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第十話 とある夏の日の喫茶店

第十話 とある夏の日の喫茶店


 夏、気温の上昇に合わせ

近場の木にしがみつきながら蝉が鳴き声が大きくなる。

まるで蝉の声の大きさに呼応するように

汗が止まらなくなる日々が続いている。

星一朗達が暮らす都市にも祭の季節がやってきた。

夏祭りの実行委員会、即ちメインストリートの商工会なのだが、

町おこしとばかりに以前から夏祭りには並々ならぬ心血を注いでいた。

有名人を招待してトークショウを開いたり、

世界で人気の高いサーカス団を呼んだりした年もあった。

 だが、所詮は数夜限りの興行で地元の人間ではないこともあり、

商売っ気がちらつき評判は今ひとつだったという。

地元愛に目覚めた実行委員会は去年あたりから、

地元民による地元民の為の地元民の祭を標榜し、あくまで地元に拘りだした。

バンドステージをやるなら、有名バンドではなく地元の高校生バンドを。

演劇をやるなら地元の大学の演劇サークルを。

もちろん出し物や年齢層に応じてクオリティの高低はあるが、

祭りの余興に対して文句を言う無粋な地元民は皆無だった。

それよりも我が子の成長を追うが如く、

生暖かい目で……時には厳しく

時には暖かい目で見守っていた住民が大半であった。

注目度も毎年のように上がっており、

外部からステージに出演させてくれと参加希望の声も多いという。

周辺地域の都市ではこの街の夏祭りに対して、

純粋な尊敬と多少の蔑視(大人げないとという意味で)を含め

別名をつけていた。

街での正式名称は“○○年度 夏祭り“と味気ないものだが、

誰もそうは呼ばないらしい。


―― 三夏祭 ――


三夏祭、字面的には単に“夏の三日間の祭”ではあるが、

平仮名にすると“さんかさい”即ち“参加祭”とも読める。

夜通し催されるイベントの数々、朝と夜が背中合わせの眠らない街。

そんなある意味ではっちゃけた祭であることもあり、

今年も例年に及ばず街は一転してお祭りムード全開だった。

テレビ局の取材車やインターネット放送のカメラマンやリポーター、

それを煽るかのように書きたてられた

期間限定タブロイド紙が活況に湧くメインストリートに舞っていた。


「三夏祭……まで後一週間か。」

「あたし、参加したことないんですよね。

 去年は丁度そのタイミングで家族旅行行ってましたし。」

「へー。

 この街の人間達はこの期間になるとネジが緩むどころか外れるんだ。

 それも豪快に。

 穏やかな老人が突然暴れだし、道行くカップルが

 バーサーカーとなって襲いかかってくるんだ。」

「そ、それは、ほんとうなんですか!?

 そんな話初めて知りましたよ!」

「セシルさん、お兄ちゃんの嘘ですよそれ。」


 しばしの沈黙。

平静を装ってにこやかな笑顔で恵玲奈に言葉を返す。


「だ、大丈夫です。わかってますよ?

