第十九話 思い通りにならないのが世の中なんだ
【死者の宮殿 最深部】、
地下100階を地道に進んできた星一朗率いるメンバーにとって、
目の前の敵ユニット達はダンジョン踏破を阻止する
ただの壁でしかなかった。
ステータスを見れば今までの敵ユニット達よりも強いことは明白なのだが、
これまでのプレイにより疲労が蓄積された星一朗が
正しい判断力が出来るわけもなく、
攻略手順は今まで通りMPを真っ先に回復させ
遠距離から魔法攻撃の準備を進めていた。
「竜言語魔法を手に入れている俺にとって、
貴様等なんぞ雑兵にすら値しない。
ふははは、プリンセスにウォーロック達よ
魔力回復が済み次第、各最高位魔法の詠唱を始めよ!」
「は、はは、星一朗君もそろそろ限界きているみたいだね。」
「流石にここまで来ると感慨深いですね、
実際にあたしがプレイしてきたわけじゃないんですけど、
見守り続けてきた自負はありますよ!」
「そ、そうだねセシル(君はウトウトしてたじゃないか)」
「チキンと罵られようが知ったことか!
俺は最小限の被害で最大の功績を得るのだ!
ふっはっはっはっは!!
よーし! 準備は整った者どもかかれ!」
妙なテンションで戦闘開始の号令を掛ける星一朗。
勝てば官軍、負ければ入口へ逆戻りと考えれば。
戦闘を見守る竜二もセシルも星一朗の戦術に意見することは無かった。
二人の性格、いや主にセシルの性分を考えれば
状況的に意見の一つも出そうなものである。
戦闘を突き詰め一手を読むような戦いをしたいのであれば、
効率の良い武器や職業、
あるいは地形効果や属性効果などの論議が出てもおかしくは無かった。
つまり、そんなこともよりもゴールをみたいのである。
「まずは一つ!
消えるがいいグレムリンめが!」
最も近い位置にいた取り巻き飛行ユニットを弓矢で仕留める。
余談ではあるが、飛行ユニットこの場合で言うと
”フェアリー”や”グレムリン”といったユニットに該当する。
これらのユニットの特性上、回避率と命中率が高い傾向にあり、
レベル差があると影響が顕著に表われ
非常に倒しにくいユニットの一角となる。
ただし耐久力や純粋な攻撃力という点では他ユニットより劣る為、
対処さえ間違えなければ脅威にはならないのだが、
星一朗は殊の外、こういうタイプのユニットが苦手だった。
「よし!
この最深部のボス(ブラックモア)はともかく、
周囲の飛行ユニットがウザい! とにかくウザい!
だから速攻で潰す!」
「で、でもボスの方が圧倒的にレベル的な意味でも強いですよ?
ボス優先でこの場はいいのでは?」
「……確かに、目的達成という意味ではそれが正しいのだろう。
だが、俺は殲滅させないと気が済まないのだよ本条さん!
だってドロップアイテムにレアが混ざっていたら悲しいじゃない!」
「あ、ああ、星一朗くんらしい解答をありがとう。」
星一朗はその後も順調に取り巻きユニットを減らし続ける。
無論、敵側も黙ってやられているわけではない。
ブラックモアは他ユニットよりも高レベルに設定されており、
星一朗の編成チームよりも高い値である。
本作においてレベル差の影響は大きく、
魔法攻撃をメインに使ってくるブラックモアの攻撃は恐怖そのものだった。
無慈悲な魔法攻撃は、たった一撃でHPの70%を削っていくほどである。
事態の進展には少々時間を要する模様と判断した竜二とセシルは、
タイミング悪く同時に画面から視線を外し、
各々コーヒーを飲んだり目を揉んだりしていた。
そういう時に限って事件というものは起こる。
「おのれ、ブラックモアめ、小賢しい真似を!
っててめー、瀕死のクレリックちゃんを狙うんじゃねぇよ!
ああああああっ!!!」
ガンッ!
「!? しまった!」
突然、星一朗が大きな声を挙げる。
ゆっくりとだが視線を画面から外し、
顔を青ざめながら涙目になって竜二とセシルを交互に見やる。
驚いた竜二とセシルは慌ててゲーム画面を確認するが、
これといってピンチになっている様子はなく
丁度主人公の攻撃ターンでプレイヤーの指示を待っている状態だった。
だが画面は動いていない。
一体何が”しまった”のだろう、
二人はお互いの顔を見つめながら疑問符を飛ばしていた。
「……やっちまった……やっちまったよ!
