魔性の焔 3
サエは何故か、青年から重い剣を渡された。
「隠しとけ」
それだけ言うと、村の男達を殴っていく。
「ちょっと!なにするの!!」
「ああ?お前らが襲われたって筋書きだよ。俺を巻き込んだんだ、このくらいは当然だ」
何が当然だと言うのだろう。怒りに唇を噛み締めると、青年は不機嫌そうにサエから剣を軽々と取り上げた。
「もたもたしてるなよ、どこだ」
「……なに、がよ」
「隠れる場所だよ。そこにこれを置いておけ」
場所も分らないというのに、男は社の裏手へと歩いていく。サエはそんな男を無視して若い衆に駆け寄った。
「大丈夫?ねぇ、大丈夫?」
「いてぇが、平気さ。このくらい。なぁ?」
他の二人も、何故か笑いながら頷いた。
「良くないわよ!腫れてきてるわ!」
「そのくらい形に出なきゃ意味ないだろ」
青年が戻ってくると、剣がなくなっている。サエはそれに驚いた。誰にも見つからない場所だと思っていたのに。蒼白になったサエの顔を見て、青年は嫌味に笑う。
「隠し方は上々だが、爪が甘いな」
馬鹿にされた、と気付くと悔しさのあまりに唇を噛む。呆れたような溜息が聞こえると、青年の顔も呆れた様子でサエを見ていた。
「お前なぁ……血が出るまで噛むなよ。俺じゃなかったらバレねぇよ。安心し、な」
何故かサエの頭を乱暴にかき回す。村の人と以外、誰かと会う機会がないサエだが、最低限の身だしなみは毎日しているし、ささやかにでも綺麗でいたいと思っている。だのに、外の男に、しかも口の悪い乱暴な男に、なぜこんな事をされねばならない。
怒りで睨みあげていると、男は無表情になる。
「お前、愁傷な態度はとれるのか?」
「……ここ数年ないわよ」
「……まぁ、そうやって怒っていればいいだろう」
気の強い女と言われたような気がした。サエだって、こんな理不尽な村じゃなかったら、今の村長ではなかったら、心穏やかに暮らしていけただろう。
青年は今度は倒れた大男の両足を持ち上げ、村のほうへと引きずっていく。
「おら、行くぞ。いつまでも腰抜かしてるな」
そう声が上がると、男達は慌てて立ち上がった。
「サエ、行こう」
男達が促すように笑う。彼らはどうしてこう純粋に笑っているのだろう。あの青年が何を考えているかよく分からないせいか、サエは疑ってかかることしか出来なかった。
青年が大男を台代わりに座りながら、村長に説明をした。森でサエが襲われ、そこに村の男衆が助けに入ったが敵わず、見かねた青年が止めに入ったが襲い掛かってきたので、防衛をした、と。その話しを聞いて、若い村長は苦虫を噛み潰したような顔に変わっていく。
「落とし前はつけろとは言わないが、躾ぐらいしとけよ」
益々、村長の機嫌は悪くなっていく。青年の後ろに控えていた男達はそれだけでも身を震わせている。
「……何度も、お見苦しいところ見せてしまい、本当に申し訳ない」
「今日は泊めてもらうかんな、悪く思うなよ」
青年は立ち上がり、何故か村長から背を向ける。と家々の方へと歩いていく。男衆の一人が慌てて呼び止める。
「でしたら、今夜は家へ泊まって下さい。一人身なので気兼ねもない」
もう一人が後から近づいてくる。
「なら、今年できたいい酒を持っていきます」
「お、いいのか?楽しみだねぇ」
もう一人も走り寄ると嬉しそうに声を上げる。
「じゃぁおいらは美味いツマミを用意しやしょう」
男四人は足軽に去っていく。その様子を見て、村長は益々不機嫌になっていく。
(なんだ、あの男は)
びくびくと怯えることしか出来ない男達が、楽しそうに笑っている。その様子を見ていた他の村人も、一人、二人と寄っては、言葉を交わした後、明るい声が上がる。今まで見たことのない光景だった。村長の中にあった一抹の不安がゆっくりと膨れ上がる。
(だが所詮外の者だ)
物珍しさに好奇の目が行っているだけだ。苛立ちを抑えて、村長はただ一人、ぽつんと残っていたサエに微笑みかけた。
「心配したぞ」
そういうとサエは何故か悲しそうに顔を伏した。
「恐ろしい思いをしただろう。すまなかった」
青年が説明した全てを信じているわけでもないが、サエがその場に遭遇してしまったのは確かなようだった。
「いいの、別に。……それより、トジさんとカノエは?戻ってきたって聞いたけど」
「牢に入れた」
それを聞くと、びくりと薄い肩が揺れた。
「……貴方が、村のために手を尽くしてることは分かっているの」
小刻みに震え始める。掟を破った者がどんな処罰を受けるか、サエは知っている。だから、可愛げに震え出すのだ。村長はひっそりと笑う。
「……貴方の妻になるから、トジさんの処罰を贄送りまで延ばしてくれない」
「それは出来ない」
「おねがい」
サエは顔を上げる。涙を湛えた顔で、男を見上げた。
「おねがいよ」
男はふっと、サエに微笑みかけた。
「なら、誓え。俺のものになると」
「……なるわ。……貴方も約束して。でないと」
「わかっている」
滑らかな頬を撫でてから、顎を上げさせる。切れて血に汚れた唇を舐めて拭う。