 もう、恵玲奈ちゃんってばお姉さんをからかうもんじゃありませんよ?」


 恵玲奈はジト目でセシルを見つめ返す、

微妙に星一朗の言った事を信じたなこの人はと思いながら。

星一朗は、明後日の方向を見ながら、

適当に天気について独り言を言っている。

もちろん、恵玲奈の視線を交すための所行である。


 今日は珍しく、メインストリートを3人で歩いていた。

目的地は無論【箱庭】である。

映画出演のギャランティを頂きに参上したわけだが、

ギャランティよりも黒歴史の行方が気になって星一朗は仕方がなかった。

モノ的には商業作品ではないので

おいそれと世に出回るような代物ではないはずだが、

如何せん、一部の関係者に円盤が既に渡ってしまっている。

この情報共有化社会において、

いつ何時のタイミングでネット上に流出アップロードされるか分かったものではない。

まだ自分たちの事を露とも知らない連中ならばまだいい、

問題は顔見知りの連中や学校の連中、

もしくはバイト先の連中に見られたら……。

星一朗はぞっとしない話だな、という考えが脳内を駆け巡っていた。


「げに恐ろしきネットワーク社会よ……。」


 思わず青空に浮かんでいた積乱雲を見つめる。

久しぶりに見た積乱雲の大きさに視線を奪われた星一朗であった。


「お兄ちゃん、突然遠い目をして妙な事口走らないでよ。」

「確かにネットワーク社会はまだまだ不安なところも多いですが、

 それがどうかしました?」

「……知らぬが仏、あー、ナンマンダブナンマンダブー。」


 星一朗はきょとんとしたセシルを見て、

悪態をつく妹を見て、はぁ~……と深い溜息をついたのだった。

こいつら何も分かっていない、いや、ただ単に気づいていないだけだなと。

男性である星一朗は正直な話、

予想内もしくは予想より低い程度のダメージで済むだろう。

だが女性であるセシルや恵玲奈はどうなることか。

容姿端麗なセシル、黙ってれば結構可愛らしい顔立ちの恵玲奈、

近くに居すぎてイマイチ実感がなかった星一朗だったが、

カメラを通して改めて理解し把握した。

彼女等目当ての無粋極まりない有象無象が、

近い将来群がってくるのではないかと。

単にファン活動するならまだしも、

犯罪臭のする行動に出れば非常にマズイことになるんじゃなかろうか、

と得も知れぬ不安が増していくばかりであった。


*********


 【箱庭】店内に入ると、

既に阿里沙と星一朗の後輩である栗野の姿もあった。

竜二から提供されたいつもの冷水をちびちびとやりながら、

星一朗達が到着するのを律儀にも待っていたらしい。

店内を見渡してみるも店の主の姿は無かった。

人を呼ぶだけ呼んどいて待ちぼうけを食らわせるとは、

と考えている星一朗の側へ栗野が近寄ってきていた。


「……ひそひそ(どういうことっすか!

 セシルさんと一緒に来るなんて!

 ずるいっすよ先輩!)」

「……ひそひそ(仕方ねーだろがよ。

 うちまでお迎えに来てくださったんだからよ。)」

「理不尽って言葉を、先輩は改めて調べ直して欲しいっすよ!」

「突然大声出すなよ!」


 栗野はおカンムリだった、と言っても

星一朗に対してではなく自分のあまりの鈍さと不甲斐なさに。

栗野が学内でたびたび見かけては女神様と呼んでいた存在は、

実は先輩である星一朗の友人だと知ったときは愕然としたという。

どうして今まで気づかなかったのだろうと。

数日寝込むレベルで気落ちしていたらしく、

今日をもってようやく復活した模様である。

映画の撮影中は気張りとギャランティのおかげもあって、

気落ちするタイミングも無かったようだが、

クランクアップした後はボロ雑巾のように、

心身共にボロボロになっていたという。


 余談だが、栗野は“俳優”だけをやっていたわけではなく、

広告とポスター制作も平行していた。

それはもう、誰だって疲労困憊でボロボロになる気がするが。

栗野は趣味でイラストを描いているようで、

ヒマがあれば某有名イラスト投稿サイトや

ソーシャルネットワーク系のサイトで公開しているようである。

それに目をつけた竜二もなかなかだが、

短期間でイメージを形にした栗野も流石の仕事ぶりである。


「おじさまは?」

「は、はひ!?