ちくしょう、俺の馬鹿野郎!
思い通りにならないのが世の中なんてのは、
分かっちゃいるけど簡単に割り切れるもんじゃねぇ……
けどよ、なんだってこんなことで……。」
「……! こ、これは……。」
「どうしたんだいセシル?」
セシルは画面の様子を理解して思わず口に手を当てる。
悲痛の叫びを挙げながらうな垂れる星一朗、理由は至極簡単だった。
星一朗は握りしめていたコントローラパッドのケーブルは伸びきっており、
ゲームハードの位置が以前よりも星一朗側に寄っていた。
もうお判りだろうが、星一朗はプレイに熱中するあまり、
コントローラとゲームハードが物理的に繋がっている事実を
一時的に忘れてしまっていたのである。
そして禁止事項筆頭行為”ゲームプレイ中はお静かに”の禁を破り
ぐいっと何かの拍子にコントローラを引っ張ってしまい、
あろう事かゲームハードに与えてはならない衝撃を与えてしまった。
結果、画面は止まってしまっていたのである。
「何と言葉を掛けて良いやら、星一朗君、気を確かに!」
「ま、まだ画面が止まってしまっただけですし、挑戦が終わりませんよ!」
「……以前、別ゲームで同じようなことをしてデータが消えた。」
凍り付く二人。
ダメだこの男、もう心が完全に折れてしまっている。
「一旦リセットボタンを押してセーブデータを確認しましょう!
凹むのはそれからでも遅くないですよ!
ね、チェスター君!」
「……うん。」
「天に祈るほかないか。」
セシルに励まされながら悲痛な面持ちでリセットボタンを押す。
画面はブラックアウトになり数時間前に見たタイトル画面が表示された。
ソフトそのものは無事だったが、問題はセーブデータの状況である。
震える指先で恐る恐るボタンを押しセーブデータの無事を確認する。
「あ。」
星一朗は文字通り一言口にした後、絶句した。
結果から言うと、今までプレイして
【死者の宮殿】探索セーブデータは無事だった。
だが、途中まで進めていた別のセーブデータが何故か消去されており、
星一朗は滑り落ちるようにソファーから床へ転げていった。
途中まで進めていたセーブデータは星一朗が丹念に、
それこそ文字通り一切の妥協をせずアイテム取りや
レベルアップ時の数値吟味等を敢行していたデータだったのである。
【死者の宮殿】探索セーブデータは言わばファーストプレイの遺産。
本気度の差は明白であった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
せっかくチャプター2まで進めてたのに!」
「最悪の事態は避けられたんだと思うべきか……
不幸中の幸い、いや運命の悪戯か。
全消去なんて考えたくないよね、やっぱり。」
「そうですよ、データが残っていただけでも奇跡ですってば。」
「……すまない二人とも、結果として時間を浪費しただけだった。」
頭を垂れソファーの上で土下座状態の星一朗は、
見守ってくれていた竜二とセシルに平謝りすることにした。
結果が伴えばまだしもである、データは消えるわ、
進めていたデータは自身の不注意でリセットをすることになるわで、
星一朗は珍しく申し訳ないという気持ちが溢れて止まらなかったのである。
竜二はそれなりに前のゲームだし、
ハード仕様上の問題もあるからね、
とある程度予想していた反応を示していた。
「僕もやったことがあるから分かるよ、
まあ、何というか……しょうがないよ。」
「し、しかし! このままでは申し訳が!」
セシルはと言うと、うな垂れる星一朗を
心配そうに見つめながら励ましの声を掛けていた。
真に迫った様子から、ある意味で星一朗の絶望を理解できるのは
彼女だけなのかもしれない。
数時間前、竜二との会話の中で【死者の宮殿】は途中で
セーブデータ消失により踏破を断念した言っていた事からも窺える。
同病相憐れむ、いやこの場合同士相憐れむか。
時計に視線を移せば午前9時を周り、
街の全ての活動が活発化し始める時間だ。
ここにいる三人についてはこれから休息の時間へ移行するわけだが、
竜二は店を開けるつもりなのだろうか。
年中自由休を掲げる【箱庭】なのだから、
少なくとも半休にはなりそうだが。
「取り敢えず今日のトコロは解散、かな。
精神的にも肉体的にも限界だろうからね、特に星一朗君は。」
「そ、そうですね……今は全てを忘れて眠ってしまいたいですよ。」
「……おじさま、あたしはこのまま寝ててもいいですか?
