魔性の焔 2
男は馬を見て、唸る。悪くもないが良くもない。歳も若いとは言いがたいが、旅人へ不快な思いをさせた侘びとして、金は払った。旅人は直ぐに村を出て行くとは言ったが、男は一抹の不安を覚える。風習ではないにしろ、掟破りを捕らえたところを見られてしまったのだ。旅人は物分りよかったのはまだいいが、何も分っていない村の男達が、旅人に要らない事を吹き込めばどうなるか。
男は腹心を呼ぶ。
「旅の男を始末しとけ」
腹心は嬉しそうに頷き、部屋を出て行く。入れ替わりにサエを探していた者達が報告に来る。見つからないとの報告に、男は不満を露わにした。
「連れて来いと言ったはずだ。それ以外の報告は持ってくるな」
身を屈め伏した者の肩を蹴り上げた。
「さっさと行け。愚図共」
か細い悲鳴を上げながら出て行く背を、睨む。使える人間は片手ほどしかいない。男は近くに有った剣を持つと、所構わず振っては壁や床に傷を着けた。
村を出ようと、村長の屋敷から出ると、待ち構えたように若い男衆三人がカイを呼び止めた。村には泊められる所はないが、近くの林に社があると言って、案内をしようとしてくる。始めは断ったが、あまりにも執拗に勧めるので、口を閉じた。良い予感は全然しない。顔に出たかは自分では分らなかったが、面倒なのと、不愉快なのは続いていた。
案内された社は確かに、人が一人寝られる奥行きがありそうだった。それを確認していると、背後で空を切る音が唸った。大抵はこうだろうと、幾つか予想はしていた。
カイは真横に飛びのいた。
男の一人が木の棒を持って、空振りをする。もう一人が続けて組みかかろうとしたが、誰が見ても本気で襲おうとは見えない。
「その程度で様子見にもなるかよ」
伸びた腕を掴み、逆に自分へ引き寄せ体勢を崩させる。素人相手にはそれだけで、地面へ倒れこむ。
「何のつもりだ」
三人目は狼狽え、襲い掛かる素振りも見せない。
「俺じゃなかったら、お前ら殺されてるぞ」
それは嘘だ。だが、脅しになったのか、動かなかった三人目が口を開いた。
「す、すみません!!すみません!すみません!!あ……あなたが!並ならぬお人とお見受けしてお願いがございます!!」
「断る」
「お願いです!!」
木の棒を持っていた男が叫ぶ。
「ことわる!」
「俺たちはいい!!女達を助けてくれ!!お願いだ!!」
「煩い!!」
カイが一括すると、男達は身を竦めた。
「女一人も守れねぇのか!なさけねぇ!!」
三人が息を呑む。先ほどの喧しさが一変し、絶望した色が顔を染めていく。
「俺たちは、逆らうことを許されねぇ」
「武器を持つことも、女達を逃がすことも」
だから、なんだ。三人の事情など知ったことかと、カイは蔑む目で睨んだ。
「村長は強くたって、化物の言い成りだ」
それを聞いて、カイは大きくワザとらしく溜息を吐いた。
「その恩恵は村の発展だろう。よく聞く話しだ。助けたきゃぁ役人呼べよ」
「役人に話したところで、取り合っちゃくれない」
内心は確信している。都から随分離れた所の大きな村だ。発展の大きい現れは、儲けがいいに決まっている。辺境地に飛ばされた役人は喜んで群がるだろう。私益のために。
「なら、逆らえよ。捨てろ。掟破りの奴等のが利口だってことだ」
それでも、男達は蒼白な顔をするばかりだ。情けないとは思わないが、それを他人に押し付けるのが気にくわない。
「殺される。……逆らえば、殺される」
「……そうさなぁ。お前らは村の守りを乱した。その罰を受けろ」
野太い声が響き渡ると、一人が怯えて仲間に駆け寄った。突然出てきた大柄な男は随分と高価そうな剣を見せつけた。刃が大きければ大きいほど、材料も技術も金もかかる。だがその分、立派な物が出来上がる。カイは男の剣を見て、目を細めた。都へ行っても、これほど立派な剣はまず無い。
無慈悲な掟がある村だ。大体の予想は出来ていた。ここで若い男達が殺されてもカイはなんとも思わない。けれど大柄な男はそれだけを済ませて、カイだけを見逃すだろうか。男の目を見ても、快楽者、狂人者に見える。性質が正反対の男達が同じ村にいるのなら、少なからず差別的な支配性が出来上がっているだろうが。そう考えるとカイの不愉快さは増すばかり。
