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第十一話 神様は気まぐれ

第十一話 神様は気まぐれ


「く……またもや……俺は屈せねばならんのか。」


 残暑厳しい中、エアコンの利いた自室で

コントローラパッドを握りしめながら、

星一朗は悲しげにそして悔しさを前面に出して弱音を吐いた。

最早ただの負け犬の遠吠えと断じてもよい雰囲気だったが、

それは何も彼の後ろ姿のせいではない。

画面上では晴れやかなBGMが流れ、清廉な雰囲気が漂っており、

星一朗にとっては見慣れた小憎たらしい

天使のキャラクターのテキストが表示されている。

そこには敗北を告げるテキストが踊っていた。

三夏祭を翌々日に控え盛り上がりを見せる街の活況と、

星一朗自室は別世界のようだった。


「被ダメージ減らさないとダメっぽいな。」


 星一朗は主人公のステータスを確認し魔法の種類を確認する。

これまで順調に進めてこれたのだが、

ここに来て相性の悪いステージに出会ったしまったのだろう。

何度もリトライしているようだが進展の様子は無く、

同じような箇所で似たようなやられ方を繰り返していた。


「はぁぁぁぁぁ……、

 なんなの……この難易度なんなの。」

「ゲームに文句言ってもしょうがないじゃない。」

「お前いつの間に。」


 いつの間にか恵玲奈が星一朗の部屋に入り、

持っていたお菓子を頬張っていた。

気を利かせて食料と水分を持ってきてくれたのか、と

星一朗の脳裏に一瞬その甘い考えが過ぎったが、

すぐにその考えを破棄した。

あり得ぬと。

恵玲奈の持ってきたものの量を見れば一目瞭然だった。

“一人分”しかない、つまり星一朗の分はないのである。


「美味しそうだなそれ。

 一口恵んではくれまいか、愛しき妹よ。」

「いーや。

 ってか誰が愛しきよ。」

「……下に行けばある?」

「ないよ。

 だって何度も呼んだのに全然降りてこないんだもん。

 お母さんと私とで美味しく頂きました。

 タイミングを逃したのにお菓子に有り付こうなんて甘いっ!」

「辛辣な家族だぜ……。」


 がっくりと肩を落とした星一朗は、

取り敢えずゲームを一旦終了させることにした。

アクション要素の部分なのにも関わらず

星一朗はあろう事か苦戦してしまっていた。

疲れ目を手で揉みながらセーブを行う。


 本ゲーム、セーブデータは一つしか保存できず

場面によって切り替えるような事は出来ない。

一つのセーブデータでここまで進めてきたのである。

そんなゲームのタイトルは【アクトレイザー】、

スーパーファミコン初期にリリースされたアクションゲームであり、

その独特の世界観と美しいサウンド、

そしてアクション要素とシミュレーション要素を合わせた

システムで話題になったゲームである。


「珍しいじゃん、

 お兄ちゃんがアクションゲームでそんなになるなんて。」

「まーなー……なんつーか俺と相性悪いのよこのステージ。

 ゲーム独特の操作感のせいってことも無いわけじゃないんだが。

 ボスまで行ければ問題ないと思うんだよなぁ感覚的に。

 途中で受けるダメージが多すぎてさ。」

「ふーん。」

「うわっ興味なさそうな反応。」

「私はゲーマーじゃないし、

 そんな年がら年中ゲームしているわけじゃないんだから。

 普通にゲーマーじゃない人の反応なんてそんなもんよ、たぶん。

 お兄ちゃんの周りの人がちょっとアレなだけで。」

「アレとは失礼な。」

「まあまあ、お兄ちゃん笑って笑って写真撮るよ、はいチーズ。」

「はいちーずっじゃねぇ!」


 そう言って、恵玲奈は星一朗の隣でパシャリと

現代の利器を最大限利用し、兄とゲーム画面を一緒に撮影していた。

実はこの【アクトレイザー】についてなかなかタイミングが合わず、

今まで触った事がなかった。

何故今プレイしているのかと言えば、

竜二や栗野からプレイしていないなんてと