ちょっとこれからマンションに戻る体力が……ふぁぁ……。」
「うんまあ、千鳥足でふらふら帰って
途中事故になんてなったら大変だからね。
……少し散らかっているけどここの仮眠室でよければどうぞ。
僕も今日は半休して一度寝るつもりだし。」
ちらっと竜二は星一朗に視線を向ける。
君はどうするんだい、という竜二からの無言の問いだった。
それを察知した星一朗は首を横に振り答えた。
「あ、俺は帰ります……
今日の午後イチで注文していたモノが届くんで、受け取らないと。」
「ああ、なるほど。
じゃあセシル、仮眠室の鍵はこれね、
シャワーとか使うんなら2階だから。」
「ありがとうございます……おじさま……。
じゃあチェスター君、あたしはお先に休ませてもらいますね
……何かもう意識飛びそうで。」
「ああ、お休み。
僕はもう少しコレクションルームと1階の片付けをしているから。」
星一朗はゆっくりとソファーから立ち上がり、
生欠伸を連発しながらフラフラとよろめきながら
広げていたソフトやらお菓子の袋やらを片付けていた。
星一朗もセシル同様にここで一度寝てから戻るという事もあり得たのだが、
荷物受け取りという重要任務があったようで
キツイ状況ながらも戻るようである。
星一朗は一通り片付けた後、
二人にぺこりと礼をして目頭を押さえながら、
少し危なっかしい足取りで階段をのぼる。
店の裏口から外へ出た瞬間、星一朗は思わず顔を手で覆った。
燦々と輝く秋の太陽は意外と眩しい。
見上げた空は、白い雲がまばらに浮いている。
ただ、西の遠く空にやや灰色がかった雲がちらりと見える。
星一朗が昨日、正しくは【死者の宮殿】へ挑む前に
スマートフォンで天気を確認した際は、
午後過ぎから雨がぱらつく下り坂の予報だった。
「……(雨か……そういや最近雨らしい雨って降ってないよな)」
改めてスマートフォンで時間を確認する。
9時半を丁度回ったころだった。
するとまるで計ったかのようなタイミングで妹・恵玲奈から着信がある。
数回コール音が鳴った後、頭をぽりぽりと掻いて電話を取る。
メールじゃダメなのかと思いながら。
「はいはい、もしもし。」
『随分眠そうな声じゃない、今どこって聞くまでもないか。』
「ああ、竜二さんところだ……
で、何の用だよ? 今から帰って早く寝たいんだが。」
『なら大丈夫かな。
今日、お兄ちゃん暇だよね。』
「暇って言うな、スケジュールを空けて緊急事態に備えているんだよ。
荷物も届くしやることは色々あって忙しいんだ。」
『ならばっちりじゃない、そういう緊急事態なんだってば。』
「な、なんだと?」
『昨日、急に連絡があったんだけど、
今日の14時頃に”泪”がうちに来るって。
何かこっちに用事があってその足で寄らせて貰うよってさ。』
「……は? 今、なんつった?」
恵玲奈はこの時、兄は今相当マヌケな表情をしているんだろうな、と
顔を思い描いていた。
『で、私は教授から呼び出しされてて今日は夜までいないから。
よろしくねお兄ちゃん。』
「い、いやいやいや……
何言ってんだよ、俺は今から寝るつってんだろ?
泪の相手なんてできるわけねーだろうが、そうだ、母さんはどうした?
今日は休みとか言って無かったか?」
『母さんは朝から仕事に決まってるでしょ、繁忙期で休み返上だってさ。
そうそう泪もお兄ちゃんがいるなら全然大丈夫って言ってたし、
いいんじゃないの?』
「ばっ……そういう問題じゃねぇよ……
俺、アイツ苦手なんだよ。」
『そうだっけ? 会ったときはいつも一緒にいるじゃん。』
「一緒にいるんじゃなくて、アイツが勝手についてきてるだけだっ!
