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第四十三話 げーむでおぼえた

 喫茶店・【箱庭】は今年最後の営業日を迎えていた。

数日前にここぞとばかりに降った雪がまだ軒下に残っているが、

前日は二十度に迫る程の陽気だったこともあり、

通りの雪はほぼ水と成り果て地下へ還っていた。

だが本日の気温は、昨日の陽気と打って変わって零度の上と下を行ったり来たり。

十数度の温度差は危険極まりない話、

普段よりも多くの人がマスクを身に付け、薬局の軒をくぐり、

薄手のアンダーを1枚多く着込んでいるようだった。


 そんな中、黒瀬星一朗ゲームバカは年の瀬を感じさせない普段着の彼だった。

暖房がきいて心地よい室温の店内は、外気の寒さを一切感じさせない。

閑古鳥が鳴く店内のいつものカウンター席に座り、

携帯ゲーム機を取り出し最低限の礼儀として

イヤホンを挿してゲームプレイに興じていた。

オーナーの竜二はというと、

やれやれだよと言った表情を浮かべて星一朗を横目に見ながら、

彼もまた普段通りグラスを布巾で丁寧に拭き来客に備えている。


「今年ももう終わりだねぇ、星一朗君は年末年始は関係ないみたいだね。」

「関係ありまくりですよ、ガッツリゲームが出来る素敵な時期じゃないですか!

 どうせどこ行ったって人混みなんだから、

 こんなときだからこそ有意義にゲームが出来るってもんですよ。」

「期待通りの返答で僕は感動を禁じ得ないね。」

「そういや竜二さんっていつゲームしてんですか?

 前々から謎だったんですよね、

 俺みたいに雑紙とかネットとか追っている風でもないのに、

 新旧ゲーム知識は俺以上なのは間違いないし。」

「秘密だよ。」


 ふふ、と笑って星一朗の真剣な眼差しを回避する。

竜二の目がどうやっても答えない頑固モードに変化したと見切った星一朗は、

深い溜息を一つ入れてゲームに戻っていったのだった。

一体星一朗は何をプレイしているのだろうと気になった竜二は、

彼に気づかれないように静かに近づく。

画面を覗き込むと派手なエフェクトと

画面いっぱいの敵キャラクターが映し出されている。

さらに眼を凝らしてみると、何やら東洋風のゲームデザインが目につく。

星一朗は華麗に敵キャラクターを吹っ飛ばしたり、

武器を使ってなぎ払っていた。

しばらく黙々とゲームをしていた星一朗は、ふぅっと顔を上げ口を開いた。


「そういや、エイジさんのあの一件どうなったんです?」

「あれね。

 結局、抜本的な問題が解決するまでは無期凍結なんだってさ。

 姉さんにはこっぴどく叱られたし、

 義兄さんもしばらく大人しくするつもりみたいだよ。

 横槍入れたのもバレちゃったようだし、

 幹部会や総会でも色々言われそうだって青筋立ってたなぁ……。」

「……まあ今回のアレは、さすがにマズイでしょ……

 そういやレポート提出したはいいけど、なんの音沙汰もないですね。」

「膨大な事後処理に追われているらしいよ、

 諸々は年明けになりそうだって姉さんが言っていたよ。」

「気長に待ちますか。

 ……っとおっしゃ、これで一通りストーリークリアだぜ!」

「おめでとう、ところで今日は何をプレイしていたんだい?」

「え?

 ああ、これですよ【戦国無双4】。」


 そう言って星一朗は携帯ゲーム機の画面を竜二に見せる。

その仕草を見て竜二は少しだけクスッと笑ってしまった。

子どもが親にコレ見て、と一生懸命に見せているようだったからだ。

星一朗は竜二の一笑に疑問を覚えながらも続ける。


「ナンバリング四作目で新しいアクションが追加されて、

 だいぶ雑魚掃除が爽快になったんすよ。」

「ああ、【戦国無双シリーズ】だったか……

 ぱっと見じゃ【真・三國無双】と区別出来なかったよ。」

「そうっすか?

