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道化師は笛を吹く CHAPTER2 「灰色の空の彼方は」

この物語は【箱庭でかく語りき】本編のストーリーとは一切関係ありません。

【箱庭でかく語りき】の登場人物である「鷲谷悦郎」が製作している

ゲームシナリオがこちらになります。

「――アエル周辺では、現在原因不明の集団失踪事件が起こっている。

 諸君も日々あくせくしながら必死に情報を掻き集めているところだろう。

 取り敢えずではあるが、調査の方向性を確認する意味も含めて、

 このスライドを見て欲しい。」


 スーツを着た恰幅のいい中年の男、調査室長であるグレッグは、

手元のボタンでプロジェクターを操作しながら

ホワイトボードに映し出された文書ファイルや

画像ファイルの説明を始めた。

そして最後にアエルの周辺地図を表示させる。

暗闇の中、ホワイトボードにぼうっと浮かび上がる映像と文章。

物々しい雰囲気という言葉がこれほど当てはまる場面もそうないだろう。

ここは【アエル市立特別調査室】が入っているビルの最奥の会議室である。

普段の会議であれば調査委員達の煙草の煙で部屋中が覆われているのだが、

最近は皆自重してか部屋が煙で覆われる事は無くなっていた。


「――発生時の状況、被害住民の情報、

 どれをとっても”それ”らしい共通点はなく、

 手掛かりは今に至ってもほぼゼロに等しい。

 唯一分かっている事実は、人が突然消えてしまう、この一点のみだ。

 警察側も我々と同じような状態らしくてな、

 正式な協力体制の申し出が先程あったくらいだ。」

「こりゃあ街の情報屋や探偵連中も大忙しだな……。」


 グレッグの言葉に同席しているマルティンも唸る。

彼が言うように、最近は昼間から情報屋連中の姿が街中でちらついていた。

私立探偵達も被害者家族達から依頼があったのか、

警察や調査室へ良く出入りしているようだった。


「皆、この状態を何とかしたいと思っている証拠だ。

 遺体が上がって来ていないんだ、

 我々はまだ希望を棄てるわけにはいかん。」


 グレッグの言葉に調査員達はざわめく。

そう、行方不明者の遺体は未だ一体も出て来ていない。

これが何を意味するのかそれは誰も分からない。

だが、行方不明者はまだ誰も死んでいないという考え方も出来る。

かなり楽観的な意見だが、被害者家族達はそう信じているのは間違いない。

グレッグは引き続きプロジェクターのリモコンを操作して、

会議の進行を続ける。

プロジェクターに投影された画像を見つめ続けるアリシア、

愛らしいその表情も今は苦悶に歪んでいた。

歯痒さ、焦燥、絶望、彼女の表情は心の移り変わりを無意識に伝えている。


 調査員達はアエルの周辺地図を改めて確認する。

グレッグは事件発生場所へ時系列順に赤いマークをつけていった。

赤いマークの数が増えるたびに、

調査員達の動揺を含んだ声が大きくなっていく。

日によって今日は西、明日は東というように規則性は無かった。


「――現在判明しているだけでも被害者は20名超、

 報告が上がって来ていない“泣き寝入り”も含めれば

 数はもっと多くなる可能性は高い。

 アリシア、君は全ての現場へ行って

 被害者の関係者達の話を聞きに行っていたな。

 簡単で構わないから、君の感想を聞きたい。」

「は、はい!」


 突然、名指しで感想を求められたのは新人調査員アリシアだった。

思わず返事する声が上ずる。

今年18になったばかり、顔にあどけなさを残した可愛らしい少女は、

もう少し前の浮ついた学生気分の抜けない新社会人ではなかった。

セミロングの金髪が彼女の動きに沿って揺れ、

澄み切った意志の強さを感じられる碧眼が彼女の存在を強く印象づける。

だが、言葉を紡ぐ度に彼女の声は震えていく。


「事件現場と思われる場所全てに行ってきましたが、

 手掛かりとなりそうな情報は皆無でした。

 総じて返ってくる言葉は”わからない”でした。

 その……被害者に近い人達が、ただ泣き崩れているだけで……。」

「アリシア、大丈夫か?」

「……はい、大丈夫です。

 彼等への調書については、

 現在私の方で取り纏めを進めています……。」


 アリシアの目に涙がうっすらと浮かぶ。


「……失礼しました。

 私からの報告は以上です。」


 アリシアの声は震えていた。

今回の事件、調査室にとっても決して他人事ではない。

優秀な調査員の一人であり、

アリシアの兄でもあるセリオもまた突如消えてしまったのだから。

事件の発生経緯から、最初の被害者はセリオと言われている。


「事件が公開捜査になってからすでに二週間、

 直接的な手掛かりと言える情報は皆無……か。

 断片的な手掛かりが無いわけじゃないんだがな……。」

「一体この街で何が起こっているんだ!」