ってかマジでその時間俺しかいねぇのかよ……頭いてぇ……。」
思わず額を抑える星一朗。
”泪”という名前を聞いて動揺を隠せないでいた。
聞くところによれば、恵玲奈は教授から呼び出しがあり
夜にならないと戻らないのだという。
星一朗の父親と母親は共に働きに出ており、
父親は単身赴任中で母親は繁忙期の為、
残業確定で毎日遅めの帰宅だった。
つまり星一朗一人でこれから来るという”泪”という名の
客の相手をしなければならないのである。
思わず頬を引きつらせる星一朗であった。
「イトコじゃなきゃ絶対に話なんてしないタイプなんだがなぁ……。」
『イトコなんだからキョウダイみたいなもんでしょ。』
「俺の兄妹は恵玲奈だけだ!
ああ、愛しの妹よ!」
『気持ち悪いので電話切るから。
じゃあ後は宜しくね。』
ぷつっと音を立てて、
通話終了の表示が浮かびかがるスマートフォンの画面。
意識してかしないでか、星一朗は大きく息を吸うと思い切り溜息を吐いた。
星一朗の溜息は深く長いものになったのは言うまでも無い。
「……つかなんでこのタイミングなんだよ、
悪い事があったら重なるって言うがそういう事かい。
星の巡りが悪いってのはいつものことだけど、
今回ばかりはカミサマってのに助けてくれって願いたくもなるぜ。」
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市内某所の色物ばかりを取り扱っている
とある有名なコンビニエンスストアにて、
セミロングの髪をハーフアップに纏め
明るめ栗色に染め上げている若い女性がいた。
店員もたまたま居合わせた客も思わず彼女に視線を送る。
彼女の格好はと言うと、
トップスは黒系のデニムジャケットに
植物モチーフを意識したデザインが印象的な
ボディラインの見える白地のティーシャツ、
ボトムスはヒラヒラのフリルで装飾され丈は膝あたりまである
ミルク色のミニスカートを履きこなしている。
靴は茶系でシックなデザインのブーティ、
髪の色と合わせているのだろうか。
別段派手というワケではないのだが、
彼等の視線は彼女の姿格好ではなくその行動に注がれていた。
年の頃は十代後半から二十代前半の若い女性が、
巷やネットで悪評高いゲテモノ商品をかご一杯に詰め込んで、
レジの前で凄く楽しそうな表情を浮かべながら
財布からお札を取り出しているのである。
「全部で6050円になります。」
「あら? 現金の持ち合わせが足りないわ。
しょうがないわね、カードで良いかしら?」
「あ、はい、ではカードをお預かりします。」
「やっぱり現金はある程度持ち歩かないダメね、
そう思わないかしら店員さん。」
ウィンクを飛ばして店員に同意を求める若い女性。
見た目は決して悪くはないものの、
そこはかとなく漂う”変な人オーラ”が
彼女のその魅力を半減させているのは明白だった。
店員の顔がやや引きつる。
「は、はぁ……ではカードをお返しします。」
店員は若い女性にカードを返すや否や、
急ぎビニール製の袋に商品を詰め始める。
数が数だけに少々時間がかかっていた。
その様子を見ていた若い女性は、
ふと店内の壁掛け時計を見て店員に話しかける。
「そうそう、道を聞きたいのだけれど、構わないかしら?」
「はい、構いませんが。」
「ここは1丁目だと思うのだけれど、
2丁目はここからどう行けば良いかしら。」
「あ、いえ、ここは3丁目ですよ。
2丁目でしたら、まず道路の反対側へ行ってから
市役所方面へ歩いてください。
途中で2丁目のバス停が見えるので、
そこからはもう2丁目になります。」
「あらやだ、全然違う方向へ来てしまっていたのね……。
ありがとう、親切な店員さん。」
若い女性はそう言うと、
二つに分けて詰められたビニール袋をひょいっと持ち上げる。
そして軽やかな足取りで店から出て行ったのだった。
彼女の名は”真野・泪”、
星一朗と恵玲奈の母方のイトコである。
年は恵玲奈と同じで、彼女は大学ではなく
市内のデザイン系専門学校に通っている。
今日は市内で開かれていた学園主催の小展示会の帰りであり、
久方ぶりの黒瀬宅訪問だったのである。
「387日ぶりかしらね、星君と会うの。
ふふふっ楽しみ♪」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。