第一話 その一手、気を抜くことなかれ
第一話 その一手、気を抜くことなかれ
※この物語はフィクションです。登場するあらゆる人物・団体・商品名は現実と一切関係ありません。
地方都市・商業区のメインストリートから少し外れ道幅の狭い路地へ入る。
メインストリートの賑わいが嘘のような静寂、まるで異世界へ迷い込んだかのような錯覚に陥る。
そんな路地裏を通い慣れた道だとばかりに、
年の頃は十代後半から二十代前半の若い男女がぷらぷらと歩いていた。
手荷物や服装から学生だろう。
男は襟のある空色のジャケットにノーブランドの英字プリントTシャツ、
そして茶系のチノ・パンを身に付けていた。
上背もありカジュアルながらもどこかフォーマルな印象を受ける。
髪は耳にかかる程度の長さで色は金髪、やや天然パーマ気味の癖っ毛だった。
ただし目つきは悪い。黙っていればそれなりに端正な顔立ちである。
「午前だけってーのもダルいわ……なんか朝イチ気張って起きた事を後悔する程度に。」
「まあいいじゃない、午後は自由なんだから。
えーとこういうのってなんて言うんだっけ?」
「半ドン。」
女は白系統のチュニックにいくつかシャツを重ね着しており、
ボトムスには履き古したジーンズ、そして黒のローヒールを身に付けていた。
髪は男と同様に髪の色は金髪、
肩にかかる程度のセミロングで手に白のシュシュを巻き付けている事から、普段は結っているのだろう。
実年齢よりやや幼く見られる顔立ちと、実年齢よりやや幼く見られるスタイルの持ち主で、
どこか雰囲気という点で隣を歩く男と似ていた。
向かいからトテトテ歩いてくる野良猫とすれ違いながら狭い小道を進んでいくと、
何かの視線から逃れるように建てられた欧州の中世時代をモチーフにした建物がぽつんとあった。
ぱっと見では荒れ果てた怪しき洋館の様相を呈している。
今にも崩れてしまいそうな外観ではあるが、物件の管理者の手は行き届いているようで、
よくよく見るとそれは演出だ、ということが判る。
入り口らしきドアには手作り感満載の看板が掛けられており、手書きで
“喫茶店・箱庭 営業中”
と記してあった。
そう、ここは営業中の喫茶店なのである。
年中自由休の喫茶店【箱庭】は、オーナーの気まぐれと趣味で数年前に開業した。
気まぐれと趣味による営業の為、経営意欲つまりは商売っ気はなく、
店の帳簿は赤字まみれではないかと近隣住民からは噂されていた。
通信会社の電話帳に固定電話番号は乗っておらず、
インターネットでももちろん公式サイトはおろかオーナーブログすらない現代の隠れ家。
近所付き合いは多少あるも、期間限定キャンペーンやスイーツ新作発表会など
客の注意を引くようなイベントは一切やらない。
もう少し営業活動に力を入れるべきでは、と周囲から指摘もあるようだが、
オーナーは意に介せずに静かに「まったりやれればいいんでない?」の一点張りだという。
店内へ入り客の収容状況はカウンター席が五つ、テーブル席二人掛けが三セット、
とすぐに客で満杯になってしまう程の広さだ。
オーナーの趣味で成り立っていると言われるわりに、
観葉植物や雑紙棚も置かれてある所謂普通の喫茶店そのものだった。
噂を聞きその偏向ぶりを見に来た客はあまりの普通さに落胆することだろう。
オーナーはと言うと、暇そうに欠伸を入れながら、
自分用の午後のコーヒーを手際よく煎れている最中だった。
「今日もいい香りだ。 お客様が来ないんだから僕が飲むしかないよねぇ。」
一点だけ特異と言えば、店奥にある二つのドアだろう。
一つは【WC】のマークがあるのでトイレだというのは分かるが、
もう一つは【関係者以外立ち入り禁止】とこれまた手書きで書かれた紙が貼ってあった。
スタッフ専用の休憩室かとも考えられるが、