 オーナー様はただいまお手洗いに行かれておられますです!」


 日本語のオカシイヤツがいるな、と

星一朗はジト目で栗野を見つめていた。


「そういや達也さんも災難でしたね、

 まさかたまたま戻ってきた数日の間で撮らされるとは。

 去り際に仕事よりこき使われたよなんて漏らしてましたけど。」

「達也君は人が良すぎるのよ、普通、断るって。

 でもそういうところが彼の良いところの一つなのかもしれないわね。

 竜二さんには世話になったし、ってそれだけで理由は十分だって言ってね。」


 阿里沙は微笑を浮かべ、

強行軍の撮影に協力してくれた常連客をねぎらった。

白鷺達也しらさぎたつやを覚えているだろうか。

以前、名前だけ紹介した事のある元ニートであり、

【箱庭】常連客だったアーケードゲーマー兼現営業職の男である。

なかなか星一朗達の街に帰ってこないのだが、

映画の撮影中にたまたま戻ってきていた。

会う約束をしていた星一朗と竜二だったが、

何を思ったか顔を見てそうそう、

竜二は達也に映画の出演を依頼した。

普通は断るところなのだが、

達也は何故か思いきり親指を立て晴れやかな笑顔で出演を了承したのだった。

ほぼ即答といってもいい。

確かに当時キャスティングでアタフタしていた時期であり、

クランクインまで時間もなかった。


「大上姉さんも絡んでじゃあ、

 無下に断るなんてーのは難しいんじゃないかなぁ。」

「それどういう意味よ。」


 撮影スケジュールの問題もあり、

達也はさらに時間も限られていたので、

達也のシーンだけ集中的に数日で撮って対応したのだった。

あとは編集の力である。

星一朗は映画製作の追い込みを思い出して、青筋立てながら口を開く。


「ってか良く形になりましたよね……

 編集作業が一番大変だったんじゃないかな。」


 恵玲奈は作業当時を思い返しながらさらに話を続けた。


「あとあの話って完結してないですよね?

 ラストメッセージに“始動編”とかあったし。

 脚本担当の大上さん、その辺りどうなんですか?」

「何も考えて無いわよ。」


 竜二と阿里沙を除く全員が驚愕の表情を浮かべる。


「風呂敷を広げるだけ広げて後は放置かーっ!」


 横で聞いていた星一朗が思わず突っ込みを入れる。

出演者として気にはなっていた様子である。


「お、みんな揃ったようだね。

 悪いね、忙しいなか集まってもらって。」


 いつの間にかトイレから戻ってきていた竜二は、

星一朗達3人分のグラスを取り出しながら話していた。

珍しく一同、カウンターに勢揃いである。

そもそもカウンター席が満杯になる事自体珍しい状態であり、

見慣れぬ光景が展開されていたわけである。

取り敢えずいつもの席に腰を降ろす星一朗と恵玲奈、

その星一朗の横でちゃっかりと陣取るセシル。

もちろん意識して座ったわけではないのだが、

状況的にそこしか空いてなかったのである。

だが、栗野の嫉妬心を燃え上がらせるには充分だった。


「……(お、おのれチェスター!)」

「さて、集まってもらったのは他でもない。

 先の自主広告映画のギャランティの件についてだね。

 一応、実行委員会から製作費用はもらっていて、

 そこからの支払になるんだけど……。」


 と言い、竜二はそれぞれに茶封筒を手渡す。

約2週間(土日は撮影なしで編集のみ)、

一日の拘束時間を10時間前後で試算し

それぞれ特殊な作業については色をつけた。

結果、1人頭10万前後の支払いになった。

人件費だけでみれば約50万掛ったことになる。

全員、一応中身を開け金額を確かめる。

茶封筒の中には明細も一緒に入っていた。

扱いとしては喫茶店【箱庭】の短期バイトであり、

依頼料は祭りの実行委員会からとなっている。

製作費用の詳細な金額は不明だが、

他にも舞台装置やVFXの製作依頼、

機材レンタルにロケーションの手配など、

そちらの方の出費は人件費の比では無かったと思われる。

円盤を売り、そこで製作資金回収でもしない限り、

結構な赤字になるのではないかと邪推する星一朗であった。


「……竜二さん、

 俺、イマイチこういう業界の基準について詳しくないんだけどさ。

 この額って多いのか? それとも少ないのか?」

「分からないけど、実行委員会から言われた通りにしただけだから、

 僕も良く判ってないんだよ。」

「そういや竜二さんと阿里沙さんの分はないんですか?」

「阿里沙さんは別口でもらっているから大丈夫みたいだよ。

 僕はみんなのギャランティを支払って残った分になるよ。

 ……良かった、ちゃんと見られる程度に残ってくれて。」


 ふと思い出したかのように恵玲奈が口を開く。

その内容は星一朗がずっと危惧していた事だった。


「噂で聞いたんですけど、

 映画公開後に三夏祭でDVDを売るって話、本当なんですか?」

「え?

