第四十話 ブレークタイム
星一朗とセシルは森奥の洞窟から外に出たと、
クエストを受領した村まで無事戻ってきていた。
途中、魔物との遭遇戦はやはり発生せず、
暗がりの中を少々びくびくしながらも散歩してきた格好である。
取り敢えず依頼主の村長へ事の成り行きを説明し、
対象魔物である【サイレス】を何とか倒したと報告した。
村長は感謝の言葉を二人に掛け、
お礼の品とばかりに村で採れた上物の薬草を数束渡してくれた。
これがクエストクリアの証となった。
村に一軒しかない宿屋の客室にて、
星一朗とセシルは備え付けのテーブルに向かい合って座り、
今回の体感ゲームに関する”重要な事”について話し合っていた。
暗闇が一日中、空を覆い尽くしているというのは何とも気味が悪いな、
星一朗は開口一番そうもらした。
「クエストクリアしたのは良し、
だがそこからどうすればいいか分からん。
なんだこの状況、
もしかしてオープンワールドのフリーシナリオ制だったのか?」
「体感ゲームでオープンワールドやフリーシナリオはマズイんじゃ……。
流石にそれは無いと信じたいです。」
「う……そ、そうっすね。
俺はクエストが終わったら何か連絡があるかと思ったんだけど、
なーんもねぇなぁ、何か聞いてない?」
「いえ、あたしは何も。」
「一休みしたら動こうか、
ここでじっとしていてもラチが明かんし。」
「そうですね、次は反対側……北方面を目指してみましょうか。
どうも北にも街があるみたいで、
そこでなら動きがあるかもしれません。」
「へぇ、そんなところにねぇ。」
そう言ってセシルは荷物袋から地図を取り出してテーブルの上に広げる。
全くいつの間に手に入れていたのやら、と星一朗は少々呆れながらも感心した。
セシルは地図上を指さしながら、状況を確認しつつ星一朗を見つめている。
「ここが今あたし達がいる村です。
地図の縮尺から歩いて数時間、
魔物と出会わなければもっと早く着くことでしょう。」
「村から出て街道を進んだら、しばらくは草原地帯か。」
「少し準備をしてからのほうが良いかもしれませんね。
防寒対策をしておかないと、この装備じゃ凍えてしまうかも。」
「幸いお金はあるからなぁ。
準備金にほとんど手をつけなくてよかったぜ、
備えあれば憂いなし俺の貧乏性がうなる。
まあ……呪文が使えるって分かったから
最低限の装備で済んだわけだしなぁ。」
星一朗とセシルは準備金として渡されていた5000Gのうち、
4000G程度は手をつけずにいた。
村には【鋼の剣】や【身かわしの服】といった値段相応の品も売っていたが、
戦闘に慣れているワケのない二人が扱える代物には見えなかった。
そう判断した2人は、扱いやすそうな初級武器や防具で回復薬多めで対応した。
結果論として、何とかなったわけだが、
ゲームで無ければ当に棺桶の中だったことだろう。
「武器は買わなくてもいいだろうな、こいつらパクってきたし。」
「今考えると、
その槍も誰かの遺品だったのかもしれませんね。」
星一朗は洞窟から持ち帰ってきていたリンクスの槍や銀製のレイピアを指さした。
これらは洞窟の奥で無造作に地面に転がっていた代物である。
槍はリンクスが使っていたものだが。
リンクスの正体は変化術を使用した【サイレス】という名の魔物だった。
身に付けていたものはかつて討伐に向かった兵士や冒険者達のものだったのだろう。
いくつか青銅製の鎧や重厚な鋼の盾なんかもあったようだが、
あまりに重くて装備出来なかったようで、それらはそのままにしてきたのだった。
「じゃあ装備品はあたしが見繕って買ってきますから、
チェスター君は消耗品の買い出しをお願いします。」
「ほいきた。
ゲーマーとして必要な量だけ手に入れてくるぜ!」
「ふふ、ゲーマーは関係ないと思いますよ?」
********
限られた人間のみ入室が許されたセキュリティレベル最高の部屋で、
デスク上に置かれた大型ディスプレイを見ながら、ほくそ笑む2人の男性がいる。
1人は楽しそうにうんうんと頷きながらモニターの内容を見ていた。
身に付けている衣服からも
彼が上流階級に属している人間だということは明白だった。
派手ではないが質の良いスーツ、
さり気なく精巧な細工が入ったネクタイピン、
シックながらもまるで彼専用に誂えた革靴。
全てが彼の存在を際立たせる。
もう1人は、
渇いた愛想笑いをしながら冬だというのに冷や汗をたっぷりとかいていた。
終始そわそわして落ち着きがない。
真っ黒なダッフルコートに厚手の焦茶系の綿パン、