この店の状態からアルバイトやパートを雇っている様子は無い。
オーナーの事を指すとしてもそれならば【関係者以外】などと複数人数を示唆する書き方はしないだろう。
このドアだけはどこか異彩を放っていた。
オーナーである岩尾竜二は、
暇潰しに買ってきていた模型専門雑誌を眺めまだ見ぬ客を待っていた。
雑紙記事によればスケールモデル大特集の文字が躍り、
何やら細かい作業工程の説明が写真つき載っていた。
喫茶店の店内環境に変化をもたらすつもりなのだろうか。
すると閑古鳥が鳴いている店のドアが勢い良く開いた。
「ちわーす、竜二さん。」
「今日は一緒に来ちゃいました、兄ともどもお邪魔しますね。」
「二人ともいらっしゃい、今日は早いねぇ。ガッコを早引けでもしてきたのかい?」
「今日は午前だけだったんすよ、半ドンって最近そういや言わないっすよね。」
「そうなの?」
店に元気な声をあげて入ってきたのは、先程路地を歩いていた男女二人組だった。
男の方は店内に入るや否や、慣れた手つきで店の棚から勝手にコーヒーカップを二人分取り出し、
シュガースティックも二人分用意して自分たちの座る予定の席に置いた。
その様子を見て女のほうも席へ移動し男の手伝いをはじめた。
「星一朗君、恵玲奈ちゃん、
あとは僕がやるからそこで座って待っていてよ。
さっき自分で飲もうとしていたから、もうそろそろ出来る頃だしさ。」
「相変わらず竜二さんは商売する気ないですよね、客にこーいうことさせちゃいかんでしょ。」
「はははっ全くその通りだねぇ。」
「よく言うよ。
準備手伝う代わりにコーヒー代半額でってセコい真似してるんだからお互い様でしょ。」
「これは俺と竜二さんとで交された、公平かつ利害関係一致の契約だからいいんだよ。」
少し低めの声にややぶっきらぼうな口調、だが最低限の礼儀は弁えているのが星一朗。
そして彼を兄と呼ぶのは、彼の妹の恵玲奈。
二人は喫茶店近くの私立大学に通う現役大学生である。
兄妹揃って同じ大学なのだから仲は良さそうなのだが、
それについて以前竜二が聞いてみたところ返ってくた答えは二人して、
「普通」だったという。
「今日は約束のこいつを持ってきたぜっ。」
そう言うと、星一朗は自分の鞄から少しだけ時代を感じさせる、
紙でパッケージされた物品を取り出しカウンターの前に置いた。
それが何なのか知っている人間が見れば一目瞭然、
知らない人間が見ても若干の懐かしさを感じさせるものだった。
物品はCDケースよりも少し縦長でDVDよりも厚みがある。
「【ファイアーエムブレム 紋章の謎】、
ロムカセット版が家にあったのを思い出したから昨日頑張って探してきたっす。」
「……だから昨日、遅くまで押し入れをガサゴソやってたのか。」
竜二はカウンターに置かれたロムカセットを手に取り、懐かしそうに表面裏面を見つめていた。
表面は壮大な冒険劇を予感させるパッケージデザイン、
裏面はゲーム画面がプリントされており前作からのグラフィックスの向上を実感させるものだった。
「ひゅー、懐かしいねぇ。僕も所有していたのだけど、
この間コレクションの掃除していたときに誤って落として破損させちゃってね……
でもいいのかい、星一朗君。こいつを譲ってもらっても。」
「あー、いいっすよ。
どうせ家じゃもう動かしようがないし、そろそろ電池もガタが来ているだろうしで。
電池交換出来る竜二さんとこに在るべきと判断したまでのこと。」
「あら、お兄ちゃんにしては随分と献身的じゃない。」
「ふ、妹よ、兄はいつでも……いや、ゲームにだけは献身的なのだよ。」
「そんなブレないお兄ちゃんが、たまに物凄く面倒くさくなる。」
「ははは、早速だけど起動テストも兼ねて少しプレイしてみようか。
今日はいつもより早い閉店だけど、どーせ客も今日は君達だけだろうしいいよねぇ。」
