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第二話 その1%、侮ることなかれ

第二話 その1%、侮ることなかれ


 午後2時の麗らかな陽の光を浴びながら、

喫茶店【箱庭】のオーナー兼店主である竜二は

珍しく店の外の掃除に勤しんでいた。

右手には近くのホームセンターで仕入れてきた新品の箒、

左手には分別用のビニール袋を携えて。


「今日は昨日よりも暖かいなぁ。」


 竜二は誰に言うのでも無くぽつりと呟いた。

糸目である竜二の目が少しだけ見開く。

喫茶店・箱庭のオーナーの業務態度は時折いい加減だが、

身なりだけはきっちりとしていた。

髪は邪魔にならないようオールバックで固め、

ヘヤーワックスは香料の無い特注品を使っていた。

仕事着は黒いエプロンにアイロンがしっかりかけられた白いワイシャツ、

ボトムスはシャツの色に合わせた薄手のスラックスである。

竜二の体躯と良く似合っていた。


「よっ……ペットボトル発見っと。」


 近くに街路樹や自販機があるわけでもないので、

そうそうゴミらしいゴミがあるわけではないのだが、

これも店を経営する者の務めとばかりに、

最もらしく額に汗を浮かべながらせっせと箒で掃いていた。

その様子を見ていた向かいで古本屋を営んでいる初老の店主が

わざわざ外まで出てきて話しかけてくる。

週に一度程度のペースでコーヒーを飲みに来る数少ない常連の一人である。


「岩尾さんこんにちは。今日は良い天気ですなぁー。

 普段はあまり外へ出られる事は少ないようですが、

 この陽気に誘われましたかな?」

「そうですねぇ、

 こんな天気の日くらいは外に出て掃除くらいしてやらないと。

 見ての通り店の外観がこうですからね、

 ゴミなんてあっちゃあ幽霊屋敷そのものですから。」

「ははは、なるほどなるほど。」

「またお暇な時にでも飲みに来てください、

 お向かい様価格でご提供させてもらいますので。」

「ええ、岩尾さんところのコーヒーだけは絶品ですからねぇ、

 是非とも参りますよ。」


 竜二は一言多いよ、と思いながら眉毛をぴくつかせていた。

竜二本人的には、コーヒーだけが絶品と言われるのは癪だった。

紅茶もカフェオレも、年一で注文されるパフェだって

人様に出せる程度の自信はあるのである。

しかし誰もが口を揃えて、コーヒーだけは絶品だと言うのだからたまらない。

お陰様で店の売り上げの八割以上はコーヒーだった。

その後、約10分程度、集めたゴミを分別し

少しだけあった空き缶とペットボトルを片付け後、

道に埃が舞っていたので水を撒き今日の掃除を終了としたのだった。



「いや~、久々に労働したって感じになったよ。

 たまにはいいもんだね、汗をかく仕事っていうのもさ。」


 店の中に戻った竜二は開口一番、

カウンター席でアイスコーヒー片手に頭を悩ませている

星一朗に対して脳天気な事を言った。

この店の運営は仕事とは違うんかい、と星一朗は突っ込みたかったようだが、

今はそれどころではない様子。

カウンターの上にはノートが置かれ、

星一朗は器用にペン回しをしながら額にしわを寄せている。

よくよく見ると見慣れぬ数式と英単語がチラホラ。

いくつか専門用語も書いてあるようで、

知識がない人間が見たら価値のない情報の羅列だろうが

彼にとっては重要なものだった。


「星一朗君、それ大学の課題かい?」

「まさか。

 大学の課題をこんなくそ真面目にやるわけないじゃないすかっ!」

「はっはっはっ!

