとんどはスルーすることが出来る。
無理に戦ってきたツケが回ったとも言える。
「うわぁ~渋めのオジサマだっ!
珍しいじゃん、お兄ちゃんがホラー系のゲームをやってるなんて。」
「お、おお、お前いつの間に入ってきた。」
「ついさっき。
ノックはちゃんとしたからね。」
「……そんなもの聞こえんかったぞ。」
「あ、ほら、水力発電所的なところが見えてきたよ。」
学校に行かなくて良いのか二人とも、そんな心配をしていると、
黒瀬家へ近づく一人の人間がいる。
華奢な手首に身に付けた腕時計を見て、ふぅっと呼吸を整える。
まだ約束の時間より少し早いようだ。
急に冬特有の冷風が通りを吹き抜け、
その人間の長く艶やかな黒髪をふわりとなびかせる。
「うぁ……あーもう、なに今の風……ちょっと早いけど大丈夫だよね。
恵玲奈ちゃんからは少し早めでもいいよって聞いてるし。」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