そう言うと、オーナーである竜二は店の外の看板を裏返し
【本日は閉店致しました】の告知を終えると、
店内のカーテンをささっと閉め二人を例の【関係者以外立ち入り禁止】ドアまで案内した。
ただ今の時刻、午後二時を回ったところである。
本日の売り上げ、コーヒー二杯(ただし星一朗・恵玲奈の手伝いにより半額対応)
店が潰れるまで秒読みではなかろうか。
例のドアを開けると、すぐに下へ降りる階段が姿を現す、
人一人がようやく通れる程の広さしかないが、
二人は竜二に案内されるがまま狭い階段の奥へと進んでいく。
二十数段ほど下りると左手側に金属製の重そうなドアがあった。
ドアにはプレートが貼ってあり【コレクションルーム】と銘打たれてあった。
竜二はポケットにしまい込んでいた専用の鍵を取り出し静かに開錠する。
ドアが開かれると同時に、室内の電灯が一斉につき来場者達を歓迎した。
エアーコンディションは外気と異なりソフトウェアを保存するのに快適な温度・湿度に保たれている。
そこには巨大なディスプレイ数台と、個人で揃えられる最高レベルのオーディオ機器、
そして座るだけでリラックス出来そうな高級ソファーに
下手なレコード店よりも品揃えが豊富なCDラックやDVDラックが並んでいた。
そしてバーカウンターも装備されていた。
「私、いつ見ても思うんですけど、やっぱ壮観ですよね。」
恵玲奈はたたっと駆け足で巨大ディスプレイの前まで行く。
ディスプレイのインチ数はハッキリしないが軽く100は越えていることだろう。
恵玲奈は自身の手で大きさを測ろうと何やら頑張っていた。
「ここまで来れば賞賛されるべきだと思いますよ俺は。
ここの蔵書?と言っていいか分からんが、
今まで発売された全ゲームのソフトウェアがあるんでしたっけ?」
「あるよ。あらゆる手を講じて集めてきたからね。
限定版・稀少版・先行版……特に絶版や権利関係があやふやな物品は苦労したよ本当に。
特に特注されて生産されたソフトにはもうね……
アレやコレやの一騒動あり、名も知れぬの凄腕ハッカーとの陰惨な戦いの日々、
そして産業スパイらしき組織との死闘……。」
竜二がぶつぶつと語りはじめた。
色んな意味で危険を察知した星一朗は、機転を利かし竜二へコーヒーのオカワリを進言すると同時に、
恵玲奈にも目配せし「頼む」とメッセージを送った。
「あ、竜二さんこっち勝手に準備始めてるんで、
コーヒーのオカワリお願いできますか?」
「私も手伝いますね、えーとカップは持ってき忘れちゃったから、上から持ってきますね。
他にはえーと、お兄ちゃん砂糖だけでいい?」
竜二はゲームについてあれこれ言うことはあまりないが、
コレクションを手に入れた時についての武勇伝やら苦労話を、
所構わずグチグチと語る悪癖があった。
一度始めたら30分は語り続けるようで、
過去に苦い思い出がある二人は何としても竜二に愚痴を止める必要があった。
普段はなるべくそうならないよう務めてはいたのだが、今日は油断してしまったようである。
ぶつぶつ言いながら竜二は恵玲奈を連れだって上の階へ戻っていった。
その間に星一朗はディスプレイの下のラックから
ゲームハードである【スーパーファミコン】を取り出し手際よく設置していく。
懐かしの赤・黄・白のオーディオケーブルに大きなACアダプタを取り付けて。
余談ではあるが、現在では当時の動作環境は実現することは難しい。
一応竜二は旧端子用の古めのテレビモニターも用意しているが、
最近ではバーチャルデータで復刻される事が多く当時の環境を使う機会は少なく、
またメリットも少ない為部屋の肥やしとなっていた。
稀に当時の実機で遊ぶか、と酔狂な考えに至らない限りは。
「よし、これで映るはずっと。おー、きたきた。