 そりゃそうだね、星一朗君はそんな人だよね~。」

「竜二さん、その一言グサリとくるわー……。」


 星一朗は引きつり笑いを浮かべながら、

鞄の中から携帯ゲーム機を取り出した。

閉じていたフタを開けてスイッチを押しゲームを起動させた。

ほんの十年前くらいは、

まだまだ野暮ったい液晶画面や乾電池で稼働する携帯ゲーム機主流だったのに、

今ではフルカラーの液晶ディスプレイ搭載、

おまけにバッテリーも搭載なのだから時代の流れには恐れ入る。


「こいつの……新作ファイアーエムブレムのユニットの成長率と、

 それぞれの期待値を出してるんすよ。

 今丁度、10人目終えた所なんですけど、

 まあ、試行回数を稼ぐのがしんどくて

 もっと効率的な方法はねーかなと思案してたところなんですけど……。」

「何というか凄い労力だよね……それってどっかに公開するのかい?」

「いえ、ただの自己満なんで出す気はないですね。

 知り合いなんかに言われたら見せてやる程度で。」

「ま、まあそういう楽しみ方があっても……うん、全然いいよね。」


 流石の竜二も星一朗の今やっている事について、

納得してあげようと思ったがやはりどうしても理解は出来なかった。

どこかの攻略サイトやさる筋に出せば喜ばれるかもしれないのにとも思っていた。


「そう言えば恵玲奈ちゃんのデータはどこまで進んだのかな。

 僕は部屋を貸せど、ゲームの進行度は知らないんだよね。」

「昨日の夕飯時に“明日はチェックしてね、私頑張ったんだから!