 おじさま、それ本当なんですか!?」

「恵玲奈ちゃん、それどこで聞いたんだい?

 まあ、君達の前で黙っていてもしょうがないから言うけど……。

 実行委員会は売る気まんまんみたいだよ。

 1枚1000円くらいでって言っていたかな。

 僕としても三夏祭中限定でストリーミング配信とか、

 市内映画館限定公開くらいかなーなんて思ってたんだけどね。

 パトロンからの要請だからしょうがないよ。」

「おかげでマスターアップもせっつかれて大変だったわ……ね、竜二君。」


 DVDの単価自体は落ちているので、

材料費としてのコストはあまり掛らないが、

実行委員会の本音を言えば

1枚あたり3000円~4000円前後で売りたかったところだろう。

昨今、円盤がなかなか売れないと言われる市場を鑑みるに、

祭の浮かれ状態とは言え素人作品に

千円札数枚を出して買うのかと言われれば、

たいていの人間はノーと答えるだろう。

結果、1000円という妥協点に行き着いたわけである。

だが、その1000円という額について星一朗は思うところがあるようである。


「ずぶの素人の自主映画にDVD代1000円って……

 ネタやシャレで買うならともかくガチでなら俺は絶対に買わんぞ。

 ゲームならともかくこれは見えている地雷と言ってもいい。」

「客観的に見るなら星一朗君の意見は正論かもね。

 ただ制作側の人間としてはNGな発言よ、それ。」


 ここで一つの疑問が浮上する。

商売的にも決して美味しい話ではないこの企画、

誰が立案したのかという点だ。

広告以外に目的があったのなら分からない話でもないが、

出資者が祭の実行委員会だと考えると、

祭の賑やかしの一つとして企画したとも考えられない事もないが。

 

「そういや実行委員会の人が漏らしてたっけ。

 DVDを2000枚くらい捌かないと元が取れないって……。」

「ってか誰なんすか、こんな企画を立案した輩は。

 採算度外視の趣味映画って言われてもしょうがないですよ。」


 空気が張り詰める。

どうやら星一朗は触れてはならない点に触れてしまったらしく、

普段ではあり得ない空気に【箱庭】は包まれた。

恵玲奈とセシルもその空気を察知したらしく、

互いに身を寄せ合う。栗野はいち早く感づいたようで、

思わず周囲をきょろきょろと見渡してしまっていた。

 ゴクリ、誰かの喉がなる。

竜二はこの事についてあまり言いたくなかったらしく、珍しく口が重い。

だが、ダンマリを決め込んだところで

事態は動かないと思いカミングアウトすることにした。


「……………えーと…義兄さん、つまりセシルのお父さんかな?」

「「はぁ~!?」」

「お、お父様……が?」


 竜二と阿里沙以外全員の声がハモる。

そしてセシルは状況理解が追いつかないでいるようだった。

慌てふためきながら携帯を取り出し、

仕事中と思われる父親に電話を掛ける。

普段、にこやかな笑顔の印象が強いセシルが

珍しく切羽詰まった顔をしていた。


「竜二君もほら、義弟として難しい立場じゃない?」


 阿里沙の言動からも分かるように、

竜二も義兄からの依頼であった為、

無下に断ることも出来ず甘んじて引き受けたのだろう。

よくよく考えなくとも監督経験のない素人がメガホンを取ると言うことは、

かなりの覚悟と諦めがいる。


「もう、どうして携帯に出ないのよ!

 お父様のばか!」


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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