 まあ、ぱっと見じゃ確かに。」


 【無双シリーズ】、大別すれば

【真・三國無双】と【戦国無双】に分ける事が出来るだろう。

派生作品やコラボ作品などあるが、

メインストリームとして認知されているのは

【真・三國無双】と【戦国無双】ではないだろうか。

実際の歴史をベースにしてはいるが、

あくまでも架空の物語(歴史上の解釈で異説を採用していたりする)である為、

衣装や武器は時代に即しているとは言い難い。

技術的にあり得ない機械仕掛けの武器や魔法じみた攻撃など多彩である。

だが、ゲームであるのでこのぐらいぶっ飛んでいた方がいいのだろう。


 【真・三國無双】とは、時代背景を中国の【三国時代(魏・呉・蜀・晋)】と

【三国志演義】をベースにしたタクティカルアクションゲームである。

【戦国無双】は、時代背景を

日本の【室町時代後期~江戸時代初期】をベースにしている。

おおよそのシステムは共通しているが、

差異はそれなりに有り【真・三國無双】にしかないシステム、

【戦国無双】にしかないシステムは存在している。

馴染みある歴史上の人物達が、

ゲーム内とはいえフィールドを動き回っている様子は、

少なからず歴史に興味がある人間が見れば驚嘆の一言だろう。

このタイトルの売りといえばやはり、武将となるキャラクターを選び、

有象無象の敵をなぎ倒しながら一騎当千を味わえることではないだろうか。


「そういや俺、ゲームで歴史覚えたんすよね。」

「へ?」

「ゲームやってると自然に覚えるんすよ、

 人物名とか事件や戦いの年月日とか。」


 微妙に納得しにくい事を口走る星一朗であった。

竜二にも身に覚えがないわけではないようで、歯切れの悪い声をあげていた。


「いやまあ……、

 覚えるだろうけどゲームと実際の歴史じゃ違うんじゃ無いのかい?」

「そりゃまあ、色々細かいところは違いますけど、

 俺、気になったら改めて調べる派なんですよ。

 例えば【関ヶ原の戦い】って【東軍】と【西軍】の戦いですけど、

 どうして【小早川秀秋こばやかわひであき】は

 縁ある【西軍】を裏切ったのか気になるじゃないですか。」

「そりゃあね、何というかゲームで勉強が進むんなら言うこと無いよ。」


 【関ヶ原の戦い】は、戦国時代を象徴する有名な戦いの一つであり、

天下分け目の戦いとも言う。

【東軍】の総大将は彼の【徳川家康とくがわいえやす】、

対する【西軍】の総大将は【毛利輝元もうりてるもと

石田三成いしだみつなり】である。

結果は【東軍】勝利で終わり、この後【徳川家康】は江戸幕府を開くことになる。

 ちなみに【小早川秀秋】は、

豊臣秀吉とよとみひでよし】の縁者であり【西軍】寄りのはずの彼が、

【東軍】に寝返った事実は大きく、

結果として【東軍】勝利の重要な契機となったのである。

星一朗はゲームをプレイしながら勉強していたと豪語しているが、

恐らくゲームになっていない時代については知識的に怪しいものだろう。

だが嘘か誠か、彼が今無事大学へ通っている事実がそれを証明している。

ところで星一朗君は何学科だったっけ、と竜二は考えていた。


「そういや今日は静かだね……、そっか、あの子達がいないからか。」


 竜二が言うあの子達とは、黒瀬恵玲奈、本条セシルのいつものメンツである。

今日は恵玲奈の喫茶店バイトはお休み、

セシルも本屋のバイトはお休みだったようである。

今朝、セシルが黒瀬家へ訪れ恵玲奈を連れて出ていったのを、

寝ぼけ眼の星一朗は見ていたのだった。


「あー、そういや何かアイツ等だけで遊びに行ってるみたいっすよ。」

「星一朗君は行かないでいいのかい、誘われはしたんだろう?」

「断りましたよ。

