第四十六話 賑やかな喫茶店の午後
喫茶店【箱庭】の本年度最終営業日は、
一般的な常連客とは異なるとある趣味嗜好を持った常連客で賑わっていた。
否、こと【箱庭】において、一風変わった嗜好を持つ客は普通か。
オーナーの趣味嗜好によって営業されているこの喫茶店も
この一年でかなり多様化されていた。
以前、それこそ半年程度前であれば最低限のメニューのみ提供し、
当然のように客足もほとんどなく店内では閑古鳥だけが鳴いている状況だった。
だが、色々あって、
今ではそれなりに客足が増えておりぼちぼち新規客の姿もある。
相変わらずの気分屋運転営業なのは変わりないが、
顧客心理でそれでも構わないということなのだろう。
客足が増え当然のように接客手不足もあいなり、
今ではバイトを雇う程にもなった。
喫茶店運営の仕事が忙しくなったこともあり、
竜二のもう一つの趣味であるゲームに割く時間が無くなったかと言えば
決してそんな事は無かった。
むしろゲームのために時間を作る事を覚え、
以前よりもきっちりと時間管理が出来るようになっていたのだった。
「そういや星一朗、
お前さっきから携帯機で遊んでるけどよ、何台持ち歩いてんだ?」
「……何のゲームで遊んでいるか、何て質問は愚問だったね星一朗君には。」
「どーいう意味っすか!
えーと、3台かな今日は。」
「バラバラのハードで3台か、
俺は老婆心ながらお前の睡眠時間と健康状態が心配だよ。」
達也はくくっと笑みを浮かべて言った。
外野があれこれ言ったところでこの星一朗が簡単に生活態度を改めるわけがない、
そんな意味を含んだ笑みだった。
達也に言われて口を尖らせた星一朗は、
いつの間にか置かれてあった冷水をくいっと飲み干した後反論した。
「ちゃんと1日7時間は寝てますし、適度に運動もしていますよ。」
「ほう?
睡眠はともかく運動ねぇ……おーい恵玲奈、ちょっといいか?」
「んお? なんで御座るか達也殿。」
コーヒーゼリーを頬張っている最中だった恵玲奈は、
ごくんと口に含んでいたものを全て飲み込んだ後、
妙な口調で返事をしたのだった。
あまりに突拍子もなかった為、隣でクッキーを頬張っていたセシルが少し咽せる。
「ちょっとこっちにきな、聞きたい事があんだよ。」
「ふむ、何で御座ろう。
私に答えられるような事であればお答えしようぞ。」
「その口調は止めろって、メンドクセェから。」
席から立ち上がり兄と同じように口を尖らせて
恵玲奈はカウンター席に座る達也の隣に腰掛けた。
「こいつが柄にもなく運動をしているとほざいているけどよ、
マジで運動してるのか裏を取ろうと思ってな。」
「あらま、お兄ちゃんが運動とな。
……うーん何と言いますか、
妹としては最愛の兄をフォローしてあげたいのは山々なんだけどね。
ほらやっぱり嘘はつけないというか、事実のみを口にすべき時というか。」
恵玲奈は悪戯っぽく言いながらチラチラと兄・星一朗を見やった。
端から見ても焦っているのが手に取るように分かる。
星一朗も余計ない事を言いやがってと言い返したそうな顔をしているが、
立場がいつもと違う事もあって言い出せないでいた。
これは家に戻った後が色んな意味で怖い。
これ以上マズイと女の直感、
と言うよりは妹の直感により恵玲奈は早々に退場したのだった。
「お前なぁ、そんなんじゃ年取った時が大変だぜ?