突っ込みを入れられてしまった為である。悔しかったらしい。

それではいかんと奮起し、

竜二からゲームハード毎借りてプレイしていたのだった。

進行度的に言えば終盤ステージ”世界樹”攻略途中である。

ボスに至るまでの行程でどうにも噛み合わず

何度もゲームオーバーになっていた。

アクションゲームが比較的得意な星一朗にしてみれば

原因不明な事態である。


「そう言えばセシルさん、今頃実家だよねぇ。」

「鼻息荒くして“お父様に文句を言ってきます!”とか言ってたけどな。」

「文句の一つも言いたくなるよね。

 そういやお兄ちゃんってさ、攻略本とか攻略サイトとか見ないよね。」

「なるたけ初見プレイを大事にしていますから、ワタクシ。」


 そう言い放ち星一朗は自室を後にした。

恵玲奈は、理解できないわという顔をして肩をすくめたのだった。

恵玲奈は主のいなくなった部屋を見回して本日二度目の驚きに至った。

彼のベッドの上には竜二から借りてきたと思われる

各種ソフトが散乱していた。

新旧問わず星一朗が気になったソフトを借りてきたようだが、

軽く見積もっても数十本は軽い。

それを動かすゲームハードもセットであるようで、

この男、一日中何かしらのゲームをやっている事が伺える。

我が兄ながら何と言えばいいのやら、と

恵玲奈は額にシワを寄せ唸っていた。

やると決めたら納得するまでやり続ける性格を知っている為、

下手に刺激してさらに加熱させてしまうと、

通常生活に支障をきたしかねない。

そんな妹の気苦労は絶えなかった。


 ふと時間を確認すればすで午後二時を廻っていた。

星一朗は1枚薄手のシャツを羽織ると家を後にした。

彼の行き先は決まっている。

その様子を見ていた恵玲奈も急ぎ支度をして

兄の名を呼びながら後を着いていったのだった。


************


 【箱庭】では相変わらず閑古鳥が鳴いている店内。

今日は優雅にラジオを聞きながら、竜二は食器の整理と清掃に勤しんでいた。

ラジオから流れてくる音楽は、

懐かしの小学校や中学校で聞いた曲集という

それなりにマニアックな選曲で、

星一朗と恵玲奈が店内に入ってきた時は丁度、

スメタナ作曲“我が祖国より第二曲モルダウ”が流れていた。

思わず指揮者の振りをしてエアタクトを揮う竜二。

その様子を星一朗と恵玲奈はにやにやしながら見ていた。


「竜二さん、なかなか似合っているじゃないですか。

 学生時代の合唱コンクールあたりで指揮者とかやったりしました?」

「うおぉぉっ!?

 せ、星一朗君と恵玲奈ちゃん、き、来ていたのかい。

 こ、声くらい掛けてくれよ。」


 コメディ映画チックに大袈裟なリアクションをとって

誤魔化そうとする竜二に、思わず苦笑してしまった。

恵玲奈は明後日の方向を見ながら口を開いた。


「なんか楽しそうに指揮してらしたので、ねぇ?」

「ああ、邪魔しちゃ悪いと思って。」

「そんな気遣いは無用だよ。」

「……ってそれはおいておくとして、

 竜二さんまだしばらくソフトとハードは借りときますね、

 アクトレイザーの”世界樹”ステージが

 予想以上に手強くて越えられねぇ……。」

「うんそれは構わないけど、結局どれだけ消化したんだい?」


 そうですね、と星一朗は一息ついて目を瞑りこれまでの冒険を語り出した。

取り敢えず借りた【ソウルブレイダー】【ガイア幻想記】【天地創造】を

一通りクリアし終えた事もあり饒舌であった。

ゲームソフトのテーマの共通性やアクション要素における戦闘バランス、

果てはシナリオについて星一朗はエンジン全開で語り続けた。


「【天地創造】のエンディングシーンを見たその日は、

 余韻が残っていたのかあまり眠れませんでした。」

「やっぱ攻略早いね星一朗君は。

 じゃあ後は【アクトレイザー】だけか。

 それにしてもソウル三部作+αはいいよねぇ、

 テキストに味があるというか。」

「そうなんすよ!

