第三十一話 報いを受ける僕達
肩まで伸ばしたセミロングの髪がふわりと揺れる。
クールな表情が似合う女性は、
今日はスカートは止めて動きやすい
七分丈のジーンズにローヒールのパンプスで正解ねと思っていた。
トップスは好きなんだろうか、
フリルをあしらったブラウスを着込んでいた。
目的の場所に近づいたのだろう、
彼女の歩く速度が早くなり駆け足に近くなる。
メインストリートから路地に入り、
指定された店までデザイン学校の女生徒は狭い通りを駆けていた。
冬の入口とは言え、これだけ身体を動かせば汗ばんでくるのは必至。
女生徒は店に着いたら
冷たいお水を出して貰えるのでしょうねと思っていた。
恐らく自分が最後の参加者だろう、走りながら携帯端末の時計を見る。
指定された時間から一時間は過ぎてしまっている。
女生徒こと、真野泪は店の前に辿り着くと一旦足を止め、
深呼吸を何回か行い荒くなっていた息を整える。
心臓の鼓動はまだ少し激しいが、
普通に振る舞う分には問題は無さそうだ、
そう判断し泪は【箱庭】のドアを開け中に入ったのだった。
「こんにちわ~って……恵玲奈に本条さん何をしているのかしら?」
遅ばせながら【箱庭】に到着した泪は、
店に入って開口一番、挨拶と同時に呆れ口調になった。
珍しく集まりがあるから泪も来て、と
恵玲奈からメールを貰って急いで何事かと思い来てみれば
彼女の目の前に広がっていた光景は、
それは溜息の一つ出ても全くおかしくないものだった。
泪を呼んだ当人の恵玲奈は、
星一朗か竜二が置いていった携帯ゲーム機で、
セシルと一緒に何かのソフトで遊んでいた。
ちょこちょこ漏れ聞こえるBGMや音声から、
パズルゲームの類だろうと察しはついた。
そしてその2人の隣でにこやかな笑顔を浮かべている
見知らぬ女性に目が留まる。
見知らぬ女性も泪に気がついたのか、
椅子から立ち上がりゆっくりと近づいてくる。
淡い緑色のもこもこしているセーターに
淡い黄色のロングスカートが似合っていた。
やや茶色がかった長い髪も服の色合いにマッチしている。
淡い色調で統一している事もあり、一見派手には見えないが、
季節柄黒や白あるいは灰色の服を着ている人が
多くなる街中では目立つだろう。
泪は見知らぬ女性を見ながらデザイン学校の在校生らしい感想をもっていた。
「はじめましてー、ウチは緋河水希と言います。
エレなんや本条ちゃんのバイト友達です。」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。
私、星君と恵玲奈のイトコで真野泪と申します。」
お互いに形式ばった挨拶をした後、反射的にペコリとお辞儀をする2人。
お辞儀をしたまま泪は、揃えられていた水希の指にふと視線が移る。
指そのものは華奢で女性らしく、
薄くではあるがピンク系統のマニキュアが塗られてあり、
綺麗に手入れされているのは見受けられる。
だが泪はその奥にちらつく別の色を見逃さなかった。
泪はこつこつと店内を歩きカウンター席へ向かいながら口を開く。
「突然ですが、緋河さん……。」
「なんでしょう?」
きょとんとした表情で泪を見つめる水希。
泪を追いながら水希もカウンター席へ向かう。
「貴女、絵を嗜んでいらっしゃいますよね?
その爪の奥に拭い忘れてしまっている絵の具……
ええ、それもアクリルでしょうか、マゼンダの絵の具が残っています。
第一印象で何か芸術関連に関わりのある人だろうとは思っていましたが。」
「!!!」
驚愕の表情を浮かべ水希は思わず自身の両手の爪を確認する。
確かに泪の言うよう、右手の親指の爪に赤い絵の具が残っていた。
泪は水希の様子を見てふっと笑みを浮かべる。
興が乗ってきたのだろうか、泪のお口は滑らか回る。
泪は肩から掛けていたバッグの中をちらっと見る。
そこには読みかけのミステリー小説があった。
「ええ、真野さん、貴女の言う通りです。
ウチは趣味で絵を描いています。
パソコンでも描きますが基本的に絵の具やコピックを使用しています。
ちゃんと掃除してきたはずなのに、初歩的なところを忘れるなんて
……ウチもまだまだ甘いですね。」
「いいえ、普段からお手入れをされているのは分かります。
ただ、そのマニキュアの色の影響もあるのでしょうし、
こちらへ来られる時少し急いでいたのでは?」
「ふふふ、少し寝坊をしてしまって急いでいたのは間違いないです。
凄いですね真野さん。
まさかたったこれだけの要素でウチの朝の様子を言い当てるなんて。」
「簡単な推理ですよ、私は目の前に用意された要素から、
可能性という名の想像を膨らませただけです。」
どこぞの探偵のような口調でやや演技めいた身振りをして言葉を返す。
水希もそのノリに乗って肩を竦めその通りですと言うように、
まるで真犯人が自信の犯行を告白するように言ったのだった。
恵玲奈とセシルはゲームの手を止め、
泪と水希が織りなす茶番劇を見入っていた。
見入ったと言うよりは、何をしているの?という視線が正しいか。
「ねぇそれ何の真似?」
「まるで探偵みたいですね真野さん。」
「……こほん、誰の真似だっていいでしょう?