 何でも泪やこの間来ていた絵師の人もいるとかで。

 見事に女ばっかだし、行っても俺浮きまくり決定なんで。」


 そりゃそうだ、と竜二は肩を竦めると

コーヒーカップを2セット棚から取り出してカウンターに置く。

手際よくコーヒーを煎れる準備を進め、

星一朗はその様子を見て遊んでいた携帯ゲーム機をバッグに戻す。


「さるルートから珍しい豆が手には入ってね、

 取り敢えず試飲ってことで感想をくれないかい?」

「マジスか!

 めっちゃ期待しちまいますよ俺、だって竜二さんセレクトでしょ?」

「ああ、もちろん。

 だって僕はこの店のオーナーだからね。」


 そんないつものやり取りをしていると、一人の男が店のドアを開け入ってきた。

少し明るめのグレー系のスーツに、黒光りしている手入れの行き届いた革靴を履き、

脇には脱いでいたダッフルコートを抱えていた。

だがスーツ姿には似つかわしくないニット帽を目深にかぶっている。

男は竜二と星一朗の視線を感じながら、星一朗のすぐ隣に座った。

他にも空席はあるのにと星一朗は少々きみ悪がっていた。

男は星一朗の険しい視線をよそに注文したのだった。


「……竜二さん、ブレンドで。」


*******


「ねぇキミら、今からどっか遊びいかね?

 金は俺ら持ちだし、そこらへん気にしなくていいから。」

「じゃあさ、食事は?

 めっちゃ美味い食事出す店近場で知ってっし、

 俺らとしてはバッチリ紹介したいわけよ。」

「こいつらバカじゃね? ってゆーかマジ頭弱くね?」

「だよねー。」


 街のメインストリートの一角では、

今日も軽薄な態度と失礼極まりない口調が飛び交っている。

硬派と正反対の位置に属する彼等のお相手は道行く麗しの女性達。

人の往来が多いスポットなだけにこういう手合いも多い。

成功率はいかばかりか知れないが、少なくとも成功した経験があるのだろう。

ちなみに話しかけられているのは、

派手目の姿格好をした女性よりも地味目で大人しそうな女性が多いようだった。


 ふぅっと溜息をいれつつ、見目麗しい若い女性が二人、

指定の待ち合わせ場所の近くに設置されてある椅子に腰掛けていた。

一人は黒く艶やかな長い髪と青みがかった双眸が印象的な女性、

ピンクとまではいかないが、

明るい赤系統のファンシーなデザインのファーがついたコートを着ていた。

もう一人はセミロングの金髪に、

髪の色よりもやや暗めのイエロー系統のウールコートを着込み、

活発そうな雰囲気の可愛らしい女性だった。


「泪とみずっち、遅~い!

 言い出しっぺが遅刻たぁどーいうこった!」


 セミロング金髪の女性は自身のスマートフォンの画面を見ながら、

黒髪青目の女性に向かって言った。

黒髪青目の女性はキョトンとした顔をした後、

彼女の口調が彼女の兄と同じような口調だった為、少し笑ってしまった。

咳を一つ入れ憤る彼女をなだめる。

つまりは恵玲奈とセシルである。


「お、落ち着いて恵玲奈ちゃん……口調がチェスター君みたい。」

「おっと……これだから兄妹は怖い怖い。

 もう、ちょっとメールしてみますね、泪あたりに。」

「じゃああたしは水希さんに。」


 彼女達のやり取りを遠くから見ている人間がいる。

下卑た表情を浮かべた若い男二人だ。

さっきまで別の女性に対してナンパを試みていたようだが、

近くに誰も居ないところを見ると失敗したのだろう。

二人の男はずかずかと彼女達に近づいてくる。

二人とも視線を下に落としている為、彼等の接近に気づかないのであった。


「ねぇー君達、今暇かい?

 どー? 俺達と一緒にどっか遊びにいかね?」

「うひぇー近くで見ると君らマジですっげぇ美人じゃね?

