第十六話 筋肉痛は遅れてやってくる?
第十六話 筋肉痛は遅れてやってくる?
三夏祭前日、流石に場末の喫茶店【箱庭】も
今日ばかりは祭りの準備でお忙しだった。
と言ってこじんまりとした喫茶店に出来る事がそうあるわけではない。
祭り用に準備していたいくつかの屋外用テーブルと椅子に、
少し大きめのクーラーボックス。
そしてパトロンの協力を得てとうとう導入した
キャッシュレジスターことレジ。
予定ではメインストリートへ出店を設置し、
そこで通常よりも半額でアイスコーヒーや
カフェラテを提供することになっている。
実行委員会から出店許可は出ており、
あとは売り子の確保と原材料の確保である。
売り子についてはオーナーの姪・セシルと、
とあるゲームバカの妹・恵玲奈が手を挙げてくれており問題はなかった。
ゲーム馬鹿こと星一朗は世話になっている
オーナーの手助けをしたいと珍しいことを言い出しており、
現在の所は売り子のガードマン兼荷物運びで決定している。
オーナー・竜二はと言うと……。
「ぎゃああああっ!
せ、セシル痛い!
痛いよ!もっと優しく……。」
「おじさま大袈裟過ぎます。
ある程度動かしたり解したりしないとダメなんですよ?」
「だからと言って!
うぎゃああああああああああっ!」
二日遅れの筋肉痛に苦しんでいた。
普段あまり運動をしない事が祟ったのだろう。
サバイバルゲームとは言え、普段走らない距離を走ったり、
使わない筋肉を使ったりしたのである。
当日は無我夢中で何事も無く。
昨日、喫茶店兼自宅に戻ってきた辺りから、
竜二の全身は悲鳴を上げだした。
まさかまさかの二日遅れの筋肉痛。
今はセシルの申し出によりマッサージを受けていたようだが、
トンだ騒ぎになってしまっている。
「年甲斐もなく無理をするからですよ。
俺なんて筋肉痛当日の夜からバッチリきましたから。」
「……いや、お兄ちゃん。
筋肉痛がくることを自慢してどうすんのよ。」
「普段運動しないからそういうことになるんですよっと。
はい終わりです!」
最早叫び声すら上がらない竜二。
風呂上がりや寝る前に、足腰のマッサージをやっていなかったのだろう。
マッサージを受けていた椅子にもたれたまま
テーブルに突っ伏す竜二。
だがマッサージの効果はある程度あったようで、
ぱっと起き上がり軽やかに体操を始めた。
「おおおお、はははっ!
凄いよセシル! 身体が動く!」
「それは何よりですおじさま。」
「どんだけ固まってたんですか竜二さん。」
「よく言うよ。
お兄ちゃんだって昨日一日、家に帰った途端、湿布まみれだったじゃん。」
「おうおう妹よ、そいつは言わぬが花だぜ。」
「チェスター君ももっと動かないとダメですよ、運動は嫌いなんですか?」
何故か星一朗に矛先が向く。
確かに星一朗も竜二と似たような感じを受ける。
運動が苦手で必要に迫られる事がない限り走ったりしない。
だが星一朗から返ってきた答えは意外なものだった。
「うんにゃむしろ好きな方。
こー見えて中学時代はちゃんと運動部だったんだぜ?」
「な、なんだって!?
それは初耳だよ、本当かい?」
驚きの声をあげ、星一朗に問いただす竜二。
裏切り者を見る表情である。
「そうなんですよねぇ、
あー見えて運動部だったんですよ、意外すぎません?」
「妹よ、意外とはなんだ意外とわ。
ゲーマーとして体力も必要だからな(大嘘)。」
「……ちなみに何を?
サッカー? 野球?」
「ホンと、意外だよ。」
「バスケ部。
ほら俺、それなりに身長あるし。
ポジションはもちろん、某漫画のキャラに憧れてシューティングガードよ。」
そう言うと星一朗はバスケットのシュートの真似をして見せた。
ちなみにシューティングガードとは、
言わばスリーポイントシュートのように
長距離から得点を稼ぐポジションである。
またそれなりに高身長である必要も有り、
カットインやら他のポジションのフォローやら
何かと試合中は忙しい役どころでもある。
星一朗はスリーポイントシュートの精度だけはピカイチであったが、
何故かレイアップやフリースローと言ったシュートは苦手だったようである。
「ダンクとか出来たりするんですか!?」
「無理無理、俺じゃ身長が足らない。
あと10センチくらい高くてジャンプ力があれば出来たかもなー。
アリウープは一度やってみたい。」
「でも凄いです!
