表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/90

第三話 貴方に根性はありますか?

第三話 貴方に根性はありますか?


 星一朗は天上のお花畑を遠くから眺めていた。

そこは心地よいクラシカルな音楽がどこからか流れ、

不快指数を一切感じない優しい風が頬を撫でていた。

起きているのに熟睡しているかのような楽な感覚。

体感時間にして数時間はぼーっと見ていたかもしれない、

時の流れを感じない不思議な体験だった、

と意味不明な心理状況になるくらい星一朗は追い詰められていた。

目の前にトイレがあるというのに、用をたしたくて仕方がないというのに、

俺は何故ここでこの人と話を続けているんだ?

と自問を脳内で巡らせていた。


「い、意外だよ本当に。」

「ですよね!

 でも覚えて無かったなんてヒドいです。」

「は、はは……俺、あんま出席してねぇから遭遇率低いじゃん?」

「あたしはたまにチェスター君を見かけてたから、

ばっちり覚えていましたよ。」

「だから俺はチェスターじゃなくて星一朗っつー立派な名前がありましてなと、

話したいのはヤマヤマだが俺には行くところがあるんだ。

いい加減この手を離してはくれないかね。」


 本来の目的にようやく誘導できた星一朗は少しだけほっとしていた。

きっと今の状態から開放してくれるだろうと期待したのだ。

それはそうと何故彼女は俺の渾名を知っていたのだろうか、

この名前はゲーマー仲間達が勝手に呼んでいる内輪ネタの一つなのにと訝しんだ。


「ど、どこに行くのチェスター君!

 あたしを置いていかないでください!」


 ところが彼女は意味不明な返答をし、

星一郎の右腕を掴んだまま離そうとはしない。

むしろ先ほどよりも力が入ってきたようにも思える。

彼女の華奢な細い指がぐぐっと星一朗の右腕に食い込む。

人間危機的状況下においては、普段のそれよりも力が発揮されることがある、

セシルの心理状況はそれに近いものだったようである。


「置いていきますよ!

 連れて行けるわけないだろっ!」

「どうしてっ!?

 あたしなら邪魔にならないよう静かにしていますから、

 あたしを一人にしないでっ!」

「トイレくらい一人で静かに行かせてくれ!

 もうリミットなんだよ! ブレイク寸前なんだよっ!!

 あ……。」


 星一朗の悲痛な叫びは階下でまったりしていた残り二人にも聞こえていた。

竜二は一体何があったんだと驚いた様子で、

恵玲奈に少し上を見てくるよとだけ言い残し、

少々警戒の色を見せながらゆっくりと階段を上がっていった。

実のところ、

トイレに行かせてくれない人に対して星一朗が悲痛の抗議の声をあげただけなのだが、

知らない人間からすれば割と日常から外れた感じがしてしまう不思議。

何となく楽しい気がしないでもない。


 状況を把握したセシルはぱっと掴んでいた手を離し、

少しだけ顔を紅潮させ辛うじて星一朗が聞こえる程度の声でごめんなさい、

とだけ言った。

これでゆっくり用がたせる、星一朗は歓喜した。

この一瞬、最高レベルの安堵感は危機を乗り越え、

汗だくになりながら完走したフルマラソンに等しいかもしれないと星一朗は思った。

もとい比べてはやはり駄目だろうと思い直した。

トイレとマラソンを一緒にしてはどちらにも失礼であると。


「星一朗君は一体誰とお話してるんだい?

 店は閉めてるから誰もいないはずなんだけど……。」


 階段からゆっくり上がってくる竜二を見つけたセシルは、

多少強ばったままだった表情をようやっと緩め、

星一朗と会ったとき以上にほころばせた。

好きな人にやっと会えた、と言うよりは

久しぶりに帰ってきた父親に会った雰囲気とでも言おうか。

セシルから感じられる雰囲気はまさにそれと同義だった。


「おじさま!」

「せ、セシルかい?