それより貴女たち、2人して何をしているのよ。
星君じゃないんだから、
こんなところでゲームなんかしないで欲しいものだわ。
っと……そう言えばオーナーと星君達が見えないけど、
どこに行っているのかしら?」
「あ、えーと……実は。」
そう言いながらセシルは泪に男性陣の現状を説明した。
説明を聞きながら泪の表情がまたもや曇っていく。
最初は彼等なら仕方ないかしらね、
という諦めにも似た様子だったが話を聞いている内に
どんどん不機嫌になっていった。
「……最初は仕方ないと思ったけれど、
これだけだからゲーマーは……
本条さんちょっと星君達を呼びに行きましょう。
彼等だけで籠もってもらっちゃあ話がさっぱり進まないわ。」
「ですね、あたし達もどうしようかって言ってたんですけど、
なかなかタイミングが掴めなくて。
女人禁制だからあたし達が入るとマズイかなーなんて。」
「気にしない気にしない、
女人禁制とか言ってどうせエロゲーだかやってるだけなんだから。」
「あ、あはは、それはちょっと気にすると言いますか。」
********
泪が到着するちょっと前の【コレクションルーム】にて。
男性陣は女性陣がいる前では出来ない話に花を咲かせていた。
これはマナーであると星一朗は言った。
別に目の前で語っても構わないと言い放つ女性もいるだろうが、
これはそういう話ではないのだという。
だが流石に語り疲れたのか各々好きな飲み物を片手に、
黙々と星一朗のゲームプレイをただ見ている状態になっていた。
部屋の巨大ディスプレイ上では、
【ビックバイパー】が襲い来るエネミーをレーザーで
びしびしと打ち落ちしていた。
オプションが2個ついている。
まだ始めたばかりのようで、最初のステージの中盤あたりを飛んでいる。
最初はアクションゲームを中心に遊んでいたようだが、
今は横シューティングの一つ【グラディウス】だった。
「相変わらず下手だな星一朗。
少しは上手くなっているだろう思ったが、何ら変わらないようだな。」
「そういうお前はどうなんだよ!
さっきの【R-TYPE】の惨状を思い出すか?」
「ふっ……そろそろ火山だぞ、気をつけろ。」
「て、てめぇ……うぉっオプションじゃなくてバリアーついてる!
しまった!」
画面上では火山から膨大な数の岩が飛んでいた。
星一朗は機体を操作しながら必死に降ってくる岩を破砕して回避している。
だがどんどん岩の数が増え、速度が増していっていた。
BGMも手伝って焦りがコントローラに伝わっていく。
一瞬のミスが命取り。
レーザーの合間をくぐって一個の岩が機体に命中する。
「ああああああああ……アレはかわせねぇって!」
「機体の位置が悪かったのだろう、
火山の根元あたりでレーザーを打ちっぱなしにしてはどうか?」
「次はそれやってみっか。」
そう言って、ゲーム再開するも武装が初期に戻ってしまっており、
頼みの綱であるオプションは無くなっていた。
軽く絶望感を覚える星一朗。
彼のへなちょこシューターぶりでは突破することは困難だろう。
悦郎は星一朗からコントローラを奪い取ると、
勝手にリセットしてゲームを再開させた。
「オレに任せろ。」
「へ……いいぜ、やってみろよ。
多分俺と同じ結果になるだろうがな!」
竜二と海斗は席を外し部屋の奥にあるジャンクパーツスペースに居た。
ここにあるジャンクはその名の通り、
動作がおかしかったり、外装が破損していたり、
正常動作とは言い難いものばかりだった。
いくつか世代毎にプラスチック製のボックスで分けられてある。
竜二にしてみればこれらも立派なコレクションではあるのだが、
使い道がなく処分する気にもならずで、
どうしたものかと困っていたのだった。
「うわーっ!
これ【光線銃(ファミコン初期のリボルバー型のガン・コントローラ)】
じゃないっすか!