 【天地創造】に至ってはかなり考えさせられたというか。

 都合二度目のプレイだったんですけど、

 最初の頃と違って見る視点がやっぱ変わりますね。

 人間が登場するまでのシナリオなんて

 個人的には最高にぐっとくる展開で。」


 まるでさっきまでプレイしていたかのように嬉々として誇らしげに豪語する。

そんな兄の様子をジト目のまま見つめる。

隙を見て竜二にレモンティーを注文する恵玲奈。

竜二より淹れたてのレモンティーが恵玲奈の前に置かれると、

ずずいーっと啜る。

恵玲奈の様子に、竜二はどこか微笑ましさを感じていた。


「ただ、ゲーム的な部分で言えば

 今やってる【アクトレイザー】が圧倒的にゲームオーバー多いっすわ。

 最初の壁はフィルモアのミノタウロス戦。

 次にマラーナのラフレシア戦ですかね。」

「クリエイションモードはどうだい?

 あれ楽しいだろう?

 文明の発展、音楽の誕生、とか

 アクションモードではあまり関係ない部分だけど

 テキストを見るだけでも楽しいんだよね。」

「ですね。

 時には心を鬼にして人口増加が停滞した地域に地震を発生させてみたり、

 生産性の落ちた地域に米を伝搬させたり。

 一時期アクションモード無くてもいいんじゃね的な思考になりましたよ。」


 自らの言に青ざめる星一朗、

アクションゲームがあってのクリエイションモード、逆もまた然りである。

片方を否定するなどゲーマーとして言語道断。

それを聞いて思わず身震いをする竜二であった。

もちろん恵玲奈が知らないゲームの話に参加するわけないのだが、

そこはどうしても星一朗の妹である。

二人の話す様子を見て少し興味を持ったのか、恵玲奈は二人に評価を求めた。

ここにセシルがいたなら、さらに共感する絵を見られたかもしれないが。


「そんなに難しいの?」

「難しいといえば難しいんだけどな、なんつーか、

 絶妙なバランスで理不尽というか、そんな感じだな。

 少し前のゲームだからという点を差っ引いてもだ。」

「やってみるといいよ、なんて気軽に僕は言えないね。

 覚悟を決めてプレイするなら勧めるけど。」

「そ、そうなんだ。」


 ラジオでは“モルダウ”が終わり、

司会者のウンチク混じりの語りが始まった。

こういう番組は真っ昼間からやるよりも

週末の深夜あたりにこっそりとやればいいのに、と

竜二はふと好きだったラジオ番組を思い出していた。

学生時代はラジオ番組に葉書を送りまくっていたことがあり、

採用率も高く言わば常連さんだったのである。

その時のペンネームは最早竜二の中では黒歴史化している為、

表に出ることはない。

とある阿なんとかさんはその情報力でご存知のようだが。

司会者のウンチクと投稿葉書が読まれた後、次の曲が流れてきた。

曲目はロッシーニで“セビリアの理髪師の序曲”。

歌劇とはまたなかなかの選曲センスだなと竜二はほくそ笑んでいた。


「竜二さん的に一番お勧めソウル三部作はどれです?」


 ラジオからの音楽に耳を傾けていた竜二に星一朗は話を振る。

思わず、え?と聞き返す竜二だったが

今はソウル三部作の話をしていた事を思い出し、

そうだなと言いつつ考えを巡らせていた。


「うーん、そうだねぇ。

 初心者さんには、【天地創造】かなー。

 アクション部分の操作性も悪くないし、

 なによりソウル三部作じゃ一番最後に出たからね。

 それにシナリオ展開も判りやすいし、

 主人公に感情移入しやすいんじゃないかな。」

「確かに。

 ただここで一つ俺の意見も混ぜ込みます、

 初心者なら敢えて【ソウルブレイダー】か【ガイア幻想記】をやっておけぃ! 