 大きくなったなぁ……でも何だってこんな場末の喫茶店に?」

「あぁ、やっと会えた。

 住所だけ聞いてきたのでちゃんと辿り着けるか心配だったんですよ。

 いざお店を見つけて中に入ったら誰もいらっしゃらないじゃないですか。

 もう不安で不安で……。」


 トイレの中で用をたしながら、星一朗はハテナマークを飛ばしていた。

声だけ聞いていると某有名な泥棒がどこぞの城に忍び込み、

囚われの姫君と再会を喜んでいるシーンに思えなくもなかったからだ。

そして突っ込みたかった、

自分から場末の喫茶店って言っちゃだめじゃないかと。


「お母様からおじさま宛てに届け物も預かっていましたので、

 それで伺いました。」

「……姉さんからの届け物ねぇ、あんまり良い予感はしないなぁ。

 そういやセシルはこっちに住んでるみたいだねその様子だと。

 今大学生だよねぇ確か。」

「ええ、今年の春から一人暮らしを始めました。

 実家から通うのは些か時間がかかりすぎますので。」

「……まあ、そうだよね。

 電車で1時間揺れて、乗り継ぎのバスでさらに20分くらいかかるもんねぇ。」

「かなり反対されましたが、

 自立したかった事もありますし何とか説得しました。」

「姉さん手強かっただろうな、義兄さんはそうでもなさそうだけど。」

「ええ、それはもう。」

「大学生ってことは、

 もしかしたら星一朗君や恵玲奈ちゃんとは知り合いなのかな。」

「と言いますと?」

「うちの常連さんでね、あの丘の上の大学生なんだけど。」


 知り合いとは違う、顔を数度見て挨拶した程度だ、

とトイレの中の星一朗は声を大にして言いたかったが、

トイレから声が聞こえてくる図を想像すると思いの外間抜けに見えるのでやめた。

とどのつまり、

セシルの答え方次第で第三視点の星一朗との関係が決まるわけである。

普通に考えればせいぜい顔見知り程度と答えるだろうから

無用の心配と言えるのだが、

言い知れぬ不安が先程から脳裏を巡るの星一朗であった。


「……(不安だな何故か)」


 用を済ませ星一朗は手を洗いながら思っていた。

一方その頃、コレクションルームで待ちぼうけを食らっていた恵玲奈は、

上の様子が気になってきたのか竜二の後を追って上へ向かった。


「お兄ちゃん、竜二さん、いつまで上にいるのー。」

「その声は恵玲奈ちゃん!