「正直、気味が悪くてしかたねぇよ……

 結果は見えてんのによ、人が消える行程がまるでわからねぇ。

 なんつーか狐に摘まれたような、オカルトが過ぎるってもんだぜ。」


 アリシアの近くに座っていた先輩調査員達が声を荒げ、

進展を見せていない今の現状を嘆いていた。

ずっと続いている閉塞感が調査員達に焦りを生み出していたのだ。


「落ち着け。

 ここで声を荒げたところで何の解決にもならん。」


 グレッグは自分に言い聞かせるように誰に言うのでもなく呟いた。

もちろん調査員達もそのことはわかっている、分かっているからこそ、

言い知れぬ不安を何らかの形で吐露したかったのだろう。

グレッグは自身が発した言葉で空気が重くなったと思い、

らしくない台詞を吐く、もちろん自嘲気味な声で。


「そういや話は変わるが、

 来週から街の広場で東の隣国【クレセルド】の

 サーカス団が公演にくるらしいな。

 なんと言ったか“道化師の夜”だったかな。」

「そういやうちのが騒いでましたわ。

 世界的に有名サーカス団が来てくれるって。」


 最近、人通りの多いメインストリートで道化師の格好をした人達が、

公演予定を記したチラシを配っていた。

子ども達は興味津々、

大人達もどこか優しげな目をしてその様子を伺っていた。

調査室にも数枚、

サーカスのチラシが舞い込んでいたのをアリシアは見ている。

資料を片付けながら目にする程度ではあるが。

アリシアにとっては聞き覚えの無い名前のサーカス団だったが、

周りの話を聞く限りでは世界的にも有名なサーカス団とのことで、

ほんの少しだけ興味は出ていた。

ただ、チラシのデザインにはメルヘンチックな雰囲気と

同時に言い知れぬ不気味さも感じられた。


「最近、街全体がこう湿っぽくなっちまってますからねぇ、

 こういった話題やイベントは精神衛生上重要ですよ。

 なんつーかちょっとした清涼剤ってーんですかね。」

「はは、違いない。

 さて、今日の報告会はここまでとしよう。

 みな、お疲れ。」


 グレッグは簡単な締めの挨拶をし、

報告会に使用した資料やら何やらの片付けを始めた。

片付けをしながら、帰り支度を始めていたアリシアに声を掛ける。


「アリシア、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう室長。」

「明日、このメモのところへ行ってくれ。」


 グレッグはアリシアにメモと1枚のプロファイル資料を手渡す。


「――”情報屋ディック”?」


 プロファイル資料にはこう書かれてあった。

ディック・バークレイ、25歳。

アエル北部・アエル北西部を縄張りと主張する情報屋の一人。

外国出身であるが、アエルに点在している情報屋の中では

随一の情報収集能力を誇る。

戦闘力も高く過去に何かしらの格闘技を学んでいたと推察される。


「住所によれば裏通りの閉店したショットバーだそうだ……。

 ディックを知っている調査員に聞いたが、

 ヤツはその辺りをウロウロしている事が多いらしい。」


 メモには殴り書きでバーの住所と

情報屋ディックと会えと書かれてあった。

アリシアは怪訝そうな表情でメモを見て口を開く。


「どうしてこれを私に?」

「……今朝、お前宛に郵便が届いた。

 差出人は不明、そして封筒の中にはそのメモと

 ……コイツだ、受け取れ。」


 そう言うとグレッグはピンっと何かを指で弾き金属音をたてた。

思わず、わっと声をあげて弾かれた何かを受け取るアリシア。


「っとっと……これは……銀製の銃弾?」

「9mm弾だな。

 銀製かどうかは分析をせんとまだわからんが、外見上はそう見えるな。」

「一体これに何の意味が……。」

「さぁな。」


 グレッグは一息置いて言葉を続ける。


「差出人不明といい、中身のブツといい、

 犯罪の匂いぷんぷんだと思ったが、

 お前宛だってことには何か意味があるんだろう。」

「新人調査員にですか?」

「普段なら愉快犯、

 もしくはお前個人へ怨恨あたりで対処するところだが。

 このタイミングならばちょっと見方も変える必要があるだろう。

 もしかしたら何かの糸口になるかもしれん。

 一応、ベテラン連中で通常捜査の手配はしておく。

 お前は気にせずメモの指示通りに動け。」

「はい、了解です。

 この弾丸は分析班送りでいいですよね?」

「ああ、そうしてくれ。

 分析結果が出たらすぐお前にも伝えるよう言っておく。」

「はい、有り難う御座います。

 あの……情報屋への接近については……。」

「ああ、それについてだがな

 事件についての情報提供希望ってことで接近しろ。

 警察や私立探偵やらがすでに接触しているみたいだが、

 俺達の目的は“共同戦線”だ。」

「共同戦線……。」

「ああ、プライドが高い連中には真似できんだろう。