 つか実はアイドルじゃね?」

「ぶはっはっはっ! マジすげぇっ!

 レベル超たけぇ! 1枚写真イイスカぁ?」


 恵玲奈は声に反応して睨むようにキッと彼等を見やる。

無論、軽蔑と憤怒の視線だ。

しばらくの間、無視を決め込んでいた。

言葉を返す必要はないと思っていたが、

大声で近くの迷惑も顧みず頭の悪そうな会話を続ける彼等に

ストレスは最高速度で溜っていっていた。

恵玲奈は隣のセシルを見やる、すると彼女の身体は僅かにだが震えていた。

恵玲奈は思っていた。

こういう時、男衆が、それこそ腕っぷしが弱くとも

よく知る兄(星一朗)のような人間がいればと思っていた。


「ねぇ、黒髪の彼女もコッチ見てよ。

 下ばっか向いてっと可愛いお顔がもったいないぜ?」

「……。」

「ち、シカトかよ! ちっとキレイだからってお高くとまりやがって! 俺等みたいなバカは相手にしないってか!」

「……。」


 セシルは恵玲奈の服をきゅっと掴んで離さなかった。

その青く澄んだ双眸は一度たりとも彼等を見てはいない。

普段鈴のように可憐で繊細な声を織りなす口も、今は貝のように噤んでいる。

恵玲奈はそんなセシルの姿を見て心の底から心配した。

普段の彼女からは想像できない程に縮こまり、

目の前の障害に対して恐怖心を抱いているようだった。


 どうしよう、恵玲奈の脳裏にはこの言葉が何度も巡っていた。

何とかこの場からセシルの為にも、もちろん自分のためにも離れたい。

しかし下手に動けば彼等の態度がより一層悪くなると思っていた。

エスカレートさせて良い事は無い、

ゆえに恵玲奈の脳裏にはどうしようばかり浮かんでいた。


「お待たせー。

 ごめんね二人とも、電車がまさかの遅延運行になっててね。」

「ウチもー。

 同じ電車だったんかなぁ。」


 聞き覚えのある声に恵玲奈は思わず声の方を見やる。

セシルは反応こそするも下を向いたままだった。

そこには泪と水希が低姿勢な雰囲気を出しながら立っていた。

だが泪と水希の視線は、恵玲奈とセシルには向けられておらず

二人の側に居る不届き者に注がれていた。

無論、睨みを利かせた視線で。

若い男達は泪と水希の登場に少々困惑の色を見せていた。


「何?