 どうして貴女がおじさまのお店の地下から?」

「せ、セシルさん!? それはこっちの台詞ですよ!」


 恵玲奈はセシルを見るやいなや走り寄ると手を握りしめ、

喜びと驚きを同時に表現していた。

セシルも恵玲奈を知っているようで、まさに台詞通りの心境だった。

予想外の展開にトイレから出ようとしていた星一朗は

一旦踏みとどまり様子を見ることにした。


「恵玲奈ちゃんはおじさまの喫茶店の常連さんだったんですね。」

「何と言いますか、常連と言えば常連なんですけど……あはは。」

「うーん、何だか世間って狭いって事を感じさせるシーンだねぇ。

 ところでトイレの星一朗君も、そろそろ出てきたら?」

「気づいていたんすか……。」


 ドアの前で聞き耳を立てていた星一朗を竜二はしっかりと見抜いていた。

少々バツが悪そうな顔をしてトイレから出てきた星一朗はカウンター席に座ると、

恵玲奈とセシルもこっちに来て取り敢えず座れよと偉そうに言い放った。

竜二もカウンターに周り、

取り敢えずオーナーらしく冷水を振る舞うことにした。

余談だがコーヒーは有料である。


「あ、あの、取り敢えずお水頂きます。」


 ここで各々のセシルとの関係を整理してみる。

星一朗とは聞いての通り、顔見知りに毛が生えた程度で

セシルが星一朗の名前を知っていたのが奇跡レベル。

恵玲奈とはバイト先の同僚であり、

携帯のメールアドレスを交換しておりたまに遊びへ行くレベル。

竜二とは叔父姪の関係で、セシルの母親は竜二の年の離れた姉にあたる。

かれこれ10年近く実家に寄りつかないでいる竜二にとって、

セシルとの再会もほぼ10年ぶりになる。

セシルも自分の置かれている状況に合点がいったのか、うんうんと頷いていた。


「恵玲奈とはバイト先の知り合いだったんか。」

「ようやく分かりました。」

「そう俺以外、本条さんとは繋がりがあったという事実がな。」


 二杯目の冷水をくいっと飲み干しながら

星一朗は渾名チェスターをどこで知られたのかと考えていた。

意外とねちっこく気にする男である。

何故一番関係性の薄い俺の、しかも黒歴史化したい渾名を知っているのだ、と。

普通に考えれば誰かに聞いた、誰かが言っているのを偶然聞いた、

あたりで落ち着きそうである。

仮に渾名を聞いたルートを聞いたところでどうするんだというジレンマがあった。


「でもまさか恵玲奈ちゃんのお兄さんがチェスター君だったなんて

 ……凄いです!」

「いや、スゴかねぇよ。

 良くある話だろ、友達の兄が実は学校の同級生ってやつ。」

「違いますよ、あたしが言った凄いの意味は。

 【エレナ】のお兄さんが【チェスター】だってことが凄いんですっ!」

「それは渾名で、俺は星一朗という名だと何度……。」


 星一朗はセシルの目がキラッキラッと輝いた瞬間を見逃さなかった。

この女、ぱっと見では分からないが相当なゲーム好きだと察知した。

普通のお嬢さんの口からエレナのお兄さんがチェスターなんて言葉、

早々出てくるものではない。

流石は竜二さんの姪だな、と何故か納得してしまった星一朗だった。

どうやらこのオーナーの周りにはゲーマーが自然と集まってくるらしい。

これは一種の異能じゃないのかとさえ思っていた。


「お互いの関係性が分かったところで、

 セシルは姉さんから何を預かってきたんだい?」

「ええ、それなんですが……っと大事に扱うようにと言われていて、

 えっとこちらです。」


 大事そうにシルク製の包み布でくるまれたノートが一冊、

緩衝材にくるまれたロムカセットが一本、

セシルは丁寧にカウンターの上に置いた。

恵玲奈は興味津々でそれらを覗き込むとロムカセットを指して星一朗に聞いた。


「お兄ちゃん、うちにもこれ無かったっけ?」

「一時期あったけど、

 だいぶ前に俺が責任を持って中古屋という流通の海へ流したかな。」


 年季の入ったノートとロムカセットを見た瞬間、

竜二の表情は強ばり誰の目にも明らかな程の滝汗が流れていた。

そして恐る恐る震える手でそのノートを取り、

自分にしか見えないようほんの少しだけ開いた。

そして一通りめくった後、バンと勢い良く閉じて誰も手が出せ無い位置、

そう竜二の服の中にしまい込んだ。

よっぽど他人の目にはさらしたくないようだ。


「もしかして若気の至りっすか。」

「……セシル、すまないけど携帯を貸してもらっていいかな。

 姉さんにお礼を言いたいんだけど、僕は生憎と携帯を持っていなくてね。」

「あ、はい、少々お待ちください。取り次ぎますね。」


 セシルが手際よく携帯を己の母親に繋ぎ、

使い方を説明してから叔父の竜二に手渡した。

余談ではあるが、この時、星一朗と恵玲奈は

ノートの中身についてある程度目星がついていたのだった。


「もしもし、姉さん?」


 レア風景、竜二が携帯を持って話している図。


「うん、そう、今セシルの携帯を借りて話してるんだ。

 荷物は確かに受け取ったけど、なんだってあんなものをセシルに?

