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魔性の焔  作者: あけぷぅ
4/14

魔性の焔 4

 サエは早朝、機織の小屋に篭った。大体は村長から逃げるためではあるが、贄送りの日が近いため、その準備も押している。その上、村長は婚儀も早めようとするものだから、嫁ぐことが出来なくなったカノエをこれ以上苦しめるなと、結局は怒鳴ってしまったが。親戚も親もいないサエにしてみれば、婚儀の準備も一苦労だ。村長は資金は出すというが、資金の問題ではない。村の皆への、お詫びも兼ねたお返しをサエは用意したかった。


 勿論、サエは贄になることを諦めていない。村長にそれを知られているのか、贄送りの前に婚儀を済ませたい様子だった。冗談じゃない。なんでも思い通りにさせてやるつもりはない。怒りも悔しさも相成って一心不乱に二反織り終わるころ、ようやく心に余裕が出来た。

 暖かな日差しが小窓から差し込んでくる。気付けば久しぶりに村人達の笑い声が聞こえてくる。サエは少しだけ、耳を疑った。惹かれるように小窓を見上げるが、その様子は見えない。

 立ち上がろうとした所で、入り口から人の気配が漂った。直ぐに、戸を叩く音が響く。

「サエ、居るのだろう開けてくれ」

 村長の声にサエの気持ちは一気に沈んだ。

「昨日は悪かった。お前の気持ちも考えず、無神経だった」

 サエは口を開くものかと、歯を食いしばる。サエの気持ちではない、カノエの苦しさを、絶望を考えろと怒鳴りたくなった。

「サエ、お前はもう苦労せずともいいんだ。全て俺が支えてやる、守ってやる」

何が守るだ。地位と暴力を利用した横暴者じゃないか。

「……私が、贄になりたがったのは分かっているでしょう。……もう少し、時間がほしいのよ」

「さえ……」

 村長の言葉はそこで途切れた。何も言ってこない。暴れようともしないので、サエも機織を再開する。

 時々、笑い声が聞こえてくる。誰の笑い声なのだろう。男達なのはわかる。女達は苦しさで笑ってなんか居られない。男達の無神経さに、腹立たしくてサエは涙を浮かべた。

 村から許可なく出てはいけない。村長が決めた縁談を破ってはいけない。なんでこんな掟があるのだ。小さかった頃は、なかったはずだ。結局、カノエの縁談は村長が破り、サエが逃げられない牢獄に囚われる。カノエはカノエで地獄の底へ突き落とされて。

 どうにか、したい。このやり場のない理不尽を、壊してしまいたかった。

「おい」

 聞きなれない声に驚いて涙がひいた。

「な、なに」

「お前、随分長く機織してるが、一反くらい出来たのか」

「……で、できてるけど」

「売る気はあるか、値を言ってくれ」

「な、んで?」

「必要だからに決まってるだろう」

 旅をしている人間だ、それもそうか。

「それは、村長を通してでないと、駄目なの」

「は?そうなのか?俺の居た村じゃ取り合いだったが、そういうものか」

「……取り合い?」

「別の村で織ってもらったものは、早く買取に行った者が勝ち。織り手から直接買い取ってたんだ」

「へぇえ」

「っかし、それなら仕方がない。商談は苦手なんだがなぁ」

 サエは音を立てずに立ち上がり、入り口付近の様子を隙間から確認する。人影はない。いつの間にか村長は居なくなっていた。

「ねぇ、まだ居る?」

「なんだ?」

 旅人の青年が声を出す。村長の声は聞こえない。籠に入れていた内の一反を、小窓から覗かせる。

「あげる。……村長には内緒ね」

「いくらだ?」

「……あげるわよ。その代わり、今何していたの?」

「相撲」

 サエは少し驚いた。相撲など、ここ数年、男達がやるのも見たことがなかった。

「みたいなものだな。この村は変なほど萎縮している」

それを聞いて、悲しくなる。

「仕方がないわ。毎年一人、死にいかなきゃいけないのだもの」

 外でふっと息を吐く音が聞こえた。

「俺がいた村じゃ、そんな事があったら村総出で戦をする」

 心臓が締め付けられる。

「でも、貴方は薄情じゃない」

「俺の村じゃないし」

「……化物相手でも、戦をするっていうの?」

 そうさなぁ……とどこか気の抜けた声が漂った。

「どんな化物か、確認するのが基本だろう。お前ら化物化物言うけどなぁ、見たこと有るか?」

「ないわ。……見ることは死と同じ意味よ」

「だろう。大抵はそうだ。だから俺はお前らのために命はかけない」

「……自分の村だったらそうする?」

「……先を越される。いつも、先を越される」

 その声に、どこか優しげな色が滲んでいた。少しだけ羨ましい。その村が。

「だから、俺は止めた」

「何を?」

「守ろうとするのを」

 その言葉に、サエは不愉快な気持ちになる。でも、どうしてだろう。

「そんな大切なことを止めてしまうの?」

「俺は必要ない」

「そんな事、ないわよ。そんな、素敵な村だもの」

「そうさ。誰も要らないとは言わなかった。だが、出て行くなとも言わなかった。そんな薄情な村だから、俺も薄情なんだよ」

 なぜだろう、何か物凄く胸に閊えるものがある。

「……私の村とは正反対ね」

 そう言葉を出して、気付いてしまった。機織の手が止まってしまった。恐ろしさに震えがあがる。この村から出たことはなかった。けれど、サエは昔の平和な村も知っている。だからこそ余計に、今の村の異常さに吐き気が込上げてきた。

「きもち、わるい」

悲しい、悔しい。昔はこんなじゃなかった。皆、誰もが笑っていて、他の村とも沢山交流して、助け合って……。声を上げて泣きたくなった。

(どうして、どうして狂ってしまったの?)


 入り口を誰かが乱暴に開けようとする。村長は凶暴になったって、こんなことはせず、剣を持って戸を壊す。だから彼ではない、と気を緩めて鍵を外した。

 すると、旅人の青年が機嫌悪そうに見下ろしていた。

「……な、に?」

「なに?じゃあるか。気分悪くなるまで織るのか普通?俺の知ってる女共はもっとしっかりしていたぞ」

 それは、自由がある村だからこそ。

「それとも、村長が働き続けろとか言ってるのか」

 サエは首を横に振った。

「なら、休めよ。……ああ驚いた」

 今までとは様子がらりと変わり、背を向けて肩を落とすものだから、サエは戸惑ってしまう。

「なによ、薄情者じゃなかったの」

「俺の居るところで騒ぎを起こすなよ、不愉快だ」

吐き捨てるように言うけれど、サエは彼の見方が変わった。その変化に、首を傾げてみるが、まぁ嫌だとは思わなかったので気にすることを止めた。

 ありきたりの設定で御座いますが、楽しんで頂けたら幸いです。

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