やっぱこのメインテーマはたまらんね。」
「あー、私もテレビで見たの思い出した。
ファイアーエンブレムーってあの変な歌詞のやつだよね。
はい、お兄ちゃんコーヒー。」
いつの間にか戻ってきていた恵玲奈からコーヒーを受け取ると、
一口飲み少し熱かったようで星一朗は顔をしかめた。
室内の巨大なディスプレイに【ファイアーエムブレム】のタイトル画面が映し出されており、
その様子を竜二と星一朗は懐かしそうに眺めていた。
多少ちんぷんな恵玲奈は広告で見た程度の知識らしく素っ気ない。
「うん、少し熱かったがありがとう妹よ。
じゃなくて、変な歌詞とは失敬な。あの歌詞がいいんだよ実感こもってて。
さらにファイアーエンブレムではなくて、ファイアー・エムブレムだ、間違えるな。」
「流石、星一朗君、細かい。」
苦笑いの竜二であった。
どうやら発音上では恵玲奈のほうも間違ってはいないらしいのだが、
パッケージで表記上は星一朗の意見が正しいようである。
「星一朗君はハードの準備が早くて助かるよ。
それにしてもメインテーマを聞くとプレイしたくなるよねぇ。
そしてその後のプレイデモシーンがまたいいんだ。
もう起動させたら一度見ないと落ち着かないよ。」
「色々ともうそ、もとい想像を膨らませたもんすよ。
竜族ってなんぞ、パラディンの槍回すのかっけぇ!とか。」
「私はお兄ちゃんがプレイしてたのを見たことがある程度なんだけど、
このゲームってファンタジーのロールプレイングゲームなんですよね?」
「そうだねぇ、そんなところかな。細かいところは……まあいいや。」
星一朗は我慢出来なくなったのか、コントローラパッドを手に取りゲームを起動させた。
元々自分のソフトなのでセーブデータが残っていないか気になったのだろう。
結果として、すぐにその淡い希望はあっさりと崩れ去ったのだが。
「そうだ、恵玲奈ちゃんはプレイした事がないんだよね、お試しにやってみたらどうだい?
プレイ経験がある僕達がやってもただ懐かしいだけで終わっちゃうし、
初めての人のプレイを見る機会ってあまりないから新鮮で面白いかもね。」
「わ、私がやるんですか?
……でも何か難しそう。昔、後ろで見てただけですけど、
お兄ちゃん何度もリセットボタン押してやり直してたし。」
竜二は、ふっと笑うとなるほどねぇと言う表情で星一朗を見た。
彼にはそれだけで星一朗がどういったプレイスタイルだったのか分かったようである。
「いいからやってみろよ、別に取って食われるわけじゃねぇんだし。」
「でも……。」
「敷居が高そうってのは判るけどな、なに、動き始めたら割と簡単だって。
ゲームってのはすんなりとそういうルール的な部分も自然に把握出来るもんなんだよ。」
「じゃ、じゃあ少しだけね。」
渋る恵玲奈を何とかプレイする気にさせた星一朗は、
ゲームの簡単なあらすじと操作方法を教えていた。
今回、恵玲奈がプレイに際し星一朗は条件を出した。
助言を求めてもいいが、回数は星一朗と竜二に対して一回ずつのみ、
リセットボタンはご自由にどうぞ、というものだった。
「うん、わかった。取り敢えず進めてみるね。」
「さてどうなるか見物だぜ、恵玲奈、
俺達は後ろで見てるけど俺達が笑い出しても気にするなよ?」
「わ、笑い出すようなことになるの?」
プレイ開始、主人公率いる騎士団は海賊達から島を守る為に立ち上がるシーンである。
恵玲奈はまず兄に言われたように操作を覚え、かちかちと色々なボタンを押し始めた。
兄はマニュアルを見ずに触って覚える派、
妹は本来マニュアルを熟読して触る派なので今回は勝手が違うため四苦八苦していた。
すぐに操作は覚えたようで、敵情報を見始めたのだった。
「王子?……この青髪の人が主人公マルス。
このおじいちゃんがパラディンってやつ?