 ゲームソフトはともかくノートは勘弁してよ……。」


 姉と話す竜二の口調は普段よりやや崩れた家族相手の口調だった。

元々穏やかな口調で話す竜二ではあるが、

姉相手だとどこか”弟”としての顔を見せる。

星一朗や恵玲奈、姪のセシルより幾分も年上である竜二の珍しい姿に

三人はにこやかに微笑んでいた。


「そういえば……。」


 恵玲奈はもののついでという雰囲気で、セシルに実家のことを聞いた。


「セシルさんも竜二さんとご実家は同じなんですか?」

「ええ、北部の田園都市ですよ。

 おじさまはあたしが小学生の頃にこちらへ引っ越されたんです。」

「田園都市じゃあ、竜二さんの趣味を満足させることは出来ないよな。」


 一人うんうんと頷く星一朗。

恵玲奈とセシルは彼を無視して続ける。


「それと生活習慣がこっちと違うので、半年はガッツリ勉強しました。」

「へー、そんなに違うんですか。」

「特に夏場と冬場は全然。」

「そっか、こっち夏場は風吹かなくて湿気も高くなるし、

 冬場は雪とかあまり降らないですもんね。」

「それはともかく、竜二さん宛の荷物について語ろうじゃないか。」


 セシルが持ち込んだそのロムカセット、

その名は【RPGツクール SUPERDANTE】という。

かつてロールプレイングゲーム好き達を虜にした

自分でゲームが作成できるソフトである。

アイテムの設定や魔法の設定はもちろん、

ダンジョンやモンスター、果てはイベントシーンまでアイディアさえあれば、

どんなシナリオのロールプレイングゲームでも作れる

無限の可能性に満ちたソフトなのである。

もちろん出来ることに限りはあるのだが、

工夫次第では想定を越える程の出来も期待出来る。

発売された頃、このソフトで作成した自作ゲームのコンテストが開催され

結構な盛り上がりを見せていた。

ただこのソフトは普通のゲームソフトとは違い、

プレイにあたり数倍の根気と数倍のやる気が必要なのである。


「RPGツクールかぁ、

 いやぁ~頑張って自分のゲームを作ろうと動かす度に思うんだけどねぇ、

 イベントを一個作ってお手上げだよ。

 あ、携帯ありがとうセシル。」

「い、いえ、お母様はなんと?」

「……いい加減帰ってきなさい、を10回ほど言われたかな。」


 急に話に戻ってきた竜二に対してセシルは戸惑いを隠せずにいた。

あまりにナチュラルに戻ってきた為か、

星一朗も恵玲奈も今までの話の流れはスルーでゲームソフトの話を続けていた。


「マジスか。

 俺、結構頑張って三つ目の街くらいまで作りましたよ。」

「どんぐりの背比べじゃないの。」

「そうは言うけど、めっちゃ大変なんだぞ。特にイベント作成は。

 戦闘バランスも大変だけど、俺は断然イベント関連が大変だったかな。

 延々に続くかのような文字入力地獄、

 イベント作成後のテストプレイの繰り返し……。

 根性、根性、根性!」


 星一朗は遠い目をして実際にプレイしていた頃を思い出していた。

最強の武器を作って、ラスボスを作って、最初の街を作って、

主人公達を設定して回復魔法や攻撃魔法を一通り作った後、

たいていのプレイヤーは面倒になりそれ以降が続かないのである。

この楽しい設定の時間は約2時間。

残る設定は膨大な文字入力とイベントフラグ管理。

多少のイベント演出やマップ作成もあるが、

大半は文字入力と相場は決まっている。

余程、作りたいゲームがあって綿密な設定や

下書きのようなデータベースがないと続かないと言ってもいい。


「大抵、最強の武器を装備した主人公で、

 ラスボス戦のテストバトルして終わるんすよね。」

「僕は魔法のエフェクトを設定しだした頃から、

 あーこれは果てしなくメンドウな作業になるぞと思って

 モチベーションが下がった記憶があるよ。

 このゲームって僕達にゲーム造りの大変さを教えてくれたよね。」

「二人とも情けないなぁー、ゲーマーならそこで頑張ってこそよ!

 ねぇお兄ちゃん!」

「や、やかましいわ。」

「さすが恵玲奈ちゃん良いこと言ってくれますね、

 あたしはちゃんと一本完成させたことありますよ。」


 誰もが予想しなかった事をセシルが言い放った。

まさかこの場でゲームを完成させた事がある経験者がいようとは。

作成の過酷さを知っている星一朗と竜二は、

ある種尊敬の眼差しでセシルを見つめていたのだった。

ちなみに尊敬の対象は彼女の根気ややる気といった精神面の点である。


「セシルさん凄い!