俺なんてそれで今少し後悔してんだからよ。
今の仕事が思った以上に体力勝負なところが多くてさ、
もう暇さえありゃジョギングとかしてんだぜこの俺が。
上司も人使い荒くてよー、コンビニくらい自分で行ってこいっつんだ、なぁ?」
ははは、と渇いた笑いを浮かべる竜二と星一朗であった。
達也は今どんな仕事をしているの誰も知らなかったのである。
日本全国津々浦々を巡っている営業職だ、
という認識はあるのだが業種はなんのだろうか。
竜二は落ち着いた方がいいという意味を込めて、
空になっていたコーヒーカップを下げ、
煎れたてのコーヒーを新しく用意したのだった。
「別に運動そのものが嫌いというんじゃないんすよ俺は。
球技とかめっちゃ好きですもん、見るのもやるのも。
機会があれば喜んで動きますよ。」
「そういやバスケやってたんだったな。」
「だからたまーにですが、
当時のバスケ仲間を集めて試合するんですよ、つっても3on3なんですが。」
「僕は……いや何でも無いよ。
それはともかく二人とも凄いねぇ」
竜二は何かを言い掛けた後、素直に驚きの声を挙げた。
運動がことごとく苦手な竜二は、
自ら進んで運動しようとする二人の思考が理解出来ないのであった。
学生時代の体育の時間は、竜二にとって唯一苦痛とも言える時間だった。
野球で打席に立とうものなら三球三振の山、
サッカーでボールを蹴ろうものなら明後日の方向に、
バレーでレシーブ使用ものなら何故か顔面レシーブ。
そこまで苦手ならばいっそ体調不良等の理由をつけて
サボる手もあったはずである。
だが根が真面目な竜二にそんな発想は無かったようで、
最も苦手な長距離走の日もさぼらずに参加し、
走行中に気分が悪くなり救急車で病院へ運ばれたこともあった。
そんな思い出話、ここですることじゃない竜二はそう思って口を噤んだのだった。
********
ふと視線を女性陣へ移すと
彼女達は午前中に見に行った映画の感想を言い合っていた。
飛び交っている単語を聞く分に、
相当お冠の出来だったようで演出方法や脚本の出来、
果ては俳優の演技にまで批判が及んでいた。
立派だったのは広告と営業だけだ、という暴論まで出ている始末。
今回陣頭指揮を執った監督は、別作品で名を馳せた新進気鋭の注目株で、
世間での評判は上々特に女性評の高さは指折りだったのである。
「その場で見る映画は決めようとは言っていたものの、
公開初日じゃないんだから調べて入るんだったわね。
あまりに酷い内容だったから途中で抜けたくもなったけれど。」
「いや~、ああも酷いとさウチの場合、
逆に誰が作ったのと気になったよ。」
「ほんとそれだよ。
エンドロールの名前見てたら結構有名なクリエイター多くてさ、
私ガッカリだよ……
もう、ああいうスターシステム的?なのはしばらくいいや。」
「恵玲奈ちゃんずっとブツブツ言ってましたもんね……
あはは、もう何というか評価散々ですね。」
「そういうセシルはどうなの?
まさかアレはアレでいいかもなんて思ってる?」
泪はセシルの頬を優しく引っ張りながら言った。
ぐいぐいと頬を引っ張る、コレはどこまで伸びるのだろうと
泪は興味を持ったようである。
「るいひゃん、ひっひゃらないで~!
あたしもしゃしゅがにどうかって……もう、泪ちゃん!」
「ごめんごめん、良く伸びたものでつい。」
「さしもセシルさんもあの出来には擁護出来ずか。」
「あはは、本条ちゃん頬が真っ赤!
まあ、ともかくネット上なんかじゃ大荒れみたいだよ。」
そう言いながら水希はスマートフォンの画面を皆に見せる。
映し出されていたのは、大手掲示板群のスレッドの一つだった。
匿名希望の投稿者達の罵詈雑言が容赦なく書き込まれ、
類似したスレッドも乱立しておりそのカテゴリは該当映画ばかりになっていた。
関係者でなくとも目を覆いたくなるような惨状になっており、
これでは自浄作用も追いつかないだろう。
「当然と言えば当然の惨状としか。
これさ配給会社や広告代理店にも波及してるね。
うわ、この書き込み削除されるんじゃ……。」
「ありゃりゃ、これ資金回収とかもう絶望的かも……。」
恵玲奈と水希は表情をコロコロ変えながら
スマートフォンの画面を見て感想を言っていた。
セシルと泪は、二人の様子を見ながら同調するので精一杯だった。
思った以上にヒートアップしてしまい、
恵玲奈と水希は余程腹に据えかねたのだろう。
「星君って白鷺さんの前だとまるで彼の弟みたい。
……と言うか、精神年齢がやんちゃ坊主だった中学生の頃に戻っている感じ。
今も大して変わらないとか突っ込まないでね。」
「ふふふ、ちょっと可愛いかも。」
「……ま、そうとも言うかしらね。」
「いいなぁ、あたしも同性のああいう先輩が欲しかったなぁ。」
セシルと泪はカウンター席に座る
星一朗と達也を様々な思惑を秘めながら見やった。
男性陣の中では現在一番年下である星一朗が、
あれこやれこれやとゲーム談義を盛り上げていた。
久しぶりに会ったのだから、話したいことが山のようにあったのだろう。
星一朗は目をキラキラと輝かせながら竜二と達也に対して話しかけていた。
セシルはうんと小さく自分を納得させるように頷いた後、席を立った。
「んー、やっぱりあたしも混ざってこようかな。」
「あ、セシル、私も行くから待って!」
********
女性陣の接近に気づいた達也は足を小突いて星一朗にも気づかせた。
いつの間にか横にはセシルと泪が立っていた為、少し驚いた表情を浮かべる。
セシルはともかく泪はゲーマー達の濃い会話についていけるのだろうか。
「お邪魔しますね、チェスター君横いいかな?」
「おう、好きにしな!」
「何を飲んでいるの? ブレンドコーヒー?」
にこにこ笑顔を浮かべてセシルは星一朗の横に座り、
竜二に星一朗と同じものをもう一つと言って注文した。
セシルの横には泪も座りドリンク系のメニュー表を見ている。
彼女達が近くに来たことで何故か達也は少し落ち着かなくなっていた。
「って泪、お前はゲームの話についてこれるんか?」
「な、何とかするわよ!