 お兄ちゃん達きっと驚くよ”とか言ってたんで

 オレルアンの狼騎士団を仲間にしたくらいまで進んだのは

 間違いないんじゃないですかね。」

「何だか、その“驚く”というフレーズが

 怖くてたまらないのは僕だけかな。」


 しばらく竜二と星一朗は適当に現代のゲーム業界について駄弁っていると、

慌ただしい足音を立てて星一朗の妹君が店内に入ってきた。

大学生活を満喫しているその姿に、

同じ大学生である兄の星一朗は思うところがあったりしないかったり。

それはともかくとして、恵玲奈は走ってきたのだろうか肩で息をしており、

普段しっかりと纏めている髪も乱れていた。

少し汗で湿り気をはらんだブラウスと、

普通に生活をしていると遭遇し得ない女子大生の荒々しい吐息に、

竜二達は思わず言葉を失ったのだった。


「ゴクリ……。」

「星一朗君、ゴクリじゃないよ……。」


 そして思わずお互いを見てしまう竜二と星一朗。

はっと我に返った竜二は急いで棚からグラスを一つ取り出し、

冷水を汲んで恵玲奈に手渡したのだった。


「んぐ…んぐ……美味しい……ありがとう竜二さん。」

「ほら、髪がぐしゃぐしゃじゃないか。

 直してやるからこっちこい。」

「い、いいよ、自分でやるよそのくらい。」


 少し照れくさそうに兄の差し出す手をぺちっとはたく。


「痛いじゃないか。」

「あ、竜二さんグラスここに置いておきますね、

 それからちょっとトイレ借りますよ。」

「どうぞどうぞ、何かあったら呼んでね。」

「はーい、ありがとうございまーす。」


 恵玲奈はそう言いながら店奥のトイレへ消えていった。

星一朗はカラになっていたアイスコーヒーのオカワリを注文すると、

開きっぱなしだったノートを鞄に戻しスマートフォンを取り出す。

小慣れた手つきで画面上をタッチし、

何とも言えない手つきで操作を進める。

どうやら誰かにメールを打っているようである。


「星一朗君は新しいモノ好きだよねぇ、

 気がついたら携帯からスマホになっていたし。」

「否定はしないっす、

 こういう情報端末は取り敢えず触ってナンボと思っているんで。

 気になったら何でも御座れですよ俺は。」

「今はメールかい?」

「ええ、達也たつやさんに。

 ゲーセンのプライズにめっちゃ欲しいのが出るんですけど俺下手なんで、

 帰ってきた時にキャッチャー系のコツを教えてくださいって

 お願いしてるところです。」

「達也君か。最近見ないけど何してるの?」


 達也こと本名、白鷺達也しらさぎ たつやは、

かつて箱庭に常駐していた格闘ゲームが好きで好きでたまらない

アーケードゲーマーの事である。

格闘ゲームについてのセンスは随一の力を持ち、

大会に出れば良いところまで行くのでは言われている。

目立つのが嫌いのようで大会などに出たことはないらしいが。


 竜二が達也と出会ったのは、

彼は世に言うニート生活を満喫していた頃だった。

だが1年前、一念発起し奇跡的に就職を果たし

現在は各地を巡る営業マンとして頑張っているのだとか。

最近は忙しいようで店に顔を出すことはほとんどなかった。


「何か仕事の関係で全国廻ってるらしいですね、

 定期的に各地のゲーセンで取った画像が送られてきてるんで。」

「ははは、彼らしいねぇ。

 僕もやっぱ携帯くらいは持とうかな。でもなぁ……。」

「ホンと、なんで竜二さんは携帯持ってないんですか。

 店にパソコンもないし。

 ってかどうやってソフトの入手とか新作情報とか得てんすか。」

「店にないだけで家にはあるよパソコン。

 少しは店の心配もしてよ。」


 現代人の必須ツールと言っても過言ではないモバイルとパソコンを、

この箱庭オーナーは店で所有していなかった。

ゲーム機は山とあるのに。喫茶店運営でも使うというのに。

レジもないようで支払についても、

今のところ客がテーブルに代金を置いて済ませているのであった。

何とも前時代的というか面倒くさがりというか、

いい加減金銭関係くらいはしっかりとしてもらいたいところである。


「携帯の所有云々については海よりも深く、

 山よりも高い理由があるんだけど、今は内緒だよ。」

「何が内緒なの?」


 普段通りに髪を整え、

さっきまで着ていた服は持ち合わせていた予備の服に替わっていた。

少し紅潮していた顔も落ち着きを取り戻したようで、

いつもの様子に戻っており指定席に座ると

兄のアイスコーヒーを奪い取りグビリと一口で飲み干した。

時折見せる男気溢れる豪快ぶりに定評がある妹君である。


「お、戻ってきたか。」

「うん、バイトが長引いちゃって急いで来たから汗かいちゃった。

 お兄ちゃんも今日はバイトじゃなかったの?」

「俺?

 俺はフケ……もといシフト変更を上司殿にお願いしてだね。」

「……ほんと、良くクビにならないよね。」

「ほんとだよ。」


 三人揃ったところで当然の如く、

店の看板は当然の如く閉店表示となった。

手際よく店を片付け店奥から地下へ下り、

例のコレクションルームへと入っていく。

今回は恵玲奈の進捗を確認する日なのである。

星一朗曰く、恵玲奈は頑張っていたようなので驚くらしいのだが、

その話を聞いた時から二人は言い知れぬ不安を抱かずにはいられなかった。

ここ数日、恵玲奈はこの部屋に通い詰めていたようで

恵玲奈のモノと思わしき乱雑に脱ぎ捨てられた部屋着と、

飲みかけのペットボトルが転がっている。

それを見つけた恵玲奈は落ち着いていた顔を再び一気に紅潮させる。

そして二人の視界を遮るように慌てだしたのだった。


「こ、これは違うの!

 ちょっと熱くなってね、ほ、ほら昨日とか蒸し蒸ししてたじゃない?

