第三十九話 セオリー・パート1
今回は三十九話のパート1になります。
即席勇者、或いは暫定勇者・星一朗率いるパーティーは
洞窟の最奥と思われる巨大な空間へ辿り着いていた。
セシルが行使する【レミーラ】の光が無ければ、
一歩踏み出すにも躊躇する程の暗がりが広がっている。
洞窟内を流れる気流のせいだろうか、
時折、重低音のうなり声のような不気味な音が響き渡っている。
当初洞窟内の魔物達が発声しているものだろうと思われていたが、
旅慣れているリンクスが風のせいだろうと語った。
別の洞窟でも似たような経験をしたとの事で、
2人は素直にリンクスの話を聞いて感嘆の声を挙げたのだった。
「ここが一番奥……のわりには、魔物一匹いやしねぇなぁ。」
星一朗は空間の入り口に立つと落胆の声をあげた。
実のところ、数十分前に戦った【バブルスライム】以降、
魔物と遭遇する事無く安全にここまで来れていた。
冒険の緊張感を期待していた星一朗にしてみれば残念無念の展開である。
取り敢えず最奥まで来たのだ、と星一朗達は空間の中へ足を踏み入れる。
最初は一歩ずつ足下を確認しながらだったが、
思った以上に歩きやすい足場だった。
それに【レミーラ】の灯りは煌々と周囲を照らし、
怪しい影が無いことを3人に伝えていた。
ふと星一朗の後ろにぴったりと
ついて歩いていたセシルが声を掛ける。
ただし、彼にしか聞こえない程度の大きさで。
「チェスター君、気づいています?」
「……まあね、ゲーマーなら気づかざるを得ない。」
「ですよねぇ……。」
歩みを止めようとしたセシルを星一朗は促し、
歩きながら話そうと声を出さずに伝えた。
すると星一朗はくるりとリンクスの方を向き、
ここで良い提案があるんだと言った。
「周囲に魔物の気配はない、そこで提案なんだけどさ、
二手に分かれて探索しないか?
見たところそこそこの広さがあるようだし
二手に分かれた方が効率も良いだろう。」
「そうですね、仰るとおりです。
こちらにも松明があるので大丈夫ですし。」
そう言って、
リンクスは自信の荷物袋から松明を取り出し、手際よく火をつける。
流石に光源が二つあると随分と明るい、
この最奥の空間がどの程度なのか把握するには十分だった。
「準備いいな、さすが旅慣れしてるだけある!
俺はセシルと一緒に動く、
リンクス君には悪いが君は一人で構わないだろうか?」
「ええ、的確な判断だと思います。
何か見つけたら大声でお二人を呼びますね。」
「お願いする。」
「リンクスさんお気をつけて。」
リンクスは二人にぺこりと一礼した後、
星一朗達とは正反対の方へ歩き出した。
セシルは星一朗を見ながら思っていた、
こういう時の行動力と決断力は真似できないなと。
リンクスの姿が遠くになったのを確認した2人は先程の続きを始めた。
もちろんゆっくりと歩を進めながら。
「最奥に件の魔物はいないのも一つだけど、
一番の疑問は”ダメージ”についてだよね?」
星一朗はセシルの考えをまるで見透かしたかのように言った。
セシルは驚きの表情を浮かべながらこくりと小さく首を縦に振る。
「体感ゲームに参加してから今まで、
あたし達はダメージらしいダメージを一回も受けていません。
エネミーとの遭遇回数が少ないし、
現時点で明確な答えは出せないけど、
それでも一度もないというのはゲームとして考えるとかなり変です。」
「だなぁ、【スライム】戦はともかくとしても
【バブルスライム】戦は覚悟していたのに。
運が良かったという事にしても、
結構天文学的な確率になるんじゃないの?」
星一朗は肩を竦める。
「……でもリンクスさんは一回だけですが、
ダメージ受けているんですよね。」
「【バブルスライム】戦でだろ?」
「痛みはあるんだろうか。
というか体感ゲームだからもちろん覚悟するけど、痛いのは嫌だよなぁ。」
「怪我したくないですもん。」
沈黙。
2人は視線を下に移して何かを探す素振りをする。
「次にリンクス君だ。 彼は一体何者だ?」
「ゲームのセオリーとして考えるならば、やはり……。」
「状況が状況だからなぁ……ったく君のお父上は余興が大好きなようで。」
「ごめんなさい……あとでお母様にお説教してもらいます。」
愛想笑いを浮かべながら星一朗は何か無いかと周囲を探していた。
結論として何も無かったが、何も無いことが星一朗を余計に不安にさせた。
依頼を内容からここが目的地であることは間違いない、
まさかとは思うが洞窟を間違えたのだろうか。
星一朗の不安とは別にセシルも不安に思っていることがあった。
どうして洞窟の最奥なのに、
まるで何かで踏みならしたように歩きやすくなっているのだと。
セシルはしゃがみ込み地面に手を当てて感触を確かめていた。
2人はこれまでの疑問点を話し合っていると、
遠くからリンクスの声が聞こえてきた。
そう言えば何かあったら呼ぶと言っていた、
と星一朗は思い出しセシルを連れてリンクスの元へ向かったのだった。
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星一朗とセシルはリンクスの元へ向かった。
リンクスはその場で立ち尽くし何とも言えない表情を浮かべ2人を待っていた。
たまらず星一朗がリンクスに声を掛ける。
「どうした!?」
「見てください、これは
……犠牲者の骨、でしょうか。」
リンクスが指さしたその先に数人分と思われる人骨が散乱していた。
正確な人数までは判らないが、村で聞いた魔物の情報が合致する。
即ち魔物は人を食らう危険極まりないという情報が。
3人は何か手掛かりがないか骨の周囲を調べることにした。
ボロボロになった衣類、彼等が持っていたと思われる所持品が
砂と土に塗れて転がっている。
比較的新しいモノも見受けられることからも、
ここが対象となる魔物の住処で間違いないようだ。
所詮は捕食対象、慈悲などないかと
星一朗は沈痛な面持ちで死者を見つめていた。
「チェスター君!