そして彼の趣味では無さそうな茶系のチャッカ・ブーツを身に付けていた。
着の身着のままここに来たようで、
髪は外の風にあおられてボサボサになっていた。
「……流石だね。
伊達や酔狂で戦場を掛けてきた者ではないということかな。」
「僕はただツールを実行したまでですよ。
それに貴方の手引きがあってのこと、
それにしても相変わらず”意地悪”ですね。」
「リスクマネジメントの一環だと思ってくれたまえ。
いついかなる時、何が起こっても冷静に対処し、
その危機から脱する事が出来るようにね。」
「確かにそれは大事な事だとは思うんですけど……。」
「ふむ。」
何か言いたそうな愛想笑いの男を見て、
上流階級の男は表情を変えずに続ける。
「不服かい?」
「いえ、滅相もありませんよ。
ただ後が怖いなぁと。」
「なに、後で私が怒られるだけだから心配する必要は無いさ、はっはっはっ!」
「……そろそろ彼等も目的地へ辿りつきそうですね。
さて僕も準備してきます、冒険劇の幕を落とす役は譲れませんから。」
「そうしてやってくれたまえ。
私はノラリクラリとしながら、
部下達の頑張っている姿を見守ることにするよ。」
「ほんとイイ性格してますよ。」
そう言い残して、愛想笑いの男は部屋から出ていった。
上流階級の男はディスプレイを見つめたまま、
無意識に近い状態で小さな声で呟いたのだった。
「……彼に跡を継いでもらうのも、悪くないかな。」
********
雪が降りしきる中、
草原地帯を徒歩で突破するとは2人とも予想すらしていなかった。
草原地帯を吹き抜ける風、
その歩みを邪魔するように街道一帯に降り積もった雪。
骨の芯まで伝わってくる寒さだったが、
村でセシルが用意してきた【毛皮のマント】と【毛皮のフード】に助けられていた。
雪道の行軍にはコツがあるんです、とセシルは語り自分から先頭を歩いていた。
星一朗はセシルの歩いた後をなぞるように歩いた。
雪道を歩く機会なんて年中通してもほぼ無きに等しい星一朗だったが、
セシルの言うとおりにしていたら思ったより疲れは無かった。
「魔物一匹どころか、俺達以外の生き物も見ないなぁ。」
「……なんか凄く寂しい。」
「それはそうと、随分雪道に慣れてるね。
やっぱ実家の方って。」
「ええ、冬は凄く雪が降るんです。
だからこの程度の雪道は慣れっこなんです……!」
話ながら歩いていたからか、
前を歩いていたセシルは足を滑らせ後ろに倒れそうになる。
星一朗は咄嗟の判断でセシルの倒れそうな場所へ滑り込んだ。
少々、凍っていたのだろうか滑りも上々だった。
タイミングはばっちり、星一朗の腹部にセシルの臀部が直撃する。
ある程度衝撃と重量によるダメージを覚悟していた星一朗だったが、
そのダメージはほぼゼロに等しいものだった。
「きゃっ!」
「おっと!
雪道は慣れていても油断はしたらいけないって事だな。」
星一朗の上に乗っかる感じで何とか事なきを得たセシルは、
顔を紅潮させながら立ち上がり小さい声でありがとうございます、
と言って自分をかばってくれた星一朗に手を差し伸べる。
セシルの手を借り、星一朗は立ち上がると目的地の北の山方面を見やる。
遠目で見る限り、街のあるところ上空には厚く黒い雪雲が浮かんでいる。
吹雪いていそうな気配があった。
「吹雪く前に何とか街に着きたいですね、
行きましょうチェスター君。」
「ああ、足下に気をつけてね。」
「もう、いじわるっ!」
********
約二時間後、星一朗とセシルは猛吹雪の中、
体力を奪われフラフラになりながら何とか北の山の麓の街に辿り着いていた。
天候は大荒れ、視界は数メートル先が見えるので精一杯。
見る見るうちに足元の積雪は高くなり、
一歩一歩が時間が経つにつれて重くなっていった。
業を煮やした星一朗は一度、【ライデイン】で雪を溶かした事があった。
効果は雀の涙、数十メートルの雪を溶かすことには成功したが、
ただそれだけの話である。
同じようにセシルも【ギラ】を唱え雪を溶かそうとしたが、
結果は見えていたので一度だけで止めたのだった。
「……人の気配ないなぁ、とにかく風雪がないところへ入ろう。」
「あの看板は酒場でしょうか、行ってみましょう。」
街のメインストリートには人の姿はなく、轟々と荒れ狂う風雪のみ。
2人はメインストリートの入口付近に
店を構えていた酒場を見つけ小走りに向かった。
店名は”潮風亭”となっている。
店名を見て思わず突っ込みを入れてしまう星一朗、
そんな様子をセシルは見つけ何をしているのと星一朗の腕を掴む。
「山の麓で潮風とはこれいかに。」
「チェスター君!