 どんなゲームを作ったの?」

「こほん、作ったのは中学生の頃だったから、

 その何というか如何にもなファンタジー王道ものを。

 あ、でも作成したソフトはこれではなく

 もっと製作環境が良くなった後継ソフトですけどね。」

「へぇ、そいつはプレイしてみたいな。

 どんな風に作ったのか興味在るし。」


 ぴくっとセシルが星一朗の言葉に反応していた。

そしてくるりと星一朗の方へ向き直り、

またもや目をらんらんと輝かせて嬉しそうに何かを言おうとしたのだが。


「本当ですか、チェスター君、だったら……」

「そうだ、せっかくソフトがあるんだからみんなで改めて動かしてみないかい?

 こういうソフトはみんなで設定とかを考えると楽しいもんだよ。」

「……おじさま。」


 思わず叔父のタイミングの悪さに憤りを覚えてしまうセシルであった。

この盛り上がりを傍目で見ていた恵玲奈は冷水を飲みながらぽつりと呟く。


「何だか喫茶店と言うより、ゲーマーの溜まり場みたいに……。」

「しっ! 恵玲奈、そいつは言っちゃいけねぇ。

 真実はおいそれと語らぬが花よ。」



 【箱庭】の地下のコレクションルーム、

本日はいつもより多い四人で巨大なディスプレイを揃って見ていた。

先程まで恵玲奈がプレイしていた事もあり、

ゲームハードは出しっぱなしだった。

外部入力の無慈悲な画面が映っているが、

インチ数の大きなディスプレイで見ると妙な迫力がある。

 セシルはロムカセットを差し込み電源を入れる。

ソフトは問題なく起動し、タイトル画面からエディット画面へ、

操作をしているのは製作慣れしているセシルであった。

セーブデータは流石に消えてしまっていたので、一から作る事になった。

緑色のウィンドウカラーだったり、

Rボタンが決定ボタン割り当てになっていたりと、

恵玲奈をのぞく三人は画面レイアウトやコントロール面で懐かしがっていた。


「取り敢えず主人公達の名前だけ決めましょうよ。」

「そうだねぇ、どうせだからここにいるメンツでいいんじゃない?

 勇者セシル、戦士エレナ、僧侶リュウジ、術士チェスターってのはどうだい?」

「異議あり! なんすかチェスターって、竜二さんまで酷いや!

 それになんで俺が術士なんすか!

 キャラ的に戦士か武闘家っしょ!?」

「キャラ的にってなんだい……

 いや、ほらだってさこのソフトの名前入力文字数って5文字までだし。

 職業についてはイメージだよイメージ。」


 そう言うわけで主人公達の名前はこの四人となり、

異議を唱える星一朗の訴えも空しく職業も竜二の提案通りとなった。

次にセシルが触れたのはアイテムや魔法ではなく、

雑魚モンスター数匹とダンジョンマップ作成だった。


「アイテムや魔法は作らないのか?」

「ええ、これはあたしのやり方なんですけど、

 アイテムや魔法はモンスターとシナリオに合わせて作る感じです。

 その方がバランス取りやすいし、シナリオに組み込みやすくなるんですよ。」


 星一朗は取扱説明書をぱらぱらと流し見しながら、

ゲームスイッチの管理の大変さを改めて思い出していた。

無機質な数字が並ぶだけのイベント作成画面、今でも頭痛が痛い。

もとい頭痛がしてきそうだと思っていた。

 