あ……ケーブルが途中で切れてる。」
「そうなんだよ、勿体ないよねぇこれ。
オークションで手に入れたけど一杯食わされたんだ。」
「これは……
【ターボファイルツイン(スーパーファミコンの外部記憶装置みたいなもの)】、
自分子どもの頃欲しくて親に強請った記憶がありますよ。
まあ案の定買ってはもらえなかったんすけど。」
「それセーブデータ保存してもすぐ消えるんだよ
……初期不良だったのかもね。」
「そりゃまた使い道がないっすねぇ……。」
引き続き2人はガサゴソとジャンクパーツが放り込まれたボックスを漁る。
乱雑に扱っているように見えるがそこはゲーマーの2人。
物の価値を鑑みながら丁寧に漁っていた。
ケーブル類も合わせて放り込まれていたようで、
ボックスの下の方には【ゲームボーイ】用の
通信ケーブルや映像出力ケーブルが見えた。
「それにしても女の子達を放っておいたままで良かったのかなぁ。」
「うはは、まあ確かにそうっすね。」
「僕も星一朗君に乗せられてきたけど、
今頃になって少し反省しているよ。」
「自分もっすよ、上に戻ったら何と言われるか。」
「とは言っても、
あの熱い語りを彼女等の前で披露するわけにはいかないよね……。」
「そうっすね……ゲーマーである以前に
男として色々大事な物を失ってしまうところっす。」
この時、【コレクションルーム】の4人は
コツコツと階段を降りてくる二つの存在に気づくわけもなかった。
巨大ディスプレイの前でぎゃあぎゃあと言い合いながら、
シューティングゲームに興じる星一朗と悦郎、
ジャンクパーツスペースで蘊蓄を言いながらパーツを見る竜二と海斗。
そしてその重く厳重な【コレクションルーム】のドアを
開けようとする泪とセシル。
********
男性陣4人は【コレクションルーム】の床に正座させられていた。
鋭い視線が彼等に降り注いでいる。
冬だというのに星一朗は冷や汗をびっしりとかいていた。
首謀者と認識されてしまっているせいか、
誰よりも多くの視線が注がれている。
特に泪と恵玲奈の視線は厳しいものがあった。
共犯者と言うことで、
オーナーである竜二はもちろん悦郎と海斗も星一朗と一緒に正座である。
困りましたねという表情でセシルは見ていたが、
他の女性陣達の目は座っている。
「決して忘れていたわけじゃないぞ!」
星一朗は相対する恵玲奈と泪を見ないようにして言い訳をした。
火に油である。
「嘘おっしゃい。」
「だったらこっち向いて言いなさいよお兄ちゃん!」
「やだ、2人とも目が怖い。」
「な・ん・で・すって?」
正論である。
どうやらこの男、
上の階で閉め出されていた女性陣の事を忘れていたようである。
ゲームに興じて居たこともあろうが、何とも言い訳出来ぬ状態だった。
隣で正座する悦郎は他人事のような顔を浮かべ、
バカなヤツめと思いながら星一朗を見ていた。
だが、その様子を見逃すほど今の女性陣は優しくない。
「リーダー?
アナタも同罪だってことを忘れないでねー?」
「う、うむ? わかっている。」
リーダーこと悦郎は目を泳がせながら答えた。
「ほんと、プロジェクトのリーダーじゃなかったら、
このくらいじゃ済まないんだから。」
「……(うちの遅筆のグラフィッカー殿は手厳しい)」
「何か言ったかな?」
「いや何も。」
何を隠そう今回のゲーム製作プロジェクトにおいて、
水希はグラフィッカーを務めていた。
遅筆のグラフィッカーとは彼女のことである。
彼女は外部からの参加者ということになっており、
悦郎の大学に所属しているわけではない。
悦郎が絵師を求めて、
ネット上で参加者を募っていたのを水希が見つけ応募したのが始まりである。
絵の雰囲気から、悦郎のイメージと合致し
プロジェクト参加の話はトントン拍子に進んだという。
「ゲームのイラストって水希さんだったんですね、
もっと早く言ってくれれば良かったのに。
キャラクターイラストはもちろん背景とかモンスターデザインもですか?」
「もちろんよ、イラスト関連は全般ウチ担当。」
「うむ、助かったぞ緋河さん。」
「ウチ知らなかったんだけど、
本条ちゃんやエレなんも関わっていたなんてねー。」
少しふくれながら水希は悦郎を睨む。
教えてくれなかったのはこの人のせい、と言わんばかりである。
悦郎は視線に気づき明後日の方向を見る。
「私も初めてちゃんと見たけど、みずっち本当に絵上手いよねぇ。
どうやって描いてるの?」
「どうやってって言われても……
そりゃあ普通に下絵を描いて、スキャナーで取り込んで、
ペイントソフトで色塗って。
一枚あたり数時間くらいで完成かなぁ、絵師にもよるだろうけどね。」
「絵心がないあたしにしてみれば、
絵を掛ける人は魔法を使ってるみたいです。」
「今度、【バイオハザード4】の【レオン】描いて!」
「はいはい。」
小一時間に渡る女性陣の説教の後、
星一朗達は正座から解放された。
竜二は久しぶりの正座だったのかしばらく立ち上がれなくなっていた。
その様子を見て爆笑する星一朗だったが、彼の両足はガクガクと笑っていた。
とにもかくにも、予定より随分と遅くなってしまったが、
ゲーム完成報告会はようやく始まったのだった。
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