何やってるんですか! 早く中に入りましょう!」
「きっと海の幸を提供しているんですよ!
ほら、早く!」
「ああ、セシルさんが手厳しい~。」
酒場”潮風亭”の中へ入ると客の姿は一切無く、
カウンターにサングラスを掛けた
胡散臭い雰囲気を醸し出している男がいるだけだった。
姿格好からこの店のマスターと思われる。
グラスを白い布巾で磨いていた。
マスターと思われる男は、2人が店内に入ってから
ずっと視線を逸らさずに見つめている。
セシルはその視線が嫌だったのか、
星一朗の後ろに隠れ視線から避けるように立った。
星一朗はとって食べられりゃしないよと言って男に近づいた。
「……いらっしゃいと言いたいところだが、
この店はお子様が来ていいところじゃない。とっとと帰んな。」
「ごもっともで。」
そう言いながら星一朗はカウンター席に腰を降ろし、
セシルも星一朗の隣に腰を降ろす。
マスターと思われる男は不機嫌そうにグラスを拭き終わった布巾を放り投げ、
棚から適当なカップを二つ取り出して
湯気が立ち昇るポットから黒い液体を注いだ。
そしてカウンター席に座る2人の前にコトッと置く。
「……そいつを飲んだら出ていきな。」
「暖かい物が飲みたかったんで、有り難く頂きますよっと。」
「ちょっとチェスター君!」
セシルの静止なんてなんのその、
星一朗は目の前に置かれた黒い液体の入ったカップを手に取り、
くんくんと鼻で匂いを嗅いだ後流れるように口へ持っていった。
ごくごく、喉を鳴らして冷え切った胃に放り込む。
そういった飲み物ではない、
星一朗がそれに気づいたのは飲み干した後だった。
「何だか随分久しぶりに飲んだ気がする。
セシルも飲んでみなよ、暖かくてほっとして美味しいぜ?」
「え、えぇーっ?
あ、あたしは……い、いいですよ。」
「何言ってんの、これは俺達がよく知っているヤツだよ。
少し色が濃いけど、間違いなくアレだよ。」
セシルは星一朗が熱心に勧めるので、
仕方なくカップに口をつけ少しだけ黒い液体を含む。
口の中で広がるほろ苦さ、
しかしその中でもしっかりと
芳ばしい香りを維持するのは上質な豆を使っている証拠。
砂糖やミルクを入れなくとも
豆本来の甘さとクリーミーさを感じることが出来た。
つまりはコーヒーなのだが、
2人はこの味をどこかで飲んだことがあるような気がしていた。
「……美味しかったです、ご馳走様でした。」
「なんだ、全部飲んじゃったじゃんか。
……っと暖かいの飲んで安心したら急に眠気が
……あーやべぇ、上の瞼と下の瞼がなんちゃらかんちゃら。」
星一朗はぐらぐらと船を漕ぎ始めた。
辛うじてまだ眠ってはいないようだが、どうにも怪しい様相だ。
セシルも星一朗同様に異様な眠気と戦っていた。
「しっかり……してください、こんなところで寝ちゃダメです……。」
「……疲れが溜っていたのだろう、
無理をせず身体が欲する欲求に身を任せたらどうだ?」
「な……テメ……盛りや……がったな!」
「…あ、あたし……もう……ダメ……。」
2人は強烈な眠気に負け、カウンター席から転げ落ちた。
落下の衝撃でも目を覚ます気配はない。
どうやらかなり強い睡眠薬を盛られてたようである。
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