 冷たいドリンク飲みながらゆっくりとね。」

「あーはいはい、わかったわかった。

 いくら弁明しても俺はお前の正体を知っているし、何とも思ってないから。

 うん、ほらさっさと片付けな。」

「お、お兄ちゃんに言うわけないじゃない!」

「ま、まあ、ともかく僕は気にしてないから。それより進行状況を見ようよ。」


 何とか話を本題に戻した竜二は、

星一朗へゲームを起動させセーブデータを確認するよう促した。

ゲームを確認すると確かにセーブデータの名前が

【ファイアーエムブレム】を授かる前のステージになっていた。


「どれどれ兄に苦労の後を見せてみたまえ。」

「ぬふふふふ、見て驚いてよ。

 初心者にしては上出来な感じじゃないかなって思うんだけど。」


 星一朗は恵玲奈の進行データを見た途端、

思わずコントローラパッドを落としそうになった。

もとい、落としたのだが床に落ちる瞬間、竜二が上手くキャッチした。

ゲーマーがコントローラパッドを手から離すことは数在れど、

無意識下で離す事はあまりない。

星一朗の開口一番は経験者の思考回路を一時的に停止させるには充分だった。


「驚いたぜ……ドーガとナバールがいねぇ、つか色々いねぇ……!」

「ナバールは敵側にいるからまあ分かるけど、ドーガって

 ……確か最初からいる仲間だよね?」

「いやぁ、ここまで色々ありまして。」


 何故かてへっと言いながら舌を少し出す恵玲奈。

少々呆れながら星一朗は恵玲奈を見つめる。。


「そら色々あっただろうよ。

 ナバールいねぇドーガもいねぇし、あの兄貴は当然としてもあれ?

 ……ヘタレ弓兵もいなくね?」


 どうやら恵玲奈は説得コマンドについては気づかなかったようである。

【ファイアーエムブレム】に限った話ではないが、

ゲームプレイ中特定ユニットを特定ユニットへ隣接した際、

説得して仲間にしたりする事が出来る場合がある。

本作の場合、シーダがその使命を帯びており

彼女を該当敵ユニットへ隣接させる必要がある。

だが、彼女の能力と弱点から説得できることを知らなかった場合、

そのような危険な行為をする初見プレイヤーは少ないだろう。


「ナバール……そう言えばそんな敵もいたかも。ばっちり倒しました!」

「なるほど、説得で仲間になるキャラクターが全滅なんだねぇ。」

「恵玲奈ごめん、兄ちゃんが悪かった。

 ちゃんと説得について教えてあげるべきだった。今は反省している。」

「な、なに、急に謝らないでよ。」


 兄の神妙な態度に慌てふためく恵玲奈。

星一朗が普段、どんな態度で恵玲奈に接しているか間接的に分かる図である。

やはり星一朗は事ゲームについてだけは紳士であった。


「説得については俺が全面的に悪いが、何故頼れる壁のドーガがいない!

 このステージでは大活躍する予定だったんだぞ!」

「え、えーとね。

 防御力高いから大丈夫と思って、

 壁にしてたらナバールって人の強烈な一撃で死んじゃった……。

 で、でもこれってファンタジーだから大丈夫だよね?」

「やっつけ負けか……おおう、もうなんと言っていいやら。」


 恵玲奈の言葉を聞いた瞬間、星一朗の目には涙がうっすら浮かんでいた。

この涙はドーガに対する憐れみなのか、

それとも恵玲奈のファンタジー=メインキャラは死なない法則に対する

誤認識に対するものなのか分からない。

ただただ星一朗は恵玲奈の肩をぽんぽんと叩き、

声を震わせながら視線を外して言ったのだった。


「うぅ……このゲームで死んだヤツは二度と帰ってこないんだ……。」

「え? そ、そうなの?

 じゃ、じゃあドーガはもう生き返らないの?