 なんてたってソウル三部作の一作目と二作目ですしね。

 特にソウルではカニ歩きを駆使して、ひたすらに剣を振るい敵を倒すがよい!」


 ちょいちょい言動がオカシイ星一朗は放っておくとして、

【ソウルブレイダー】と言えばソウル三部作の一作目にあたるゲームで、

星一朗が現在プレイしている【アクトレイザー】は含まないのが通説である。

ソウル三部作はそれぞれ別個の独立したシナリオとシステムを持っており、

続編またはシリーズものと言うわけでない。

結論としてはどの作品からプレイしても、何の支障もないわけである。


「ここにセシルさんがいたら、

 この談義がヒートアップしているんでしょうね……今以上に。」

「うーんどうだろう。

 あの子、ああ見えてアクションは苦手みたいだからね。

 ソウル三部作くらいなら普通にプレイ経験はありそうだけど、

 案外もしかするともしかするかも。」


 セシルの噂をしていた瞬間だった、恵玲奈の携帯にメールが届いたのは。

メールの差出人はもちろんセシルで

何やら父親に対する愚痴が書いてあったようである。

苦笑いを浮かべながら、手際よく返信メッセージを打ち送信する恵玲奈。

ちなみに恵玲奈はスマホではなく、従来の折り畳み式携帯である。

彼女曰く、ボタンはちゃんと押せないとイヤ、だそうで。


「セシルさんからだったよ、

 何かお父さんと喧嘩っぽいことしたみたい。」

「義兄さんとやりあったのか……

 結構、難しい性格の人だから、仕方ないか。」

「そうなんすか。

 まあ、噂に聞く限りでも結構突拍子もない親父さんだってのは

 透けて見えていましたけどね。」

「明後日には帰ってくるんだったけか。

 詳しくは本人に聞いて見ると良いさ、

 たぶん喜んで愚痴ってくれると思うよ?」

「何で満面の笑みを浮かべて俺を見ながら言うんですか。

 人様の家の愚痴なんて聞く趣味なんて、俺には無いっすよ。

 そんなの本条さんから竜二さんが聞けばいいじゃないすか。」


 ソウル三部作と言えばBGMも語る上で外せない要素である。

耳に残るものが多いと好事家の間で話題に上がり、

曲の雰囲気も作品テーマに沿った壮大な曲調が多い。

【天地創造】においてはその影響は色濃く反映されており、

ある種哲学的なイメージを持つことだろう。

【アクトレイザー】に関しては特にステージ1【フィルモア】は耳に残り、

イメージをプレイヤーに無意識下で植え付けた功績は大きいことだろう。

竜二は語る、ゲームのBGMを演出として聞くのでは無く、

音楽として聞いたのは初めてだったと。


「なんか【フィルモア】のBGMって、

 他のステージ曲とは一線を画してますよね。」

「だねぇ、

 何でも【フィルモア】については、

 色々と製作段階のエピソードがあるみたいだよ。」

「俺も聞いたことありますね、

 同業者の間でかなり影響を与えた作品だったと。」

「私も曲はちょっとだけ知ってるよ、お兄ちゃんのせいでもあるけど。」

「はいはい、何でも俺のせいですー。

 って恵玲奈、そういう時は

 ”お兄ちゃんのおかげ”というのが正しいんだぞ!」

「お兄ちゃんのせい、で間違いないよ。」


 三人がまたもやゲーム談義に花を咲かせていると、

突然、店のドアがカランと音を立て開いた。

まさかの来訪者、もとい来客に慌てる竜二とその他二名。

その来客はずいずいと、黒瀬兄妹が陣取るカウンターまで来て、

空いている席に腰を降ろした。


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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