 この連中、二人の知り合いかしら?」

「ちょっと泪ちん、それはない、絶対にあり得ない。」

「あー、この辺でいつもタムロってる人達か。

 暇すぎるのも考えものね。」

「ねぇ泪ちん、もうちょっとしたら”皆”も着くってさー。」

「へー、なんだ今日は集まりいいじゃないの。」

「あと五分くらいで着くって。

 えーと田中君に佐藤君、それと鈴木君も。」


 泪と水希の悪意ある視線に気づいた若い男達は狼狽えていた。

水希の言った”皆”という単語や固有名詞に反応を見せている。

手を出してはいけない二人だったのではないか、と。

恵玲奈やセシルと比べて、睨みを利かせている泪と水希の迫力は段違いである。

泪はそこそこ上背もあるが、今は少し高めのヒールを履いているし、

成人男子の平均身長程度はあるだろう。

水希は見た目の迫力と言うよりは、何かを企てていそうな雰囲気があった。

何より常にスマートフォンを操作しているその仕草が怖かったようだ。

先程から意味ありげな単語を飛ばしているのも影響している。


「な、なんだ君達……こっちをジロジロ見て。

 僕達は彼女達とお話をしていだけで、触れてもいないからな。」

「キレイなお姉さん達だとは思いますが、

 ちょっと年上すぎるんじゃねぇかなぁって。」

「なんですって?」


 年上という単語が気にくわなかったのか、

泪がワザと若い男達の近くでぱんっと手を叩く。

音と同時に若い男達はびくっと身体をふるわせる。

そして、音に反応し周囲の通行人達も思わず振り向くのであった。

視線が集まる中でこれ以上の進展は難しい、

そう判断した若い男達は何も言わなかったが

小さく舌打ちだけして去って行ったのだった。

 完全に姿が見えなくなったところで、

泪と水希はずっと下を向いたままだったセシルの手を握りしめる。

ゆっくりとセシルは顔をあげ少し驚いていた。

恵玲奈達が心配そうに自分を覗き込んでいた事に初めて気づいたからだ。

セシルの目には涙が浮かんでいた。

たぶんセシル自身気づいていないのだろう、拭う素振りすら見せていない。

泪と水希は思わずセシルを抱きしめたのだった。


「もう大丈夫だよ。

 今は私達がいるし、怖がる必要なんてないわ。」

「そうだよ本条ちゃん。」

「う、うわ……ちょっと二人とも、く、苦しい……。」


 恵玲奈はふいーっと大きく息を吐いて空を見上げた。

何とか打開できた、感情に任せ動かなくて良かったと心底思っていた。

ナイスタイミング、と恵玲奈は泪と水希に感謝していたのだった。


「エレなんも良く耐えたね~、

 ウチの知っているエレなんなら速攻で反撃してたはずだし。」

「エライよ恵玲奈。」

「いやーそれほどでも、

 ってかみずっち、田中君とか佐藤君って誰? あと鈴木君?」

「さぁ? 誰だろうね。」


 セシルは二人の抱擁から何とか脱して、少々乱れてしまった服装を正した。

そして恵玲奈・泪・水希の方へ向き直り改まった様子で一礼した。

一つ一つの仕草に彼女からの最大の敬意と謝意が見てとれる。

感謝の一礼も堂に入っており、言葉は無くとも説得力は十分だった。


「皆さん、本当にありがとうございます。

 薄々感じていた人も居ると思うけど、

 あたし……その基本的に男の人が苦手で、

 特にああいう人達は怖くて……身体が勝手に震えてしまうんです。」

「みなまで言わなくても大丈夫だよ本条ちゃん。」


 水希はやんわりと言った。

泪はセシルの告白を聞きながら疑問に思った事を口に出す。


「あら?

 でも星君や竜二さんや悦郎君はどうなの?

 私が見る限りじゃ普通に接してるよう……

 いや一部では普通以上に接してるように見えるけれど。」


 セシルはこほんと咳を一つ入れ、申し訳なさそうに答える。


「えっと……ある程度その人の人となりが分かってくれば、

 普通に接する分には大丈夫なんです。

 おじさまは昔から知っていますし、

 チェスター君は優しい人ですし鷲谷さんもいい人です。

 あ、これは言わないでくださいね、

 実は栗野君はまだあんまり慣れてないんです。」

「憐れ海斗君。

 思ったよりお兄ちゃんや悦郎君の評価が高い事実に私は驚きを隠せません。」


 セシルが普段の様子に戻ったことを確認し、

四人は当初の予定通り映画館へ足を向けたのだった。

今度から集合場所はこんな人通りの多く、

ろくでもない連中が闊歩するところではない、

もっと静かな場所にしよう、四人の心は初めて一つになったのだった。

先頭を歩く泪はくるりとセシルへ向き直りこう言った。


「ねえ、本条さん。

 今から貴女の事”セシル”って呼んでいいかしら?」

「は、はい!

 もちろんです、真野さん!」

「ちょっと待ってセシル、貴女も私のことは”泪”と呼んでくれない?