あたしは運動音痴だから……尊敬します!」
「尊敬されるようなもんじゃねーよ、
だいたい中学卒業と同時に止めたんだ。
高校じゃあ帰宅部だったしな。
ゲーマー連中とゲーセン行ったり新作ゲームで遊んでばっかだった。」
沈黙を守っていた恵玲奈が少し寂しそうに呟く。
「今でもバスケやりたいとか思わないの?」
「んー……どうかね。
遊びでやるくらいなら、たまにはいいかくらいだな。」
「ふーん……お兄ちゃん結構凄かったのに、もったいないよ。」
「俺のバスケはお遊び、
高校でバスケを続けるには覚悟が決定的に足らなかったんだ。
それだけさ。」
そう言うと星一朗は喫茶店の入口へ移動する。
時計を見れば午後5時をまわったところである。
この時刻になっても気温はまだ高く汗が引くことは無かった。
エアコンの効いた喫茶店内から出たくないのは誰でも一緒である。
星一朗はドアを開け外気を思いっきり吸う。
暑い、正直エアコンの効いた部屋で横になって
アイスでも食べながらゲームしたいと心底思った。
だが口から出た言葉は彼らしからぬものだった。
「ってかいつまで駄弁ってんすか!
早く準備済ませちまわないと暗くなっちまいますよ!
竜二さんだって今から商工会議所に行って
打ち合わせとかあるんじゃないんすか?」
「あっ! そう言えばそうだった!
例の映画のストリーミング配信時間とか、
モニターの場所とか最終的な打ち合わせがあったんだった。」
「もう頼んますよ……。
恵玲奈、本条さん、俺達もさっさと出店の準備終わらせようぜ。
確かテーブル配置と電源の確保は終わってたよな。」
「うんそこら辺は大丈夫。
あとは提供する紙コップやお手ふきとか、そういうのかな。」
「ですね、細々とした雑貨に関してはあたし達で調達してきますね。
まだこの時間なら業務用のお店も開いてるでしょうし。
まあ最悪、お父様のコネを使います。」
「うわぁ……社長令嬢が味方だと心強いわ。
と言うわけでお兄ちゃん、私達はお店回ってくるよ、
出店の方はよろしくね。」
「何だよ、結局俺一人重労働じゃねぇか!
ちくしょう、こうなったら栗野召還だ。」
竜二はバタバタと慌てふためきながらバッグを一つ抱えて店を飛び出した。
相当急いでいたようで右手を挙げて、行ってきますと
と合図するので精一杯だった。
その様子を確認し恵玲奈とセシルもまた店を後にする。
「一時間くらいで戻るから。」
そう言うと二人は星一朗に手を振った。
星一朗もやる気なく手を振り返す。
「はいはい、いってらっしゃい。」
喫茶店【箱庭】もたまにはちゃんと喫茶店らしく営業する。
今日は祭りの前の準備期間の為、開店休業ではあるが、
明日から本気を出す予定である。
星一朗は一人、幾分か重量のある木製の椅子を数個同時に運び、
既に配置済みテーブルの周囲に置き、出店周辺のイートスペースを形作る。
祭り当日の人混みの予想はある程度ついているが、
果たしてこんな場末の喫茶店が出す出店なんぞに客は来るのだろうか。
一抹の不安が過ぎる星一朗であった。
「あーあ、俺も恵玲奈達と一緒について行けばよかった……。
一人で待ってるのは暇だからやっぱり栗野召還して
【モンスターハンター4】でもすっかな。
でもアイツやり込みすぎてて
俺とハンターランクの差が激しすぎんだよなぁ……。」
と言いながら星一朗はスマートフォンを取り出し栗野に電話を掛ける。
「よ、お疲れ。 お前今暇?」
『暇じゃないっすよ、
祭り用のオープニングムービー作成に駆り出されてて忙しいんす!』
「お前なにやってんの?」
『開会式のアレっすよ、毎年やってんでしょ、
あのセンスの欠片もない派手なだけなムービー。
別のバイトでムービー作ってたら、
運営に目をつけられて、コンテの修正やらないかとか言われて……』
「ああ、アレね。
はいはい、忙しいとこ悪かったな。
んじゃまあ頑張れ。」
『先輩、明日は必ずそっち顔出すんで。
本条先輩と恵玲奈さんにも宜しくっす。』
「やだ。」
『そんな殺生な!
彼女らに会えることだけがオレの今の幸せなんすよ!
羨ましすぎるんすよ先輩は! 爆ぜろ!』
「うっせ! じゃあな。」
ぴっと通話終了ボタンを押す星一朗。
やれやれと軽くストレッチを入れながら少し高くなった空を見上げる。
秋はもうかなり近づいてきている様子だった。
三夏祭が終われば本格的な秋へ突入することだろう、
たまに吹き抜ける秋風が到来を思わせる。
「さて、もうひと頑張りするかな。」
喫茶店・【箱庭】は知る人ぞ知る趣味人の巣窟である。
そこでは日々同好の士が集まり、語らい、そして親睦を深めているという。
その趣味とはビデオゲーム、ジャンルの好みはそれぞれあれど、
ゲームを愛するという本質は皆同じ。
今日もまたゲーム談義の花が咲き乱れる。
第一部・完
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。
第一部終了です、第二部についてはある程度書き貯めてからになります。
稚拙な文章ながらご読了、誠に有り難う御座いました。