リンクスさん! こちらへ!」
突然、セシルが声を発する。
今まで星一朗の後ろにくっついていたはずなのに、
いつの間にか少し離れたところで腰を下ろし何かを指さしていた。
セシルは2人が来た事を確認した後、地面から大きな物体を取り出した。
それは直径40センチ程度の鏡で、
緑色の縁に複雑な文様が刻まれた形状をしていた。
鏡本体は砂埃で汚れきっており、
鏡としての本分を全うできそうにはなかった。
「鏡か。」
「姿見にしては、ちょっと小さいですね。
青銅鏡でもないですよね、うーん儀式用か何かでしょうか。」
「誰かの遺留品でしょう。」
星一朗は丁度荷物袋の中にお誂え向きの布きれがあったことを思い出し、
取り出すとそれを片手に鏡面を磨きだした。
息を吹きかけ少し湿らせてから拭うと思ったよりも汚れは落ちた。
これなら頑張れば元の姿を取り戻すことが出来そうだ、
そう判断した星一朗は引き続き鏡面を磨き続けた。
「チェスター君、それって村でもらった周辺地図ですよね?」
「もう必要ないじゃん。」
「もぅ……。」
セシルの突っ込みを余所に星一朗は必死に鏡を磨く。
リンクスはその様子をただじっと見つめていた。
地図もとい布きれで鏡を磨きながら星一朗は口を開く、
何か思いついたようだ。
「そう鏡と言えば凄く有名な魔法の鏡の話があったよな。
その鏡面は虚像ではなく真実を映し出す神秘の力を持った鏡。
ある時は呪いによって動物に姿を変えられた亡国の王女を元に戻した。」
「ありますね、有名な鏡が。
ある時は、異世界の家出少女の姿を実体化させたりしましたよね。」
「……へぇそんな凄い鏡があるんですね。」
「うん、名前は【ラーの鏡】と言ってねぇ、
基本的には変化の術や変化呪文で
姿を変えたモノの正体を暴くのに使うんだが……。」
そう言いながら丁度磨き終えた鏡をリンクスへ向ける。
細かいところはまだくすんで鏡としての役割を果たせそうにないが、
中央部分だけは無事以前の姿を取り戻すことに成功していた。
鏡は驚いた表情を見せたリンクスを映す。
『ぐあああああああっ!!!!』
鏡に映った瞬間だった。
リンクスは苦痛の叫び声を挙げると、
身体から白い靄のようなものを発声させた。
星一朗とセシルは何か思いついたことがあったのだろう、
警戒を強め臨戦態勢を取る。
そう2人は知っていたのだ【ラーの鏡】の性質と性能を。
シリーズにおいての役割は、別の姿に変じた者達を正しい姿に戻すことである。
一部例外もあるが、【ラーの鏡】を見て苦しむような態度を取る場合、
大抵その正体は魔物と相場は決まっているのだ。
予想は的中、白い靄が無くなったかと思うと
リンクスの身体はいつの間にか醜い魔物の姿へ変じていた。
否、変じたのではない元の姿に戻っていた。
『調子の良い間抜けな2人組、
油断しきったところで襲うつもりだったが……いつ気づいた?』
リンクスだったモノ、
現魔物は星一朗とセシルを睨みつけながら忌々しそうに言った。
「ノッケからに決まってんだろう、
ま、お前さんが魔物だと確信したのは電撃呪文取得の時だがな。」
『魔王様よりのご指示で
”勇者”になる可能性を持った人間を探していた事が仇となったわけか。』
「あんなところで話しかけてくる人間を信用しろ、というほうが無茶です。
ましてやあたし達の目的まで知っているなんて……疑って当然です。」
『俺様はまんまと利用されていたわけか?
ふははははっ!
骨のある人間達のようだな、喰えばその辺りの雑魚共とは味も違いそうだな!』
「易々とそんなヘマはしねぇよ、鳥野郎。」
『その自信はどこからやってくるのかな。くふふ。」
「さぁてね。」
『……ふふふ。』
魔物は低い声で言い放った。
こいつが討伐対象の魔物だと、星一朗とセシルは断定した。
ゲームで見た事のあるその姿や色合いから、
目の前の魔物は【サイレス】だろうと判断できた。
鷲と獅子を合せたような、まるでグリフィンのような外見で、
空を舞い三ツ目を持つ異形の魔物である。
タイトルによっては魔王と列せされる程のチカラを持っている場合もある。
「お前、【サイレス】だよな?