あ、竜二さんジンジャー・エール貰えます?」
「了解だよ、少し待ってくれるかい。」
星一朗はある話題を竜二達にふった。
ゲーマーとして一度、ここに居るゲーマー達に聞いておきたい事があったからだ。
その内容とは、ゲームソフトの移植・リメイクに対する考え方についてだった。
昨今、過去に発売されたゲームのリメイクや移植が見られるからだ。
星一朗本人としてはオリジナルだろうが、リメイクだろうが、移植だろうが、
気になったら問答無用でプレイするので面白ければ何だっていいのである。
だがその辺りは人それぞれ意見があるところでもある。
リメイクはともかく移植については、
比較的辛い意見が多いような気さえする。
「そんで、竜二さん達はどう思ってんのかなって。」
「まあ、僕は聞くまでも無いと思うけどね。
基本的に全部買うし。」
「失礼しました!
さっすが竜二さんだぜ!」
そう言いながらコトッと泪の前にジンジャー・エールの入ったグラスを置く。
今度は達也へ意見を請う。達也はうーんと腕組みをしてしばし考えて答えた。
「じ、自分で買うゲームはオリジナルオンリーかな、
よっぽど変更点ない限りはリメイクも手をださんよ。
まあ、あれだ、アーケードはまた別だがな。」
「あー、そうかゲーセンの筐体は容赦なくバージョンアップされますもんね。」
何故か落ち着かない達也を余所に、
ちらっと星一朗は隣に座る女性陣へ視線を移す。
「あたしはオリジナルはもちろんだけど、リメイクも好きかな。
グラフィックとかシステム面のバグが直ってたりするし。
まあ、ゲームによっては残念なリメイクもあったりするので。
昔のゲームが今のハードでも遊べるという点は嬉しいですね。」
「泪は……そもそも何それ状態?」
「わ、私にだってその違いくらいわかるわよ!
リメイクはそのままの意味でグラフィックだったり
サウンドだったりを一新したりする事でしょ?
えーとそれから移植はアレでしょ?
Aという機種で動くソフトをBという機種でも動くようにしたバージョンの事、よね?
合ってるかしらセシル。」
「えーと、まあ概ねは合ってるかと。
この当りはゲームを常日頃やってる人じゃないと答えづらい内容ですね。」
「おぉ、すげぇ泪やるじゃねぇか、俺ちょっとだけカンドーしたぞ。」
「……目が笑ってるんだけれど!」
星一朗はみなの意見を聞いて納得していた。
やはり自分のような全肯定派はマイノリティーなのだと。
泪はそんな星一朗を見ながら当たり前の結論じゃないのかしらと呆れていた。
そもそも同じ内容のゲームを、
それこそシステムの差異があったりハードの違いがあるにせよ、
何本も買うというのはゲーマーの中でも希有であろう。
達也は相変わらずだなぁとほくそ笑みながら、腕時計に視線を移す。
時計の針は午後3時を廻っていた。
「ははは、星一朗君と僕はやっぱり少数派なのは変わらないみたいだね。」
「ですねぇ、
まあ、こればっかりは最早完全なるコレクターの世界。」
「そこは俺も理解しかねるね、っとそろそろ行くかな。」
達也はそう言って財布から一万円札を取り出しすっと竜二に手渡した。
受け取った竜二は目を大きく見開き驚いた、
どう考えても達也が注文したものより多い金額だったからである。
千円札1枚で事足りるはずなのだが。
達也は椅子から立ち上がり来店客全員を見渡して言った。
「竜二さん、こいつらの分もそっから頼むわ。」
「いいのかい?
それでもちょっと多いんだけどさ。」
「余った分は募金とかに回しといてくれればいいよ。」
「ちょ、達也さん!
そいつはダメだって!