 俺達は調査室らしく“重なる可能性”を信条に

 色々試してみるしかあるまい。

 ちなみに条件に金銭を要求されたら5000ch程度なら即決で受けろ。」

「5000って……情報屋ってそんな金額を言ってくるんですか?」


 5000chという額は、

アエルで働く一般的なサラリーマンの二ヶ月分の給与額である。

アリシアが思い描いていた金額よりもずっと高かった。

アリシアがこれまで接触してきた情報屋が、

情報料として請求してくる金額は、多くても1000chというところ。

右にも左にも金次第で揺れ動く連中という認識であり、

彼女の情報屋に対する印象は決して良いモノではなかった。


「一介の情報屋には過ぎた金額かもしれんが、

 上もそれくらいの覚悟があるってことだ。

 頼んだぞアリシア、危ないと思ったら直ぐに助けを呼べ。」


********


 調査室からの帰り道、

アリシアは夕飯の材料を買って帰るのが日課となっていた。

セリオが居た時は、当番制で食事の準備をしていた事もあり、

一人だけの食事はアリシアにとって今一番苦痛とも言えるものだった。

否が応でも兄の存在を感じ、現実を直視しなければならないからである。


 ふとアリシアは夕食の買い出しの道すがら空を見上げる。

どんよりと雲に覆われて、青空は全く見えない。

灰色の空があるだけだった。

雨の気配は無いものの、街の雰囲気と同期するかのように

ここ数日はずっと曇り空が続いていた。

雨でも降れば雲を無くなって空が見えるだろうに、と思ってしまうのである。

アリシアの様子を見ていた馴染みの店の女店主が声を掛ける。


「アリシアちゃん、今日は何を作るんだい?」

「……あ、えーと、今日はピューレグラタンにしようかなーって。

 タマネギとマッシュルームが余ってるし。」

「いいねぇ、じゃあトマトを安くしとこうか。

 ほら見てごらん、良い色合いだろう?」

「ありがとーおばちゃん、

 商売が上手いなぁ~じゃあ多めに頂こうかな?」


 アリシアは馴染みの店で

トマト・ジャガイモ・セロリを必要な分だけ、もといトマトだけ多めに買い、

雑貨屋では街の牧場で朝採れたばかりのミルクとオリーブオイルを買った。

その後、メインストリートを足早に通り抜け、

自宅のある五番ストリートのアパルトメントへ急ぐ。

アリシアは部屋に入るなり、靴は脱ぎっぱなに、

上着とタイトスカートはソファーに放り投げて、

シャワールームへ流れるように入っていった。


 閉められたカーテンの奥では湯気が立ち昇り、

適温に温められたお湯が疲れ切ったアリシアの肢体へ降り注がれていく。

1日の疲れを癒やす為には必須の入浴、

彼女は1日足りとも欠かしたことはない。

同年代の平均より少し小さいが形の良い胸、

平均より少しだけ大きなお尻、

コンプレックスと言われればそれまでだが、

年相応には悩んでいるようである。


 普段、あどけなさを残したその容姿も、

セミロングの金髪がお湯に濡れ、

ほんの少しだけ色気をはらんだ雰囲気を醸し出している。

声こそ出さないが、適度に温められたお湯を全身に浴びる行為は、

今唯一彼女が心安らげる一瞬だった。


「もう少し鍛えないと……。」


 最近はデスクワークが増え、

訓練の時間が減ってしまっており

ほんの少しだけ弛んでしまった二の腕を掴みながら呟いた。

調査員の基本業務の中には、

肉体的・精神的な強化を狙う格闘訓練や射撃訓練も含まれている。

射撃に関しては才能ゼロと、担当官から烙印を拝命しており苦手としていた。


「この二の腕…ぷよぷよしすぎかも……運動が足りないかなぁ。

 だから射撃も下手なのかな……。」


 シャワールームからバスタオル一つで出てくると、

冷蔵庫のドアに手を掛け昨日の夜からの飲み残しだった

茶色の液体が入ったボトルを取り出す。

そして火照った身体を冷やすように、ぐいっと一気に飲み干した。


「ふぅー……美味しい~。」


 その液体は雑貨店で見かけたこの辺りにはない輸入モノで、

とある東洋の国で飲まれている少し変わった味のお茶の一種なのだとか。

気まぐれに飲んでみたら意外にはまってしまい、

今では商店を通じて個人的に本場から取り寄せてしまう程だった。


 アリシアはバスタオルを洗濯機へ放り込み、

何も身に付けないまま自身の部屋へ入っていた。

そして緩い部屋着に着替えリビングから

あまり広いとは言えないこじんまりとしたバルコニーへ出る。

丁度、夕日が丘の彼方へ沈もうとしていた。

いつの間にか空を覆っていた灰色の雲は、

上空の風に吹かれてどこかへ行ってしまっていた。

沈み行く夕日を見ながらアリシアはぽつりと呟いた。


「とにかく明日、何か動きがあればいいな。」


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