カイがいた村はそうではなかった。誰もが互いを助け合って、補い合って。なんとも平和で生温い村だった。嫌いではなかったが、今思い返せば息苦しさしか湧いて来ない。
「そいつら殺して、それを見た俺も殺すか」
男は何も言わず、にやりと笑う。それが答えだ。気にくわない。
「いいだろう。相手してやる」
両手を鳴らし、一度だけ拳を強く握り込んだ。男が身構えた。カイは肩を回す。男はそれが、気にくわなかったのか、カイ目掛けて突進してきた。今度は受け流しはしない。剣が振り上げられる。その隙に男の懐にもぐり込み、顎を思い切り殴り上げた。
男は力こそ有るのだろう。だがカイが相手をしてきた、都荒らしの方が技術を持っていた。この程度で強いのかと思うと、やはり都から遠いのだと実感する。都の方が悪知恵を働かせる者が多いのだろう。
「……あんた、すごいな」
「必死で生きてきたからな」
カイの居た村は平和だった。けれど村へ来る前は、酷いものだったと自嘲気味にわらう。
「これでお前らは自由か、死罪か」
呆けた顔をしていた男達が一気に震え出す。
「どの道殺されるな、お前ら」
死にたくない、と震える声で呟き始める。すすり泣くのを皮切りに大の男達は泣き喚き始めた。気持ちのいいものじゃない。男が持っていた剣を拾い上げる。かなりの重量だが、扱い辛くはなさそうだ。カイは少し考えた。考えと言うよりは、事の収拾をどうしようかというだけだが。
「泣き止め。こいつの知っていることを全部吐け。こいつは何だ、どのくらい偉い」
「か、……かれは、村長の腹心です。乱暴者ですし、力もあるので、大抵の男は逆らえません」
「そいつが出るときは、村の男を処刑するときです」
カイは顎に指をあて、撫でる。
「こいつは生まれたときからお前らの村に居たのか」
「……い、ません」
「いつから」
「今の、村長になってからです」
「いつだ」
「じゅ、じゅうに、ねんまえです」
カイはそれに驚いて、男達に目を向ける。
「村長は幾つだよ」
「確か、23かと」
「うそだろ!!」
顔を見たときは、確かに若いと思ったが。長になって十年経っているのも狂ってる。
「馬鹿じゃねぇの?!」
カイの正直な感想だった。カイの村にだって若い跡取りが居たが、それが大手を振るっていた訳ではない。年長者の言葉を聞きいれたし、不手際があれば自ら責任を取った。
「たしかに、長は若いけど。村を大きくしたのは長の力だ」
その言葉に顔をしかめる。
「で、それで、お前らは怯えて暮らして満足か?」
男達は顔を反らした。
「で、村にいた女達は化物の餌?村長公認の、エ・サ、かよ!!反吐が出る」
「だから、何よ。説教垂れてもあなた、助けてもくれないのでしょう」
社の裏手から、少女が出てきた。
「所詮あなただって見ぬフリでしょう。彼らを馬鹿にする前に自分の醜さを知ったら」
腰を抜かしていた男の一人がサエ、と呼んだ。
「貴方達も馬鹿ね。外の人間が助けてくれる訳ないじゃない」
「サエ、でも」
「それより、カノエは?逃げ切れたの?」
一人が弱々しく首を振る。
「……可哀想だが、親父さんも明日には殺される」
少女が動揺したように、微かに目を見開いた。けれど直ぐに力強い目を輝かせ、真っ直ぐ前を向いた。
「……そのくらい。私が頼めば助かるわ」
男達の前に屈みこんで、今度は優しげに微笑んだ。
「でも貴方達は村に居られない。社の奥に隠れるところが有るわ。夜になるまでそこに隠れて、逃げるしかない」
「でも」
「何よ。カノエを逃がす事だって貴方達出来ないでしょう?」
三人、少女の言葉に歯が立たず悔しそうに言葉を詰まらせた。
その様子を見ていたカイが、ふと腹癒せを思いついた。
「どうせなら、コイツを悪人に仕立て上げろ」
生意気な目がカイを睨みあげた。気は強そうだが、分別はありそうだ。
「簡単だ」
カイはくつくつと笑った。