なんかステータス見てると主人公よりかなり強い感じ。」
「先に言っておくけど、ペガサスナイトはアーチャーの弓に弱いからな、気をつけろよ。
あ、これは助言じゃなくて俺の独り言だからノーカンでいいぜ。」
「あーちゃーって何?
ああ、弓を使う人の事か。って事は……
このお姫様っぽい子はペガサスナイトだからアーチャーに弱いんだね。
名前はシーダ……シーダちゃん、覚えた!」
「早くもちゃんづけされるシーダ姫。
まあ、お手並み拝見。」
味方ターン、恵玲奈は取り敢えず一番見た目上強いパラディンを動かすことにしたようで、
やはりと言うか何というか、銀の槍を装備したパラディンを操作し近くにいた敵海賊を一撃の元に屠った。
その段階で竜二と星一朗はニヤニヤが止まらなかった。
そして王子を前進させ待機。
他のメンバーも同様に進軍や待機をさせて最初のターンが終わった。
敵ターン開始、王子に向かって敵海賊達が群がってくる。
レイピアを装備した王子は二度海賊の襲撃を受け、
二度ほどダメージをもらうも後は華麗に攻撃をかわし敵ターンを凌ぐ。
だが残り体力から言って連戦は死と確定と同義である。
この時、恵玲奈はチラチラと星一朗を小犬のような瞳で見ていた。
口では言わないが、間違いなく「お兄ちゃん助けて!」というジェスチャーである。
「お前……そんな目で見るなんて……くっ我が妹ながら卑怯な!」
「だって、助言は二回までしか出来ないんでしょ?」
「わかった、わかったから、その棄てられた小犬の視線は止めなさい。
今、恵玲奈が知りたいのは回復方法だろ?
回復は砦か薬かで回復出来る。薬は道具で使えばいい、
砦でなら砦の上に待機すりゃ毎ターンちっとずつだが回復はする。
そしてこれは俺の独り言です、そうですよね竜二さん。」
「そうだねぇ、星一朗君の独り言は随分的確な感じがするけど、独り言だから仕方がないね。」
「おー、砦で回復するのか。よーし王子そこで回復よ!」
知りたい情報を見事な手段で得た恵玲奈は、意気揚々と傷ついた王子を砦へ移動させ回復を始めた。
ステータスの見方が分かってきたようで、
守備力の高いアーマーナイトを壁にし、アーチャーで間接攻撃。
アーマーナイトで体力を削った敵は機動力のあるソシアルナイトやパラディンで一網打尽。
どうやら攻め方の基本が分かってきたようである。
そんな恵玲奈のプレイを見ながら星一朗は深い溜息をついてコーヒーを飲み干した後、
恵玲奈に聞こえないよう小さな声で愚痴ったのだった。
「竜二さん、俺って妹に甘いっすよね……なんつーかあの目に弱いんですよ。」
「そ、そうだねぇ恵玲奈ちゃんには甘いよねぇ
……まあでもいいんじゃない、兄妹仲良くて。」
そう竜二は言った後、カラになったカップに次を注ぎ込む。
星一朗はその様子を見ずに勘でシュガースティックをカップに流し込みマドラーで器用にかき混ぜた。
「俺、大学のダチ連中から何て渾名されてるか知ってます?」
「い、いや知らないけど、
その様子だと何だか星一朗君は納得してないみたいだね。」
「チェスターですよチェスター……
理由はエレナという妹がいて、色々と甘いし何となく二人とも容姿や雰囲気が似ているからって。
俺、日本人っすよ?」
「……チェスターとエレナ……
あー【イース フェルガナの誓い】のあの二人か。」
「幸い恵玲奈にはその渾名伝わってないみたいなんで、今のところはいいんですが。」
何やかんやとやっている内に、恵玲奈は誰もロストせず最初のステージをクリアしたのだった。
途中の村で傷薬と軍資金を得て、分からないなりにも武器を購入し、
装備できそうなキャラクターに持たせていた。