 ねぇ竜二さん、これってお兄ちゃんの嘘じゃないの?」

「残念ながら本当だよ。このゲームの売りの一つでもあるしね。」

「ショック、まさかそんなだなんて

 ……ごめんねドーガ、ずっと壁にしちゃってて。」


 誰も死なせずに最後までクリアする、

ある意味で本作の最低限の縛りプレイスタイルだろうか。

中にはノーリセットプレイなる雄々しいやり方もあり、

誰がロストしてもリセットしないというものなのだが、

初心者が敢行してはストーリーが詰みかねないのでお勧めはできない。

恵玲奈のプレイはノーリセットプレイそのものになっており、

見かねた星一朗は恵玲奈に今後の攻略方法と

星一朗流のプレイスタイルを教え始めたのだった。

やはりクリアして達成感を味わってもらいたいのだろう。


「うん、なるほどね。

 だからあの時お兄ちゃんは何度もリセットしてたんだね。」

「うむ、1%に泣き1%に笑ったものだ。

 何事もそうだと思うけど、100%と0%以外は信じるな。

 99%だろうが当たるときは当たるし、外れるときは外れる。」

「至言だね。」

「と言うわけで、ここでお兄ちゃんに助言をお願いします。」

「ほう、良いのかこんなところで使っちまって。」


 ニヤリと微笑を浮かべる星一朗、

反対に恵玲奈は何故か真剣な表情を浮かべていた。

相反するその表情は一体何を意味するのか。

それは兄の思考パターンを読み切った妹の巧みな言葉による暴力であった。


「私がプレイするとき後ろで見ててくれると嬉しいなぁ~、チラッ。」

「チラッじゃねぇっつかお前汚ねぇわ……

 それ助言じゃなくてお願いだろうがよ。」

「まあ、そうとも言う気がしないでもない。」

「大人しく時々指示しながら見ててあげたら?

 恵玲奈ちゃんがプレイしている最中、

 星一朗君も口出ししたくてたまらない感じだったよ。」


 竜二も口では優しそうに言っているが、目は完全に笑っていた。

助言をどうのと恵玲奈に条件を出した時から

こうなることは竜二には分かっていた。

妹に対する甘さに定評がある星一朗が言い出した事なのだから、

自ずと結果は見えていたわけである。


「チェスター、ピッタリな渾名じゃないか。」


 チェスターもとい、星一朗が指示を出し始めてからというもの、

怒濤の勢いの進軍となった。

レベルの偏りが見られたので恵玲奈の意見を聞きつつ、

該当ユニットのレベル上げを図り、

敵軍のステータスと該当ユニットのレベルを見ながら自軍ユニットの昇格を促した。

余談ではあるが、

恵玲奈は緑髪の騎士アベル魔道士マリクがお気に入りのようで、

ステータスアップのアイテムは彼等に注ぎ込まれる取り決めになった。

星一朗は剣士オグマ主人公マルスに使っておけと

口酸っぱく言い続けたのだが、

恵玲奈はガンとして聞かずこの点だけは意見を絶対に曲げなかった。


「きょ、今日はこの辺にしとこうぜ恵玲奈。

 レフカンディの罠(序盤の山場)まで来たんだから上出来だろ。」

「えー、せっかく色々分かって楽しくなってきたのに。」

「……なんなのその元気の良さは。」


 前ステージから、あれこれしながら序盤の難所の一つ

“レフカンディの罠”まで進めてきたわけなのだが、

横で口を出しているだけの星一朗は恵玲奈よりもくたくたになっていた。

意外と横で見ている方が頭を使うのかもしれない。

思い描く理想の思考と実際に動く映像のギャップ、

もどかしいこの風景に星一朗は目眩を覚えていた、

これがストレスかと耽りながら。


「あ、ほらみて。ペガサスナイトと、

 この見たこと無いのはドラゴンナイトかな?