久々に会ったんだし払うなら俺がっ。」
「バーカ、ガキが何言ってやがる。
つーかこんくらい年上として見栄張らせろ。」
「う、しかしっすね……。」
「……ふふふ、星君の負けー、諦めてご相伴に預かりましょうよ。」
「白鷺さん、本当にあたし達までいいんですか?」
「お、おう、気にすんな。
あの少し暴走しがちな星一朗を宜しく頼むぜ。」
最後まで星一朗は俺が出すと言い張っていたが、
達也とその他大勢の説得により何とか引き下がったのだった。
尊敬する兄貴分に負担を掛けるなんてという心境なのだろうか、
流石にしつこかった事も有り、ある程度物理的な相談を恵玲奈が持ちかけたのが、
決定打となったのは言うまでもない。
達也は星一朗が納得したのを確認して、
「じゃあな。」
とだけ言って【箱庭】を後にしたのだった。
次、達也に会える日はいつになるのだろう竜二達はそんな事を思いながら。
しばらくの沈黙、
星一朗はカウンター席の上に置いてあったコーヒーカップを口につける。
冷えてしまっていたが、温くとも味は悪くなかった。
「相変わらず変わっていなかったねぇ達也君。」
「本当っすね、相変わらず女が苦手なままでしたねぇ……。」
「え?
そうなんですか? 気づかなかったですあたし。」
「まさかとは思っていたけれど、やっぱりそうだったのね。」
「目敏いな……。」
驚きの声を同時に挙げるセシルと泪。
だが、口走った感想は正反対のものだった。
「うん……女性が嫌いなんじゃなくて、
過去にトラウマっぽい出来事があったらしくてね。」
「……恵玲奈に対して大丈夫なのはある程度慣れてるからだけど、
セシルや泪相手にゃあまだ全然免疫ないだろうしなぁ。」
恵玲奈は名前を呼ばれて反応したが、
タイミングを完全に逸していたため、なんなのと疑問符を飛ばしながらも、
引き続き水希とスマートフォンの画面を見て喋っていたのだった。
「うわー……気づかないうちにあたし気に障るようなことしてないならいいけど……。」
「セシルなら大丈夫だろう、
達也さん、気に食わない相手や無礼な相手には無視決め込むし。」
「うん、ありがとうチェスター君。」
「……へー、星君、セシルの事を名前で呼ぶようになったんだ?」
泪の言葉にセシルの顔が徐々に紅潮していく。
星一朗はと言うと、あ、そう言えばというアッサリとしたものだった。
どうやら自身が気づかないうちに呼称を変えてしまっていたらしい。
星一朗の返答に釈然としないながらも泪は言葉を続ける。
「……まあ、ずっと”本条さん”じゃあ居心地良くないものね。」
「え、えーとあたしはどっちでも……あはは……。」
「うーん、
今更”本条さん”呼びへ戻すのも気持ち悪い、
まあセシルって呼ばせてもらうよ。」
「は、はい!」
「……ははは……
(星一朗君、色々と気にしていないというか、ほとんど気づいていないというか)」
星一朗は残っていたコーヒーを全て飲み干すと席から立ち上がり、
広げていた携帯ゲーム機をバッグに戻す。
星一朗は自分のスマートフォンを操作し珍しく時間を気にしていた。
そしてバッグに入れてたニット帽を被り
コートハンガーに掛けていたジャケットを身に纏う。
「じゃあ竜二さん、今日はこの辺で。
今から街のゲームショップで、
時間限定ゲームソフト投げ売り最大5割引きセールやるみたいなんで行ってきます。」
「うわぁ年末棚卸しセールか何かかい、いいなぁ僕も行きたいよ。
でも間違いなく戦場になるだろうねぇ。」
「あ、竜二さんも行きます?
今日は忙しいだろうから誘わなかったんですけど、行くんなら行きましょう!
ただ急がないと無駄足となりかねないんで、準備は急ぎ目で。」
どうやら今日はお開きのようである。
オーナーが店から居なくなる以上、ここに居てもしょうがないと判断したのか、
女性陣達はこれからどうしようかと言いながら、
席から立ち上がり各々身支度を調え、
竜二にご馳走様でしたと言って店を出て行ったのだった。
竜二は一旦、店の奥へ引っ込み戸締まりやらガスの栓閉めを確認し、
古風なデザインの黒系統の外套を身に付けて現われた。
「よし、早速行こう。
ってあれ、女性陣は?」
「あー何か今からカラオケに行くみたいっすよ。
恵玲奈が去り際に言ってたんで。」
「なるほどねぇ、この寒さじゃどっか暖かいところに居た方が良いよ。」
「ふ、ならば俺達は有象無象の修羅が巣くう、業火が惑う戦場へ赴きましょう。」
「あはは、なんだいその言い種は。」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