このタイミングで星一朗のチェックが入る。
もちろん助言を言う為ではなく状況把握の為なのだが。
「パラディンのレベルが二つほど上がっているんだけど。」
「うん、このおじいちゃん強かったし、レベル上げてみました。
でもレベル上がっても力が上がっただけだったの。みんなもこんな感じなの?」
「ほ、ほう、力が上がったのか。」
「珍しいの?」
「まあそうだな、みんなこんな感じと言えばこんな感じだな。
このゲームは1回のレベルアップにつき、
ある程度決まった数値しか上がらない仕様なんだけど……。」
「そう言えば姫ちゃんは素早さと運がそれぞれ上がったかも。」
星一朗は一通り確認を終えるとコントローラパッドを恵玲奈に返して、竜二の元へ帰って行った。
簡単に状況を説明するとやはり竜二も聖騎士の件で驚きの声をあげた。
ファイアーエムブレムというゲームのユニットの強さは、
画面上のステータス以外に成長率というものも合わせて見られる事がある。
成長率とはレベルアップ時にどのステータスが伸びやすいかという指標みたいなものなのだが、
慣れたプレイヤーほどこれを意識せざるを得ないのである。
件のパラディンは、その成長率の点でゲーム中最低クラスであり、
初期値以上の成長が見込みにくいユニットなのである。
ある意味での初見殺しの一つとも言えよう。
人によっては敢えて使う猛者もおり、一概に使えないわけではないのだが、
初心者である恵玲奈が聖騎士を使い続けるメリットはない。
今回はお試しプレイなので敢えて突っ込まないわけだが。
「よし、恵玲奈はこのまま頑張ってクリアを目指せよ。
ゲームに慣れていないお前でも一ヶ月もあれば終わるさ。」
「え?」
この兄、非道である。
「なんだよその表情。
言わなくても判るぞ、何言ってんのこの馬鹿兄、だな!」
「やんないよ、だって大変そーじゃんか。」
「大変大いに結構、それでこそのファイアーエムブレムよ。
少しだけだが結構面白かっただろ?
キャラクター達の掛け合いや詰め将棋のような駒運び。」
星一朗の言葉に思うところがあったのか、恵玲奈は少し考え込んだ後、
納得した表情を浮かべ言葉を返した。
「うん、そうだね、頑張ってみる。
何となく進め方も分かってきたし、初めてプレイしたジャンルだけど結構私に合ってるかも。」
「お、好感触だねぇ、この部屋は言ってくれればいつでも開けるから進めたくなったら来るといいよ。」
「取り敢えず【ファイアーエムブレム】を授かる前辺りで一度チェック入れるかな。
その間、俺達の助言は受けられないからな。」
「えーっ! ずっと見守っててくれるんじゃないの?」
「俺は俺でやりたいゲームがあんの、同じ部屋にはいるけどそっちまで気は回らん。」
そう言うと星一朗はラックの方へ歩き出し、そのやりたいゲームとやらを物色し始めた。
竜二はそのゲームタイトルを聞いているようで、
星一朗にどの辺りを探せばいいか指示を出していたのだった。
探し出してものの五分、星一朗は目当てのソフトを手にしていた。
竜二もそれを見て安心したのか、
二人に自分は一眠りするからと言い残すと室内に常備されている仮眠スペースへ雪崩込み
寝息を立て始めたのだった。
喫茶店【箱庭】の午後、店舗は既に閉店済みも地下にある巨大コレクションルームでは、
時に熱くゲーム談義で盛り上がり、時に各々好き勝手に過ごす三人。
今日もまた竜二のコレクションルームのコレクションが一つ補完されていくのであった。
「あ、アーマーナイトさん死んじゃった……。」
続く
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。