 なんか一杯飛んできたよ。」


 ゲーム画面ではドラゴンナイトの王女率いる

ペガサスナイトがイベントを盛り上げていた。

彼女等は皆、後ほど主人公達の仲間になるのだが

特にペガサスナイト三姉妹は有名なキャラクターである。

力が強く薄幸な長女パオラ

バランスが良い次女カチュア

総合的に最も強くなる三女エスト、もちろんステータス的な意味で。

後発の作品でもこのスタイルは継続され

ペガサスナイトと言えば三人仲間になるという伝統が

生まれたと言っても過言ではないだろう。


「竜の王女と天騎士三姉妹か。いやぁ~やっぱ俺は次女派だなぁ。

 竜二さんは誰派すか?」

「い、いきなり振るねぇ星一朗君は。

 そうだねぇ、現役でプレイしてたときは長女さんだったなぁ。」

「私はシーダちゃん!」

「シーダはペガサスナイト三姉妹枠じゃねぇ!」


 コレクションルームで三人がやんややんやと談義で盛り上がっているその頃、

【箱庭】の入り口のドアノブに手を掛けようとしている若い女性がいる。

看板は目に入らなかったのだろうか、

普通に考えれば閉店済みの店内は鍵が掛かっているので

入ることは出来ないはずである。

と思いきや、竜二は鍵を掛け忘れたようでドアノブを回すとカチャリと音が鳴り、

ドアは無抵抗のまま開いたのだった。

女性は薄暗い店内に入り、辺りを見回して誰もいない事を不審に思ったのか

額にほんのり汗をかき少し焦りを見せていた。

手に持っていたバッグから携帯を取り出し何やら確認を始めるも、

独り言だろうか小さい声で、「ここで合ってるよね?」を三度ほど繰り返した。

しばらくカウンター席に座っていたが、

誰も人がやってくる気配がないと判断した彼女は

意を決し人を呼ぶことにしたのだった。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」


 彼女にしてみれば頑張って声を張り上げたほうなのだが、応答は一切なかった。

コレクションルームでワイワイやっている三人に、

彼女のかぼそい声が聞こえるはずもない。

不安に駆られた彼女は何度も携帯を見つめ直し

何度も携帯電話に写っている何かを確認をしていた。


 一方その頃、コレクションルームで談義に花を咲かせていた星一朗は、

急に生理的欲求を催したようで一階にあるトイレへ向かって行った。

どうやらアイスコーヒーを飲み過ぎたようである。

鼻歌交じりに階段を上がりながら、店内に戻り隣のドアに入ろうとした瞬間、

ガシッと何者かによって強く右腕を掴まれた。

思わず振り返るとそこには、手入れが行き届いたロングの黒髪に、

本人の清楚さを際立たせる白系統のカーディガンと淡い色彩のブラウス、

膝くらいまであるスカートを着こなした可憐という言葉が似合う女性がいた。


 だが、今にも泣きそうな表情を浮かべて星一朗を上目遣いで見つめている。

驚きのあまり声にならない声をあげる星一朗を余所に、

その女性はほっとしたのか、一度後ろを向いた後向き直り口を開く。

ただし、腕を掴んだままだが。


「もしかしてチェスター君?

 あのチェスター君ですよね?」

「……え?

 どのチェスターか知らないけど俺は星一朗という名前であって……。」


 星一朗は焦っていた。この上なく近年稀に見るレベルで焦っていた。

一度も話したことも見たことも無い見目麗しい女性に、

いきなり右腕を掴まれながら黒歴史にする予定の渾名で呼ばれたのだから。


「えっとね、覚えてないかなあたしの事。」

「うーん……申し訳ないけど俺は君のことを知らな……うん?」


 改めて女性を上から下まで見つめ直した星一朗はふと何かが引っかかっていた。

俺は本当にこの人を知らないのか、と何度も自問した。

彼女の口ぶりからすると、星一朗と面識があるかのように聞こえる。

これだけ印象的な容姿をしていれば記憶に残っていそうなものだが、

星一朗の脳裏には朧気な事だけ浮かびすぐに消えていった。


「大学で会った?」

「そう!同学年の本条ほんじょうセシルです!

 思い出した?」

「あ、ああっぁぁぁぁっ!!

 入学式で隣に座っていたあの時の人か!」

「良かった思い出してくれて!

 ここで会うなんて意外ですね。」


 運命の再会を果たした二人、と言っていいかどうかは分からないが、

恐らく彼女と星一朗がここで会ったのはやはりただの偶然だろう。

一体、本条セシルは何故ここにやってきたのか、

場末の喫茶店はにわかに賑わいを見せ始め竜二に

売上が少しだけ上がる希望の光が灯っていた。

それよりも星一朗よ、トイレは大丈夫か!


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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