「ゲームスイッチは何に使ったかすぐ忘れるんだよな、メモ必須だった。」

「ノートでちゃんとメモしてましたね。

 最近はスイッチに名前をつけられるようになって便利になっているんですよ。」

「ねぇお兄ちゃん、ゲームスイッチってなに?」

「ゲームスイッチってのは……うーん説明が難しいんだが、

 いわゆるイベントを管理するデータのことでな。

 このソフトではイベントを管理・制御する要素をゲームスイッチと呼んでんだ。

 宝箱を開けるのも、イベントが始まるのも、新たな仲間が増えるのも、

 全部ゲームスイッチで管理し制御してんだよ。

 こいつの仕組みを理解してねぇと、

 ゲーム的な要素が使えないから基本的なイベント一つ起こせない。

 例を挙げるとするなら、宝箱を開けるのにスイッチ、

 宝箱を開けたままにするのにスイッチ。

 スイッチが入っていないと宝箱を何度でも取れるし、

 宝箱開閉のグラフィック変更もままならないんだ。」


 まるで謎の呪文のようにペラペラと語り出す星一朗。

ゲーム素人もとい、限りなく一般人に近い恵玲奈が

彼の発する言葉の意味をすぐに理解出来るわけがない。


「長いし意味わかんない、な、なんなの?」

「……めちゃくちゃ重要な機能って覚えておけばいいさ。」


 マップ作成は慣れとセンスがいる。

セシルはその両方を持ち合わせているようで、

物凄い速度で今回はダンジョンだが、

大雑把な配置を決め適切な組み合わせでパーツを設置していく。

恐らく感性で組み合わせているのだろうが、

その早さと的確さに思わず星一朗達は驚きの声を挙げずにはいられなかった。

セシルのゲーマーとしての株は上がったが、

星一朗の第一印象である清楚で可憐なお嬢様像は大きく揺らいでいたのだった。


「そういや【セシル】ってゲーマー的にはピンっとくる名前っすよね。」

「言っておくけど、セシルの両親はゲーマーじゃないからね。」

「とか言って、まさかゲームとかから名前を取ったんじゃ……。

 該当作品がさっきから脳内をよぎって仕方がないぜ。」

「星一朗君や僕じゃないんだから、それはないってば。」

「と言いますと?」

「セシルと命名する時、

 僕はまだ実家にいたからセシルが生まれた時は知ってるんだよ。

 ちなみにセシルは日本人とフランス人のクォーターだよ。

 クォーターと聞くと納得するだろう?」


 操作に夢中なセシルは、

まさか背後で自分の名前ことについて語られているとは思っていないだろう。

セシルは物凄い集中を見せているが、

コントローラパッドを持ったらスイッチが入りぐっと入り込むタイプのようだ。

その道では凄まじいパフォーマンスを発揮するが、それは諸刃の剣。

周りが見えなさすぎて反感を買ってしまいかねない。

生来の明るさを持つセシルにその心配は無用かな、と叔父・竜二は思っていた。

かつての自身の経験がそう語っていた。


「イベントはどうしますか?

 あたしが適当に組んじゃいますよ?」

「うん、好きにして良いよ。本気で作ろうってわけじゃないからね。」

「では自動イベントと宝箱イベントと会話シーンを簡単に作りますね。」

「うーん、

 私はセシルさんの言っている言葉が半分くらいチンプンでありんす。」

「ゲームという幻想世界の裏側の、

 現実的な数字や仕掛けを言ってるんだからしょうがねぇさ。」


 本作品、【RPGツクール SUPERDANTE】の最大の壁、

それは間違いなく文字入力だろう。

最近の作品ではキーボードが使えたり、

文字変換ソフトがインストールされていたりと、

入力システムのインターフェースが改善され使いやすくなっている。

が、この頃はコントローラパッドで1文字ずつ入力していたのだ。

文章メインの作品はさぞや地獄を見たことだろう。

漢字も使えるが全部で10文字あったかどうかという程で、

基本的には平仮名と片仮名と数字で表現する事になる。

漢字の使い勝手の良さと伝達能力を痛感せずにはいられなくなる瞬間である。


「もう根気っつーよりは意地だよな。」

「僕なんて村人の台詞を一行入力しただけで気力を使い果たしたよ。

 ここは最初の村だよ、的な。」

「台詞なんてその場のノリと雰囲気で何とかなりますよ。

 あたしも村人の台詞入力は苦手ですけど、意外と何とかなりますよ~。」


セシルの背後であれやこれや言っている内に、

ゲームの形が何となく見え始めていた。

セシルがモンスターの設定を5体程度終わらせた後、

セーブを行い【テストプレイ】を選択し

コントローラパッドを星一朗に手渡したのだった。


「はい、チェスター君。」


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