 正直、さんづけされるとこそばゆいのよ。」

「えっと……る、泪、ちゃん!」


 がくっと身体を崩す泪だった。

そんな様子を見て恵玲奈と水希はクスクスと笑わずにはいられなかった。

ところで今日見る映画は何にするのと、

恵玲奈はバッグに忍ばせていた映画雑誌を取り出して確認する。

SF映画、アクション映画、恋愛映画、どれも今の気分じゃない。

強いてあげればドタバタコメディが良い感じだろうか。


「見る映画は映画館で決める、それが今回のルールなのはいいけれど。

 ……妙な映画しかなかったらどうするのよ。」

「確かにそれは言えるねぇー。」


 泪と水希は恵玲奈から雑紙を見せて貰いながら口を揃える。

恵玲奈は楽しそうに答えた。

その恵玲奈の雰囲気と口調に、セシルは彼女の兄の姿を見いだしていた。

やっぱり兄妹なんだな、と思うと口元が緩む。


「そん時はそん時で、面白そうなのを皆で考えようよ。

 いいじゃん、どんな映画でも四人で見れば何かしら突っ込みどころあるって。」

「……何だか恵玲奈ちゃんの言動がますますチェスター君みたい。」

「え……何か嫌だそれ。」


********


「ぶえっくしょいっ!」

「おや、豪快なくしゃみだね。」

「誰だ俺の噂をしてんのは。

 まぁ、大方恵玲奈あたりが悪口言ってんだろうけど。」


 星一朗は店内に響き渡る程のくしゃみを繰り出していた。

竜二はティッシュ箱を星一朗の近くに寄せる。

星一朗の隣に座っていたスーツの男は、ふふふと笑う。


「……兄妹仲がいいのは良いことだぜ?

 悪口言ってもらえるだけ良いと思えって星一朗。」

「なんなんだいアンタ、まるで俺の兄貴分みたいな事を…言って……。」


 星一朗ははっとなってスーツの男を見た。

いつの間にか男はニット帽を取って素顔を晒している。

その顔は星一朗と竜二にとってかつて毎日のように見ていた顔だった。

最後にあったのは今年の夏、三夏祭の自作映画撮影の時以来。


「おおおおおおおっ!

 達也さんじゃないっすか! どうしたんすか!」

「お、落ち着け星一朗。

 俺を揺さぶるんじゃねぇ……。」

「久しぶりだねぇ、夏の映画の撮影以来かな。

 おっと、注文はブレンドだったね、すぐに出すから。」


 男の名は”白鷺達也しらさぎ・たつや”、

かつて【箱庭】に通うように訪れていた常連客だった男である。

ゲーマー的に言えば、星一朗の直接の師匠であり、

星一朗が尊敬する男達のウチの一人である。

アーケードゲームの腕前は、この近辺のゲーマーの間では有名であり、

【バトラータツヤ】という恥ずかしい二つ名を持っていた。

ゲームセンターでの日課を終えた後は、

決まって【箱庭】へ行きブレンドコーヒーを飲みながら、

竜二とゲーム談義をしていたという。

当時義務教育中だった星一朗は、

二人の話を目をキラキラと輝かせて聞いていたのだった。


 星一朗は久々の兄貴分の帰還でテンションが上がっていた。

ゲームの対戦で一度も勝てたことがない相手だが、

悔しさよりも尊敬が勝っている相手だった。

一挙手一投足、全てが勉強になる。

また達也の華麗なゲームパッド捌きが見れる、それだけで星一朗は嬉しかった。


「珍しく休暇すか?

 空いてるならまた下でゲームやりましょうよ!」

「だったら何倍もいいが、

 ま、仕事でこっちに来る用があったからな久々に顔を出しただけさ。」

「ちぇー、でもまあ仕方ないっすよね。」

「ちょっと前の達也君には考えられない状態だろうなぁ、はい、いつものブレンドコーヒー。 新しい豆を用意していたんだけど、こっちでいいんだよね?」

「流石、竜二さんだ。 前のが飲みたかったんだ。」


 達也はミルクだけ入れスプーンで数回混ぜた後、

すっとコーヒーカップに口をつける。

香りを楽しみながら同時に舌で味わう。

飲み慣れた喫茶店のコーヒーほど落ち着けるものはない、

達也の顔はそう語っていた。


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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