よーく知ってるぜ?
得意な攻撃は魔封呪文と
強制移動呪文だろ?
あとその大きなツメで切り裂いてくるのかな?」
『!!!!』
明らかに【サイレス】は動揺の色を見せた。
無理もない話だろう。
一度も見せたこともないはずなのに、
攻撃方法や呪文の種類を当てられたのだから。
ちなみに魔封呪文は、
指定の相手の呪文発動を封じる補助呪文の一種である。
タイトルによっては戦闘終了まで呪文が使えなくなる為、
魔法使い系にとっては凶悪な呪文である。
強制移動呪文は、
指定の相手を戦闘区域から強制的に離脱させる
ある意味で攻撃呪文の一種である。
メタフィクション的な話をすれば、
呪文によって仲間の1人が指定の場所まで移動させられる為、
合流して再度同じ所まで戻ってくる行程が発生するわけである。
その手間とプレイ時間を考えると非常に面倒くさい呪文と言わざるを得ない。
【ドラゴンクエスト3】では猛威をふるい某魔王も使用してくる呪文で、
万が一利いてしまうと少ない人数で戦う羽目になるのである。
『小賢しい人間共め!
どこでその情報を掴んだか知らんが、
そのハラワタを喰ってしまえばそれまでよぉぉぉっ!』
三ツ目の魔物【サイレス】はそう叫びながら、
両手の鋭い爪を煌めかせ星一朗に襲いかかってきた。
直線的な攻撃だった事が幸いした、
星一朗は寸でのタイミングで地面を転がり回避に成功した。
セシルはどうやらずっと狙っていた様子、
サイレスの爪が空を切り裂いた瞬間、
狙い澄ました彼女の【ギラ】数発が炸裂する。
『ぐあああああっ! ちょこざいなっ!』
「く、威力が……!」
ギラの炎程度では大したダメージを与えられ無かったが、
【サイレス】の注意をほぼ無防備に近い星一朗から外すには十分だった。
憤った【サイレス】はセシルにヘイトを移し
その自身の身長よりも大きな二枚の翼で飛翔する。
星一朗はすぐに起き上がると、
手近に転がっていた拳大の石を【サイレス】に向かって投げつける。
コントロールのせいか、はたまた投げている岩の形状のせいか、
とにかく星一朗の投げた石は一つも命中しなかった。
星一朗は舌打ちをした後、大声で叫んだのだった。
「ばーか、お前の相手はこの俺だっての!
黒焦げの焼き鳥にしてやるから掛って来やがれ!」
『いいだろう、まずお前から始末してやる!』
星一朗の安い挑発に乗った【サイレス】は猛然と星一朗目がけ、
その巨大な翼を再び羽ばたかせ飛ぶ。
だがしかし、先程同様に単調な攻撃など
見慣れてしまえば回避は造作も無い。
【サイレス】も自慢の鋭い爪で星一朗を仕留めようと攻撃を繰り出しているが、
一向に当たる気配は無かった。
怒りで周囲の状況が見えなくなっていた【サイレス】は、
死角からセシルの【ブロンズナイフ】と呪文による
連続攻撃の直撃を受けてしまい膝をついてしまっていた。
星一朗の目がキラリと光る。
「チェスター君! 今です!」
「へへへ、待っていたぜこの時をな!
一発だけしか撃てないってのは分かってたからな、
温存してて正解だったぜ!」
『がはっ……ま、まさか、あの呪文を使うつもりか!』
「絶好の機会、これを逃すヤツはゲームセンスゼロだぜ?」
そう言い放つと星一朗は右手を天に掲げ、
むむむと言うように眉間にシワを寄せる。
絵的には精神集中をしていると見せたかったのだろうか。
呪文発動のシステム上、全く必要の無い動作なのだが、
今だけは勇者に成りきっている星一朗には無用の突っ込みと言えようか。
「くらいな!
電撃呪文!」
星一朗の言葉と同時に右手の人差し指を【サイレス】へ向けた。
洞窟内なのにも関わらず、
紫色の雷撃が生き物のように蠢きながら【サイレス】へ落雷する。
雷撃は【サイレス】の身体を焼きながら走り抜け、
絶命するまでその動きを止めることは無かった。
あまりにも強力な呪文だった事に
星一朗とセシルは驚きの表情を隠せなかった。
文字通り黒焦げとなり、
既に動かぬ骸の成り果てた【サイレス】はしばらくすると
他の魔物達同様に白い光に包まれ霧のようになって消え失せた。
「クエストクリアかな、これで。」
「……ファンファーレやクリアを知らせる通知が無いと
ゲームという感じがしませんね。」
「とにかくこの洞窟から出よう、
こう湿っぽいところにはずっと居たくないしな。」
パート2へ続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




